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ツーリング その3

 結局、コラールと連絡が取れたのは2日後の夜になってからだった。

 ラウトも接着剤の大量製造で忙しく、なかなか確認する時間が取れなかったようである。ラウトはかなり心配していて、仕事が終わった後でコラールから無事にメグナ内海の東海岸に到着したという知らせを聞いてほっとしている。

 ディスプレーに映る画像では、夜なので暗くて周辺の景色は見ることができない。森ではなくどうやら潅木と草原の風景に変わったようだ。


「そうよ、ラウトさん。この辺りはもう、森林ではなくなってるのよ。明日の朝に見てみれば分かるよ」

 コラールが食事をとりながら鏡に話しかけた。

 仲間の2人も「あー、疲れたなあ」と乾燥果物をほうばりながら、それぞれの守護樹の根元にゴソゴソと潜り込んで行っているのが、守護樹の枝から照らされる照明で見える。やはり今回も設営されたテントに入ることは無さそうである。


「私も疲れたから、今日はこれで休むわね。おやすみ、ラウトさん」

 コラールも杖を振って鏡の通信システムを切った。ラウトが苦笑する。

「そりゃあ、あの速度で4日間も疾走していれば、ねえ……。おやすみ、コラールさん」



 翌朝、ラウトが出勤し、空中ディスプレーを出してコラールの鏡と接続する。今回は別の大容量回線が使えたらしく、すぐに接続が完了した。

「うわ。すごい。早い」

 ラウトが感嘆の声を上げた。


「あ。ラウトさん、おはよう」

 コラールが鏡に向かって話しかけてきた。低速で湖面スレスレに疾走している。

 防御障壁は全て解除しているので、湖面を渡る乾いた風がそのままコラールのふわふわの金髪を遊ばせている。

 コラールが微笑んだ。

「どう? すごい風景でしょ」

「うん、すごいね」

 ラウトも目を丸くしている。


 水面を疾走するボートは、東海岸沿いに南へ向かっていた。湖岸は今までの大森林ではなく、ちょっとした潅木がある程度で、奥には広大な大草原がそのまま地平線まで続いている。

 空が広く、青く、雲がほとんど見られない。

 その青がそのまま湖面に染まって、西の水平線が空と溶け込んだようになっている。


 仲間のボートが沖合いをキャーキャー歓声を上げながら、白波を立てて遊んでいるのが小さく見えている。

 都もついこの間までは、この内海をうろうろしていた。しかし北岸沿いばかりだったので、このような風景はラウトには初めて見る体験である。

 ちなみに、都も内海どうしをつなぐ水路を通ったのだが、その水路は幅数キロもあるので今回のようなスリリングなことにはならない。


 静かな湖面上には、ポツポツと個人農園の人工島が浮かんでいるのが見える。水平線が空に溶け込んでいるせいもあり、まるで空中を浮遊しているようなイメージを与える。

 コラールも髪を風になびかせて、サングラスの下の目を細めながら鏡の中のラウトにうなずいた。

「そうね。ここは雨が少なくて太陽光が強いから農園が多いのよ。メロン、ブドウ、オリーブ、トマト、リンゴ(のような形のエルフ世界の果物)がおいしいかな。もちろんワインも甘くておいしいわよ」

 コラールがボートの舵を少し切り、波しぶきを空中に上げる。

「でも、運河沿いの地域の農園のワインが霧によく包まれているせいもあって、甘みが抑えられて私は好きだけどね」


 東の大草原が延々と続く沿岸には、点々と牛や羊、ヤギが放牧されていた。森派や水派の信者の人口自体が少ないので、飼育数も少ない。

 人影はなく、ポツポツと大草原に点在して見える作業ゴーレムが乳搾りなどを青空の下で行っているのが見える。


 コラールが、キョロキョロした。

「ここではチーズは販売していないようね。多分、湖上の農園かしら。あ。あれかな?」



 しばらくして、岸に近い小さな人工島農園を見つけてボートの舵を切る。シャーッと、きれいな薄い水の壁が空中にできて、向こうの草原がガラス越しに見るような感じになった。

「コラールさん。農園が臭かったら別に無理してボートを横付けしなくてもいいからね」

 ラウトが気遣うと、コラールが「ふふ」とラウトに微笑んだ。

「私もね、ちょっと興味があるの。少しくらいなら大丈夫よ」


 すいーと、ボートを音もなく人工島に横づけする。ヒョイと身軽に上陸するコラール。

「こんにちはー、誰かいますかー?」

 そのままの勢いで、枯れた丸太や流木を巧みに組み合わせて建築された店に入った。

 エルフの住む家は基本的に石造りなので、枯れ木の組み合わせとはいえ木造家屋は珍しい。ドアは無く、西部劇で出てきそうな押し開きの木片を押して中に入ると、天井の隙間から青空の青がきれいに見えた。


「ん、が」

 思わず鼻をつまむコラール。

 木の台にはズラリと青かびチーズや、赤い色のチーズ、オイル漬けにしたチーズ、ドロドロになりかけているチーズが並んでいる。

 ラウトが心配して、鏡の上に出現してコラールを見た。

「うわわ……大丈夫? コラールさん」

「まだ、大丈夫……」

 コラールが眉をしかめながらも、返事を返した。


「おや? お客さんかね。しかもこの波動は岩派の人だね?」

 店の奥からがっしりした大柄のおじさんが出てきた。ここは森がなくて草原の大地なので、服装も樹皮ではなく草を編んだものになっている。何となく、納豆を包むワラ束に似ている服装である。

