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果物泥棒騒動 その3

 そのまま洞窟の先へ絨毯に乗ったままで進む。すると洞窟の壁面や天井、床に、カビが広がっているのが目立ってきた。

 最初は黒いカビだけだったのが、先に進むにつれて赤、黄色、青色のものも混じり始め、緑色や青色に発光している種類も現れ始める。

 ラウトがディスプレー画面を見て感心した。

(へえ。ここの空気の組成って外と全然違うんだな。この環境に適応しているんだから、そりゃあ外では見かけないわけだね)


 やがてカビだけでなく、コケのようなものや、粘菌も目立って見えるようになってきた。互いに重なりあって層をなし、塔のようなコロニーを形成している。

「すごいな。まるで森のようだ」


 もはや洞窟の岩盤は全く見えなくなり、菌類やコケ類に覆われた大伽藍の様相を呈してきていた。

 塔や鍾乳石のようなコロニーがびっしりと視界を占有するが、不思議と洞窟の中央空間は確保されている。そのため、絨毯での浮遊移動には全く支障は出ていない。

 よく見ると、洞窟中央へ伸びてきたコロニーは、途中で削られているようだ。


(……ふむ。コウモリゾンビや虫ゾンビが削ったのかな。まあ、出入りするための通路は必要だよね)

 今は光魔法で完全にラウトの支配下にある虫やネズミにコウモリなどは、林立する塔の隙間を縫って移動しているのが見てとれる。



 ところが、この菌類の塔が立ち並ぶ風景はすぐに変わってしまった。

 代わりに登場したのは、床と壁面一面にびっしりと生い茂る大きなランの園である。高さは1メートルほどだ。セマンが記した通りに緑色ではなく、茶色の体で葉がない。ひょろりと伸びた茎の先に大きなつぼみがついている。


「へえ……確かに異様な姿だなあ。植物をやめたランか」

 ラウトが感心しながらゆっくりと空中を浮遊して、眼下や壁面を埋めつくしているランを鑑賞する。

(うーん……あまり魅力的な姿とは言えないなあ)

 地面を見ると、こぶし大の石が無数にあって床を覆いつくしている。さらによく観察すると、ゾンビ虫やネズミなどが、せっせと石を運び入れて敷き詰めているようだ。

(なるほどね。岩盤には根を張れないから、ゾンビに石を持ってこさせて石河原みたいな環境にしているのか。確かに、これなら根もしっかり張れるよね。それじゃあ採集する際には、この石も一緒にしないとまずそうだな)


 ラウトが早速、小さなガラス瓶を取り出し、杖を操作してランを石ごとガラス瓶の中へ吸い込ませる。それを済ませたガラス瓶を、風の精霊に命じて外に停泊しているボロ船まで輸送させていく。

「100株くらいあれば、いいかな。何か面白い薬になればいいけど」



 とりあえず、これで1つの仕事は完了したので本来の調査に戻る事にした。周辺をキョロキョロと見るラウト。

「うーん……盗まれた果物って、どこにあるんだ? もっと奥かな」

 そのまま浮遊絨毯に乗って、洞窟のさらに奥へ向かう。ラウトの顔が少し険しくなってきた。

(う……死霊術と闇魔法場の臭いが強くなってきたぞ)


 突然ランの園が途絶えた。再び岩盤だけになる。

 ディスプレーに警報が表示され、杖を前方の闇に向けてラウトが身構えた。闇の向こうから地響きがして、エルフの細長い耳がピクリと反応する。

(粘菌? かな。かなり大きいな。生命反応があるからゾンビじゃないのか。洗脳しても大きすぎて邪魔になるから、申し訳ないけど消えてもらうか)


 攻撃魔法の切り替えを素早く終える。使用許可が下りて、ディスプレーにエルフ語でその旨が表示された。

 同時に鉄砲水のような勢いで、液状の巨大な物体が洞窟を一杯にして襲い掛かってくる様が、照明で照らし出された。


「発動せよ」

 ラウトが再び一言放った。

 次の瞬間、洞窟を満たしていた液状の物体が消滅してしまった。


 そのまま杖を前方の闇へかざし、ディスプレー画面で残存している粘菌がいないかどうかを確認する。

「……よし。全部消えてくれた」

「ふう」と安堵の一息をついて、杖の根元に取り付けられていたカートリッジを交換する。

(しかし、凄い威力だなあ。採集ビンと同じ原理だそうだけど、あの巨大な粘菌が全部、このカートリッジに入って加水分解されちゃったのか。全自動っていうのが兵器らしいよね)


 粘菌がいた場所には、大量の果物があって山積みになっていた。ほとんど洞窟一杯になるような量である。

 浮遊絨毯から降りたラウトが呆れた顔で、この果物の山を見上げた。

「……確かに、これだけ盗まれたら、カンプンも怒るよねえ」


 果物の量を調べようと、ラウトが杖の先に明かりを灯しながら山積みの果物の中へ歩み入る。ちょうど人一人が通ることができる隙間があったので、そこを通って奥へ進む。

(さっきの粘菌は、これを食べていたのかな。それにしては食べ残しが見当たらないけど。ん?)


