通常業務と出張
翌日。ラウトが専門知識を記憶完了して、そのままミンヤックと共に薬師部で薬の調製作業に取り掛かった。
最初こそ、知識と体の動きがうまく合わなかったのだが……それも昼すぎには解消して、もう1人前の助手に仕上がっていた。
ミンヤックがその適応の早さに感心する。
「いつも思うが、エルフってのは技術の理解が異様に早いよなあ」
ラウトが薬の調製作業をしながら照れた。
「エルフは精神の精霊魔法も使いますからね。先生、この滋養強壮薬、羽角円ですが、本来使用する53種類の生薬のうち、バラン先生の処方ではムシカブトの根と、蚕の糞を除外しています。これって、どういう理由でしょうか」
ミンヤックがニヤリと笑って答えた。
「ああ、アレルギー反応のせいだろうな。生薬といえどもアレルギー検査で外さないといけないものが出てくるんだよ」
ラウトが、ああ、と同意した。
「なるほど。波動検査で分かりますものね。では、この処方でゴーレムと精霊たちに指令を下しますね、先生」
ミンヤックが鷹揚にうなずいた。
「ああ、そうしてくれ。次は、手術用の麻酔薬だな。番号はこれだ。生薬の材料は3色イモガイ2008番と渦鞭毛虫1109番、毒ゴガイ0907番で、帽子クラゲ3007番に生薬セット0087番だ。全部海産物だな。これをすり潰して、酸性液抽出28番、油抽出35番、アルコール抽出19番で成分抽出だ。溶媒も番号に合わせたやつで頼むぞ」
ラウトが正確に聞き取り、空中ディスプレーで確認する。
「はい、先生。早速、倉庫から生薬を取り寄せます。それと、抽出の準備をしなくちゃ」
そう言って、ラウトがゴーレムに命じて抽出器具を準備させる。ミンヤックは別の薬の調製作業を続行しながら、ラウトの働きぶりを微笑んで見ている。
「おう……次は紫雪、万病円、銀液円かよ。まったくバランめ、人使いが荒いな」
医局では、医師と薬師は仕事を円滑に進めるためにチームを組んでいて、通称『なんとか組』と呼称されている。
ラウトの場合は『バラン組』なので、チームリーダーは医局のバランケマスだ。その彼から患者の診断を元に処方される薬名と量が、光の精霊たちによって薬師部へ伝達されて、最も汎用に使われる文体で空中にディスプレイされる。形は何となくひらがなの草書体に似ている。
薬師であるミンヤックが、それぞれの薬剤の量と状態を計算する。その値を基にして、ゴーレムや新人助手のラウトに命じて、倉庫や薬草園から材料を取り寄せる。必要に応じて異なる前処理を施し、それらを規定量調合して完成させるという手順である。
できた薬はゴーレムに命じたり、風などの精霊を使役した転送魔法で患者や施設に届けられる。
この他にラウトの日常業務として、薬剤や生薬の在庫管理がある。さらには、常時人手不足の農園の手伝いも都合がつけば行う。
農園長は聖堂で見かけた役人であるスミングであり、今回同期で体格の良いカンプンが配属されている。しかし、薬草園はここ都の他にも数多く国内にあるので、その管理の手伝いも行うことになる。
ミンヤックの部屋で使う器具の数が多いので、それらの道具の洗浄と手入れをするだけで手一杯な状況ではあるのだが。
なお、不足してきている薬剤のリストを作成して上司のミンヤックに提出し、注文をすることも行う。しかし、注文していても届かなかったり、品質が悪くて使えないものだったりするのがあるが……
「むう……」
ミンヤックがうなり声をあげた。
「シロスジヤム芋が不足しているな。これは揮発系薬効成分の分離精製によく使う材料だから、足らなくなると困る。ラウト、現地の薬草園に連絡を入れろ」
「はい」
ラウトがすぐに空中ディスプレーを出現させた。住所録から番号を探して、高速短縮通信を行う。施設内は高速回線が常時使用できるので、特に杖などの補助道具を使う必要はない。ラウトも指を軽く振るだけでネットワークに接続した。
しかし、ミンヤックはドワーフで全くこういった魔法が使えないので、必然的にラウトの仕事量が増えることになる。
