リーダー
超人。
10年以上も前、ある科学者が医療技術の発展形として、ウイルスを使い、生きた人間の遺伝子を組み替える技術を開発した。
その技術は医療を超えて、人間の能力を向上させるところまで昇華した。
知能、運動能力、治癒/再生力……。様々な能力の改善は、軍事力に応用できる。
そこに目をつけた当時の大統領は、この技術を接収しようとした。
独裁を布く大統領が命じたかつての反政府勢力への鎮圧戦の巻き添えで妹を失っていたその科学者は、自分の技術が大統領に渡るのを阻止しようと、全てを炎の中に葬ったはずだった。
だが、その技術は力を渇望する者たちの手によって、再び世に現れた。
銃器さえ無力化する超人たちを率い、この国の頂点を目指す者たちを政府はテロリストと呼んだ。
そして、テロリストたちに遅れながらも、ついに政府側も超人を生み出す技術を手に入れた。
政府側はその技術にさらに磨きをかけ、テロリストたちの超人を上回る力を生み出すことに成功していた。
強張った顔で、さっきまで浮かべていた笑みを突然失った聡史に、一人の生徒が問いかけた。
「どうしたんだ?」
「超人と言っても、ここにいるのは政府側の超人たちだ。
普段は普通のクラスメートだから、心配いらないよ」
聡史は暴れ回るテロリスト側の超人を思い描き、恐怖しているのだろうと思ったもう一人の生徒が言った。
聡史がその生徒に目を向けた。
「どうして、ここにそんな超人たちがいるんだ?」
「知らなかったんだ。その事。
でもまあ、会ってみれば、君も好きになるよ。
かわいいからな」
そう言って、その男子生徒はにやりとした。
その言葉、そのにやりとした顔が聡史の感情を刺激した。
「好きになんて、なれる訳がない。俺は」
真っ赤な顔で勢いよく立ち上がり、絶叫気味に聡史はそこまで言って、口を閉じた。
「なんなんだ?」
「どうしたんだ?」
聡史を取り囲んでいた男子生徒たちが目を点にして、聡史に視線を集中させた。
「あ。いや。すまない。何でもない」
真っ赤に火照った顔はまだ少し赤いままだったが、小さくそう呟くように言うと、椅子に腰を下ろした。
超人たちがいる学校。そんな中では、自分の目的が果たしにくい。
と言うか、自分が探し求める力と超人たちは相反するもの。それが共に存在している学校とは、どう言う事なんだ? 訳がわからない。
聡史はそう思い、天を仰ぐかのように顔を上に向けた。
「まあ、まじかわいいから。なあ」
「そうそう」
ちょっと異様な気配を含んだ空気を追い払おうと、聡史の周りの生徒たちが口々に言い始めた時、チャイムが鳴った。
「かわいい?
女の子の超人が多いのか?」
聡史がぽそりとつぶやいたのは疑問形だったが、その時には取り囲んでいた生徒たちは、チャイムに気を取られていて、その言葉には誰も反応を示さなかった。
「じゃあ、また」
そう言って、生徒たちは軽く片手をあげて、自分の席に戻り始めた。
そんなクラスメートたちの姿をぼんやりと見つめている聡史の耳に、新たな言葉が届いた。
「超人嫌いなの?」
感情が無い言葉? いや、冷たい言葉?