 果物の山の裏側へ出たラウトの目の前に、空間転移ゲートがあった。しかも稼働中で扉が開いており、向こう側の世界が見えている。

「は?」



 ラウトが装備しているゴーグルや杖には、通信装置がついている。

 そのため、ラウトが見ている景色や物は、遠く都でモニターしているバランやミンヤック、レマックやスミング、ついでに図書館司書室でディスプレーを見ているコラールたちにも届いている。

 皆、セリフや反応こそ様々だったが、意表を突かれたのは共通していた。


 コラールが怒り心頭な表情と声色で、別のディスプレーに映っている坊主に食ってかかった。

「こら、アンデッド! 何であんな場所に非正規ゲートがあるのよ! アンタ、ないって言っていたわよね」

 坊主が面倒臭そうな顔をする。

「あのな。非正規ゲートの調査は趣味だと言ったじゃろ。異世界全ての調査なんか、趣味でできるはずもなかろう」

 コラールとセリア、司書長がそろって猛烈な非難を開始した。


 そのまま放置すると収拾がつかなくなると思ったのか、バランが間に入って両者をとりなす。

「気持ちは、双方ともに分かりますよ。しかし、今は言い争いをするよりも、これがどこに通じているのか調べるのが先ではないですか?」


「それには及ばないよ。エルフの諸君とゲート管理人殿」

 ほとんど感情が消え失せて冷たくなったような低い声が、ディスプレーの向こう、ラウトがいる場所から聞こえてきた。


 ラウトが驚いて、慌てて杖を声がした方向へ向け照明を浴びせる。しかし、洞窟の奥にいる彼には光は全く届いていないようだ。それどころか光を拒否しているかのような暗黒をまとっている。

 バランが慌ててラウトに叫んだ。

「ラウト君! 光魔法で攻撃するんだ、早く!」


 ラウトも相手が闇の中にいるので混乱しているようだったが、杖が自動で攻撃魔法を発動した。

 ラウトのそばに生じている空中ディスプレーにはいくつもの警告表示が踊っていて、自動迎撃システムが作動、使用許可が下りた旨の表示も出ている。恐らく、杖と魔法を提供した警察による遠隔操作なのだろう。


 まばゆく杖の先が輝き、レーザー光線のような光魔法が闇の中にいる敵を貫いた。

 カートリッジに充填されていた魔力が一気に消費されて、自動で杖から排出されて床に落ちる。


 同時にラウトも崩れるように倒れ伏した。急速に生気が失われて肌の色が土気色になっていく。

 ディスプレーに映る坊主がやれやれという風で首を振った。

「そんな弱い精霊魔法では無理じゃよ、エルフたち。相手は死者の国の貴族じゃぞ」

 闇は低い含み笑いをして、坊主の言葉に反応した。

「さすがは、ゲート管理人だな。いかにも、我は死者の国の貴族。少々、資金が必要だったのでね、君たちの農園から果物を拝借して直販ルートで死者の国の客に売っていたのだよ。おかげで、ずいぶんと資金がたまった。君たちの協力に感謝するよ」


 闇の中で腕を動かしたような気配がする。

 数体のゴーレムが闇の中から現れて、果物をせっせとゲートの向こうへ投げ入れ始めた。ゲートの向こう側にもいつの間にか同じようなゴーレムがいて、果物を受け取ってかごにせっせと収めている。


 尊大な物言いをしている死者の国の貴族だが、商いはこれで終了だと覚ったのだろう。相変わらず闇に包まれていて姿は確認できないのだが、気配からするとゲートの扉に手をかけて、いつでも逃げ出せる体勢になっているようだ。


 コラールが坊主に鋭い視線を向けた。

「コラ、坊主。死者の国の生鮮市場では異常な取引は行われていないって言っていたわよね。このウソつき」

 坊主がコホンと咳払いをする。

「だから、趣味だと言っているじゃろう。直販取引まで追跡できるわけがなかろう」

 コラール以下、セリアと司書長の図書館組が異口同音に吐き捨てた。

「役に立たないクソ坊主ね。はー、使えないったらありゃしない」


 苦い顔をしたままのバランが、闇の中にたたずむ貴族に問いかけた。

 姿は見えないのだが、ゲートの向こうの死者の国の世界へ逃げ出そうとしているようである。

「エルフの世界では、闇魔法場や死霊術場は微弱なのだが……どうしてそんなに強力な魔法を使えるんだね?」

 貴族が鷹揚な声色で答えた。気配で察するに、片足をゲートの向こうに下ろしたようだ。

「確かにエルフ世界では、このような強力な闇魔法を使うことはできないな。だが、このランが密生している場所は例外なのだよ。このランが強力な死霊術と闇魔法場を発生させるからね。君たちが、途中で遭遇したゾンビどもは、我が作ったものではない。全てランが作ったのだよ」

