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王宮へ

 ミンヤックを薬師部屋に一人残して、ラウトとコラールが近衛兵たちと王宮へ歩いて向かうことになったのだが……コラールが図書館の様子を確認したいと近衛兵たちに申し出た。

「陛下の話し相手とはいえ、もしかするとデータベース検索や大出力の精霊魔法の使用を行うかもしれません。ですので、図書館に立ち寄ってみたいのです。実は、私の司書権限では現在図書館への遠隔アクセスができません。直接、図書館に入ってアクセス設定を修復する必要があるんです」


 近衛兵たちが微妙な顔をした。

「我々も異存はないが、その……その姿で大丈夫なのかね?」

 コラールが顔を赤くしながらも、決然とうなずいた。

「非常時ですから、仕方がありません。その代わり、笑う人がいたら問答無用で電撃を食らわせますけど」


 ということで王宮へ向かう前に図書館へ行くことにしたのであるが……そうなると、いったん町へ出る必要が生じた。

 ラウトが薬師部屋に置いていた簡易杖を手にして近衛兵たちにそれを見せる。

「虫対策でしたら、私が精霊魔法で虫除けをしますので問題ないと思います」

 近衛兵たちがほっとした表情になった。

「すまないね。今の我々では炎で焼くか、凍らせるかしか対抗手段がないので、大事になってしまうんだよ。ラウト君、すまないが頼むよ」



 町は完全に明かりが消えていて真っ暗になっていた。光の精霊がいないので街灯も点いていない。エルフたちは玄関の戸締りを厳重にして、部屋の中で息をひそめているようである。

 物音といえば、巨大ムカデや甲虫の群れが行進しているガサガサ音だけだ。もちろん、全ての店が閉まっているので、大通りとはいえ誰も歩いていない。

 先ほどは、ああ言ったコラールだったが……誰もいない大通りだったのでかなりほっとしている。ラウトにも彼女の様子が伝わってきた。


 ラウトたちを発見すると、やはり一斉に虫の群れが押し寄せてくる。しかし、ラウトが杖をクルクル回して虫除けの精霊魔法を発動させると、あっという間に逃げ散ってしまった。

 それ以降は虫もトカゲも全く寄り付いてこないので、快適な夜の散歩である。


 ほっとした近衛兵がラウトに話しかけてきた。

「いやはや……いつもは当たり前のように虫除けの魔法を使っているのだが。いざ使えなくなると、ありがたみを痛感するものだね」

「ですよねー……」


 近衛兵たちとラウトが談笑していると、じきに図書館前にたどり着いた。相変わらず、見た目は小さい石造りの建物である。

 コラールが近衛兵たちに会釈をして、図書館のドアを開けて中へ入る。真っ暗であった。

「やっぱり、自動でシャットダウンしちゃったのね。少しここでお待ちください。司書室でシステムを再起動させてきますね」


 コラールが光の精霊を数個呼び寄せてロビーを明るくし、その先の司書室へ歩いていった。

 図書館が自動でシャットダウンしたおかげなのか、虫などは侵入していないようだ。近衛兵たちも安心してロビーのソファーに腰掛けて休憩している。


 よく見ると、すでに数十名のエルフ住民がロビー内にいるのが確認できた。虫が大群で襲来してきたので、住居から避難してきたという。近衛兵たちと違って訓練を受けていないので、もろにトロル言葉になっている。

 都住まいのエルフなのだろう、身なりは樹皮などではなく普通の服装である。


 どうしてこういう事態に陥ったのかを、ラウトが彼ら避難民に説明していると、コラールがほっとした表情で戻ってきた。

「司書権限だけだから全機能の復旧はできないけど、とりあえずネットワークとデータベースへのアクセスはできるようにしてきたよ。といっても、使えるのは光の精霊魔法が使える私とラウトさんだけだけどね」

 ラウトが杖を振って、ほっとする。

「助かったよ、コラールさん。やっとネットワークからの魔力支援が得られる。これで、僕ももっと強い魔法が使えるよ」


 コラールもちょっと微笑んで、床から浮いてみせた。

「でも、図書館のサーバーしか使えないし。それもサブの非常用電源を使っているだけだから、使い放題ではないけどね。まあでも、私も浮遊魔法を使えるようになったわ。近衛兵さま、お待たせいたしました。王宮へ向かいましょう」


