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 彼の朝は遅い。


 窓から差し込む明るい日差しに目を眇めながら上半身を起こした。

 一つあくびをして伸びをする。

 使い魔から差し出された濡れタオルで顔を拭う。

 さっぱりして人心地つくと、寝ぐせでぼさぼさの髪を手櫛で直した。


 何か食うもの、と思った矢先サイドテーブルに肉のサラダ菜巻きが現れる。

 いつだったか忘れたが飲み会で、ダチの料理人が置いて行ったものだ。

 甘辛のタレで炒められた肉がしゃきしゃきのサラダ菜に巻かれていることで、さっぱりとして食べやすい。

 辛目の酒のつまみにも良かったが、朝にも合うな。

 二つ、三つ摘まんで水差しからコップに半分ほど注いで飲み干す。

 ささっと片づけられたのを見て、のそりとベッドから立ち上がると部屋を出た。


 さて、今日はどうするかな?

 この間寝かし始めたのは詰め替えるにはまだ早いし、新しいのを始めるには樽が足りなかったはず。

 シャツを羽織り部屋を出て地下の貯蔵庫を覗く。

 そこそこきれいに並べられた不揃いな大きさの樽の列を眺める。

 そろそろ狭くなってきたようだ。少し処分して場所を開けるかな?

 ……久しぶりに(いち)でものぞくか。

「瓶を」

 声をかけると空の瓶が二本放り投げられてくる。

 一番奥のはとっておきだから置いておくとして、三つ目のやつくらいなら出してもいいか。

 口を開け香りを嗅ぐ。

 うん、悪くない。と言っても俺が作ったんだから当然と言えば当然か。

 鼻歌交じりに昔聞いたうろ覚えの流行歌を口ずさみながらボトルに注ぐ。

「残りは小樽に分けといてくれ」

 空のもう一本には二列目の真ん中の分を注ぐ。

 こいつは少し早いが、その分軽めで口当たりはさっぱりしている。

 確かあいつはこのくらいの奴が好みだったはずだ。

 新しい酒を造るときには新しい樽と使うと決めている。自分で作ることもないわけじゃないが、いつものように交換で済ませよう。

 詰められた三つほどの小樽をチラ見。

「んじゃ、(いち)でな」

 言い置いて部屋に上着を取りに戻った。



「おーおー、やってるな」

 右手を目の上にかざしその先の賑やかな一群を眺める。

 手付として持って行った酒瓶は思った通り気に入られ中樽をいくつか貰えることになった。ただ今は在庫がないらしく後日改めて送ってくれるとか。まぁ、樽だけ作ってるわけじゃないからな。家具職人だし。

 後は酒盛りに真っ先に呼ぶことで手を打ってくれた。そのくらいお安い御用だ。

 さっくり用事が片付いた上に機嫌の良かった家具職人の背に乗せてもらったおかげで、昼をちょっとすぎたくらいに市に着いた。

 此処の市の一角には誰でも店を出すことができる場所がある。

 今日も簡易テントやただシートを敷いただけの店がちらほら並んでいた。

のだが、その一つに異様に集る人々の姿があった。

 競が行われているらしく聞こえる金額はだんだんと上がっていく。

 その人だかりの上で小さな黒い俺の相棒が偉そうにふんぞり返っているのを見て、傍らの家具職人が

「さて、俺も行くか」

 などと言うものだから、

「酒ならさっき交換した(やった)だろ」と言えば。

「あれはあれ、これはこれ、だ。大体、一本じゃ足りん」

 思わず笑いがこみあげ、堪えきれずに噴き出す。

 俺の酒がほめられていることに満足した俺にそれ以上の否やはない。

「行ってらっしゃい」

 片手をひらひらとさせその背を見送った。

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