ふたり
狭い6畳ほどの部屋。
部屋の奥の少し薄汚れた感のある緑のカーテンは閉じられている。
迫りくる闇に追いやられて弱々しくなっている外光を、閉じたカーテンがダメ押し的に拒絶している。
ここぞとばかり、活躍したい天井に取り付けられた蛍光灯は、エネルギーを与えられておらず、空しく薄暗い空間の中に、その姿を溶け込ましている。
唯一明かりを放っているのは、窓際の壁に沿って配置された机の上に置かれたパソコン画面であって、その光がパソコンに向かい合っている人影を浮かび上がらせていた。
マウスのクリックとキーボード操作を繰り返しているその人影は、聡史である。
今、新たな画像が聡史の目の前の画面に映し出された。
映し出されたのは二人の男の子と女の子の顔写真。
引き締めた表情でなく、楽しそうな笑顔。
真正面からの撮影ではなく、少し斜めからの撮影である事から、何気ない普段の写真から抜き出した顔の部分。そんな感じだ。
少し丸みを帯びた顔の輪郭。
通っているとは言い難い鼻の形状。
垂れ気味に見える目じり。
二つの写真には共通点が多い。
「どう見ても、この二人は兄妹だ。
この二人が本物の岡田兄妹。
だとするとあの二人は」
聡史が腕組みをして、一度天井に目を向けた後、再びキーを叩き始めた。
次に画面に映し出されたのは入学したばかりの西和台高校のデータベース。
岡田貴明、理保の情報が映し出された。
東山区と表示された二人の現住所を聡史が注視した。
「少なくとも、あの高校にいる岡田兄妹は生活圏が同じだ。
出身中学は大和富士市立 東井田川中学。
かなり遠いところだな」
聡史は再びキーボードを叩いて、東井田川中学校のデータベースに侵入した。
卒業生情報。
岡田貴明、理保。二人の存在を確認すると、詳細情報を表示させた。
二人の在校時の成績を始めとするデータは皆無。
だが、卒業生としては存在する。
しかも、そのデータが更新登録されたのは一年ほど前。
「なりすまし確実か。
まあ、先代の独裁大統領の頃、多くの一般人が粛清され、一体誰が亡くなったのかさえ分からない暗黒時代だった。
戸籍だけが生き残っている肉体の無い国民はこの国には掃いて捨てるほどいるんだから、その気になればいくらでもできる。
とは言え、不完全とは言え、過去のデータまで登録しているとなると、やはり何らかの組織的なものが絡んでいると考えられるか」
聡史は机のパソコンの横に置いていたあの鈍い金色を放つ制服のボタンを握りしめた。
「岡田 貴明に成りすましている奴が、このボタンの持ち主に違いない。
そして、彼や、その組織は超人を瞬殺する何かを持っているはずだ。
何が何でも、その力を確かめ、協力してもらわなければならない。
転校初日から、巡り合えるとは幸運な事だ。
問題はどうやって、目的を達成するかだが」
聡史は目を閉じて、自らの思考の世界に身を投じた。
湧き上がり、渦巻き消えて行く仮説の世界。
何度目かの仮説の世界のゴールに、聡史が希望する光景を見た。
「ちょっと危険だが、時間がない。
これならうまく行けば、あいつが超人たちを倒す瞬間を見れるかも知れない。
悪くても、その力の存在は確認できるはずだ」
そう呟いたかと思うと、キーボードで文字を打ちはじめた。
「あなたたちに敵対している……」
薄暗い部屋に、聡史がキーを叩く音だけがしばらくの間、響いていた。