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国王ご満悦

 トリポカラ朝の宰相執務室では、ディスプレーを介して宰相がパタン王国の宰相に平謝りしていた。

「はい、そちらで気絶した検疫官の方の治療はこちらで負担します。すぐに我が方の医師に診察させます。それと、倉庫の悪臭除去と被害を受けた貨物の補償も……はい」


 パタン王国の宰相は、絵に描いたような不快を顔いっぱいに表現している。その宰相の抗議をなす術もなく受け続けていた。

「は、はい。そうです。陛下が嗜好品として御注文あそばされたのです。はい。大丈夫です、食物です。食べられます。本当ですよ」

 冷や汗をかきつつ説明する。執務室の風の精霊たちも部屋を涼しくさせようと頑張っているようだ。

「いえ、決してそちらの御歴々に試食させようとすることは、決して。はい」


 一方、パタン王国の重鎮らと何とか無事に会食を終えたトリポカラ国王は、相当にご機嫌が斜めの様子である。

 貴賓室への廊下を肩を大きく揺らしながら大股でズカズカ歩いていく。展開している精霊魔法も国王の精神状態に同調しているので、静電気がいくつも発生して廊下の壁や床天井に走り抜けていく。相当に食事に失望したのだろう。


 お付きの国王直属の近衛兵たちも、その静電気のほとばしりのせいで距離をとらざるを得ず、ほとんど護衛の仕事ができていない。

 例え国王どうしの会見でも、基本的にエルフは豪勢な衣装で臨むことはない。そのため何も知らない人が見ると、どこかのヒッピーが歩いているようにも見えなくもない。


「まったく、あの食事は何だ。トリポカラでも食べられるものばかりではないか。これでは、わざわざパタンまで赴いた意味がないわ」

 ……などど、意味不明のことを口走っている国王である。近衛兵ではどうすることもできない。



 そのままの勢いで、国王が貴賓室の石造りの重厚な両開きのドアを力任せに開け放って中へ入った。

 ……と

「おおっ」

 部屋に入るなり、国王が自身の嗅覚を直撃した臭いに驚いてのけぞった。次の瞬間、その臭いが何であるのかを電光石火の速さで理解した国王。再び――

「おおっ」

 ……と、感嘆の声をあげた。


 獲物を捕らえる虎のような形相とスピードで、机の上に置かれているいくつかのビン詰めにマントを翻して殺到する。

 それぞれのビンは透明のガラス製なので、内容物がはっきりと視認できる。まるで猛禽のような目つきで、国王がそれらを確認していく。



 数秒間の静寂の後……息を止めていたことに気づいた国王が大きく深呼吸をした。

 すでにその表情は貴賓室へ入る前のそれとは別人のそれになっていて、目じりが相当に下がっている。


 一方、後から慌てて貴賓室へ入ってきた近衛兵たちは、その悪臭にショックを受けたがすぐに行動に出た。

「テロか!」

「へ、陛下! お下がりください! それらは毒物の恐れがあります!」

 すぐさま数名の近衛兵が、国王をそのビン詰めから引き離そうと駆け寄ってきた。


 しかし、国王がそれをさえぎった。

「毒物ではない、食物だ。下がれ!」

 確かにそれらのビン詰めは、ラウトが調達して坊主が手心を加えた珍味の数々であった。


 国王にそう言われてもとっさに理解できずに、あたふたしている近衛兵たちである。

 そんな彼らを無視して、国王がそれらのビン詰めを手に取り、確かめ、臭いをかいだ。ジーンと感慨にふけっているような。



 30秒ほどして、そのヘブン状態から我に返った国王がおおきくうなずいた。

「おお、おお……これだこれだ、これであるっ。3時間余りでよくぞ、ここまでの品を探し出したものよ。かなりの熟成具合であるなっ」


 ニパッと笑い、赤熊の発酵内臓の切り身が詰められていたビンを開けて、中の赤黒い汁ごとズルリと音を立てて肝臓の切り身を飲み込んだ。部屋中に魚臭い熊の獣臭が充満していく。

