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トゲアカの大陸

 そうこうするうちにトリポカラ大陸を越えて、赤道循環海流が流れる海を渡った。船から見下ろしても白波が立った海で、確かに激流のようである。

 そして、目的地の東テライ大陸が見えてきた。


 ラウトが杖を振って空中ディスプレーを出し、上空の衛星からの最新情報と照らし合わせている。

「うん。当初の観測通り、岸から10キロほど内陸に入った平野部にトゲアカの大群落がありますね。直径100キロほどの群落ですから、良い品質の幼木も多いと思います。ここで採集をしようと思いますが、先生、いかがでしょうか」

 ミンヤックも鷹揚にうなずく。手のひらサイズの巾着袋から、2メートルほどもある巨大なショベルを取り出して肩に担いだ。

「うむ。それだけの群落ならば確実だろう。当初の計画通りに作業を始めるぞ」

 ラウトが手早く書き上げた命令書をパイロットゴーレムに食べさせる。


 同時に、警官が精霊魔法の発動準備を始めた。

 ミンヤックと同じく、懐から手のひらサイズの巾着袋を取り出し、中から2メートルほどもあるライフル銃のような形状の杖を引き出した。引き金らしきものはなく、銃身と銃座だけのように見える。

 さらに同じ巾着袋から、突撃銃のマガジンケースのようなものを引き出した。それを杖の銃座の根元に装着し、杖の安全ロックを解除した。

 杖を光の精霊が包み込み、杖に吸収されていく。珍しい光の精霊語で所有者認証と作戦認証が完了した旨が伝えられた。


 ラウトとミンヤックが、「おお」と感嘆して注目しているので、警官が少し自慢気に微笑んで説明した。

「攻撃用の杖ですよ。兵器用の精霊魔法を使うので、このような大型になります。今回の作戦では100万匹の森アリの制圧を想定していますので、こうして杖の端に追加のエネルギーパックを装着しています」


 ミンヤックが感心しながらも警官に尋ねる。

「なあ。もしアリが100万匹以上襲ってきたらどうするんだ?」

 警官がサングラスのようなメガネをかけながら答えた。

「その場合は、作戦失敗で撤退ですね。まあ、300万匹までは何とかなると思いますよ」


 高速艇が東テライ大陸の岸辺上空を通過した。

 ラウトが杖を振って星を3つ輝かせる。船を包んでいる防御障壁にプラズマが走った。ラウト、ミンヤック、警官それぞれの守護樹が抱えている岩が、それぞれの宗派特有の発光を始める。


「プラズマ防御障壁を展開しました。3重の防御障壁です。先生、精霊場の強度がかなり上がりますので、具合が悪くなったらすぐに申し出て下さいね。作戦を中断して退避しますので」

 ミンヤックが首に下げている魔法具を発動させた。

「うむ。できるだけ手早く終わらせてくれよ。1時間ほどは大丈夫だがな」


 船の先端部に仁王立ちしている警官が念話をかけてきた。

(作戦中はこの念話モードで連絡しましょう。早速、スクランブルをかけてきましたね。前方からトンボ1千、大スズメバチ1千です)

(いきなりかよ)

 ミンヤックが緊張した声を上げた。

 ラウトも杖をかざしたまま真剣な表情で障壁の強度を維持し、警官に伝える。

(警官様。その程度の数でしたら、このプラズマ防御障壁で粉砕できます。このまま突入しましょう)

 警官は振り向かずに前方を見据えながら応じた。

(了解しました)


 その10秒後、船がトンボと大スズメバチの大群に突入した。

 防御障壁が火花を大量に散らして真っ赤に燃え上がる。船が炎に包まれたような状態になり、視界が全く利かなくなった。

 それでもラウトは慌てず航路を保つ。ラウトの前にある空中ディスプレーには上空の衛星からのライブ映像が航路と共に表示され、測位もされている。その支援のおかげで別に視界が利かなくても問題ないようだ。


 ショベルを肩に担いだままのミンヤックが、真っ赤に燃えて砕けていく虫の大群を見上げて首をかしげた。

(なあ。こいつら、都にいる連中よりもでかくないか?)

