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白タイツ同盟

 2日後。ラウトが目を覚ますと、そこは病院の個室だった。まだ意識がぼーっとしているまま、窓の外を見上げる。

 爽やかな秋の空に、絵筆で描いたような白い筋雲がいくつも浮かんでいるのが見えた。そのままベッドから起き上がるが、なぜか体じゅうの関節と筋肉が軋む。

 しかし痛いというほどではなかったので、なおもぼーっとしている……と、聞き覚えのある声が耳に届いた。


「もう。やっと起きたのね。ラウトさん、おはよう。体の調子はどう?」

 ラウトが声のした方向へ顔を向けると、同じ病室の隣のベッドに腰掛けているコラールがいた。

 退屈を持て余しているのがよく分かる表情で、小さめの空中ディスプレーで歌番組を見ている。アバンがドヤ顔で民謡を朗々と熱唱しているのが見える。音声は指向性なのだろう、ラウトのいる方向には聞こえてこない。


「ああ……おはよう、コラールさん。ええと……その変な服装はどうしたの?」

 ラウトが伸びをして体じゅうのコリを直すと、ゴキ、コキとあちこちから音がした。

 ラウトがそう思うのも無理はないだろう。コラールは全身白タイツ姿で、何かの前衛舞踊でもこれからするようだったのだから。

 もちろん全身タイツなので、頭も首もぴっちりとタイツに覆われている。唯一、額から顎までは覆われていないので、それでラウトがコラールだと認識できていた。ただ一応、タイツの上に病院の医師が着ているような白衣をまとっているが、異様な印象は隠せていない。


 その全身タイツのコラールが包帯に包まれた右手をラウトに突き出して、冷ややかな微笑を返した。

「あら。ラウトさんも、その姿はどうしたのかしら?」

 そう言われて、ラウトが自身の様子を確認する。見事に彼も全身白タイツ姿であった。ただ、彼の場合は目元と口元以外は全てタイツに覆われているのだが。そして、白衣は着させてもらえていなかった。


「あ、あれ?」

 混乱するラウトだったが、意識がはっきりしてくるにつれて記憶もよみがえってきた。そう、バンパイア化してコラールに、上から目線で愛の告白までやってしまったことも。

「う、うわわわっ」

 白タイツに覆われたラウトの顔が赤面して、頭を抱えてベッドの上で転げまわった。

 それをジト目で微笑みながら見つめるコラールである。


「コ、コラールさん。あ、あの、その、告白それ自体は僕の本心ですっ。で、ですが、言い回しと態度が最悪でしたっ。ごめんなさい!」

 もう涙目になっているラウトの必死の言い訳を、ジト目のままで聞くコラールである。

「そうね。まさかバンパイアに告白されるとは思わなかったわ。しかもアレ、都じゅうに生中継で放送されてたのよ? 私達もすっかり有名人ね」

「な、生中継!?」


 すっかり青い瞳に戻ったラウトが狼狽して、コラールに平謝りする。

 それを見つめていたコラールが、「ふう」と、ため息をついてジト目のままで微笑んだ。

「ラウトさんが悪いのではないわよ。全ては腐れ坊主の怠慢のせいだから」


 ラウトはよく分からない様子であるが、コラールが「コホン」と咳払いをしてラウトをじっと見つめた。

「……それで、告白の返事だけど。とりあえず、なかったことにしない? 私も告白されて嬉しかったけれど、ラウトさん、あの時死んでたし」

 ラウトも白タイツで覆われた頭をかいて同意した。

「うん、そうだね。またの機会に改めて告白するよ」


 コラールがジト目をやめて、頬を軽く染めながら微笑んだ。

「そうね。今度は死んでいない時にお願いね。とりあえず、1000年くらいクールダウン期間を設けましょう」

 少なからずショックを受けているラウトである。


「大丈夫よ。私も心変わりする予定は今のところないから。1000年も経てば私たちも有名人じゃなくなっていると思うし。あ、そうだ。バラン先生にラウトさんが起きたことを知らせなくちゃね。2日間も眠っていたのよ、ラウトさん」