 たちまち2人の近衛兵が顔面蒼白になって口を両手で押さえ、貴賓室から退出していった。

 両開きのドアが閉められて、部屋の中には国王と、残る2名の近衛兵だけになった。貴賓室の外からはうめき声と人が倒れる音がしている。一方の国王はまったく平気の様子だ。


「むう。すばらしい。香りが際立っておるな」

 もう、すっかり目の色と口の形が変わっている。誰も大国トリポカラの国王だとは信じてくれないだろう。


 次に、魚のビン詰めを杖でパンと割った。飛び散った汁と魚の肉片を、風の精霊魔法を使って空中に寄せ集めていく。その泡だらけの代物に、さらにゴボゴボと空気を送り込んで混ぜ合わせる。すると納豆のように糸を引き始めて、臭いが加速度的に活性化してきた。

 そのまま30秒間ほど空気と混ぜ合わせてから、ズバズバと音を立ててすすり込む国王。

「おおっ、極上であるなっ。このクリーミーさが素晴らしい」


 既に貴賓室の中は猛烈な悪臭が充満している。さすがに生命の危機を感じた残りの近衛兵たちが、口を押さえ何か国王に言って次々に退出していった。


 1人残った国王は「くくく」と笑いながら、何やら妖怪じみた雰囲気で次々に珍味を口にしていく。

 チーズのビン詰めを開けると「ブシュウ」と派手な音としぶきを立てて、何かの液体まみれになったチーズと悪臭の塊が飛び出してきた。

 チーズももはや固形を保っていられないほど熟成していて、ほとんど液状になっている。黄土色に濁ったスライムとでも形容できようか。


「おお、まるで100年熟成もののようだなっ。我が国にまだ、このような逸品が残っていたとはなあっ」

 興奮する国王。その時、特殊警察官が1人姿を現してバタリと倒れた。


 それを見て国王が、一瞬真面目な顔に戻って言い渡した。

「おう、警護の者たち、ここは下がって構わんぞ。その倒れた警官を介抱してやってくれ」

「御意のままに、陛下。ゲホゲホ」

 声がして倒れた警官が消えた。宰相が言っていたステルス装備の警護の面々だろう。


「さて、主菜はこれだな」

 フヨフヨな海鳥の尻羽を慎重にむしって、帝が肛門に口を当てる。そして、中の溶解物を一気に吸い込んだ。海鳥の体内に残っていた何かのガスが噴き出してくるのだが、お構いなしだ。

 帝の口周りが黒くなっていく。発酵した血やら何やら分からなくなった液体で口元が汚れるのを、構わずに袖でぬぐう。


「ブハー」と大きく満足そうに息を吐き出した。

「これも、極上であるな。獣臭と乳臭、サラ茸の香りもして、のど越しも素晴らしい」

 感激のあまり涙ぐんでいる。

「あと3羽もあるのか。これは大事に食べねばいかんな」


 そうして最後に残った、ラウトが気絶した魚の切り身を手に取った。レーザー光精霊魔法でスパッと一口分切り取って、パクリと食べる。

「おおーっ、効くーっ」

 そのままのけ反ってソファーに倒れた。

 だが気絶はしていないらしく、横になって口をもぐもぐさせたまま、涙目になって、にやにや笑っている。

「おお、しまった。酒を頼むのを忘れておったわ。おい、宰相、宰相はどこだ」



 その頃。ラウトは家に入れてもらえずに、玄関の外で1人寂しく食事をとっていた。

「臭いが消えるまで、家には入れさせないからねっ」

 姉が窓から顔を出し、目を怒らせて大声を出している。相当、臭いのだろう。


 近所の住人も同情しながらも、迷惑そうな顔でラウトを見ている。そこら辺を徘徊している巨大なムカデや虫たちも全く近寄ってこない。ハエだけからは熱烈なラブコールをいただいているのであるが、ラウトが展開している防御障壁に弾き返されていた。

「だから、姉さん。これは仕事で仕方がなかったんだよー……」

 ラウトがヨーグルトを飲みながら説明するが、姉と母の怒りは留まるところを知らないようである。父までもジト目のままで、黙ってラウトを見つめている。


「こんな仕事、聞いたことないわよっ。服も全部臭くて着れなくなったじゃないのっ。あんたの服は自分で買いなさいよねっ! ハゲだけじゃ飽き足らず腐敗までするなんて、こんな弟を持った姉の悲しみをどうしてくれるのよ、この腐れハゲ!」

