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 彼は気ままだ。


 深く深く沈み込みんでしまいそうなほど柔らかな腐葉土の上を進む。

 小さな火山のその裾野、広大な樹海と呼ばれるその場所は自身の縄張りである森と似たような外観をしていても、その歩き心地はかなり違う。

 その朽ちた落葉は何層にも大地を覆い、ふわりふわりと夢心地のようなそれに、こんな場所でなければごろりと寝転がってしまいたくなる。

 そんな行動を起こすほどの気が実際に起きないのは、この陰鬱な空気のせいだろう。

 まだ昼を過ぎたばかりであるというのに薄暗く、風の騒めきの他には鳥の鳴き声も聞こえない。

 だというのにそこかしこから微かに気配が潜んでいるような。

 何かがこちらの様子をじっとうかがっているような。

 まー、気のせいだけどな。

 樹海やら魔の森やら名前の付いた場所には、理由はどうあれ過剰に様々な力が集まっているものだ。

 そういうのを妖気だとか呼ばれたり、聖地だと崇められたり。ここはどちらかと言えば前者寄りか。

 本当にそういうのが棲んでいるところもある。

 悪戯好きであったり、排除しようとしていたり。偶には親切に行かない方が良いと追い返そうとしていたり。

 肩にかけた荷物袋を背負いなおし、前に来た時の軌跡を記憶を頼りになぞり歩く。

「!」

 目的地まであと少しと思ったところで出した左足がその足元を踏み抜いた。

 咄嗟に目の前にぶら下がる蔦を掴んだ上に、使い魔によって襟元の端を捕まえられ完全に落ちることはなかったのだが、

「いってぇ……。ああ、ありがとな」

 完全に宙づりになった体は倒れる勢いのままに、その前に立つ樹の幹に顔をぶつける羽目に合った。

 打った鼻がジンジンと熱い。

 その下にたらりと濡れた感触に、思ってた場所と違うだとかいつもならもうちょっとマシに避けれるはずなんだとか誰に対してなのか(あー、使い魔になんだろうな)言い訳が頭を過ぎった。


 一口分の小瓶に分けた薬酒をあおる。この程度の傷なら一舐め程度で十分だ。

 それから消臭に赤見の草を指先で潰しながら撒く。俺には分からないがその手の鼻の効く奴等には覿面らしい独特の香りがふわりと香る。

 何処にだって血肉を好む獣がいる。たかだかちょっとの出血だが用心することにこしたことはない。

 一通り処置を終わらせたところで足場を確保しながら自らがぶち抜いた大地を覗きこむ。

 今度は最初から使い魔に襟首を掴ませておく。

 どっちかと言えば落っこちるよりも、落っこちそうになって首が締まるんじゃないかっていう心配の方がちょっとだけ勝る。

 まぁ、落下した方が嫌な目に遭うのは確実だけどな。

 こんな風に空洞があるってことは下に地中花が咲いてるってことだが、その蜜溜りにどぼん! なんてのはやっぱりごめんだ。

 自分の体の浸かったのなんか使いたくもなければ、先住人がいないとも限らない。

 中は暗い。

 あまり日の通らない場所からさらに地下ともなれば当然か。

 一度離れてから小さなカンテラを準備する。

 中身は空っぽ。

 さてと、ここらへんに気のいい奴がいればいいんだけど。

 ふわり、ふらりと羽根を羽ばたかせる小さな黒い相棒を見上げれば、小さな紙包が落ちてくる。

 手の平にずっしりとした重みのそれは、一握りの燻製肉だ。カンテラドラゴンを呼ぶにはちょうどいい餌だろう。ナイフで厚めに切り落とした欠片を二つ、三つカンテラの中へと入れて油用小窓を閉じる。

 準備のできたそれを自分のいる樹の裏側に放置した。

 俺の森以外になら何処にでもいるはずのあいつらは人前に姿を現すのを嫌う。

 その上気が向かなければ来ることもない。

 捕まらなければ本来の使い方をするだけだが、蝋も油もあまり常備がなかったはず。

 いざとなったら使い魔に買いに行かせることにして、残りの肉を肴に一杯やろうと荷物から酒瓶を一本取り出した。


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