 そういってニコニコしながら、コラールが手元のディスプレーを操作し始めた。左手だけしか使えないが器用である。



 最初にやってきたのはバランだった。白衣をきちんと着こなしていて威厳が溢れている。

 杖でラウトの体の状態を波動検査して、満足そうにうなずいた。

「うん……もう大丈夫だね。ラウト君は完全に死んでいてバンパイア化していたから、どうなることかと案じていたんだよ。君の守護樹に感謝するんだね」

 ラウトが冷や汗をかきながら、硬直した笑みを浮かべた。

「バラン先生、本当に私は死んでいたんですか? バンパイアになっていた間の記憶はしっかり残っているんですが」


「そうね」とコラールも、隣のベッドに腰掛けたままバランを見つめる。

 バランが真面目な顔でラウトにうなずいた。

「そうだよ。死なないとアンデッドにならないし、バンパイアにもなれないからね。バンパイア化しても生前の記憶はそのまま残るんだよ。そうしないと死者の国での市民権登録に支障がでるだろう? ゾンビ化では残らないけどね」


 バランによると今回は幸いな事に、バンパイアに変化してから時間があまり経過していなかったそうだ。毛根とかがまだ生きている状態だったので、ラウトの体を再構築することができたと話す。

 ただ、神経の再構築に特殊な薬を使っている。さらに体細胞や脳の再構築の後、全身に激痛が走る恐れがあったため特殊な鎮痛剤も使っているそうだ。

「その副作用で記憶障害が残るかもしれないけど……まあ、君の守護樹に保存されているデータを使えば記憶の補完ができる。大丈夫だと思うよ」


 ラウトが目を点にして聞いている。よく分からないが、すごい処置を施されたらしい。

「あー……だから頭痛がするのかな」

 バランが微笑んだ。

「薬の副作用だね、明日には治るよ」


 ラウトがおずおずとバランに尋ねた。

「あの……施術代とか入院費はどうなるんでしょうか?」

 バランがウインクして微笑んだ。

「大丈夫だよ。国庫から全て出ているから。君には落ち度は全くないのだからね。むしろ、非正規ゲートを発見してくれたから、褒賞が出ると思うよ」


 それを聞いて、ほっとするラウトであった。

 コラールもラウトの様子を横で見ていて、クスクス笑っている。

「でも、さすがバンパイア‐ラウト‐ジャンタンよね。警察に狙撃されて穴だらけにされたのに、もう完全回復ですもの。私なんか全治2週間なのに」

 そういって、包帯に包まれた右手を見せた。

「もうちょっと粘って、完全に私もバンパイア化してから警察に狙撃の合図をした方が良かったかな」


 バランも腕組みをして苦笑した。

「そうだね。バンパイア‐コラール‐ミンタマーフか。私も症例が2つに増えるのは歓迎だね」


 そんな談笑をしていると、ドタドタと慌しい音を立ててラウトの家族が全員病室になだれ込んできた。

 そして、バランと話をしている白タイツ姿のラウトの姿を目に留めるなり、『ぶあ』と大粒の涙をこぼしてラウトに抱きついてきた。とりわけ取り乱して泣いているのは姉である。

 驚いて目を白黒させていたラウトだったが……彼もほっとした実感が湧き上がってきたのだろう、一緒になって大泣きし始めた。


 ラウトの両親と姉がバランに深く深く礼を重ねていると、病室にコラールの家族が入ってきた。

 ラウトがほとんど飛び上がってベッドから転げ落ちそうになりながらも、平謝りをする。

 コラールと両親は互いに目配せをしていたが、「コホン」と父親が咳払いをして、ラウトに厳しい眼差しを向けた。

「……ラウト君。君に責任はないとはいえ、一人娘が半分バンパイア化して入院してしまった事実は事実でね。君のご両親とも話し合ったのだけど、とりあえず1000年ほど沈静期間が必要だということで一致した。それでいいかね?」


