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3大陸ツアー その3

 特設ディスプレーに映っているアナウンサーが、今日の競技内容について説明し始めた。

 第2日目はブトワル大陸の南端、森林限界地帯に設けられた出発ゲートから、昨日のタイムトライアルレースでの1位からの時間差で順々に出発することになるそうだ。

 森林限界地帯というのは、森林が成立できないラインの事である。


 映し出される風景は、すでに荒涼としていた。はるか後方には、風雨にさらされ続けておかしな方向にねじれて曲がって伸びている木々が見える。


 しかし、ゲートを取り囲む騎手と観客は、文字通りの白い熱気に包まれて号令を待っていた。その人数は優に1000名を超えるだろう。

 今日は国王の登場はなかった。代わりに大会会長が登場して、杖を振り上げた。色白で長いまっすぐな白っぽい金髪が足元まで垂れ、白いローブを身にまとったエルフである。


「うわー……全身が白い人だね」

 ラウトが感心する。コラールは少し眉をひそめた。

「服の趣味が少し偏っているわね」


 その会長が杖を振り下ろした。

「トリポカラ王国、全警察消防チームA。時なり~」

 同時にゲートがパアッと虹色に輝いた。歓声がわあっと上がる。

 首位の警察チーム6名が、それぞれのスレイプニルに守護樹を引かせて轟音を立てて出立した。

 こちら喫茶店前の群集も一斉に歓声を上げて応援する。

 コラールとラウトも立ち上がって声援をかけようとしたが……ミンヤックの太い大声が一瞬早く後ろから響いてきた。

「いけーっ、うらーっ、飛ばせー」


 おかげでタイミングを逃してしまって、アウアウとしてしまうコラールたちだ。

 第2女王がチラリとミンヤックを見た。

「うるさいドワーフね」

 それだけでミンヤックの声が完全にかき消されてしまった。


 蒼白になるラウトたちに第3女王が微笑む。

「大丈夫よ。あのドワーフが出す声だけを選択的にこの空間に届かないようにしただけだから」

 坊主がハーブティーをすすりながら、余計に混乱させるような補足をした。

「女王達はイプシロンじゃからな。普段の話し言葉や思考が、そのままハイエンシャント呪文の効果を現してしまうんじゃよ」

 コラールが首をかしげる。

「え……ええと。イプシロン? て?」


「パタン王国、全警察チームA。時なり~」

 会長が再び杖を振り下ろした。

 再び大歓声が上がって、パタン王国のチーム6名が轟音を立ててゲートを出発していった。


 坊主がコラールに指摘を入れてきた。

「おや、図書館の司書じゃろ? 知らないのかの? 君の上司が司書じゃった頃は知っておったぞ」

「う~、すいません」

 コラールが上目遣いで坊主を睨んで謝る。


「仕方がないのう。イプシロンという存在はな、簡単に言うと、絶対に死なない存在のことじゃよ」

 坊主が紅茶をすすりながら教える。


「簡単すぎるわよ、お坊さん。しかも、誤解させるような言い方だし」

 第3女王が文句をつけた。第1女王も苦笑する。

「そうね。実際に間違って理解しているわよ、このコ達」


「ブトワル王国、全警察チームA。時なり~」

 合図が出されると、一際大きな歓声が沸きあがった。


 坊主が紅茶をおかわりしながら答えた。

「理解させるには、3年ほど力場統合理論とエンシャント魔法原理、空間の揺らぎについて勉強してもらわねばな。彼らの精霊語では翻訳できない部分も多いから、この程度で十分じゃよ」

 そう言ってから、含み笑いを浮かべる。

「……まあ、ここブトワル王国の図書館司書は理解しているがのう。さまざまな世界の視察や調査にも熱心じゃし。トリポカラの司書は蔵書管理で忙しいようじゃからな。本の虫には、余計な事は言わないのが良いのじゃよ」

「こ、この、クソ坊主っ」

 その見下し様に、声を殺してコラールが睨みつけた。


「ウダヤギリ王国全警察チームA。時なり~」



 ……やがて全チームが出発し終えると、中継カメラからの映像に画面が切り替わった。幅十数キロから数キロの陸橋に、このカメラが50ヶ所以上取りつけられているそうである。

 アナウンサーが順位の変化をレポートしてくるが、肝心の映像でなかなか良いのが届いてこない。

 コラールが文句をつけた。

「スレイプニルが速すぎて捉えきれていないのよ。毎年こうなんだから改善しないといけないと思わないのかな」


 一方で女王たちには、全てがしっかりと見えているようだ。パフェを次々におかわりしながら、楽しげに話を交わしている。

 しばらくして「あ」と、一斉に女王たちが顔を見合わせた。

「コラールさんにセリアさん。ブラカン‐タクジェラスが、落馬して大怪我したわよ」



 外では断片的に入るニュースに、観衆が一喜一憂して大騒ぎしている状況だ。そのため、バランが病院のスタッフ控え室に入って正確な情報を収集していく。

 心配でコラールとセリアも、ラウトとミンヤックに同行して付いて来ている。


 少し経ち、バランが現地の医師からディスプレー経由で色々話を聞いてから、取りまとめて話し始めた。

「……うむ。今回は魔法の攻防が激しいようだね。特にブトワル警察チームに優秀な精霊魔法使いがいるらしい。防御障壁の暗号術式に対する解読と解除の魔法に長けているそうだ。さらに、独自に開発した術式を用いて、短時間に次々に有名な騎手の防御障壁を解除していき雷を撃ち込んでいるようだ。こんな精霊魔法使いが出てくるとはなあ」

