果物泥棒騒動 その2
都の空港滑走路の脇にある駐機場では、やはりいつものボロ船が用意されていた。今は、ラウトがパイロットゴーレムに航行プログラムを食べさせている。
見送りに来ているのは、バラン、ミンヤック、スミングにレマックのいつもの面々であった。
ラウトがパイロットゴーレムに紙を全て食べさせて、船の操縦席へゴーレムがよじ登っていくのを見守る。
スミングとレマックがラウトに近寄ってきて、がっしりと肩をつかんだ。
「ラウト君。ぜひとも、その不思議なランの株を持ち帰ってくるんだよ」
ラウトがジト目になる。
「先生方。持って帰っても、空気中では枯れてしまう恐れが高いですよ。まあ、密入国して勝手に探検しているセマンの書いた情報ですから、そもそも真実なのかも怪しいんですから」
しかし、スミング農園長は自信満々で胸を張って答えてくれた。
「大丈夫だよ、ラウト君。既に専用の結界ガラスハウスを準備しているから。百本でも千本でも採集してきてくれ」
「先生。そんなに乗りませんよ、この船ではせいぜい数十本が限度です。しかし、そのランって、薬に使えそうなんですか?」
ミンヤックが苦笑して肩をすくめた。
「さあな。文献にはないランだから、しばらくの間は実験研究の目的にしか使えないだろうな」
と、レマックを見る。
レマック薬師は早くもニコニコしっぱなしである。
「そうだね、ミンヤック。闇魔法と死霊術場を帯びている植物なんて非常に珍しいからね。研究のネタは尽きないな」
ラウトのジト目がさらにきつくなるのを、微笑んで見ていたバランが合図した。
「よし。管制から離陸の許可が下りたね。では、有毒ガスには充分に注意して採集と調査に行ってきてくれ」
ラウトがうなずいて船に乗り込む。既に船体を大量の風の精霊群が包み込んでいた。
「はい、バラン先生。では、行ってきます」
そのまま手馴れた動きで杖を振るとフワリとボロ船が浮き上がり、滑走路に向けて動き出した。
バランがそれを見送りながらミンヤックにつぶやく。
「なあ、ジャンビ君。中古の船で安いやつはあるかな。そろそろ買い替え時だろう、アレは」
ミンヤックがニヤリと笑ってうなずいた。
「そうだな。定期連絡の時にドワーフ政府に聞いてみるよ。確かに、アレじゃあな。いつ空中分解してもおかしくない代物だ」
実際、細かい破片のようなものが、船体からはげ落ちて駐機場に落ちていた。風の精霊によって磨耗されたのだろう。しかし、駐機場にある他の船も半分以上はボロ船なので、あまり目だっていない。
滑走路を滑らかに加速しながら空へ飛び上がっていくラウトが乗ったボロ船を、バランが見送る。
「まあ……エルフは風の精霊が使えるし守護樹もついているからね。もし船が空中分解してもケガをすることはないよ。あるとすれば、その時に地上にいた運の悪いエルフかな」
さて、ボロ船が船体をきしませながら低速で飛行していき、目的地周辺に到着する頃になった。船を包んでいる防御障壁が、薄くぼんやりと光り始めていく。
杖をかざして状況を調査し、解析結果を空中ディスプレーに表示して……眉をひそめるラウトである。
「……う。微量の有毒ガスか。火山から噴出しているというのは本当なんだな。じゃあ、マスクをするか」
ラウトが準備していた防毒マスクを顔に装着すると、視界に大きな火山がいくつか見えてきた。盛んに噴煙を上げているのがよく分かる。
場所は世界一の淡水湖ジャムナ内海の中央付近にある半島の火山地帯である。
微量の毒ガスがあるとはいえ、環境には影響が出ない低濃度のようだ。そのため、眼下に広がる大森林やそこに住まう虫や鳥に獣なども、ジャムナ内海の他の地域と同じである。
違う点と言えば、大森林の所々が虫食い穴のようになっていて、そこに温泉や間欠泉があることくらいか。湯気が立ち上っているので遠くからでもよく目立つ。
近寄って上空を通過すると、地元住民のエルフがのんびりと温泉に浸かっている様子が見えた。彼らの守護樹は見当たらないので、周辺の大森林の中に控えているのだろう。
せっかくなので、ラウトがボロ船を降下させて、湯治中のエルフたちに最近何か異変はないかどうか聞いてみた。警戒を解いてもらうために、装着していたマスクをいったん外す。
「いいや。この1000年くらいは何も変わったことはないよ、お役人さん」
「そうですか。ご協力ありがとうございました」
一応、他の数名にも聞いてみたが、同じ答えだった。
「何か起きたのかい? お役人さん」
「実は、都で果物泥棒が起きまして。手がかりをたどると、この火山地域の洞窟が怪しいとなり、こうして調査に来たのです」
湯治のエルフが首をかしげた。
「ふうん。この辺りの森では、この時期はもっと涼しくならないと果物が実らないからなあ。好きな人は都へ行くかもしれないね。それにこの辺りの洞窟はどこも有毒ガスが充満しているから、誰も住まないよ」
ラウトが訂正する。
「すいません。エルフを疑っているわけではないのです。コウモリか虫か鳥の群れが怪しいのですが、何か心当たりはありませんか」
湯治エルフたちが顔を見合わせた。
「いいや。残念だけど知らないなあ。有毒ガスがある洞窟はたくさんあるけど、誰も近寄らないからね」
「うう……そうですか」
がっくりするラウトを見て、1人のエルフが何か思い出したようだ。