 ラウトがうなだれながら同意する。

「はい。私もコラールさんを危険な状態に追い詰めてしまった責任は痛感しています。異存は全くありません」

 コラールの母親が残念そうな表情になった。

「仕方がないわね。私たちが生きている間には、コラールの花嫁姿は拝めそうにないわね」

 と、チラリと夫を横目で見やる。「う」と詰まった声を出したコラールの父親であるが、改めて咳払いをした。

「……ま、まあ。ラウト君の今後の頑張り次第では、前倒しで解禁もありうるだろう。仕事で成果を出して出世して、早く立派なエルフになることだ」


 ラウトが姿勢を正してうなずいた。全身白タイツ男になっているので、アピール性はかなり乏しいが。

「はい。頑張ります」

 コラールが微笑みをラウトに向けた。こちらも全身白タイツ女だが。

「期待しているわよ、ラウトさん」


 2人の全身白タイツを微笑んで見守っていたラウトの姉だったが、何か疑問に思ったのか、バランに尋ねた。

「あの、バラン先生。どうして2人とも、このような姿なんですか?」

 それは、この場にいる全員が同じように感じていたようで、一斉にバランの顔を見つめた。

 当のバランは優雅に微笑んだままである。

「ああ……説明をし忘れていましたね。バンパイア状態からの再構築なので、こうして型枠にはめておかないと、体や組織がいびつになってしまうんですよ。まあ、羽化前のサナギですね、今は。明日には固まりますから、普通の服装も着ることができますよ」


 サラリと言ったバランであるが、衝撃は相当だったようである。「サナギ?」と、自分の手を見るラウトとコラールであった。ラウトの姉が「なるほど……」とうなずく。

「だからラウトに抱きついたときに体がフヨフヨしていたのか。ラウト君、君はどれだけ通り名を増やせば気が済むのかな?」


「そうそう」と、ついでに思い出したのか、バランが補足した。

「ああ、そうだ。髪が生えそろうまでは、カツラか何かを使用するのが良いでしょうね。育毛の魔法は、まだ体への負担の面でお勧めできませんので」

 コラールの目が大いに挙動不審になった。一方のラウトは(またハゲかよ)と達観しているようである。


 さらにミンヤックとレマック、スミングの3人が病室へ入ってきた。

 ミンヤックが白くて巨大な歯を見せてラウトに笑いかける。

「おお。これはまた凄い姿だな。とにかくも、生き返ってなによりだ」

 そして、レマックの第一声。

「早く職場復帰してくれよ、ラウト君。今日は僕1人だけしかいないし、ランの研究で忙しいんだからね」

 農園長のスミングは、風邪気味なのか声質がトロルのようになっていた。姿勢も猫背になっている。

「……ゴホゴホ。おや、レマック先生のところのテラン君もお休みですかるるるる。実はうちのカンプンも休みでねるるるる。風邪が流行しているのかねるるるる、ぷるわ」


 ラウトが苦笑する。

「皆さん、いつも通りで私も嬉しいですよ。スミング先生、その言葉使い、まるでトロルみたいですよ。あの、すいませんが、隣の水差しを私に下さい。2日ぶりに話したせいか、喉が渇いてしまいました」

