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大陸のお掃除

 翌日。機動警察部隊による、東テライ大陸のトゲアカ殲滅作戦が実行された。

 警察では、どの森を保存すれば良いのか判別できなかったようだ。そのため結局、スミング農園長が高速艇で現地まで飛ぶことになった。


 留守番のカンプンはスミングの代理として都の農園管理をすることになり、大いに張り切っている。

「ははは! まさか就任1年目で農園業務全般を指揮できるとは思っていなかったよ、ラウト」

 上機嫌なカンプンである。

 ゴーレムや出稼ぎオーガたちに、てきぱきと指示命令を下していく。といっても農園の日常業務なので、草むしりや苗の間引き、果樹などの剪定ばかりだが。


 それでも同期がこうして仕事を任されているのを見るのは、ラウトとしても嬉しい。

「なかなか、手際良く指示できているじゃないか、カンプン。ちょっと心配で見にきたけど、全くの杞憂だったな。オーガの出稼ぎたちも素直に従っていて安心したよ。意外に早く、別の農園を任されるようになれるかもしれないね」

 嬉しげに言うラウトに、カンプンも胸を張って咳払いする。

「エヘン。確かに、この薬草園だけでは都で消費される全ての薬に対応できていないからね。第2農園を規模拡張する話もあるんだ。多分、そこの農場長になれると思うよ。今は無人でゴーレムしかいないけどね」


「それじゃあこれで……」とラウトが薬師部へ戻ろうとすると、カンプンが呼び止めた。

 彼の隣に空中ディスプレーが生じていて、スミング農園長が映っている。

「やあ、薬師部のラウト君か。ちょうどいい。今から保存する森の指定をするんだが、ちょっと見てくれないかな」

 ディスプレーには、スミング農園長の眼下に広大なトゲアカの森が映し出されている。


 ラウトも呼ばれたのでカンプンのそばに戻ってきて、ディスプレーを見た。

「なるほど。ここの森は若い木ばかりですね。これなら、移植しやすいと思いますよ、スミング農園長さま」

 画面向こうのスミングが「うん」とうなずいた。

「ラウト君に尋ねたいのだが、幼木を採取した時の森もこのような感じだったかね? やはり幼木の割合が多い方が移植も成功しやすいのだよ」

 隣でカンプンが、「その通りです」とうなずいている。


 ラウトが杖を取り出してディスプレーに向け、森の構成状況を確認する。

「……はい。私が採取した森より幼木が多いですね。移植に適していると思いますよ、スミング農園長さま」

 スミングが満足げにうなずいた。

「君の経験から言ってもそうか。では、ここの森にしよう」

 そういってスミングが画面から消えて、音声だけが途切れ途切れに聞こえる。どうやら、そばにいる警官に指示しているようだ。


 カンプンが仕事の確認を別のディスプレーでしながら、ラウトに笑いかけた。

「ははは、ラウトがいてくれて助かったよ。ちょうど良いタイミングだったな」

 ラウトもほめられて照れている。

 その後で、カンプンが少し険しい表情になりながらディスプレーに映るトゲアカの大森林を見た。

「……しかし。こうして改めて見ると、このトゲアカの森はつくづく異常だな。ラウトの調査では、もうトゲアカ以外の樹木や草も生えていないんだろ? 生命の木の森ですら、多くの木々が混じりあっているというのにな」


 ラウトも同意する。

「うん、そうだね。まあ、他種を排除する植物は数多くあるんだけど、ここまで極端な種類はないだろうね。大陸1つ丸ごとだし。しかも、樹液と死霊術を使って虫までもゾンビ化させて支配下に置いているというね。こうしてエルフの警察によって排除されることになったのは自然な流れだと思うよ。それはそうと、アレは何だろうか」


 森を映しているディスプレーの地平線上空が時折ピカピカ光っているのを見て、スミングに尋ねた。

「あの……スミング農園長さま。先ほどから地平線の上空で何か光っているのですが、何ですかアレ」

 ちょうど警官に指示を終えたのか、スミングが再び画面に現れた。

「あ? ああ、あれか。トゲアカに支配されたゾンビ虫がこちらへ攻撃しに飛んできているのを、警官たちが迎撃して撃ち落しているんだよ。多分、爆発の閃光じゃないかな。航空優勢を確保しないと森の転送に支障が出るからね。警官たちの話では1億匹ほど湧き出てきているそうだよ」

