うそだ!
朝の教室。
教室の自分の席で、鞄の中から教科書を取り出している原田の横で、聡史の視線は岡田妹に向いていた。
一人、机に座り、ぼぉーっとした表情で、生気も感じられない。
「やっぱ、惚れたんだぁ」
聡史は耳に届いた言葉に素早く反応して、声がした方向を振り向いた。
原田がニタニタ顔で聡史を見つめていた。
「いや、だから、それは違うって」
「いいよ。遠慮しなくたって。
私は中島君の事、諦めるよ」
少しも残念そうでない原田の表情を見れば、諦める以前にそもそも気が無いと言う事、確実である。
「ところでさ」
そこまで言って、聡史は体傾けて、原田に顔を近づけた。
「あの子の怪我、どうしたの?」
「知らないよ。聞いても、答えないし、ここに来た時から、あんなだもん」
「そうなの?」
聡史の言葉に、原田は頷いてみせた。
あの子の兄は超人を倒す何かの力を持っていて、超人を倒そうとしているに違いない。
その原因はあの子の怪我と関係があるのかもと考えて、一人頷いた聡史を見て、原田が話を続けた。
「なになに、告る事を決めたのかな?」
「いや、だから違うって」
「大丈夫だよ。自信持ちなよ」
そう言って、原田が聡史の背中をばんばんと叩いた。
「あなたね。転校生。
私は柏木のどか。よろしくね」
そんな二人のところに、近寄ってきてそう名乗った少女の笑顔からは知性と自信があふれているかのように輝いていた。
柏木のどか。超人たちのリーダー。
超人たちのミッションが完了し、今日は登校らしい。
聡史が柏木の頭のてっぺんから視線を足元に向け移動させながら、立ち上がった。
「あ。俺。中島聡史」
柏木はそう名乗った聡史にもう一度にこりとした笑顔だけを残して、立ち去って行った。
「あの子がマジで超人たちのリーダーなのか?」
聡史が原田に顔を近づけて、小声でたずねた。
聡史は信じられないと言う顔をしている。
「そうよ。政府の治安維持特殊部隊。つまり超人たちのリーダーよ」
「リーダーが女の子って、マジだったんだ」
「はい? 今なんて言った?」
今度は原田が不思議そうな顔だ。聡史は原田が何を疑問に思っているのか、分かっていない。
「超人たちのリーダーが女の子と言うのは、本当なのかと言ったんだが」
「何言ってるの? 政府側の超人たちはみんな女の子よ」
「マジかよ?」
その声に、教室中のみんなの視線が聡史に集まった。
ばつが悪そうに聡史は、何事も無かったかのように机の上に置いてあった筆箱を開けて、鉛筆を取り出した。
みんなの視線から解放されたのを確認すると、聡史は再び原田に顔を近づけた。
「どうして、政府側の超人たちは女の子だけなんだ?」
「そっかあ。正式には公表してないから、普通の人は知らないんだ。
あのね。超人の技術を最初に手に入れたのは反政府のテロリストたちだって、知ってるよね?」
聡史が真剣なまなざしで頷く。
「遅れて超人の技術を手に入れた政府側は、超人たちのパワーアップを同時に図ったのよ」
「知っている。だから、数は少なくても、政府側が今は圧倒的優勢なんだろ?」
「そうよ。でも、そのパワーアップのために組み替えている遺伝子は、女性特有の部分にあるの。
だから、男の人には適用できないの」
原田は得意げな表情だ。
そんな原田の気分を害するような言葉が、聡史の口から出た。
「嘘だ」
「なんで? 嘘なんかじゃないわよ」
聡史の視線はさ迷っている。単に信じていないと言うような簡単な話ではなさげである。
何か確信があって、それを否定されたため、どちらが正しいのか再度頭の中で確認している。そんな雰囲気だ。
「どうしたの?」
怪訝な顔つきで、原田が聡史の顔を覗き込んだ。
「何かあったって訳?」
そこに一人の少女がやって来た。細面の顔立ちにほっそりとした体型。
「あ。梨央ちゃん」
原田が微笑んだ。聡史が見知らぬ少女に戸惑っている事に気付いた原田が、少女の紹介を始めた。
「白木梨央ちゃんよ」
「あ、うん。昨日、転校してきた中島聡史。
よろしく」
「で、何かあったの?」
「ここのこと、知らずに転校してきたみたいなんだよね。
なので、ちょっと戸惑っちゃってるって言うか」
原田が聡史に代わって、白木にそれだけを説明した。
「あは。私たちが超人なのに、驚いちゃっているって訳?
大丈夫だよ。普段は普通の女の子なんだから」
白木がくるりと一回転して見せた。少しふわりと浮きあがるスカートのすそ。揺れた髪からあふれる甘い香り。
「おお」
聡史たちの近くにいた柳が、その白木の姿に声を上げた。
振り返った白木と柳の目があった。
突然、目が合ってしまった事で、柳は照れ気味に視線をそらした。
その柳の挙動を白木は見逃さず、突っ込みを入れた。
「今の何?
もしかして、私に惚れちゃったって訳?」
「惚れていいかな?」
「だめに決まってるじゃない」
あっさり玉砕した柳に、さらに原田が追い打ちをかける。
「あれ? 昨日、私を口説いてなかったっけ?
本気にしてたのに」
冗談っぽさをわざと隠してか、原田のその表情は残念さ全開である。
「マジ?
私の怜美ちゃんを悲しませると、お仕置きしちゃうわよ」
白木は眉間にしわを寄せながら言った。
「いや、いや。それはちょっと」
一歩後退して柳が返した。ちょっと柳は押され気味だ。
「冗談に決まってるじゃない」
白木はそう言って、笑いながら立ち去って行った。
「よかったね。柳君。梨央ちゃんを本当に怒らせていたら、ただじゃすまなかったよ」
「って、言うか、原田が話をややこしくしたんだろうが」
超人でない原田には強気な柳だ。
そんな時、教室の中のどこかで着信音がした。