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彼は結構呑気だ。
カッタン、コットン。
水車が回る音を聞きながら籠の翡翠色の果実をそこから流れる水を使い洗う。
熟れに熟れきったそれらは掴むと指の跡が残るほど柔らかい。
大きさは片手を広げて持てるほど、重さはそこそこ。気を付けなければ果実同士のぶつかりや自重で潰れてしまう。
とはいうもののこれだけ完熟していれば、無理な話ではあるが。
ざぶりと水に沈め、手の平、指の平で撫でるようにする。あまり強く擦れば破れてしまう。
終ったものは広げた布の上に。
置いておけば適度な量で布を包みにして使い魔がふらふらと水車小屋の中の石臼へと運ぶ。
その姿はよたよたとしていようが見せかけだ。
時々そちらに目をやるのを知ってか、緩急をつけて飛んでいるようだ。
さっきは上下に揺れながらだったし。
それともただ単にこの単調な仕事に飽きてきたとか?
交換に置かれた新しい布の上に次を乗せる。
ふと、甘い甘いその実特有の香りが始めた時よりも辺りに満ちているのに気付く。
ここからは見えるはずもない水車小屋の中では、設置しておいた樽の中にその果汁を溜めていることだろう。
それを思えば早く見に行きたいと知らず口角が上がるのだった。
落ちてきた前髪を掻き上げる。
手に付いた水気を撫でつければ暫くは持つだろう。
あー。前に切ってからかなり経つっけ。このまままた括れるまで伸ばすかなぁ。
一筋摘まんで目の前に持ってくる。
元々が紫色をしたそれは、光に透け縁がほんの少しワイン色に輝いて見えた。
そうだな。次はこういった色の酒を造ろうか。虹影の実か、それとも。あー、そういや四仙の実が一番近い色をしてたっけな。まぁないもんは仕方ない。それよりも初心に帰って葡萄酒を作るのもいいな。
ヒト専用にするか、それとも。他の果実と合わせるか。それもいいな。
もう一度撫でつけ一息吐く。
そのまま見上げた空は青い。
日陰にいたもののずっと下を向いていたからか、その明るさが眩しくて左手を額に翳した。
濡れた手から滴る水が頬に、腕から肘に伝いシャツを濡らす。
すっかり暑い季節になったせいか、水場の側にいても汗がジワリと滲んだ。
と。不意に襲ってきた疲れに両腕を上に伸ばし、そのままゆっくり後ろに倒れる。
「……はあぁ~~~~~~~~~」
息と一緒に声が漏れた。
胡坐をかいていた足を緩めて伸ばせば、裸足の足先が冷たい水に触れる。
靴を脱いでおいて正解だったな。
軽く動かせばパシャリと音がする。視線を向ければ雫が跳ねズボンに小さなシミを作った。
風も少しあることだしすぐ乾くだろうと目を閉じた。
カッタン、コットン。
水車の動く音と水のせせらぎ。
柔らかな優しい風が撫でてゆき、それから鳥の高く短い鳴き声が耳に届く。
一寝入りするかな。うとうとと……いくらもしないうちに胸の上に何か小さな衝撃を受けて目を開けた。
「って、お前かよ」
小さな黒い毛玉がふんぞり返るようにして乗っかっていた。
目が合えば、その棒のような足でたしたしと蹴りを入れてくる。
せっかく気持ちよく眠れそうだったのにと不貞腐れたが、奴がそんな主人の態度を気に留めるわけもなく。
身体ごと上を向いてはくるりと回転する。時々羽をパタパタと上下にはためかせるのを見て、
「あー、雨が降るってか?」
そう言えば、やっとわかったのかと言わんばかりに肩を竦めるがごとく羽を動かしてみせる。
まったく生意気な奴だ。……まー、しょーがねーよな。
がばり。上半身を起こして頭をがりがりと一掻きする。
黒い塊は転がりもせずふわりと飛ぶ。
自分にはまだ雨の匂いはわからないが使い魔が言うのなら降るんだろう。
空を見渡せば木々の枝葉の間、右手の奥にもくもくと盛り上がる雲が見え隠れしていた。
夕立ってところかな。
雨に濡れるのは別に構いはしないけれど。
ちらりと傍の籠を覗けば、残る果実はあと少し。
これは片付けておかないとな。
一つ手に取り、ざぶりと水に沈めた。