 避難民たちは、誰もラウトやコラールの全身白タイツ姿を見ても笑ったり怒ったりする者はいなかった。実際それどころではないというのが、本当のところだろう。

 何はともあれ、そのことはラウトとコラールの身だしなみ上の不安を少し和らげてくれたようである。そういえば、体が固まってきているのだろうか。よちよち歩きではなくなって、普通に小走りになっている。


 図書館ロビーへ避難しているトロルなまりのエルフたちに、食料や水、毛布に救急セットなどを配るよう、司書室で作業していたゴーレム2体に命令書を食べさせる。

 その後で、ラウトとコラールに近衛兵たちの一行が王宮へ向かった。



 暗闇に閉ざされている都の街中を通り抜けて王宮へ入る。王宮も完全に消灯しているが、警備ゴーレムはしっかりと仕事をしているようだ。侵入してきた虫の大群相手に奮闘しているのが見える。

 ラウトが杖をゴーレムに向けて虫退治の支援をしようとするが、コラールと近衛兵たちに止められた。

「ラウトさん。非常用電源だから節約して、お願い」

「あ。そうだった。ごめんコラールさん。僕の守護樹と交信ができれば良いんだけど、まだ無理そうだね」

 ラウトが杖をしまって、頭をかく。


 コラールが図書館の司書室から持ち出した簡易杖をクルンと回した。

「そうね。守護樹とは、宗派のサーバーが復旧しないと交信できないと思う。当面先ね。まあ、野生の守護樹を持っている人なら平気でしょうけれど、そんなワイルドな人は都にはいないと思うし」


 その時、コラールが歩いているそばに空中ディスプレーが現れた。

 そこには、少し銀色がかった金髪を腰まで伸ばしている一人の若い娘が映っている。かなりヨレヨレの服装と髪だ。

「お。やっぱりコラールかあ。元気してた?」

「あっ、ステリカじゃない! 私は色々大変だったけれど、今は元気だよ。さっき、図書館のサーバーを再起動させたところ。そっちも復旧したの?」


 コラールの問いに、満面の笑顔でドヤ顔するステリカ。

「えへん。魔法研究所を甘く見ないことね。図書館と同じで独立電源を持っているんだから。まあ、今は非常用電源だけだけどね。あれ? 横に見えるのは近衛兵たちか。何かトラブルでもあったの?」


 コラールとラウトが苦笑する。

「トラブル? 部屋の外に出てみれば分かるわよ、ステリカ……あれ? 魔法研究所の位置情報がおかしいな」

 画面向こうのステリカも首をかしげた。

「そうなのよ。こちらから見ても、図書館の位置情報がずれているのよね。っていうか、都自体の位置情報がおかしくなっているのよ。何か心当たりある? コラール」


 コラールが歩きながらディスプレーを操作するが、首を振った。

「分からないなあ……でもまあ、図書館と魔法研究所だけしかサーバーが復旧していないから、そのせいじゃない?」

 ステリカも微妙な顔でうなずいた。

「そうかもね。まあ、こちらでもう少し調べてみる。ああ、何か、都が真っ暗ね。停電? お店も閉まって……わあ。虫の大群が大暴れしてるじゃない!」


(まさか、知らないとか?)と、危惧して顔を見合わせたコラールとラウトだったが、その通りだった。

 状況をコラールがステリカに説明すると、何か意味不明なセリフを吐いてひっくり返ったようだ。ディスプレー画面からステリカの姿が消えた。


 とりあえず、誰も映っていない画面に向かってコラールが忠告する。

「ステリカ。外に出ちゃダメよ。病気に感染して精霊魔法が使えなくなるから。せっかく復旧した魔術研究所のサーバーがまたダウンするぞ」

 ラウトが首をかしげてコラールに尋ねた。

「ねえ、コラールさん。ステリカさんって、もしかして4日以上も研究所にこもっていたのかな?」

 コラールが苦笑する。

「そうかも。多分4日どころじゃないと思う。ああいうコなのよ。ツーリング大好きだけどね」



「遅いぞ、ラウトとコラール。さっさと来ぬか」

 国王執務室は、光の精霊による照明が全て消えていた。

 代わりに1人の近衛兵が炎の精霊を召喚して、ロウソクのような小さな炎を10個ほど国王の周囲に配置している。炎が揺らめくので、室内の照明としては……はなはだ心もとない。

