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虫だらけの都

 ラウトが守護樹に乗って薬師部建物の入り口へ駆けつけると、ミンヤックが汗をぬぐいながら入り口の階段に腰掛けて休憩しながら待っていた。

「先生。薬師部屋のゴーレムは大丈夫ですか?」

 ミンヤックが息を切らせながらも、うなずいた。

「ああ。大丈夫だ。前回の暴走が起きた後で、オレでも使える緊急停止装置を取り付けておいたからな。きちんと停止したよ」


 それを聞いてほっと安堵するラウトである。

 守護樹から下りて、とりあえず部屋へ入って停止しているゴーレムの状態を杖を使って確認する。


 ミンヤックが適切に停止させたので、器具の破損は数個のビーカーだけで済んでいた。早速、水の精霊を呼び寄せて、床までこぼれた薬液を割れたビーカーごと取り込ませて掃除する。

「ケガがなくてよかったです、先生。では、機器の完全停止を行いますね。調製中の薬剤は廃棄処分になっちゃいますね、残念です」


 ミンヤックが「フン」と鼻を鳴らした。

「仕方がないな。何とか使えそうなやつだけは冷凍庫に入れて保管してお……うわああっ」

 珍しくミンヤックが悲鳴を上げた。

 ラウトが思わず振り返ると、部屋の外から無数のサソリとクモが入ってきている。あっという間にミンヤックの全身を覆いつくしてしまった。窓からも入ってきているグループがあり、机の上のビーカーや乳鉢などがサソリとクモの大群にはね飛ばされて落下し砕ける。


 しかし、ラウトはさすがにエルフだけあって冷静そのものだ。杖をクルンと回して精霊魔法を発動させた。

 たちまち虫除けの魔法が働いて、部屋から全てのサソリとクモが退散していった。

 全身をサソリとクモに包まれていたミンヤックもパニックから回復したようだ。数ヶ所サソリに刺されていて、クモにも噛みつかれていたので、ラウトが杖をかざして毒消しを行う。

「先生、大丈夫ですか? 解毒しましたので、もう安全だと思います」


 ミンヤックは非常に不機嫌な顔で、太い腕をブンブン振り回している。

「な、何だ今のは! うわ、まだ廊下にウジャウジャいるじゃねえかっ。こっちくんな!」


 ラウトが杖を振って魔法を発動させ、廊下のクモたちを建物の外まで追い出す。手馴れた動作で、まるで廊下のゴミを箒で外に掃きだすような気楽な動きである。

 瞬く間に全ての侵入者を建物の外に追い出して、ラウトが窓から外に顔を出した。1匹のサソリを左手の平に乗せて何か会話している。やがて、そのサソリを窓の外にポイと投げてミンヤックの方を向いた。

「どうやら、薬草園のサソリとクモの養殖施設がゴーレムのせいで破壊されたので逃げ出してきたみたいですね。あ、先生。食用の種類ですので毒も弱いです。解毒しましたし、腫れもすぐに収まると思いますよ」