 警官が同意した。

(そうですね。1.5倍程度はありますね。理由は分かりませんが、トゲアカに支配された虫は巨大化する傾向があります。凶暴性も上がりますよ)

 ミンヤックが呆れたような顔をする。

(だな。普通の虫なら、こんな防御障壁は本能的に危険だと察知して近寄らないものなんだけどな。こいつらは加速をつけて突撃してきやがる)


 警官が前方を向いたまま杖を2時の方向へ向けた。

(第2波ですね。トンボ5千です。その奥に第3波の大スズメバチ5千です。10秒後と30秒後に接触しますが、どうしますか)

 ラウトが防御障壁の状態を確認してうなずいた。

(その程度でしたら問題ないですね。ただ、防御障壁からの輻射熱が強くなりますから、ちょっと暑くなります)

 警官がうなずいた。

(了解しました)


 その数秒後に第2波が船に突撃してきた。

 さっき以上に障壁が真っ赤に燃え上がる。

 そして第3波。

 大量の虫が燃え上がって砕けていくので、まるで空中に大きな火の玉が飛んでいくように見える。


 その様子を見ながらミンヤックが感心している。

(すげえな。1枚も防御障壁が突破されてないぞ。それにこれだけ虫が燃えているのに煙臭くならねえ)

 ラウトがコホンと咳払いをした。

(そりゃあ、音速超えの衝撃波と断熱圧縮の熱にも対応できる防御障壁ですからね。煙は風の精霊のおかげで除去されていますから、気にならないはずですよ。ただ、少し暑いのは勘弁して下さい)


 警官が周囲を見回しながらラウトに提案した。

(そろそろ目的地上空です。1分ほど、上空でホバリングできませんか? これまでの行動から見て、このトンボたちは全滅するまで攻撃してくる様子です。まずは航空優勢を確保したいのです)

 ラウトも同意する。

(そうですね。視界が利かないまま採集作業を行うのは面倒ですよね。分かりました。空を飛ぶ虫がいなくなるまで、しばらく上空で待機しますね)



 実際その通りになった。

 目的地上空に到着しても、まだ大量のトンボや蜂、巨大なカブトムシのような甲虫がひっきりなしに突撃してくる。プラズマ防御障壁に衝突して燃え上がるので全く視界が利かず、目視では下界の様子が分からなかった。


 警官が銃のような杖を振った。

(時間短縮しましょう。憤怒の精神精霊魔法を使用して、虫を全て誘引します)

 果たして、船を包み込む火の玉の直径が一気に倍近くまで膨張した。その1分後には全ての虫が焼け落ちて、船を包んでいた火の玉も消えた。虫が焼けて発生していた煙も風に流されていき、視界が回復していく。


 ミンヤックが下界を見て笑い出した。

(おいおい、マジかよ)

 広大なトゲアカだけの森が眼下に広がっていた。

 木々の高さは30メートルを超えているものばかりで、それが地平線の彼方まで延々と広がっている。単一種の木しか生えていないので、まるで誰かが植林した人工森のようだ。

 トゲアカの木は熱帯性気候に適応した種類なので、常緑で8本指の手の平のような形の葉である。新葉は鮮やかな蛍光色の黄緑で、成熟した葉の深い緑色と交じり合って独特のコントラストを見せている。


 だが、ミンヤックの目を釘付けにしたのは、その30メートルを超す大木の頂上を形成する林冠の上だった。そこにはびっしりと森アリや甲虫の大群が蠢いている。

(うは。ウジャウジャいるぞ。しかもやっぱりでかいな。オレの背丈と同じくらいありそうだ。しかも俊敏さは虫どもの方が上かよ)


 警官が下を警戒しながらラウトに尋ねた。

(ラウトさん。採集する幼木の樹高は、計画では2メートル以下でしたね。それで変更ありませんか?)

 ラウトがディスプレーで森の中の様子を調査しながらうなずいた。

(はい、変更は必要ないですね。スキャンしていますが、2メートル以下の幼木の反応がこの一帯だけで100本以上ありますから充分です)

(了解しました)


 警官が下を向いたまま答え、銃型の杖を眼下の森に向けた。杖の先から星が8つ輝く。

(では、成木を排除します。術式開放)

 警官の杖の先がまぶしく輝いた。

 光り輝くリングが森に落とされ、瞬きする間もなく光速の速さで地平線までリングが膨張して……そして消えた。



 光のリングが消えた後は、森の巨木全てが塵と化して消滅していた。大量の蒸気が発生して霧が立ち込めたようになっている。

 その霧もすぐに風に流されて消えると、森だった場所は地平線まで更地になっていた。

 しかし、それは地上2メートル以上での話で、それよりも樹高が低い幼木には全く傷がついていない。巨木群も2メートルから上が消滅していて、直径数メートルもの無数の巨大な切り株に姿を変えていた。その切り株からは、大量の透明な樹液が泉のようにこんこんとあふれ出ている。


 さすがに目が点になっているミンヤックとラウトである。

(す、すげえな。さすが兵器だ)