中庭でミンヤックとラウトの守護樹が、日光浴をしているのが窓の外に見えた。こうして見比べると、ミンヤックの守護樹の方がラウトのものよりも1回り大きい。
この辺りの建物も、かなりの年代を経ている。しかし王宮内とは違って充分な手入れがなされていないために、草やイバラ、ツタに雑木などが目立つ。
花木は少ないようで、蝶や蜂の代わりに手のひらサイズの巨大な羽虫や甲虫がうるさく羽音を響かせながら好き勝手な方向へ飛び回っている。
地面にはこれまた巨大なカマキリみたいな虫が闊歩している。鎌を捧げ立つと高さ50センチはあり、左の鎌には捕まえたばかりのトカゲが挟まれている。そして、まるで買い物帰りのような気楽な歩きで花壇の影へ消えていった。
そのすぐ側をイタチやリスが駆け抜けていき、それを追いかけて狼のような野犬が走っていった。
上空には様々な鳥が飛び交っていて、蚊や蝶などの小さい虫を争って追い掛け回している。
建物の外壁も磨耗が進んでおりコケやツタなどに覆われて、そろそろ地面と同化しそうな雰囲気をかもし出している。しかし建物内部にはミンヤックの部屋のように最新の設備が所狭しと設置されていて稼動しているので、客人などはそのギャップに驚くようである。
しばらくして雑音と映像ノイズが混じりながらも、空中ディスプレーに現地の様子の映像情報が映し出された。
確かに、芋畑が乾燥で乾いていてハート型の大きな葉がしなびている。
ミンヤックがそれを見て腕組みして、しかめ面をした。ディスプレーの下辺を流れるように表示されている、草書体のひらがなのようなエルフ文字が理解できるようである。
「そうか、天候不順か。そうだろうと思ったよ。これは現地まで行くことになるな。バランに知らせておいてくれ。3時間くらい外出するぞ」
ミンヤックがラウトと一緒に高速艇に乗って外へ出た。帆のない外洋航海用のヨットのような形だ。これで目的地である薬草園まで、水上すれすれの低空を飛んでいく。
ヨットにはエンジンらしき推進装置はなかった。代わりに縦方向に刻まれた船底の溝や突起にまとわりついている、大量の風の精霊の力を借りて進む仕組みである。
空気抵抗や流体力学も加味されているので、船体は流線型でマグロなどの回遊魚の形に似ている。装飾はほとんどなく、非常にシンプルなデザインである。
そのマグロのような形のヨットの最後部にパイロットゴーレムがいて、プログラム操縦をしている。ミンヤックとラウトの守護樹も、ちゃっかり高速艇の中央に鎮座して互いに何かザワザワしている。
水上を飛行している他の個人所有の飛行艇や水上艇を、スイスイと追い抜きながら水上を滑るように飛行していると、後方から何かが高速でやってきた。高さ10メートルくらいの水煙を轟々と立てている。
「おお。スレイプニルか」
ミンヤックが後ろを振り向いて、黒い瞳を輝かせる。
「一般魔法生物のくせに、この船よりも速く走るかね。」
ラウトも大きくて青い瞳を輝かせて声を弾ませる。ヨットの周囲には防御障壁が展開されているので、髪が風でなびくようなことにはなっていない。
「水上警察ですね。この速さを出すのは」
その時、高速艇の右舷をあっさりと水の壁が抜き去った。水の壁の向こうに、この高速艇と同じくらいの大きさの8本足の銀色の馬が透けて見えた。馬の上には1人の男の影が見える。
次の瞬間、ゴーレムが巧みな舵さばきでスレイプニルが巻き起こした水煙と大波をやりすごすと、銀色の馬は水平線に向かって遠ざかっていた。
ラウトがにやけながら見送っている。
「やはり、騎手はブラカンでしたね。我が国が誇る最速スレイプニル使い。間近で見れて良かったです」
ミンヤックも白い大きな歯を見せて笑った。
「しかし、さすがはエルフ世界だな。馬が水上を疾走するのは、この世界くらいだろうよ」
「ブラカンは優秀な精霊魔法使いですからね。風と水の精霊を上手に操っていますよ」
なおも、ラウトがブラカンをヒーロー視して褒める。しかし、ようやく正気に戻ったようだ。ミンヤックに訊ねた。
「さっきのは、訓練だったんでしょうか?」
ミンヤックが苦笑する。