「なるほど、このエルフ世界もまだまだ分からないことが多いのだね。ところで、その床に転がっているエルフの若者はゾンビ化しているのかな?」


 闇の中で不敵な笑い声を上げる貴族が否定した。

「いや。せっかくだから、下等なバンパイアにしてみたよ。もうそろそろ変身が完了する頃かな。コウモリにして、君たちの元へ送り返してあげよう」

 バランが表情を変えずにうなずいた。

「それはどうも」


 同時にディスプレー画面が真っ白になった。「ひゃ」と驚く図書館組。

 バランが残念そうな顔をした。

「むう……逃げられたか。機動警察の遠距離攻撃魔法だったのだが」

 真っ白な画面が真っ黒になった。通信機能が停止したのだろう、もう何も映らない。

 レマックとスミングも残念がる。

「あああ。貴重なランの群生地が……」


 ミンヤックが「フン」と鼻を鳴らした。

「で、現場はどうなったんだ? バラン」

 バランが肩をすくめる。

「さあ。多分、洞窟ごと全てが破壊されたんじゃないかな。対アンデッド用の攻撃魔法だったから、洞窟のゾンビたちは全滅だろうね」


 コラールが顔を青くして、ディスプレーに映るバランに食ってかかった。

「ちょ、ちょっと! ラウトさんはどうなったのよ!」

 バランが杖をどこかの方角へ向けた。「ふ」と笑みがこぼれる。

「さすがにバンパイア化しただけあるね。こちらへ向かって飛行中だよ。コウモリになっているけれどね」



 都の沿岸遊歩道に設けられている、川面を見下ろすビューポイントの1つにコラールが1人立っていた。

 司書の制服姿で、夕暮れの風に長くてふわふわした金髪をなびかせているシルエットはそれなりに絵になっているのだが……この上もなく不機嫌な表情である。


 夕暮れはかなり終わりに近づき、都は夕闇に包まれてきていた。

 コラールが立っている周辺にはいくつもの空中ディスプレーが生じていて、機動警察の偉い人や、バラン、司書長などの姿が映し出されているのが見える。

 コラールの立つ周辺には誰もいなくなっているのだが、光の精霊がいくつか街灯に入っていて撮影している。都じゅうにライブ放送されているようだ。


 警察の偉い人が画面越しにコラールに告げた。

「バンパイアは間もなくやってくるはずだ。狙撃準備は完了しているから安心してくれたまえ」

 コラールが画面に映っているバランに文句を垂れる。

「バラン先生。すごく恥ずかしいんですけど」

 バランが苦笑した。

「すまないね。バンパイアのラウト君をおびき寄せるためだ、こらえてほしい。バンパイア化した者は、仲間を増やす行動をとるからね、一番好意を抱いている君を最初に狙うはずなんだよ」


 コラールのジト目がさらに険悪なものになる。

「それは分かりますけど……どうして都じゅうにライブ放送するんですか?」

 司書長がコホンと咳払いをした。

「それはですね、コラール。ブラックリストのラウトさんが確実に最初にあなたのところへ現れるという保証がないからです。別の誰かを襲うかもしれません。ですので、双方向の監視網を構築しているのですよ。その見た目がライブ中継に見えるだけです。図書館としては、この記録をとることも重要な仕事ですからね」