「チーズを買うのかい? 珍しいね」


「いえ。私じゃなくてこの人なんですが、興味があって」

 説明するコラール。鏡の上に出現したミニラウトも、そうだと店主に言ってから訊ねた。

「あの、羊乳の青カビ発酵チーズってありますか?」

 店主がニヤリとした。

「それを探しにわざわざここまで来たのかい? ああ、あるともさ」


 棚の下のほうから、青かびで覆われた物体を取り出してきた。思わず2歩ほど後ろに下がるコラール。

 慌ててミニラウトが店主に頼む。

「あ、あのっ。すいませんが臭いが漏れないように包んでもらえませんか?」

「ああ、いいとも。そうしないと、彼女が途中で捨ててしまいそうだからなあ」

 ハハハと笑って、了解する店主である。


 厳重に包まれたチーズを無事に購入してもらったラウトが、恐縮してコラールに重ねて礼を述べた。

「ごめんねえ。やっぱり臭かったよね」

「きわどいレベルだったわよお、ラウトさんっ」


「おーい、お嬢さん」

 店主が呼び止めた。

「岩派なんだろ? だったら、うちの農園で採れた果物も見ていってくれよー」

「何があるの? おじさん」

 コラールがチーズの包みを、他の積荷に被害を与えない場所に慎重に押し込んでから振り向いた。

 白い歯を見せて笑う店主。

「メロンとブドウ、スイカ(のような形のエルフ世界の以下略)もあるぜ」



 沖合いで散々遊んで、疲れて岸辺に戻ってきたステリカとラーサが、コラールの所にやってきてボートを横づけした。

「わ、おいしそうなメロンとスイカねっ(のような以下略)」

 真っ先にラーサが飛びついてきた。店主がメロンの切り身(の以下略)を差し出す。

「おう、これまた可愛いお嬢さん達だね。どうだい?」


「いただきまあす。おいしーっ」

 早速ほうばった2人が、たちまち声をハモらせて、黄色い声を上げて足をバタバタさせた。店主が嬉しそうに胸を張って笑う。

「そうだろう? 都じゃ、ここまで完熟させたメロン(の略)は食べられないよ」

「買うっ、買いますうっ」

 店主の意のままな行動をする2人を見て、先ほどの自分の行動と比べて少し赤面するコラールとラウト。


 ラウトがミンヤックからこづかれたのか、慌ててコラールに謝った。

「あ、ごめん。そろそろ仕事しなきゃ。今日は忙しくなるから、これ以降は接続できないかもしれない」

「あ……そうか。そうね」

 コラールが少し考えて、鏡の中に潜り込んだミニラウトに話しかけた。

「あのね、ラウトさん。もしお昼休みに接続できるようだったら、してみてくれるかな?」

「え? ん、やってみるよ。どうしたの?」

 ラウトが首をかしげる。

「うん、行けるかどうか分からない場所なのよ。これから試しに行って見ようと思って」

 目をキラリとさせるコラール。

「じゃあ、ね」



 ミンヤックが、バランから届いた指示を読んで顔を少ししかめ「フン」と鼻を鳴らした。

「どうやらトロル達のいる世界で、大きなケンカが起きたそうでな。けが人が多数出たそうだ。で、手術しないといけない者も出ているらしい。特に脳挫傷や脳出血の患者が多いそうだ。これはさすがにトロルでも後遺症が残りかねないぞ」

 ラウトが驚いたような表情をした。

「はあ、そうなんですか。あんな頑丈で生命力の強い人達が手術を必要とするほどの怪我って、一体」

 想像を巡らせるが……気分が悪くなったらしい。頭を振って、別の機器の調整に向かった。


 それをニヤニヤして見送るミンヤックが話を続ける。

「うむ。それでバランからの処方では、蘇合香円でまずは治療して、病状が落ち着いたら小続命湯を使って完治させるっていうことだな。妥当な処方だよ。というわけで、生薬を準備してくれ。樹脂ばかりになるが、15種類、番号は20861から20876までの連番で頼む。揮発成分の量が重要になるから、品質チェックも合わせてやってくれ。生薬セットは101番でいいだろう。抽出は酸109番で行う」

 ラウトが正確に聞き取って、杖を振ってゴーレムと精霊たちに指令を出した。

「はい、先生。品質チェックは風の精霊による形式43番で行います」


 ミンヤックがラウトの作業を確認しながら、自分の仕事をしつつ苦笑した。

「まあ……痛い目にあっても、なかなか連中は反省しないがね。よし、こんなもんでいいだろう」

 ミンヤックが生薬を抽出するための溶媒の前処理を終わらせて、液体を本処理する器械へ移した。

「すまんな、ラウト。せっかく彼女とデートだったのにな」

 ラウトが笑って答えた。

「いいえ、構いませんよ。人助けの方が優先ですから」



 コラールは首からかけている鏡をつつきながら、ぼやいていた。

「やっぱり、接続はできないかあ。だよねえ、衛星からかなり離れているものね」

 空を見上げる。

「残念」

 コラール達の息が白い。

 ボートは高山植物と潅木が密生している、高原の沢の上に浮かんでいた。花の咲く時期は終わったようで、もう冬の雰囲気が濃厚に漂っている。綿ボコリのような粉雪が、パラリパラリと3人の髪に引っかかっている。


「さすがに寒いわね」

 ステリカがブルッと震えた。ラーサも杖を使って、風景を撮影するための光の精霊を呼び出した。

「ここまででいいでしょう。雪山を見ることができたし」

「ええ。じゃあ、記念撮影しましょ」

 コラールが振り向いて仲間に呼びかけた。


 それぞれポーズを取って、何枚か光の精霊を使役して撮影する。3人の背後には標高8千メートル級の世界最大のダウラギリ大山脈が白く輝いて、高山植物と潅木で覆われた高原の地平線の向こうにそびえていた。

 早速、写真を確認する3人。

「うん、良く撮れているわ。それじゃあ、帰りましょう」


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