「訓練だったら、こんなに接近しないよ。多分あの先で、遭難事故か何かが起きたんだろうな。出動時には最短距離を進むから、ちょうどオレたちの高速艇の進路と重なったんだろうよ」
水平線の向こうで水煙が上がり、都の方向へ一直線に帰っていくのが見えた。
「だな」
と、ミンヤック。
「医局にはバワベル組のレマック薬師がいるから、治療薬の調合は大丈夫だろう。オレたちはこのまま進むぞ」
このエルフ世界の住人は森を切り開くことを極端に嫌う。そのため、ほとんど全ての施設は川の上や湖の上に浮遊する人工の島に設けられている。
国営の薬草園も例外にもれず水上にあり、トリポカラ王国版図のあちこちにある。そして問題が生じると、こうやって出張となる。
大方の問題は、悪天候だったり病害虫が発生していたりしているのが主な原因だ。その場合では土壌と作物の診断をしてから、ミンヤックが背負ってきた巨大な袋から薬剤や肥料を取り出して、処方をサンプル調合する。
そのサンプルを波動試験して環境とうまく調和するかどうかを確認する。問題なければ、薬草園で作業をしているゴーレムに処方を書いた紙を食べさせて学習させる。
これによってゴーレムが処方を学習して大量に調合製造し、薬草園へ施用することになる。
ただ、殺虫剤や殺菌剤の類は極力使用しないことになっている。そのため処方をしても効果が現れるまでに時間がかかり、虫や菌による薬草への被害も大きくなるのが常であるが。
ちなみに悪天候の場合は、都の気象局天文部に直接連絡して、どの程度の気象魔法を発動させるべきか要請をする。
「ああ、そうだ。乾燥が続いて半分ほどのシロスジヤム芋が枯れている。ここの土壌湿度測定器の経時変化アドレスと、望ましい湿度レベルの情報を送るから、雨を降らせてくれ。すまんな。他にも重要な薬草が乾燥で弱っているし、なるべく早く頼むよ」
ミンヤックが自分の守護樹を介して遠距離交信を終えた。これでとりあえず完了だ。
ラウトがそれを見て首をかしげた。
「あの……先生は精霊魔法を使えないんですよね。どうして守護樹を使役できるんですか」
ミンヤックが白い大きな歯を見せてニッカリと笑い、首のネックレスを取り出してラウトに見せた。
「これだよ。こいつで王国の精霊場サーバーに命じて精霊魔法を発動させているんだ」
ラウトが感心した。
「へええ。そんな魔法具があるんですね。でしたら、存分に精霊魔法を使えるのではないですか?」
ミンヤックが頭をかいた。
「そうはいかないんだよ。精霊魔法の適性がないドワーフが使うと体調を崩すんだ。あんまり使うと神経衰弱になっちまう。いわゆる使用制限がある限定アイテムだよ。ラウトの権限じゃできない要請とかがあるからな」
ラウトが心配してうなずいた。
「はあ、なるほど。先生、無理しないで下さいね」
ミンヤックが分厚い胸板をドスンと叩いて笑った。
「通信だけだから心配するな。だが、文句はこれを作っている魔法研究所に伝えておくか。もう少し長く使えるようになれば良いのだがな」
そう言ってから再び仕事に戻る。
「うむ。処方はこれで良いだろう、これで作物の当該遺伝子スイッチをオンにするから、当面の乾燥と病害虫への耐性があがる。その間に雨が降って土壌が改良されるから、処方の効果が切れるまでには薬草園も復旧するだろう。じゃあラウト、とりあえず川の水をくみ上げて散水してくれ」
「はい」
ラウトが杖を振って、精霊魔法の術式を展開する。杖の先に幾つかの星がチカチカとまたたくのが見える。
「えーと、ここは、普段使っているマニスの信号が弱いなあ。んー……サンシの信号が一番強いか。じゃあ、これで」
そう言って、少しの間念じてみる。すぐに杖の先でまたたく星の色が空色に変わった。サンシの信号の色である。
「うん、つながった。ミンヤック先生、発動させますよ」
「おう。しかし、無詠唱術式か。若いのに優秀だな」
「恐縮です」
ラウトの守護樹が抱えている岩が、ぼんやりと緑色に光りだした。
薬草園の周囲の川面がぐいと盛り上がって、次々にボウンと破裂し、大量のシャワーを圃場に降らせ始めた。