 スミングが「いいとも」と、隣にある机の上に置いてある、水差しを手に取った。ガラスのコップに水を注ぐ。

「ん? 日に当たって、水がぬるくなってしまっているるるるね」


 次の瞬間、スミングが持っている水の入ったグラスが凍りついた。

「ぷるあ?」

 ついでに病室の空気も凍りついた。

 数秒ほどして、ようやくラウトの姉がスミング農園長を指差す。ほとんど化け物を見るような目である。

「あ、あの。どうしてエルフには使えない氷系の精霊魔法が使えているんですか?」

 当のスミングにも分からないようだ。

「ぷ、ぷるあ? ぷるあ? 何事だるるるる」


 混乱しているスミングの様子を、手持ちの杖を向けて観察していたバランだったが……厳しい顔でスミングに尋ねた。

「スミング君。試しに何か風でも光でも水でも構わないから、魔法を使ってみてくれないかな。病院のネットワークを使えるようにしたから、杖がなくても大丈夫だよ」

 言われたとおりにスミングが腕を振ってみる。


 ……しかし、腕が風を切る音しかしなかった。

 バランの顔が決定的に厳しくなった。

「スミング君。どうやら、君の精霊魔法特性が変わってしまったようだね」


 そして、空中に小さなディスプレーを発生させて何か検索した。

「ふむ……カンプン君とテラン君の診断カルテでも同じだね。カンプン君は土系、テラン君は炎系の能力が生まれている。言動もトロルに似ている」


「ぷ、ぷるあ! なぜだるる、なにがおこったるるるる」

 錯乱したスミングが暴れ始めたが、すぐにドワーフのミンヤックに首根っこをつかまれて押さえ込まれてしまった。

 病室にいるエルフ全員が混乱し始めているのを無視してバランが告げた。

「これは、恐らく伝染病ですね。感染者の情報からみて、農園に忍び込んだ果物泥棒のアンデッド貴族が撒き散らしたのでしょう。確か、死者の国での生物兵器には、このようなものがあると文献で読んだことがあります。スミング君、果物泥棒が荒らした農園に最初に入ったのは何日前かな?」


 ミンヤックに床に押さえつけられたままのスミングがちょっと考えて答えた。床が凍り始めている。

「ええと。3日前だるるるる。カンプンとテラン、ラウト君が手伝ってくれた日だるるるる、ぷるあ」

 バランがこめかみを押さえた。

「ということは、我々も感染しているとすると、明日あたり発病する可能性がありますね。困りました」


 ラウトが目を白黒させながらもバランに尋ねた。

「でも、バラン先生。あの果樹園は結界の中にありますよ。都には流出しないように思えますが」

 スミングが即答した。

「ぷるあ、換気をしているるるるから、都へも病原菌が漏れ出ている可能性はかなり高いるるるる」

 バランも首を振る。

「うん。それもあるし、生物兵器を使うようなアンデッド貴族がどうして農園だけに病原菌をばら撒くと思うのかな? 我々を混乱に陥らせて、得意の精霊魔法を封じれば、もっと楽に果物泥棒をこなすことができるんだよ。多分、彼は都の上空から病原菌をばら撒いていたと見て良いと思うけどね」


 そして、病室の全員に告げた。

「まだ、可能性の段階ではありますが、今日か明日には、我々も精霊魔法の特性が変わるかもしれません。早急に対応策を検討することを提案します」


 コラールが手元のディスプレーを拡大させて、皆に見えるようにした。

「バラン先生の推測が正しいと思います。世界間転移ゲート管理人からの報告です」

 そこには茶をすする坊主の姿が映し出されていた。

「ふむ。エルフのお嬢さんの危惧が当たったのう。果物転売の貴族と先ほど話をしたのじゃが、世代落ちして民間払い下げになっていた微生物兵器を、都の上空で散布したと語ってくれたよ」


 バランが深いため息をついた。

「そうですか。では確定ですね。その生物兵器のデータをすぐに病院まで送って下さい」

 坊主が茶をすすりながらうなずいた。

「そうしよう。お代は無料で構わないぞい。ああ、そうそう。その貴族じゃが、ワシの方で適当に呪いをかけておいたから、もうエルフ世界へ来ることはないじゃろう。では」

 そのまま一方的にディスプレーが消滅する。


 何かぶつくさ文句をつぶやいているコラールに、バランが礼を述べた。

「さて。もう残り時間がないけれど、明日予定していた手術や施術を今日に繰り上げますかね。皆さんも明日の予定を今日中に終わらせておくことを勧めますよ」


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