 ラウトの鮮やかな手際に感心していたミンヤックだったが、そう言われて改めてほっとしたようだ。

「そうか。そういえば、もう全然痛くないな。しかし、エルフはずるいよな、まったく。虫は避けてくれるわ、毒にも強いわ。本当に元は同じ人間だったのかね」

 サソリたちが暴れたおかげで床に落ちて割れたビーカーや試験管などを、ラウトが再び水の精霊に飲み込ませて掃除している。

「まあ300万年も昔ですからね。今となっては相当に違っているとは思います……よし。先生、掃除終わりました」


 ミンヤックもようやく興奮が収まったのだろう、窓際にもたれかかってうなずいた。

「うむ、ご苦労だったな。で、その停止しているゴーレムは再起動できそうかい?」

 ラウトが杖をかざして、星を3つ輝かせる。すると空中に小さなディスプレーが生じて、草書体のひらがなのようなエルフ語で警告が出た。

「まだ、管理者からの許可が下りていませんね。とりあえず、再起動した後で仕事を勝手に再開しないように、メモリを消去しておきますね」


 ミンヤックが窓から外を見下ろす。

 手入れがあまりなされていない中庭では、クモとサソリの大群がうごめいていて、まるで絨毯の柄のような印象になっていた。

 一方で、巨大なカマキリのような虫やムカデにアリなどが、急にやってきた御馳走に狂喜している様が一望できた。空中からは巨大なスズメバチにトンボや鳥が急降下してクモやサソリをかっさらっていく。


 ラウトもやってきて、ミンヤックと一緒に眺める。

「不意のご馳走に大喜びですね。この分なら後1時間もすればきれいに片付きますよ」

 ミンヤックがふと思いついたような顔をして、首の魔法具を操作して小さな空中ディスプレーをいくつか表示させた。街の様子が映っている。やはりクモとサソリだらけである。

「やはり街にもあふれ出したか。しかし、エルフは全く気にしていないな。平然と買い物してるぞ」


 ラウトもその画面を見て、当然とばかりに微笑んだ。

「まあ、虫ですからね。子供たちにとっては、オヤツがやってきたようなものですし。ここも1時間もすれば元通りになると思いますよ」

 確かにエルフの子供らが手づかみでクモやサソリをつかんで、持参した袋に無造作に突っ込んでいる様子があちこちで映っている。


 感心しているミンヤックの隣でラウトが、「ああ、そういえば」と話し出した。

「これ、養殖モノです。これだけ大量に逃げ出してしまうと、都が虫不足になるかもしれませんね。岩派の人にとっては重要なことですから、コラールとセリアさんに知らせておきますね」

 ミンヤックが頬づえをついて窓枠にもたれながら、少々呆れたような顔をした。

「まあ、確かにそうかもな。ラウトは森派だったよな。大丈夫なのか?」

 ラウトが杖でメッセージを送信しながら微笑んだ。

「はい、大丈夫ですよ。私達は虫以外に貝やエビなども食べますから。水中にいる虫みたいなものですね」



 その時、緊急サインがついたディスプレーが2人の前に表示された。バランが深刻な顔をして映っている。

「やあ。そちらは大丈夫かい? 病院は大変だったよ」

 緊急サインが点灯しているので緊張した面持ちになったミンヤックとラウトである。

「おう、バランか。こっちは問題ない。ゴーレムが再起動すれば仕事を再開できるぞ。何かあったのか?」


 バランが少しほっとしたような顔になった。

「そうか。そちらは大丈夫なんだね。よかったよ。レマック君の部屋はゴーレムが暴れて大変みたいだ。それはそうと、薬草農園のゴーレムも暴れてしまってね。トゲアカの木が全部引き抜かれてしまったんだよ」


 そう言って、バランがディスプレーに農園の状況を映し出した。光の精霊が撮影しているのだろうか、ふわふわと画面が揺れている。

 農園に大きな穴がいくつも開いていて、カンプンと農場長のスミングが杖を持って右往左往しているのが見えた。


 ミンヤックが呆れたような声を出す。

「うへえ……引き抜いただけじゃ飽き足らず、砕いてチップにしたのかよ。これじゃあ、植え戻すこともできないな」

 確かに、穴のそばに木片の山ができている。元トゲアカだったのだろう。


 バランの深刻そうな表情がさらに曇った。

「そうなんだよ。スミング君に確認したんだが、この木の苗木はあいにく育てていなかったんだ。つまり、都では虫除けが作れなくなってしまった」

「げげ」と唸るミンヤックである。

「ちょ、ちょっと待ってくれバラン。虫除けの在庫はどのくらいあるんだ」


 バランが手元で杖を振ってデータを呼び出して確認する。

「2ヶ月分くらいは残っているかな」

「2ヶ月分しかないのかよ。ヤバイじゃないか。出稼ぎとかオレのような連中にとっては由々しき事態だぞ」

 ミンヤックが苦虫を噛み潰したような顔になった。一方のラウトは、「へえ」とつぶやいただけの他人事である。


 それを見て、バランが苦笑しながらラウトに解説した。

「私たちエルフには、別にどうでもいい事ではあるんだけどね。虫除けなんか必要ないし。それでも、出稼ぎやジャンビ君のような異世界出身の人にとっては重大事には違いないんだよ、ラウト君」