水と共に大量の魚や虫が空中に巻き上がるが、それらは水の精霊がきちんとより分けてくれるので、農園に魚が降るようなことにはならず川面に落下している。
しかし、このあたりの魚は川面一面が黒く染まるほどの量が群れを成して泳いでいて壮観である。魚と魚が水中で泳いでいてぶつかるのか、あちこちで水面に跳ね上がる魚が見られる。
これらの魚を餌にする鳥や巨大な虫も数多く川の上を飛び回っている。本当に生き物だらけの森である。
薬草園では人工生命体であるゴーレムが作業しているが、環境が悪いので健康状態が良くなくて病気にかかっている物も多く、その処方も行う。組成はほぼ土なのだが、なぜか病気にはかかるようだ。
「このゴーレムですが、輸入しているというのは本当ですか」
ラウトがゴーレムに薬を処方しながらミンヤックに聞く。
「ああ、君たちは土系のウィザード魔法は苦手だろ。だから他の世界からウィザード魔法使いの技師を呼んで作ってもらっているんだよ。飯も休憩も必要ないからな、こいつらには。なかなか便利だろう」
薬を調合しながら返事をするミンヤック。さすがに手際が良い。
ラウトも彼らの重要性に同意した。
「ええ、彼らがいないと仕事ができませんよ。土系の精霊魔法では、こういった人工生命体は作るのが難しいですし、長期間安定させることもなかなか困難なんですよ」
「しかしまあ、こうしてゴーレムも時々メンテナンスする必要はあるがな」
ミンヤックがポンポンとゴーレムを叩いた。猫のようにゴロゴロと鳴く。言葉は発しないが命令書を食べる口はあるので、こうして音は出せるようだ。
二人の守護樹に現地の住民の守護樹が寄ってきて集まり、何かザワザワやっている。周辺の深い森の中に住んでいるエルフの住民がここへ手伝いのためにやってきていた。
姿は、一種異様と表現してもいいだろう。
いわゆる市販品の衣服や靴などは全く使用しておらず、代わりに樹皮や地衣類、コケ、生きている草やラン、果てはスライム状の粘菌を器用に身にまとっている。指輪やネックレスなどの装飾品も一切見につけていない。
足元は靴やサンダルではなく、樹皮や固くなった巨大キノコをくり抜いたもので固めている。
ただ、ヒゲはきちんと剃られており、髪もきちんとまとめられて汚れは全く見られない。肌もすべすべで、くすみもないので知的にすら見える。さらに汗臭さすらない上に、人によってはランの花の香りまでする。
この薬草園も川の上に浮遊しており季節移動しているが、浮遊する人工島に周辺住民の守護樹がドッキングしてきているのでごちゃごちゃしてきた。
ミンヤックがその住民の健康診断も行うが、治療は原則として現地の森オサの意向に従う。
彼が今診断している風邪をひいた患者は、すでに守護樹に体の半分を取り込まれていた。苦痛はないようなので栄養剤を注射するミンヤック。見渡すと他にも同じように体の一部を守護樹に取り込まれているエルフが何人か見受けられる。
注射をし終わってから、ミンヤックがラウトに話しかけた。
「ラウトには珍しくないだろうが、オレたち外の世界の者から見ると、木に取り込まれる生涯というのは驚きだよ」
横で聞いていた森オサが、穏やかに微笑んだ。
「そうですか。元々私たちは平均寿命が5000歳ほどありますし、あまり病気にもかかりません。人生の最後に結婚して子供を授かって100年ほどしたら、こうしてゆっくりと守護樹の中に取り込まれていくんです。私の知り合いにも苦しんで亡くなった方は、いませんね」
ラウトがそれを聞いて、グチめいたことを話す。
「こうした伝統的な生活には憧れます。都での生活は何かと気苦労が多くて」
ミンヤックが「フン」とばかりに鼻息を上げた。
「その程度の気苦労など知れておるわい」
切って捨てている。確かに魔法が使えない身としては、このエルフ世界での暮らしに色々不便なところがあるのだろう。
森オサが、ラウトのグチついでに「そうそうお役人さん」とラウトに尋ねた。
「都はいつも通りの時期に、こちらの近くを通過するのかな? お役人さん」