「ああ、そうだ。参考になるかどうか分からないけれど、1つだけ変な洞窟があるな。コウモリの群れなんだけどね、動きが他のコウモリと違うんだよ。飛んでいる虫を食べることもしないで一直線にどこかへ飛んでいってしまうんだ」
「分かりました。その洞窟を探してみます」
場所を聞いて、ボロ船でその洞窟へ向かうことにした。パイロットゴーレムに修正情報を書いた紙を食べさせてから、湯治客たちに礼を述べて離陸する。
高さ20メートルはある高木がそびえ立つ大森林の一部が、穴の開いたように欠け落ちて、垂直に落ちる大きな洞窟が見えてきた。
ボロ船を覆う防御障壁が少し強く輝く。有毒ガスの濃度が上がったようだ。元々は温泉だったのだろうが、水脈が変わったのだろう。干上がって縦穴の洞窟になっていた。
洞窟の真上にボロ船を停泊させ、防毒マスクの状態を再確認する。そうしてから、ラウトが1人で絨毯に乗ったまま洞窟に入っていった。守護樹は船内に残したままである。
洞窟の内部へ入り、杖で環境状況を調べる。ラウトの顔がマスクの下で曇った。
(……うう。確かに結構な有毒ガスだな。エルフならこの程度は平気だけど、虫や鳥は無理だろうなあ。コウモリにも厳しいんじゃないかなあ)
そのままゆっくりと空飛ぶというか、浮遊する絨毯の上に乗って真っ暗な洞窟内部へ入っていく。杖をかざして光の精霊を呼び出し照明に使う。
ディスプレーにエルフ文字で残り有効時間2時間と表示が出た。太陽が届かないので、光の精霊を使う上で制限が加わるためである。
(まあ2時間もあれば充分だろう)
空中を浮遊しながら進むので、歩くよりもはるかに速く進むことができる。
洞窟内はかなり広く、照明で照らし出されている荒々しい壁面が明と暗のコントラストを際立たせていた。そこかしこに水流が見られ、湯気も立っている。
ディスプレーには気温30度、湿度100%と表示されていた。風の精霊を使ってラウトの体とその周辺の温度湿度調節をしていなければ、かなり過酷な環境である。ラウトは精霊のおかげで汗ひとつかかずに済んでいる。
(元々、溶岩が流れた跡なんだな。その後で地下水が溜まって温泉になっていたのか。んー……さらに有毒ガスの濃度が上がってきたぞ。酸素濃度がどんどん下がってきている)
ラウトがカバンから小さなガラス瓶を取り出した。細いチューブをビンのフタに差し込んで、防毒マスクの側面にある穴に差し込んでつなぐ。どうやら空気ボンベのようである。
さらにカバンから防護ゴーグルを取り出して装着した。防御障壁を展開しているし、風の精霊も召喚しているので、別にボンベもゴーグルも不要なのだが……そこはラウトらしい用心である。
そして、さらに洞窟を降りていくと底が見えてきた。その先は水平に伸びる洞窟になっている。
ディスプレーに警告が出た。それを落ち着いて読むラウト。
(……うん。酸素濃度がゼロか。しかし、よくこんな変な洞窟を探検したもんだなあ。セマンって不思議な民族だよ)
水平になった洞窟を進む。若干狭くなった程度で、まだまだ充分に人が立って歩くことができるほどである。
再びディスプレーに警告が表示された。今度はラウトの表情にも緊張が走る。
(来たな)
杖を前方へ突き出して、攻撃魔法の設定を素早く終える。使用者ラウトの認証がされて、攻撃魔法の使用許可が下りた。
前方の照明で照らされた先の闇の中から、キーキーと鳴く音が湧き上がってきて洞窟一杯に響き渡る。杖による探知の結果がディスプレーに表示された。
(え? ネズミにトカゲ、クモに虫?)
普通に森にいる動物や虫ばかりという表示に、面食らうラウト。しかし、漂ってきた特有の臭いにはっとした。
(この悪臭は、死霊術場だ)
次の瞬間、照明に照らし出された正面に無数の虫やクモ、ネズミにトカゲが姿を現した。コウモリの群れもいる。照明を反射して爛々と輝く目が、闇の中に浮かび上がって空間を埋めつくしていく。
ラウトは浮遊絨毯による前進を停止して、ディスプレーを横目で確認した。
(酸素濃度はゼロか。それでも活動できるってことは、やっぱりゾンビか)
コウモリの大群を先頭にして、ゾンビ虫やネズミなどの大群が壁のようになって襲い掛かってきた。
ラウトが杖を両手で持って術を発動させる。
「発動せよ」
その一言だけで、照明に照らされていた無数のゾンビたちの動きが止まった。
そして次の瞬間、背中を向けてゾンビ同士で闘い始めた。「ふう」と一息つくラウトである。
(初めて、警察が使うような光の攻撃魔法を使ったけど……凄いな。死んでるゾンビでもお構いなしにかかるんだ。どういう仕組みなんだろう?)
ラウトが杖を振るたびに、襲いかかろうとしていたゾンビの大群がそっくりそのままラウトの味方になっていく。
闇の中からラウト目がけて襲い掛かってくるゾンビ虫や動物が、照明に照らされた瞬間にラウトに服従していく。それらが、まだ闇の中に潜んでいるゾンビに襲い掛かっていく。
そんなパターンが10分ほど続くと、すっかり静かになった。
ラウトはその間ゆっくりと絨毯を進めながら、杖をチョイチョイ上げ下げして座っていただけであるが。
ディスプレーで探知結果を確認して、杖の端に取り付けていたカートリッジを交換する。今は守護樹やネットワーク網から精霊魔法のエネルギーを得られないので、こうしているのである。
「うん。これでここのゾンビは制圧完了だね。しかし、すごい数だったな」




