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トゲアカの謎

 まだまだ暑い季節ではあるが、暦の上では盛夏を過ぎた。

 空の色が次第に淡くなってくると、トリポカラ王国の都バクタプルは徐々に南下を開始し始めた。まずは3つある内海で最も東に位置するメグナ内海を出て、シュナ内海へと移動する航路をとっている。


 都の住民も季節変動の時期を迎え、守護樹に乗って離れていく姿を見ることが多くなってきた。メグナ内海沿岸の乾燥した気候を好むエルフが多いためだ。西のシュナ内海に入ると空気が湿気を含んでくる。


 彼らは都を離れた後、乾燥した陸路を南下していく。冬でも十分に暖かい地域まで陸路で南下して、めいめいの判断で越冬地を決めていく慣習である。

 寒がりなエルフなので、この乾燥した大地の南にある衛星国の1つトルバット王国に移動する者が多いようだ。さらに遥かトリポカラ大陸の南沿岸まで南下する者もいる。


 都では危惧されていた通り、薬草園で養殖していた虫が大量に逃げ出してしまったので虫不足である。そのため今回は、都を去るエルフの数もいつもより多めのようだ。

 あれから魔法使いの技師が再訪問して調整したので、ゴーレムの暴走事件はそれ以降起きなくなっていた。



 ラウトとミンヤックたちが東テライ大陸から持ち帰ったトゲアカの幼木10本は、無事に薬草園に到着していた。今は、苗畑への移植も無事に終えている。

 虫が寄り付かないように、木の幹には虫除けがたっぷりと塗られているようだ。


 世話をしている同期のカンプンによると、「意外なほど素直に育っている」そうである。まだ幼木なので精霊魔法を使いこなせていないせいもあるのだろう。

 ラウトの考えとしては、「あんな巨木だらけの森で、ほとんど日光が届かない環境で育っていたから、ここの好きなだけ日光を浴びることができる環境を気に入ったので、おとなしい」のではないか? とも思うこの頃であった。

 いずれ精霊魔法が使えるまでに生長すれば、念話で事情が聞けるだろう。


 ミンヤックも今回採集した樹液には満足している様子だ。

「虫除けの効果が今までよりも強くなっているようだな」

 とラウトに話す。

「だが、調薬のレシピを守らないと薬検定に合格しないから、樹液を減らしてつくることができないのが残念だ。まあ、幼木の生育が順調みたいだから、採取してきた樹液の在庫で乗り切れるだろう」


 ラウトも同意する。

「そうですね、先生。計算してみたところ大丈夫みたいです。しかし、12立米の樹液を採取するためとはいえ、半径6キロの森を塵にしてしまったのは心が痛みます」

 ミンヤックが「フン」と鼻を鳴らした。

「虫除けが切れたら、都はもっと大変な事態になっていたと思うがね。まあ、文句なら魔法使いに言うんだな。さて、虫除けばかりをつくってもいられないぞ。輸出用には他に接着剤やら精力剤も調製しないといけないからな。材料を用意してくれ」

「はい、先生」


 そうして、いつものように薬の調製作業を続けていると、バランが部屋にやってきた。

「やあ、いつもありがとう。虫除けの需要に対応できて良かったよ。ちょっといいかな? 作業を続けながらで構わないよ」

 ミンヤックがその通りに薬の調製作業をしながら、顔を向けずにバランに聞く。

「なんだい?」


 ラウトはミンヤックを苦笑しながら見やって、作業のペースを落としてバランの方を向いた。

 バランがいつものような落ち着いた声で話し始める。

「東テライ大陸なんだけどね。君たちのおかげで詳細な現地情報が入手できたそうなんだよ。機動警察から礼状が届いているけど見るかい?」


 ミンヤックが鼻で笑って断った。

「見ねえよ、そんなもの。バランが預かってくれ。この部屋に置いておいたら、すぐに薬品臭くなって変色してしまうからな」

 バランが微笑んでうなずいた。

「そう言うだろうと思ったよジャンビ君。では、私の書斎にでもしまっておこう。それと、機動警察が東テライ大陸のトゲアカの森を消し去る決定をした。しかし虫除けの薬には欠かせないから、小さな群落を海の上の農園に移植して造林することになったんだ。薬師部としては、どのくらいの大きさの森を移植しておきたいかね?」


 ラウトが目を丸くして驚いた。

「え? 大陸の森を丸ごと消し去るんですか!?」

 バランが「そうくると思っていたよ」と言いそうな顔をして答えた。

「そうだね。あの大陸には、もうトゲアカしか生えていないことが分かってね。生態系を破壊しているので、根絶することにしたんだよ。大陸の中央に、樹齢2千年ほどの巨木の森があることが分かってね、発動できる精霊魔法のレベルもかなり強力なものらしいんだ。このまま放置しておけば、いずれ我々エルフと敵対することになるのは明白だから、仕方がない処置だよ」