 ミンヤックが驚きを正直に表現しながら、下界をキョロキョロと見下ろしている。

 ラウトも同様のようだ。

(ひええ。初めてみましたよ。想像以上の威力ですね。あ。幼木にはダメージがない)


 警官は警戒を続けたままである。

(この幼木群ですね。では、地表にいる邪魔な虫を排除します。数はちょうど100万匹ほどですね。想定どおりです)

 再び警官の杖の先から星が8つ輝いて、地表を太陽のように照射した。すると、地表を埋めつくしていた虫の大群が、降下する船から同心円状に外側へ向かって去っていった。難なく着陸する高速艇である。



 着陸地点の周辺には1匹も虫がいなくなっていた。

 ミンヤックが早速土人形を8つ地表に落とすと、背丈5メートルほどの巨大なゴーレムに成長した。彼らに先ほどの巨大なショベルを投げて渡していく。


 既にプログラムされているようで、巨大なゴーレムが切り株だらけとなった森に散開した。そこで樹高2メートルほどの幼木を根元の土ごと次々に掘り上げて、その体に取り込んでいく。

 別の3体のゴーレムは、切り株から泉のように溢れているトゲアカの樹液を採取し始めた。その土でできた巨大な体を切り株に横たえて、スポンジのように樹液を土の体に吸収している。


 その作業を見ながら、ミンヤックが警官に尋ねた。

(なあ、警官殿。あのウジャウジャいた虫どもを、いったいどうしたんだい? 虫除けの魔法でも使ったのか?)

 警官は周辺をまだ警戒していたが、気さくに答えてくれた。

(いいえ。光と精神系の混合型精霊魔法です。そうですね……分かりやすく言えば、虫たちを洗脳して私たちの味方にしたんですよ。脳の記憶を光魔法で改ざんして私たちを守る使命と偽の記憶を入力し、モチベーション発揮のために精神系の魔法で感情を操作しています)

 そう、さらっと説明してくれた警官である。


 ミンヤックが唸った。

(さすが兵器としての精霊魔法は凄まじいな。つまり、いきなり100万の凶戦士の味方ができたのか)

 警官は相変わらず、周囲を怠りなく警戒し続けながら肯定した。

 土中からムカデやミミズのような連中が、散発的に湧いて出てくる。それらに銃のような杖を向けて光の精霊魔法で射撃すると、あっけなく洗脳されたようだ。背を向けて去っていった。

(そうですね。かなり損耗してきましたが、まだ80万匹ほど残っています。元気に我々を守ってくれていますよ)


 ミンヤックとラウトが耳を澄ますと……確かに虫同士が激突している音が、かすかに切り株の森の向こうから地鳴りのように聞こえてきた。

 ミンヤックがうなずいた。

(うむ。魔法使いどもから聞いたことはあったんだが、こうして実際にエルフの精霊魔法を見ると、その脅威を実感するよ。確か、この光の精霊魔法は魔法使いでも対処不可能らしいな)


 警官がさらに数匹の巨大ミミズを洗脳して退けながらうなずいた。

(そうですね。この精霊魔法は魔法場に依存しませんからね。全くの闇でない限り世界中に光はあふれていますから、この世界そのものが光の魔法場です。しかも光速ですから、まず対抗魔法を唱える時間がありません)

 数匹の巨大ムカデを片付ける。

(記憶改ざんは目から脳に入った瞬間に、電気の速さで行われますから、これも対処が難しいでしょうね。そしていったん形成された偽の記憶は、強固ですから普通の忘却魔法では除去できません。記憶している脳の組織ごと消去するしか方法はないと思いますよ)

 数匹のヤスデを退けると、それらが青酸ガスを吐きながら去っていく。

(我々機動警察官は世界間協定で異世界へ業務派遣されることがあるんですが、敵が十万でも百万でも関係なく一気に洗脳されて味方になってしまうのを見ると驚くようですよ)


 ミンヤックが苦笑する。

(そりゃあ、驚くさ。エルフを見ただけで、どんどん敵が寝返っていくんだろ? 多分、映像でエルフを見せても同じなんだろうな)

 警官がまた数匹の巨大ムカデを味方に寝返らせてからうなずいた。

(そうですね。今は映像を介して精霊魔法を使うのが主流ですかね。あちこちの敵勢力を一度に無力化できますから。今回の作戦も、私を派遣しなくても映像で充分だという意見もあったそうです。ですが、貴重な実戦経験になるからと1名の派遣に決定したそうです)

 ミンヤックが白い歯を見せて笑った。

(そりゃあ、光栄だな。さて、そろそろ採集も終わったかね、ラウトよ)