「なるほどー」と納得するラウトとカンプンである。


 スミングがディスプレーの背後にいるであろう警官たちに視線を向けた。

「では、お願いします」

 眼下の森からオーロラのような緑色の光の帯が発生した。その光る帯は、くねくねと曲がりながら森を範囲指定していく。カンプンがラウトに解説してくれた。

「移植先の島の形に沿って範囲指定しているんだよ。島は火山島だから、植えても枯れてしまう場所が多いんだ」


 ラウトが「なるほど」と納得した。

「これって、森に住んでいる虫ごと移植するのかな?」

 カンプンがうなずく。

「うん。まあ、火山島の森や虫たちと交換する形で移植するから、そうなるかな。どちらも、うまく適応できればいいけどね」


 2人が話している間に、画面向こうでは森の範囲指定が完了したようだ。

 オーロラの緑色の光が一際強く輝くと、瞬時に広大な森の姿が消えうせて、荒々しい岩盤だけになった。


「おお」と驚くカンプンとラウトだったが、次の瞬間、別の森がその場所に姿を現した。火山島にあった森だろう。交換完了である。


 緑色のオーロラが、今度は黄色になった。次の瞬間、オーロラの範囲指定の外のトゲアカの大森林が塵と化して消滅した。

 爆発音も閃光も何も起きず、ただ、塵になって消滅したので、かなり異様な映像である。


 今度はラウトがカンプンに解説した。

「僕が幼木を採取した際に森を破壊するために使われた魔法だね。ウイルスが感染すると細胞組織を破壊するけれど、その作用だけをウイルスなしでも起こせるように加工した精霊魔法なんだって。木質部分は生きている細胞組織が少ないから、キノコによる破壊作用を加工した精霊魔法を併用しているそうだよ」

 あまりの威力にカンプンも目を点にしているのがよく分かる。

 ラウトが補足した。

「これは、兵器として使う精霊魔法に分類されるって警官さんが言ってた。凄いよね」


 カンプンが少し冷や汗をかいている。

「兵器かあ。アレ、オレたちが食らったら、やっぱり塵にされちゃうのか?」

 ラウトがうなずいた。

「この魔法は植物向けだけれど、多分そうだろうね。僕たちエルフは精霊魔法に対しても抵抗力があるけれど、コレは……ちょっと無理ぽいよね」



 空気中に大量に巻き上がった塵が収まって視界が回復すると、火山島から移植された森には全く被害はなかった。一方でその周囲は、火山灰が降り積もったように一面の分厚い塵で覆われていた。厚みは10メートル以上あるだろうか。

 それがはるか地平線まで続いていて、先ほどまであった森の風景は完全に消えうせていた。


 スミングも目を奪われていた様子だったが、警官隊が撤収準備を始めたので我に返ったようだ。ラウトとカンプンに向かって興奮した様子で話しかけてきた。

「凄かったね。ああ、移植作業そのものは順調に終わったよ。あとはこのまま根を張ってくれるのを待つだけだな。まあ、土ごと大量に持ち込んだから問題ないと思うよ。この塵も明日には発酵して良質の肥料と土壌改良資材になるから、大きな森になるだろうね」


 雲が高く湧き上がってきているのが見える。スミングもそれを見上げた。

「トゲアカの木々が蓄えていた水分が空気中に放出されて雲になっているね。雨が降りそうだ。私も都へ戻るよ。明日には出勤できると思うから、それまでの農園管理をよろしく頼むね、カンプン」

 ディスプレーを消去したカンプンががっかりした顔になった。

「うーん……オレの農園長代理も今日一杯かあ。もう少し遊んできてくれても良いんだけどな」



 さて、その東テライ大陸のその後であるが、早くも次の日にはトリポカラ大陸などから虫や鳥が飛来しているという観測情報が入ってきたと、カンプンから聞いたラウトである。

 これにはラウトも驚いたようで、若干興奮している。

「へええ。どこでそんな情報を得たんだろうな。自然界ってすごいねえ。これは予想よりも早く森ができそうじゃないかな」

 カンプンは興奮というよりは安堵の表情である。

「うん。オレも実は有害だったから仕方がないとはいえ、森を大陸1つ分も消してしまったから気分が沈んでいたんだけどな。これで少しは報われたような気分になったよ」


 スミング農園長も出勤していて、いつもの農園作業を指示している。

「虫や鳥が海を越えてやってきているのは、多分、塵になったトゲアカが発酵して強烈な発酵臭を振りまいているせいだと思うよ。樹液の量がすごいからね、ショ糖なども大量に含んでいるから発酵も早くて強烈だろう。それが風に乗って海を越えているので、虫や鳥が寄ってきているんだよ」

 ラウトとカンプンが、なるほどと納得する。


 スミングがちょっと苦笑気味に補足した。

「でも、こんなに大量に発酵すると、空気中の酸素が消費されがちになるんだ。有毒な二酸化炭素なんかが放出されるから、大陸へたどり着いても酸欠とガス中毒で死んじゃうだろうけどね。発酵が収まるのに1ヶ月ほどはかかると思うよ。それまでは我々エルフが防御障壁を張って、野鳥などを進入禁止にする事になってる」