 ミンヤックが計算を終えてバランに告げた。薬の調製作業は意地でも止めないつもりのようだ。

「うむ。遺伝子の多様性を維持できる規模としては、直径100キロ以上の森は欲しいな。虫も連れて行く必要があるだろう。でないとトゲアカが退化して使い物にならなくなるぞ」


 バランがうなずいて、手元に出した小さな空中ディスプレーに何か打ち込んだ。

「了解したよ。どこか熱帯の島1つをみつくろってもらおう。仕事中すまなかったね。では、次はスミング農園長に会いに行くかな」

 ラウトが、「ああ」と納得した。

「そうですね。大規模な移植作業ですから農園のスタッフも必要になりますよね」

 バランが微笑んでかぶりを振った。

「こういった大規模な移植や管理作業はマニュアル化しているから、必要数のゴーレムを使えば問題ないんだよ。半分以上が移植先で根を張れば成功だからね。スミング君には、更地になる東テライ大陸の再緑化で使う樹種の選定で意見を伺うだけだよ。じゃあこれで」



 昼休みのいつもの喫茶店で、ラウトとコラール、セリアが軽食とジュースをとっている。客は相変わらず、あまりいない。

 セリアがややジト目になりながら、喫茶店のマスターに文句を言っている。

「少しは客を呼び込む努力をしなさいよ。メニューも代わり映えしないし、マスターの愛想も悪いし、最低よ。ウェイターも辞めたそうじゃないの」


 マスターがジュース絞り器の掃除をしながら、少々憮然とした表情と声音でぼやく。

「愛想が悪いのは生まれつきですよ。余計なお世話というやつです。ここは喫茶店ですからね、食事をするなら別の店をお勧めしますよ」

 ラウトたちが一斉にジト目になった。

「そんなこと言っているから、流行らないんですよ。マスター」


 コラールが一応フォローする。

「まあ、でも……お茶にジュースは美味しいよね。この店で出すものが一番だと思うわ」

 セリアは頬づえをついてニヤリと笑う。

「喫茶店ですものね。食堂じゃないし~」


 マスターはコラールにもセリアにも見事に反応しなかった。そのまま掃除を続行しながら、思い出したかのようにラウトに尋ねた。

「ラウトさん。農園の養殖虫はいつ頃回復する見通しですかね。品薄が深刻なんですよ」

 いきなり尋ねられたラウトだが、そこはエルフらしく平静を保ったままだ。飲んでいたジュースをテーブルに置いた。

「……そうですねえ。今、卵から孵化したばかりですから、もうしばらく供給不足が続くと思います。そんなに足りませんか?」


 マスターが掃除を終えたジュース絞り器をカウンターに置く。

「ええ。市場では養殖モノはほとんど出回っていませんよ。業者向けの食材配送会社も、各地の農園で稼動していた作業用ゴーレムが一斉に暴走した影響で厳しいですね」

 続いて、柄の長いスプーンを洗浄機から取り出して収納していく。

「今は、食材は優先的にホテルや有名レストランに供給されていて、私のような小さな店には回ってきません。おかげで、対岸の住民が売りに来る野生の虫を使っている状況ですよ」


 ラウトが「へえ……」と考え込んだ。

「そうなんですか。すいません。ゴーレムの暴走を緊急停止する機械の取り付け作業は、王宮や港湾で優先されています。エルフが普段利用しない病院や農園は後回しなんですよ。今は農園のゴーレムにも全て取り付けが完了しましたから、暴動事件はもう起きないと思いますよ」


 マスターが彼なりに笑って、グラスが並べられたガラス棚を掃除し始めた。

「頼みますよ。森の野生の虫は品質や大きさの差が激しくて、使いづらいんですよ。まあ……私の店は喫茶店ですから、食事をする客はあまり歓迎したくないので好都合ですけどね」

 セリアとコラールがジト目になった。

「まったく。だから客が少ないのよ」


 ラウトがコラールとセリアに顔を向けた。

「岩派は、この虫不足をどうやって乗り切っているの? 僕たち森派は、乳製品や貝なんかも大丈夫だから、あまり困っていないけど……岩派は大変じゃない?」

 コラールがセリアを顔を見合わせて、深刻そうな顔をした。

「大変よお? と思うでしょ。そうでもないのよ、これが。生きている虫って、毎日新鮮なものを買わないといけないでしょ? 面倒だから普段の食事は乾燥させた虫を使うのよ」