 ラウトが杖をクルンと回して周囲の状況を確認した。

(はい。ほぼ完了しました。計10本の幼木を採集できましたよ。状態も良好です。3体のゴーレムも容量一杯まで樹液を吸収できました。では、採集ビンに封じましょうか? 先生)

 ミンヤックが鷹揚にうなずいた。

(うむ。そうしてくれ。小さなビンなら楽に運べるからな。オレもそろそろ頭痛がしてきた)


 手のひらサイズのガラスビンを、ラウトが8つ取り出した。

 ふよふよになって丸々と水太りになっている樹液を吸い取ったゴーレムと、背中に2本ずつトゲアカの幼木を生やしたゴーレムを1体ずつ吸引していく。

 相変わらず術式詠唱でもたついているが。


 その作業を横目で見ていた警官が告げた。

(もう出発してもいいですか? 味方の虫が10万匹まで減りました。防衛線が突破されましたので、あと数分でここまで敵の虫の大群がやってきますね。先行突撃隊の数は1万ほどで、後方に数万ほど追随しています)


 ラウトが吸引作業を終えて、高速艇の帰路プログラムをパイロットゴーレムに食べさせた。

「準備できました。では、帰りましょうか、先生」

 念話を止めて、通常の音声での会話に戻る。ミンヤックがうなずいた。

「うむ。皆ごくろうだったな。帰還しよう」


「発進します」

 ラウトが杖を振って、星を3つ散らした。再びプラズマ状の防御障壁が発生して高速艇を包み込む。そして、高速艇がゆっくりと空中へ浮かび上がっていく。



 上空10メートルほどまで上昇した時、警官が遠慮がちにラウトとミンヤックに向かって話しかけてきた。

「すいません。機動警察からの要望なんですが、虫がやってくるまでしばらくの間上空で待機してもらえないでしょうか。この東テライ大陸には陸上のセンサー網がなくて、情報収集がうまくいかないんです」

 ミンヤックが首をかしげながらもうなずいた。

「ん? まあ、別にそのくらい構わんよ。オレたちの仕事は終わったしな。で、何がしたいんだ?」


 警官が改まった顔で話す。

「はい。ここへやってくる虫は、恐らく精鋭でしょう。そこで光の精霊魔法で彼らの脳に、警察へ情報を発信する部位を形成します」

 警官が地平線を警戒してから話を続けた。

「都で街灯を灯している精霊がいますよね、あれと原理は同じです。交代で光の精霊が虫の脳内をスキャンして、得られた情報を上空の衛星経由で警察へ送信します。虫は無自覚ですから、スキャンと送信を気づかれる恐れは少ないでしょう」

 警官が再び周囲を警戒した。彼の視線はもう地平線を向いていない。

「そうやって、この大陸の情報を効率よく収拾したいというのが、我々機動警察からの要望です」


 ミンヤックがニヤリと笑う。

「おうおう。ずいぶん具体的に打ち明けてくれたじゃないか。そこまで教えてくれたら、オレも協力しないわけにはいかないな。いいぜ。好きなだけ細工してくれ」

「ご協力感謝します」


 そう会話をしている間に、地響きとキーキーと喚く声が急激に大きくなってきた。

 そして、警官が言っていた1万匹ほどの虫の先行突撃隊が、眼下の切り株の森に飛び込んできた。まさに目にも留まらない俊敏さである。大スズメバチが突撃してくる速度と小回りを陸上疾走で再現しているといったら良いだろうか。

 しかも――

「でけえな! オイ」

 ミンヤックが目を大きく見開いて驚いている。アリの姿の虫が多いのだが、どれもミンヤックより大きい。


 ラウトも驚いている。

「うわー……こんなのに襲われたら大変ですよ。でも、何か変だなあ。虫って、頭が半分以上かじられて無くなっていても元気でしたっけ」


 警官もその不自然さに気がついていたようで、声に警戒の色が出てきた。

「そうですね。普通は、これだけ体に欠損が生じると、ここまで迅速な動きは痛みでできないものなのですが。まるでこれから使う光魔法で完全に洗脳された上に、痛覚も制御されているみたいですね」

 確かに多くの虫は激闘の後だったせいか、足が何本か無くなっていたり、頭や胸、腹などが大きく欠損した個体ばかりである。


 ミンヤックが「フン」と鼻を鳴らす。

「まあ、これだけデカけりゃあ、普通の虫とは違ってくるんだろうよ」

 警官もとりあえず任務を遂行することを選択したようだ。

「そうかもしれませんね。では、彼らに光魔法をかけます。発動!」


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