 ラウトがあきれたような顔をした。

「まったく。どこまでも迷惑な木ですね」


 スミング農園長は、まんざらでもないようだ。少し口元をほころばせながらラウトに小声で話してくれた。

「その代わりといっては何だが、騒動のおかげで東テライ大陸という広大な土地が手に入ったのは僥倖ぎょうこうだったかな。我々が一から森を設計できる機会を得たからね」

 口調が明るく弾み始めた。

「農園で必要な草本やコケに虫までをパッケージにして大陸へ送りつけて、緑化することができるわけだ。薬師部や病院で使ったり輸出したりできる量を、飛躍的に伸ばす事ができる可能性があるんだよ」

 ラウトとカンプンが意表を突かれたような顔をした。


 スミングが小声で話を続ける。目はキラキラしているが。

「でもまあ……植えつけても土地が広すぎて管理できないから、薬草や薬木のかなりの種類は雑草や森の木々によって淘汰されてしまうだろうけどね。それでもあれだけ広い大陸だから、定期的にゴーレムを送って採集すれば結構な量が入手できると思うよ」

 さらに小声になった。反比例するように目のキラキラが強まっていく。

「それと、更地で何も生えていない状態だから、陸上に農園を設けても問題ないんだな。これまでは自然環境を破壊しないために、水上や北の荒地でしか農園を設ける許可が下りなかったけれど、ここは例外なんでね。まあ……それでも作業ゴーレムの数が確保できないから、当面は小さな農園しか確保できないと思うけど」


 カンプンが興奮して、両手をぐっと握りながらガッツポーズをした。

「す、すごいじゃないですか、先生! うまくいけば薬草本の安定生産が実現しますね」

 スミングも微笑むが、肩もすくめてみせた。

「ただ……都から遠すぎるのが欠点だな。常駐スタッフを置ける環境でもないから、ゴーレムしか置けない。遠隔操作でも種苗生産できる種類の草本しか導入できないだろうね」


(まあそうだろうなあ……)と同意するラウトである。スミングが気楽な口調になってカンプンに告げた。

「まあ、長い目でゆっくり進めていけばいいよ。1万とか2万年かけてやれば、それなりに使えるようになるだろう。国中に点在している国立農園も、そんな経緯をたどって今に至っているわけだしね」


 ラウトが「なるほど」と合点した。

「ああ、そうだったんですか。僻地の農園をいくつか回りましたけれど、ほとんど全ての施設が年代物でしたので不思議に思っていたんですよ。そうか……数万年も設備更新していなければ、ああなりますよね。納得しました」


 一方のカンプンは、少々がっかりしたようである。

「うーん……僕の代では、本格稼動には至りませんか。そうですよね、大陸規模の植生遷移って、数千年単位の変化ですからねえ。精霊魔法で生育を加速すれば不自然な生態系になりがちですし、それじゃあトゲアカがしたことと大して変わりませんよね。残念ですが了解しました」



 その時、スミング農園長のそばに空中ディスプレーが現れた。それに表示された内容を読んで、カンプンに告げる。

「おお。熱帯の農園からサソリとクモ、虫の繁殖用の親虫パッケージが間もなく届くそうだ。空港へ急ぐとしよう、カンプン。念のために採集ビンを数個用意してきてくれ。梱包が破れていたら、また都の中に虫があふれることになるからね」

「了解しました。少々お待ち下さい」

 カンプンがダッシュで農園事務所へ駆けていく。さすがに駆け足はラウトよりもはるかに速い。


 それを見送りながらスミングがラウトに説明した。

「ほら、虫の脱走が起きたでしょ。その回復のために、親虫に精霊魔法をかけて卵を量産させたんだよ。おかげで都の虫不足もあと2、3週間で解消できる見込みだけど、親虫への負担が大きくてね。世代交代することにしたんだよ。普通は3世代ごとに交代させているんだけど、今回はそんなわけで2世代目で交代なんだ」


 ラウトがそれを聞いてうなずいた。

「なるほど。虫の養殖も大変なんですね。その、用済みになった親虫は食用に回されるのですか?」

 スミング農園長が微笑みながらかぶりを振った。

「いいや。残念だけど、育ちすぎると味が落ちるんだよ。だから、熱帯農園への戻り便で送り返して現地の森に放つんだ。養殖している間に我々が精霊魔法を日々かけているせいで、我々の嗜好に合うような虫になっているからね。元の森へ返すことで、少しずつ野生種を我々の嗜好に合うように改良していくんだよ。これもまあ、数千年単位の仕事だから、我々の世代では味の変化は分からないと思うよ」

 ラウトは感心しっぱなしである。

「すごいですね。息の長い仕事なんですねえ」


 スミング農園長が苦笑した。

「王国の全ての部署で、ここが最ものんびりしているとも言えるけどね。ん……カンプンが戻ってきたか。じゃあ、私たちはこれで失礼するよ」

 ラウトのそばに小さな空中ディスプレーが発生した。

「ああ、ミンヤック先生が呼んでる。では、私もこれで失礼します、スミング農園長さま」


 カンプンが袋を抱えて全速力でこちらへ駆けてきているのが見える。スミングが笑ってラウトを見送った。

「いつでも息抜きしに来て構わないよ。また酒でも飲ませてあげよう」


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