 素直に感心するバランに、コラールとセリアの視線が容赦なく突き刺さっていく。


 コホンと咳払いをしたバランが本題に入った。

「それで……今年は例年以上に被害に遭う騎手が多い。ところが、現地には医師と薬師が足りていないそうだよ」

 ミンヤックがうなった。

「むう……仕事か」

 バランが苦笑して、歓声で湧き上がる窓の外を眺めた。

「すぐに正式な補充派遣の要請がここに届くだろう。全員、済まないが出張する準備を始めてくれ」



 実際、ものの1時間もすると大会本部からの動きがあった。ブトワル王国を経由してトリポカラ王国の医局に、臨時補充派遣の要請が正式に飛び込んできたのである。

 今回はバラン組が出動することになり、最終準備が港で慌しく進められる。


「コラールさん、ごめんね。仕事になってしまった」

 ラウトが謝るが、コラールとセリアは反対に目をキラキラさせている。

「かえって良いわよ、ラウトさんっ。ツアーの現地へ入るんでしょ? お願い、私達のコピー端末を持っていってくれないかしらっ」

 2人して、きれいな石で縁が飾られた手鏡をラウトに手渡した。

「お仕事の邪魔にはならないようにするから、ね?」


 鏡を2枚受け取って、それを首からかけて笑うラウト。

「うん、分かった。それじゃ、行ってきます」

 機材を入れた大きな袋を3つ担いでコラール達に挨拶し、慌しく高速艇に乗り込んでいった。


「行くぞ、ラウトよ。もたもたするな」

 ミンヤックが背丈と同じくらいある大きな袋を、4つも肩と頭に乗せてドタドタと走ってくる。

 バランは既に医療カバンを両手に持って、高速艇に乗り込んでいた。この大きなカバンは使い古しで、黒くてごつい樹皮と樹脂でできている。

「パイロットゴーレムにプログラムを読み込ませてくれラウト君。我々の守護樹が乗りこみ次第、出発しよう」

 バランが船首に立つ。

「おーい、貿易課。加速しながら出航するから、進路の船などに知らせてくれ」


 3名の守護樹が、ふわりと上昇して高速艇に舞い降りて鎮座した。ズシン……と重みで揺れる船。

 ゴーレムに食べさせた紙がきちんと読み込まれたのを、ラウトが確認する。

「プログラム入力終わりました」

「よし。安全ベルトをきちんと締めなさい、規則だからね。特にジャンビ君」

 バランが席に座る。

「うるさいよ、バラン」

 ミンヤックも席に座ってベルトを締めた。


 貿易課から進路上の障害物なしという情報が入ってきた。バランがうなずき、杖を前に振り出す。

「では出発」

 高速艇がフワリと水面から浮き上がり、3名の守護樹の基礎岩が緑、緑、黄色にぼんやりと光った。

 ラウトが手を振り、コラールとセリアが応える。


 次の瞬間。ゴオッと風を巻き起こして、高速艇が港から加速をつけてすっ飛んでいった。盛大な水煙が港中に立ちこめる。

 防御障壁を展開して、水煙が体にかからないようにして見送るコラールたち。コラールが目をキラキラさせている。

「うーん……やっぱり高速艇は速いわねー、欲しいなー」



 赤道を越えて南半球へ入り、さらに南極大陸まで一気に飛んでいく。おかげで大会3日目の開始に間に合ったバラン組だ。

 大会本部の配置図に従って、今日のツアー舞台である南極の海岸に高速艇を着地させている。その周囲には、寒さ避けの防御障壁を展開して待機していた。

 白夜の夏とはいえ、海水は手がちぎれるような冷たさである。陸上に視線を向けると、巨大な氷河や氷床が堂々と存在感を誇示している。


 大きな高速艇がすっぽり入る多重障壁の中でホットティーを飲んでいる3人。もちろん、お茶くみ係はラウトである。

 風と光の精霊が作成した野外空中ディスプレーを介して、バランが大会本部や各国から同様に派遣された医療チームの面々と情報を交換していた。

「来たぞ。まずはウダヤギリの警察チームだ」

 バランが振り返って、ミンヤックとラウトに知らせた。


 ラウトが首にかけている2つの手鏡からは、小指ほどの大きさのミニコラールとセリア、そしてなぜかプルーまでいた。3人ともに、氷の大地を珍しそうにキョロキョロして見ている。