ラウトが杖を振って空中ディスプレーを表示させた。
都も内海に浮かぶ人工島で、絶えず岸沿いに移動している。都の航路と移動スケジュールは機密事項なのだが、大雑把な情報であればラウトでもアクセスできる。
「……そうですね。私では正確な情報は分かりかねますが、いつも通りだと思いますよ。何か気になる点でもありますか?」
森オサが他の住民と共にラウトに微笑んで答えた。
「都の人口は多いからね。都が近くにやってくると、森の中の虫や魚が食べられてしまって少なくなるんだよ。いや、飢えるほど困ることはないんだが、食生活に支障が出るのでね。それで聞いたんだよ」
ラウトがうなずく。
「なるほど。確かに都の人口は絶えず入れ替わっていますが、1万人以上は常時いますからね。食料消費量は相当ですよね。しかし、こればかりはどうしようもないと思いますが」
森オサもうなずく。
「お役人さんの言うとおりで、我々も理解しているよ。都が来たときは買い物ができるし、珍しい食べ物も手に入るからね。今回もいつも通りの時期に来ると分かっただけで充分だよ。我々も虫の備蓄をすれば良いわけだからね」
そして森オサが住民たちに向かった。
「皆のもの、聞いたとおりだ。虫の備蓄はいつも通りに進めてくれ」
「おー」と住民たちが答え、森の中へ自身の守護樹と共に消えていった。
その様子を不思議そうな顔で見ていたミンヤックが、そのまま森オサに訊ねた。
「……で、向こうにいる主のいない守護樹だが。次の主は決まらないのかね」
森オサは微笑んだままで、ミンヤックが指し示した守護樹の方を向いた。
「それは、守護樹が決めることです。ほとんどの守護樹は宗派ごとの苗畑へ戻りますけど、主を持たずにそのまま1万年くらい生きて枯れる守護樹もおりますよ」
その答えに、ミンヤックは首をかしげてしまう。
「今だによく分からないのだがね。なあ、これは守護樹というんだろ? 君たちは生命の木を聖なるものとして信仰しているんじゃないのかい? これは生命の木なのか?」
森オサがうなずいた。
「守護樹は生命の木から派生した株ですよ。私達の世界では3つの宗派があって、それぞれ別の生命の木を持っています。それと、野生の生命の木もあちこちに生えていますね」
ラウトが補足する。
「そうですね。ですから、ほとんどのエルフはどちらかの宗派に属して、その生命の木から派生した守護樹の株を得ています。野生の生命の木から派生した守護樹を得るのは、ごく少数の森林の奥深くに住むエルフだけですね。いずれにせよ、守護樹を得ないとこの世界の住人として認められません」
ミンヤックは太い眉をひそめたままで、その太い腕を組んだ。
「ふうん、面倒だな、それ」
森オサは微笑んだままで、淡々とした口調で説明を続けた。
「いったん認められて戸籍を得れば、税金も払わなくていいですし、充実した社会サービスも受ける事ができます。この通り、死ぬまで面倒を見てくれるというわけですよ」
ラウトが、ミンヤックに耳打ちした。
「ですけど、森オサたちの機嫌を損ねたら追放されたりされますので、なかなか大変なんですよ」
「ああ。砂漠や荒廃地で見かける連中は、それが原因なのかい」
ミンヤックが森オサに訊ねる。見たことがあるのだろう。
森オサがゆったりとした動作でうなずいた。
「そういった者もいるでしょうね。森の中では調和を守ることが最優先されますから。ですけど、私達は元々一人で生活するのが好きですから、個人の意思でそういった土地へ移る者もいますよ」
ミンヤックが川を覆い囲むような深い森を見つめて考え込んだ。
「こんな深くて暗い森で、一人で生活か。オレには理解ができないなあ」
その森は自然のままに生えているので、数十種類もの様々な木やヤシ、竹、草やツタが、絶妙な割合で互いに混ざっているのがよく分かる。極端に言うと、一つとして同じ形の葉や枝ぶりが見られないくらい、多くの植物が混生しているとも言える。
それらが川岸からいきなり20メートル以上の高さにそびえていて、壁絵のようになっている。深い、深い森である。