 まだピンとこないラウトである。

「そうなんですか? ミンヤック先生」


 ミンヤックも苦笑しながらうなずいた。

「まあ……そうだな。虫除けがないと、ゴブリンの出稼ぎは下手すると、そこらを徘徊している大ムカデに食べられてしまいかねん。オレでも咬まれたらその毒で入院する羽目になる。エルフと違ってオレたちを虫どもは避けてくれないからな」

 ようやくラウトもイメージできてきたようだ。

「……はあ。そういうものなんですか。確かに大変そうですよね」


 バランがまだ苦笑したままで話を続ける。

「都で働いている異世界の人はそんなに多くはないから、虫除けの薬をパタン王国などから輸入すれば良いんだけどね。この虫除け、実は異世界へ輸出もしているんだよ。虫を操る魔法の触媒に使えるんだ。農業とか園芸での需要があってね」

 ラウトがうなずいた。

「ああ、なるほど。作物を荒らす害虫駆除用ですか」


 ミンヤックがニヤリと笑う。

「エルフ印の虫除けはドワーフ世界でも使うよ。遺伝子改変しても虫って奴はやっかいでね。害虫がいなくなると、益虫まで巻き添えを食らっていなくなることが多いんだ。すると、森や草原が枯れたり病気になったりしやすくなるんだよ。害虫もある程度は必要ってことだな。その害虫の調整で重宝しているよ。多分、他の魔法使いの世界でも同じだろ。連中は虫除け魔法の触媒にするから、より広範囲で使うんだろうけどな」

 ラウトが感心する。

「すごいですね。じゃあ、虫除けが作れなくなると困る人がたくさん出るじゃないですか」


 バランがようやく理解してくれたかというような表情をしてうなずいた。

「うん、そうだね。さて、ここで困った事があってね。農園のスタッフは復旧作業で忙しい、レマック薬師は部屋がゴーレムに壊されて、その復旧で忙しいんだ」

 ラウトがジト目になった。

「先生、緊急停止装置の取り付けを止めておけば良かったかもです」

 ミンヤックも目をつぶって唸った。

「ううむ……ドワーフ製の装置が優秀すぎるのも困ったもんだな」


 バランが少しいたずらっぽい目をして微笑んだ。

「まあ、そう言わずに頼むよ。高速艇で飛んで、トゲアカの原生地で適当に幼木を採取してくれればいいから。それに1名、機動警察官をつけるから危険も少ないと思う。おっと、次の巡回診療の時間だ。それじゃあ私はこれで失礼するよ」

 ラウトとミンヤックの目が点になった。

「は? 何で警官同伴なんだよ、バラン」

 病院の中の回廊を駆け足で進みながら、バランが片手を軽く振って画面から消えてディスプレーも消えた。

「行けばわかるよ。じゃあ、頼んだよ」



 その理由は、高速艇へ乗船してきた機動警察官の話で分かった。いつぞやの国境警備隊と同じような完全装備で身を固めた警官いわく。

「トゲアカの木は特殊なんですよ」


 その点はミンヤックも知っている。ミンヤックが「フン」と鼻を鳴らした。原生地までの飛行時間の暇つぶしには適当な話題だと感じたらしい。

「オレたちは薬師だから、特殊なのは知ってるよ。樹液に虫を依存させることで従わせる戦略をとる木だろ」


 ミンヤックが肩を回して話を続けた。

「樹液にはショ糖が多く含まれているけど、虫がショ糖を消化するために必要な遺伝子を破壊する酵素も含まれている。そのままでは虫はショ糖が消化できないから死んでしまうんだが、その樹液にはショ糖を分解する酵素が含まれていて、そのおかげで虫はショ糖を消化できる」