 その国王専用のソファーに、退屈を持て余した国王が頬杖をついて座って待っていた。


 深くひざまずいて謝罪するラウトとコラールである。その後、ミンヤックが虫除けの薬を大量生産し始めたことを伝え、現状を知る限り報告した。

 国王は虫除け薬の生産開始については評価したが、他の報告については、あまり興味がわかない様子である。

「余も感染してな。近衛兵らと同様、余も通常の精霊魔法が使えなくなっておる。今は氷の魔法使いだ」


 確かに、国王執務室はひんやりと肌寒い。よく見ると、国王が座っているソファーの周辺には霜が降りて凍りついている。スミング農園長と同じ症状のようだ。トロル言葉は話していないが。


 国王に近寄りすぎると息が白くなってしまうほどなので、意識的に距離をとるラウトとコラールだ。しかし近衛兵たちはそうもいかないので、顔が青くなって震えている者もいる。

(さすが陛下。スミング農園長よりも魔力が強いなあ。トロルなまりも出ていないし。でも、このままだと、この部屋全部が凍りつきそうだ)


 顔には出さすに、内心で苦笑するラウトである。

 風の精霊魔法と防御障壁がある程度使えるようになったので、ラウトとコラールだけは冷気の被害を緩和できている。それでも、寒がりのエルフにとっては寒さで震える状態ではあるが。


 ラウトがひざまずいたままで国王に尋ねた。

「陛下。話し相手ということで参りましたが、どういった話をすれば良いでしょうか」

 国王がジト目になって頬杖をつきながら答える。

「いやいや、余もそこまで身勝手ではないぞ。呼び出したのはだな、風や光の精霊を都へ放って治安状況を直接知らせてもらうためだ。警察が機能しておらんからな、治安出動には近衛兵を使う他あるまい」


「ああ、なるほど」と納得するラウトとコラールである。

 国王がジト目のままでニヤリと微笑んだ。

「余も、新たに得た氷魔法をいろいろ試してみたい気はあるが……な。さて、ではラウトよ、仕事にかかれ。コラールは得た安全情報を都じゅうに表示して、住民の無用な不安を解消せよ。この王宮の独立電源は使用できないから、節電しながらな」

 そして、近衛兵たちに顔を向ける。

「ラウトが得た情報を、余が判断して作戦を指示する。主に虫退治であろうが準備を始めよ。新たに得た魔法を使うことになるぞ、訓練の成果を見せてみよ」



 離れている図書館の非常用電源を使って、王宮で精霊魔法を使用する事になる。なので、あまり高出力の精霊魔法は使えない状況であった。

 それでも、ラウトがそれぞれ10体の風と光の精霊を召喚して都へ放った。節電しないといけないので、精霊のサイズも通常より半分ほどしかないが。それでも治安状況を調査するには充分であった。


 異世界人が多くいる病院とアパートにまず割り振り、残りを港湾や飛行場の重要施設、浄水場や汚水処理場のライフライン施設、そして略奪や盗難防止のために商店街へ割り当てる。

 最後に残った分は、都を巡回させて監視する配置である。都のサイズが大きくないことが、この場合有利になった。


 コラールが隣でディスプレーを操作しながら、都の主要部に安全情報を表示した。そのために必要になる光の精霊魔法の術式を入力していく。

「ラウトさん、大丈夫? 薬師部でも精霊とゴーレムを使っているでしょ。あまり無理をしてはダメよ」

 ラウトがコラールの隣で微笑んだ。

「大丈夫だよ、コラールさん。仕事でよく使う魔法だから慣れているよ。でもこれ以上精霊の数を増やすのは、さすがに負担が大きくなるけど」


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