「わあ、すごい」

 いち早くコラールが発見し、皆がその方向を一斉に注視した。


 巨大なスレイプニルが6頭縦列になって、凍りついた地平線から爆走してきた。轟音と土煙を立て、地響きが急速に大きくなってくる。

「す、すごいですね。さすがに6頭も一斉に走ると迫力だな」

 ラウトが障壁の中で感心する。3名の小人達もキャアキャアと騒いでいる。


「感心するのは、そこではないよ。ラウト君」

 バランが杖を出した。ミンヤックも腕組みをした。

「だな。上と行き先を見ろ、ラウト」

「多分、下もだよ」

 バランが補足する。


 いきなり3発の雷撃が、天空からウダヤギリ警察に落ちてきた。さらに警察の周囲で爆発が連続して起こる。

 防御障壁を何枚か吹き飛ばされながらも、これに耐えて隊列を整える警察。

 続いて、雪が溶けて泥になった地面から、槍先のような鋭利な形になったアースエレメンタル群が湧き上がってきた。そのまま加速して、強烈に突きたてていく。

 氷床も大爆発を起こした。爆発で生じた無数の鋭利な氷の破片が、風の精霊の力で加速しながら音速を超える暴風となって、警察に襲い掛かった。


 しかし、さすがに警察は専用の防御障壁を瞬時に展開していた。両者をただの泥と水に無害化していく。


 そこへキュウウウンと音がして、火の精霊であるイフリートが召喚された。瞬時に火球となって周辺の氷と水を蒸発させて、大きな水蒸気爆発を引き起こす。

 同時に天空から4発の雷撃が降り注ぎ、一帯をバリバリと帯電させた。バランたちのいる防御障壁にも、その電気が流れていく。ビリビリと防御障壁を明るく輝かせた。


 声もなく圧倒されて、防御障壁の中から精霊魔法の連続攻撃と防御を目の当たりにするラウトと小人たち。

 それでもウダヤギリ警察が、ほぼ無傷で水蒸気の中から駆け出してきた。それを見て「おーっ」と拍手する。


 バランが笑って、観客と化したミンヤックやラウトたちを見る。

「一つの魔法の出力の上限が決められているからね。しっかりチームで防御すれば大丈夫なものなのだよ」



 バキンと大きな音がして、巨大なスレイプニルが1頭立ち止まった。

 バランが丁寧に説明する。

「魔法が目くらましになって、地面の割れ目に足を踏み込んでしまって折ってしまったようだね」

 がくりとするラウトたち。ミニセリアが苦笑した。

「何で、こんなしょーもないことで怪我するかなー」


 ミンヤックが笑って腕組みを組み直した。

「怪我するときは、そんなもんだよ。セリア司書」

「いたそー、ねえー」

 相変わらず妙に間延びした声で、プルーが眉をひそめた。コラールもうなずく。

「騎手もね」


 確かに騎手が、頭を抱えて天を仰いでいる。早速、本部に連絡して、診療に向かうので魔法攻防を一時禁止するように要請するバランだ。

 残る5頭は、うなだれる騎手を労わって隊列を組み直す。そして、真っ白い氷の大地を南極点を目指して走り去っていった。


「よし。魔法が禁止された。では、行こうか」

 多重防御障壁を解除して、バラン組を乗せた高速艇が治療に向かっていった。



 もう一日だけ医療支援をして、大会本部に完了報告をしてから本国に帰国するバラン組だ。

 もう急ぐ必要はないので、適当な加速で飛行しながら空中ディスプレーを見て観戦している。

「加速が激しいと、画像が乱れてしまうからね。このくらいの速度がちょうどいいんだよ」

 バランが笑って、シングルモルトウイスキーの南極の氷割りを味わう。

「うん、磯の香りと合うね」


 ミンヤックも同様にして9杯目のおかわりをしている。

「また、二日酔いしますよ。先生」

 ラウトが忠告するが、一向に気にしないようだ。

「なーに、明日は冬至祭で休みだよ」

 ラウトがミニコラールと目を合わせて肩をすくめ合う。

 おかげでバクタプルに到着したのは、大会最終日が終わって数時間後だった。



 到着後は速やかに機材の後片付けを済ませた。その後でコラールと喫茶店でお茶しながら、一緒に今年のツアーの結果をニュースで聞く。


「あー! 残念っ。2位だったのおぉ」

 コラールが手足をバタバタさせて残念がっている。

「やっぱり、2日目でブラカン様が雷撃魔法を受けて落馬してリタイアしたのが敗因だったわっ」


 喫茶店内では、同じようにバタついている人があちこちに見受けられている。窓の外にもいる。

 ニュースでは続けて、順位を予想して違法な賭け事をして捕まった人が次々に紹介されていた。その中に、トリポカラ国王に似た顔の男が見えた。

 ラウトが首をかしげる。

「……まさかね。ねえ、明日の冬至祭、どこに行こうか」

「そうねー……河を遡ってローツェ高原まで行きましょうか。今でも泳げるらしいわよ」

 コラールがニコニコして提案してきた。ラウトも微笑んでうなずく。

「うん。明日は仕事もないし、つき合うよ」

 穏やかな日差しが窓越しに2人に当り、外の守護樹にもウラウラと当たっている。今日もよい天気になりそうだ。


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