「私たちの主食は、どちらかというと虫よりも木の実やキノコに果物だし。その辺りは、宗派関係なく同じだと思うわよ」


 ラウトが大きくうなずいた。

「なるほど。じゃあ、一番お困りなのは陛下かもしれないね。珍味好きでいらっしゃるから、ゴーレム暴走でショックを受けておられそう」


 実際、珍味つくりをしている農園が暴走ゴーレムでかなりの被害を受けていた。それを知った国王が怒り狂って、魔法使いの世界へ報復攻撃命令を発する寸前まで、状況が緊迫していたことは事実であったりするのだが。

 東テライ大陸への幼木採集に警官が派遣されたことと、兵器用の攻撃精霊魔法が使用されたのも、その背景があってのことだった。


 大事に至らなかったのは、世界間転移ゲートを管理している坊主が――

「またエルフか。これだからエルフは」

 ……と言って、ゲートに鍵をかけてしまい、エルフがゲートを使えなくなったためであった。当然、ラウトたちは知らないし、知るべくもない。



「コホン」とラウトが軽く咳払いをして、「そうかもねー」とクスクス笑っていたコラールとセリアに視線を向けた。

「それで、本題に入りたいのだけど……トゲアカの木って、この世界に、いつ頃現れたのか分かった?」


 コラールとセリアも笑うのを止めて、ちょっと真剣な面持ちになる。コラールが手元に小さな空中ディスプレーを出して、それを見ながら話し始めた。

「文献を調べると、2084年前に東テライ大陸で突如発生しているわね。その後、その大陸にあった地上の観測網が虫の大群の攻撃で破壊されて、調査が途絶えてしまうの。セマンの冒険家ぐらいしか、その後の記述は見当たらないわね。まあそれも、冒険家の日記なので大したことは書かれていないけど」

 空中ディスプレー画面に、いくつかの文献ファイルがピックアップされていく。

「発生した理由としては、普通のトゲの木が突然変異したという説が有力だわ。まあ……エルフ世界では精霊場が強いし生態系も多様だから、たまにこういう現象が起きるみたいよ」


 コラールの説明にうなずくラウトである。

「なるほど。ごく最近発生した新種だったのか。色々と調べてくれてありがとう。原生地で見た印象があまりにも強烈だったから興味を持ってしまって。樹木でも精霊魔法を使えるようになってくると、100万匹単位の虫を洗脳して大軍にして操るまでになるんだなあ……って」


 早くも興味をなくしてマスターにちょっかいを出し始めたセリアを眺めてから、コラールが少し首をかしげた。

「100万匹の大軍? 生命の木ならまだしも、植物系モンスターや守護樹ではそんな芸当は難しいわよ。せいぜい獣や虫を100匹、多くて1000匹支配して動かす程度だもの。そんなことした樹木なんて私の知る限り図書館にはないわよ。すごい突然変異なのね。ほとんど生命の木の幼木並みじゃない」

 ラウトも同意してうなずいた。

「コラールさんも、そう思う? まさかとは思うんだけど、野生の生命の木の突然変異ってことはないよね?」


 コラールがそれを否定した。

「その可能性はないと思うわよ。もしそうなら、何かの機密文書が、司書権限での検索でヒットするはずだし。何よりも文書改変や削除の痕跡が残っているわ。今回はそれがなかったもの」

 ラウトがほっとした表情になった。

「そうなんだ。良かったよ。もし生命の木の亜種だったら大変だと思っていたんだ。盛大に切り飛ばしちゃったし。ありがとう、コラールさん。これで安心して虫除けを作ることができるよ」


 しかし、それでもまだコラールは納得がいかない様子である。簡易杖をテーブルの上に出して、司書権限で図書館の蔵書データバンクに接続し、何か検索し始めた。

「エルフ世界が誕生して300万年。その間に、このクラスの突然変異って起きて……ないわね。よほどの偶然なのか、それとも何か特殊な理由が2084年前にあったのか」


 別の検索をかけて、首を振って否定した。

「……ないわね。機密文書や削除、改変は無数にあるけど、分類目録には該当はない」

 ラウトが再度ほっとしながらコラールに感謝した。

「ありがとう。つまり、エルフの世界は平穏無事なんだね。元世界の歴史は数十億年あるそうだから、その範囲で起きるような偶然なんだろうね」


 コラールが首をまた少しかしげた。

「元世界ね……異世界からの侵入種という可能性もあるのか。それを確かめるのは、図書館蔵書データバンクでは不十分ね。貿易課の輸出入と出入国データはもちろん全て揃っているけれど、機密情報も多いものね。あ、そうだ」

 そう言って、コラールがディスプレーを操作した。

 すぐに、画面に茶をすすっている坊主の姿が現れた。坊主もコラールも両者不機嫌な顔になる。



 30秒ほど両者のジト目のにらみ合いが続いたので、さすがにラウトが間に入ってとりなした。ラウトが簡潔にいきさつと状況を坊主に説明して、何か知っているかどうか尋ねてみる。