 さらに肩を回す。

「しかし、虫はトゲアカの樹液しか摂取できない体になっている。消化するために使う遺伝子が破壊されているからな。他の樹液にはショ糖はあっても、それを分解するための酵素が虫にないから他の樹液は消化できない」

 ついでに首も回した。

「それで、トゲアカの木が精霊魔法を発動させると、抵抗手段のない虫は容易に支配されてしまって、木のために働く虫になってしまう。ま、そんなところだろ」


 ラウトも初めて聞く話なので興味津々である。ミンヤックが話を続ける。

「虫除けに加工する理由は、精霊魔法に従順になる性質を利用するためだな。樹液をそのまま使えば殺虫剤にもなるが、そこまで虫をいじめるのは好ましくないという取り決めがある。虫の遺伝子は破壊しない程度の依存性に留めている」

「それと、虫が本能的に危険だと察知しやすいように加工もしているな。だから、虫除けと、虫に魔法がかかりやすい効果の2本立ての効能だ」

 ラウトが感心している。事前教育で少しだけ知識はあったが、具体的な話はこれが初めてであった。


 警官も感心した表情でうなずいた。

「さすが専門家ですね。よくご存知で。そのトゲアカの木ですが、精霊魔法を使いこなすだけではなくて、精霊語を介して互いに情報交換もしているんですよ。知能もそれなりに高いようです」

 警官の口調が真面目になっていく。

「樹液で支配下に置いた虫、特にアリが多いのですが、まるでちょっとした軍隊のような規律をもっているんです。指令を下すのはトゲアカの木なのですが、その作戦行動がなかなか堂に入っているというのが、我々警察の認識です」

 ラウトはこの話も初耳だったようで、「へええ」とひたすら感心している。


 ミンヤックも初耳だったようで、「なるほどな」と深くうなずいた。

「ふむ。警官殿の話では、我々素人では、その組織だったアリの攻撃には対処できないということか。そんなに手ごわいのかね? 農園のトゲアカの木は全くの無害だったが」

 警官がコホンと咳払いをした。

「農園の木は、虫除けを幹に塗られていますからね。虫が来ない以上、何もできませんよ。でなければ、我々警察が栽培許可など出しません」

「この先の東テライ大陸にある原生地にはトゲアカの森がありますから、支配下にある虫の種類と数は大変なものだと予想されています。あなた方が使用できる攻撃型の精霊魔法は1対1が基本ですからね。相手の数が100万の場合を想定していません」


 ラウトの背中に冷や汗が流れ始めた。

「そ、そんなに兵隊がいるんですか!?」

 警官はいたって落ち着いたままである。

「これでも控えめな予想ですよ」


「幸い、トゲアカはトリポカラ大陸の南にある東テライ大陸だけに生息する種類で、他の地域にはいません。大陸の周囲を赤道循環海流が激しい勢いで流れているので、拡散できないでいるようですね」

 警官の口調が大真面目になっていく。

「ですが、東テライ大陸内では優先しすぎて、このトゲアカしか生えていない模様です。他の種類の樹木は全て、トゲアカの支配下に置かれた虫の攻撃により絶滅してしまいました。野生の生命の木もいたはずなんですが、虫の攻撃で枯れてしまったようです。それだけの戦力ということですね」


 ラウトの冷や汗の量が増えた。

「野生とはいえ、生命の木を枯らすほどの力を持っているなんて知りませんでしたよ。それじゃあ、確かに私のような戦闘の素人では対抗できませんね」

 ミンヤックも唸るばかりである。


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