聡史が声のした方向に振り向いた。
原田が机の上で頬杖をつきながら、聡史を見ていた。
その言葉の真意を量りかねた聡史の視線は原田に釘付けになっている。
原田の冷たく突き刺すような瞳。
だが、口元にはかすかだが笑みが浮かんでいるように聡史は感じた。
二人の動かない視線を動かす音が教室の中に生まれた。
教室のドアが開いた。
二人の視線が教室のドアに向かう。
教卓を目指して歩く先生。
「起立」
聡史と原田も視線を前に向けて立ち上がった。
「礼」
「お願いします」
「着席」
聡史はお辞儀を終えると、机を原田の机に寄せて着席した。
「超人嫌いなんだぁ」
原田が聡史に返事を催促するかのように、小声で再び言った。
「いや、そんな事はない」
聡史としては変な先入観を持たれても困るし、原田の意図が分からないので、無難な答えを返して、にこりと微笑んだ。
原田は聡史の言葉に何も返さなかったが、その瞳には疑いが宿っているように聡史は感じた。
「俺、マジ光栄だよ。超人たちと友達になれるチャンスがあるなんてさ」
「さっきさ、好きになんてなれる訳ないって、自分で言ったじゃん」
原田はきっちり聡史の言葉を聞いていたようだ。
「あれはそう言う意味じゃなくて、恐れ多いって言うかさ、まあ、そんな感じ?」
聡史が疑問形で話を終わらせた。
「ところでさ。どうして、ここにそんな超人たちがいる訳?」
聡史は原田の追及を防ぐ意味と、自分が抱いた疑問の解消を目的に、矢継ぎ早に話を続けた。
聡史の言葉に原田は人差し指で、斜め前の空間を指さした。
聡史がその先に視線を向けた。
授業を受けるクラスメートたち。
主のいない机。
原田がどこを差しているのか、全く分からない。
「なに?」
聡史の言葉に、原田は顔を近づけて、小声で囁いた。
「二つ隣の列の前から2つ目の席。
今はいないけど、政府側の超人たちのリーダーの席」
「リーダー?」
「そう。リーダーがこの学校の生徒だから、みんなここにいるの」
「マジかよ!」
聡史はあまりにも安直な? 信じがたい? 話に授業中だと言う事を忘れて、叫んでしまった。
「こら。お前。確か、今日転校してきた生徒だよな」
先生が聡史を睨み付けた。
「すみません」
聡史はにこりとした微笑みを言葉に添えて、ご機嫌を取り繕った。
先生の視線は聡史に向けられたままである。
それを弾き返そうと、真剣なまなざしを先生に向ける聡史。
「さあ、授業来い!」
そんな態度に、先生は視線を手にしていた教科書に戻した。
真剣なまなざしを黒板と先生に向け、時折ちらりと机の上のノートに視線を落とす聡史。
聡史の手はノートの上に鉛筆で、黒い線を描き続けている。
その手が止まり、鉛筆を手放すと、ノートを机の端に押しやり、原田との机の境界を越境させた。
「なんで、そんな奴がここにいるんだよ」
ノートを見続けずに書いた文字は所々乱れ気味で、文字の大きさも少しばらついている。
「近くに暮らしているらしいのよ。それに、ここの女の子の制服、かわいいから」
原田が聡史の文字の下に、そう書き足した。
チェックのスカート、濃紺のブレザー、白いブラウスに赤いリボン。どこにでもあり気な制服。
「近くに住んでいるのはいいとして、かわいいは冗談なんだろ?」
「マジに決まってるじゃない」
「信じられん」
原田はそれには何も書かずに、聡史にノートを押し返した。
「超人たちのリーダーってくらいだから、いかついのか?」
聡史が新たな質問を書いて、原田に渡した。
「ばか。女の子に失礼よ」
原田が書いて来た言葉は聡史には驚きだった。
超人たちのリーダーが女の子とは、聡史にとっては意外だった。
かわいいと言った制服。
それは眺めるためではなく、自分が着るため。そう言う事かと、聡史は理解しなおした。
「柏木さんはかわいいわよ。私とどっちがかわいいかって事は聞いちゃだめだけどね」
聡史が女の子がリーダーと言う事に驚いている事など気付いていない原田は、一度ノートを引き戻し、そう付け加えて、にこりと微笑んで締めくくった。
聡史はついまじまじと原田を見た。
胸の辺りまで伸びた巻き髪がかわいいだけじゃない。
二重のまぶたの下に輝く大きな瞳に挟まれた鼻は、高いとは言わないがすらりとしていて、容姿はきれいな部類に入る。
では、柏木さんと言うのは? どっちなんだ? 原田並みにかわいいのか、それともやっぱ全く逆?
そんな事を思っていると、ある疑問が浮かんできた。
「超人のリーダーって、どうやって決まるんだ? やっぱ、力か?」
「ばかね。総選挙よ」
「マジかよ?」
「う・そ」
そう書いて、ノートを押し返して来た原田は笑いを抑えている感じだ。