 坊主も軽く首をかしげた。

「ふむ……そちらの暦で2084年前か。樹木が種から育ったかもしれんから、少し幅をとってみるか。……うむ。正規ゲートを使った行き来や輸出入では、それらしき記録はないのう」


 ラウトがまだジト目で黙り込んでいるコラールに代わって礼を述べた。

「どうもありがとうございました。ゲートの管理人さま。あ、そういえば。あのトゲアカの原生林で感じた精霊場、管理人さまが帯びているものに何となく似ていました」

 コラールがようやく口を開いた。

「ラウトさん。それはないと思うわよ。アンデッドが帯びているのは死霊術や闇の精霊魔法場だもの。生きている樹木がそれを帯びることはないわ。あるとしたら、死者の国の樹木だけど、光の精霊が強いエルフ世界では枯れてしまうわよ」


 しかし、坊主はそれを聞いて何か思い至ったようだ。

 手をさっと軽く振って空中ディスプレーを出現させると、打ち込む動作もせずに何か検索し始めた。文字がエルフ語でも魔法使いの使うウィザード文字でもなく、もっと複雑怪奇な文字である。


 それを画面越しにちょっと見たラウトとコラールに強烈な眠気が襲い掛かった。2人とも慌てて目を画面から逸らす。感覚としては、あのピンク蛇が出てきた時に似ている。


 坊主の検索はものの数秒で終了し、ディスプレーも消滅した。

「非正規ゲートというものがあってな。趣味でこの200万年ほど、探索と追跡をしておるんじゃよ。まあ、全ての非正規ゲートを把握できてはおらんが。ん、怪しい動きが1件あったぞい。3女王の統べる世界は知っておるな? そこの魔神が1人、エルフ世界へ肩こりを治しにやってきておる」

 坊主が文章を斜め読みして話を続けた。

「……が、女王に知られては都合が悪かったのじゃろうな。ゲートを使わず、自分で世界間転移魔法を使ってやってきておる。その最初の転移時に座標間違いをしたようじゃ。都の病院内ではなく、東テライ大陸に出現してしまっておるな」

 坊主の口調が次第に重さを帯び始めていく。

「すぐに座標を修正してお前たちの都の病院へ飛んでおるし、それ以降は2度と転移先を間違えることはしておらん。が、その1回が引き金だったのかもしれんのう」


 それを聞いてもラウトとコラール、ついでにセリアとマスターも理解できない様子である。

 ため息をついて、坊主が言い直した。

「まったく、これだからトリポカラのエルフは。ブトワルのエルフは理解したぞい。つまりじゃな、魔神という存在は魔力の塊でじゃな、自ら注意しないと簡単に世界法則を捻じ曲げて変えてしまうんじゃよ」


 ラウトの脳裏に病院で見かけた魔神の姿が浮かんだ。(そんな危険極まりない存在だったのか……)と冷や汗をかいている。坊主が淡々とした口調に戻りながら話を続けた。

「多分、間違った場所に出てしまって慌てたんじゃろうな。ちょいと魔力が漏れて、それが原因でトゲの木からトゲアカの木が生まれた。ワシと似たような雰囲気というのも合っておるよ。そやつは、ワシと同じアンデッドから魔神になった奴じゃからな」


「つまり……」

 コラールの声が怒りで震えている。

「これも、アンタらアンデッドの仕業じゃないの! それに、虫が従順になったのってゾンビ化したってこと!?」


 坊主が茶をすすりながら、そっけなく同意した。よく見るとミンヤックが渡した茶のようだ。

「そうじゃな。ゾンビというのは死体を使う。せいぜいバンパイアあたりが使う、低度の低い魔法じゃよ。この虫の場合は生きたままゾンビ化しておるから、もっと高位のゾンビじゃな」

「脳や神経細胞は生きておるから、エルフの光魔法での洗脳ができたのじゃろうて。それでもまあ、ゾンビのままじゃが。トゲアカの木は、さしずめ高位の死霊術使いといった存在じゃな。もちろんバンパイアどもより上の、な」

 最後に少しドヤ顔風味で茶をすすった。

「当然、日の光の下でも平気で生育するわい」


 セリアが気持ち悪くなったような顔をする。

「ええ? ゾンビにも階級があるの?」

 ラウトがなるほどと同意した。

「それで、あんなに動きが活発だったんですね。ゾンビもいろいろあるんだなあ。しかし、お坊様。脳や神経が生きているのにゾンビってありえるんですね」

 坊主が茶をすすりながら、こともなげに言う。

「死霊術が稼動しておれば、生きていてもゾンビじゃよ。ほれ、生霊と死霊があるが、どちらも霊じゃろ。ゾンビも同じじゃよ」


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