 司書長の隣でニヤニヤしているセリアがウインクした。

「都の全世帯で視聴しているわよ。視聴率100%ね。ついでに国外へも映像を送っているから」

 完全に地声でコラールが微笑みながらセリアにウインクを返した。

「セリア、お前の仕業か。後でコロス」


 別の画面にはラウトの姉の姿も映っていた。後ろにはコラールの両親もいて、ラウトの両親と謝り合戦を繰り広げていた。

「コラールさん、大変なことに巻き込んでしまい申し訳ありません。腐れハゲの弟に後でキッチリと落とし前をつけさせますから」

 コラールが、ここでようやくラウトの姉にぎこちない笑みを見せた。

「いえ。ラウトさんに落ち度はありません。全てはウソ情報を流した、このアンデッド坊主が悪いんですから」


 そのアンデッド坊主がやれやれという顔をしたままで、別のディスプレー画面からコラールに抗議した。

「だから、趣味でやっているだけだと繰り返し言っておるだろうが。まったく、これだからエルフは」

 コラールのジト目が坊主に突き刺さる。

「うるさい、アンデッド。それで、犯人の果物泥棒バンパイアはどうなったのよ」

 坊主もジト目で返す。

「うむ。果物を盗んで転売しただけなのでな、無罪放免じゃったよ」

「はあ!?」


 これには、さすがに都じゅうのエルフが怒ったようである。一気に騒然となっていく。

 コラールが食ってかかる。

「コラ、アンデッド坊主。ラウトさんのことはどうなのよ!」

「それも無罪だな。死者の国では、貴族の庇護下でバンパイアになることは市民権を得たようなものだからな。罪になどなるはずもなかろう」

「あ、ありえないわ……」

 絶句するコラールとライブ中継放送を見ているエルフたち。ドワーフのミンヤックも唖然としている。


「それはそうと、彼氏がおいでなすったぞ。エルフのお嬢さん」

 アンデッド坊主がコラールに機械的に伝えた。

「え?」

 硬直するコラールだが、彼女の視界には何も入ってこない。普通の夕闇に沈む川辺の風景だけである。


 バランが画面の向こうで唸った。警察の偉い人も渋い顔をしたままである。

 バランがお手上げの声をあげた。

「闇魔法を障壁に使っているようだね。全く探知できないよ」

 コラールが冷や汗を流しながらバランに尋ねる。

「え、でも、バラン先生、先ほど杖を使ってラウトさんの位置をつかんでいたじゃないですか。コウモリになっているって」


 バランが降参のポーズをとりながら肩をすくめた。

「それがいけなかったね。ラウト君に気づかれて、闇魔法の障壁を張らせてしまった。障壁がなければ問題なく捕捉できたんだけどね」

 スミングが「おお」と目を輝かせた。

「そうか。だから農園の警備網に引っかからなかったのか。なるほど、なるほど」

 コラールのジト目がまた険悪になった。

「まったく、どいつもこいつも」


 その瞬間、コラールの体に氷の衝撃が走った。いきなり体温が強制的に下げられた感じに襲われる。目の前の空間に闇の塊がいるのが直感で分かった。まるで別物に成り果てているが。

「ラウトさんね!」

 コラールが毅然と前方を指差した。


 同時に闇を自ら振り払ってラウトが姿を現した。体の半分がコウモリの集合体になっていて、もう半分は黒い霧に覆われて体の輪郭がぼやけている。赤く輝く瞳がコラールを凝視していた。

 人の体の部分から見える皮膚の色は、全く血の気を失っていて土色に変色している。浮遊魔法は使えないはずだったのに、今は余裕で空中に浮かんでいることが何となく哀愁を誘う。

 そして、口元には2本の鋭い牙が白く鈍い光を放っていた。


「でも、汚れた作業着なのね……」

 哀れみの視線を送るコラールである。

 バンパイアのラウトは空中からコラールを見下した視線を送り、両腕を大仰に天に向けてあげた。

「ふ、ふはははは! 我は高貴なる闇の眷属ラウト‐ジャンタンなり。我が主の命により、貴様らエルフを下僕にするべく推参した。喜べエルフどもよ、高貴なる我が主にお仕えできる稀有なる機会であるぞ」

 コラールはジト目のままである。

「ラウトさん、言葉遣いと文法がおかしいわよ。それと服装が絶望的だわ」


 が、ここでコラールがはっとして気がついた。ラウトの姿を見ているのは自分だけだと。

 彼女の周辺にある空中ディスプレーに映るバランや警察の偉い人、司書長にミンヤックまで、誰一人としてラウトの姿を認識できていないようだ。ラウトの痛い発言はしっかり聞こえているようであるが。

 彼の姿が見えないので、攻撃魔法の狙撃ができず混乱している。


「そこの、コラール‐ミンタマ-フよ。お前を我が同胞に加えよう。至玉の幸福に打ち震えるがよい! 我の真実の愛とともに永遠の栄光に浴するのだ。さあ、契約の口付けを あっ?」

 ラウトの求婚のセリフがまだ途中ではあったが、コラールにはもう充分だったようだ。

 見事な右ストレートがラウトの顔面に炸裂して、コラールの右拳がラウトの口の中にめり込んでいた。


 ラウトの赤く輝く目がパチクリと瞬き、口から黒茶色の液体がほとばしる。

 コラールの右拳はラウトの牙やら歯を全て叩き割っていて、あごの骨も砕いているので、その代償としてズタズタになっていた。

「こ、の、ば、か!! ……くっ」

 コラールが顔をしかめた。右拳が急速に土色に変色していく。コラールもバンパイア化が始まったようだ。

 赤くなり始めた目で、腰までのふわふわ金髪を大きく振り回してディスプレーに映る皆に告げた。

「この手の先にラウトさんがいます!」


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