「水派の食事は、ここまで臭わないわよ! ゾンビになる契約でもしなけりゃ、そこまで悪臭まみれにはならないわよ!」

「いいえ! 母さん。ゾンビでもここまで臭わないわよ! もっとひどい何かよ!」


 もう、言いたい放題の言われようである。ラウトもあきらめて同意するしかない。

 都へ戻ってから調理場の宿直に教えてもらった、臭い落とし専用の水の精霊に自身の体中を洗浄させ続けているのだが……一向に悪臭が消えてくれない。



 結局、翌朝になっても臭いが取れず、そのままの焦げ跡が目立つ作業着で仕事へ向かうラウトであった。

 薬師部屋のロッカーで新しい作業着に着替え、出勤してきたバランとミンヤックに文句を言って、臭い消しの処方をミンヤックに調合してもらうことになった。

「少し、時間がかかる。ここにいたら臭くてかなわんから、外で遊んでいろ」


 ミンヤックに薬師部から追い出されてしまった。仕方がないので、喫茶店の外でミルクティーを飲んでいると、司書制服姿のコラールとセリアがやってきた。

「話はミンヤック先生とバラン先生から聞いたわよ。大変な目に、ぐ、は」

「何コレ?」

 咳き込んで、ラウトから後ずさりする2人。いじけるラウト。

「いや、いいんだよ。確かに臭いから。昨日は家にも入れてもらえなかったんだ」


 コラールが目を白黒させながらも心配する。

「で、でも、この悪臭は異常よ。いくら水派の珍味といったって」

 セリアは容赦なくさらに10歩後退して、眉を寄せていぶかしんだ。

「服は替えたの? ラウト君。もしかしてアンデッドになったとか」

「もちろん、捨てたよ」

 ラウトが答えて、ふと考え込んだ。

「でも確かに、こんなに臭いがひどいのは変だな。昨日、姉さんも同じ事を言っていたよ」

 コラールも、セリアと同様に眉を寄せる。

「何か変な魔法とか使わなかった? 死霊術系とか」


「あ」

 思い当たったラウト。

「そういえば、ゲートの坊様が変な魔法をかけたよ。100年分とか何とか言ってた」

「それよ、それっ」

 コラールがラウトを指差して叫んだ。

「あの、クソ坊主、また余計なことしたのねっ」


 その時、喫茶店の空中ディスプレーにミンヤックの顔が映った。

「おい、ラウト。薬ができたぞ。戻って来い」

「助かったあ」

 喜ぶラウトを、鼻をつまんで見送るコラールとセリア。喫茶店の中から流れてくるアバンの歌うラップが、なぜかその場の雰囲気に合っていた。

 ミルクティーの代金だが……ラウトたちは常連客だからという、とりあえずの理由でツケにされた。


 しかし、ラウトが飲み干したミルクティーのカップを不審げに見ていたセリアが、カップの回収にきた喫茶店のウェイターを制する。

「ちょっと待って。もしかしたら、このカップ、ラウト君が口をつけたせいで呪いがかかったかもしれないわ」

 さすがにコラールとウェイターが苦笑する。

「まさか、いくらなんでもそんなこと」


 セリアは構わずに杖をかざして鑑識魔法を発動させ、空中ディスプレーを出現させた。

 その瞬間、そのディスプレーが真っ黒になって警報が鳴り響いた。たちまち、対テロ装備を施した風の精霊の群れが沸いて出てきて現場を取り囲む。

 ウェイターは腰を抜かして床に座り込んでしまった。セリアも呆然としている。

「うそお。本当に呪いのカップになってる。それもかなり強力な」

 コラールの怒りが爆発した。

「あの、クソ坊主!」



 トリポカラ国王のパタン王国訪問だが、案件も無事に9割以上調印までこぎつけて、満足な成果を得て終了した。

 夜な夜な国王が1人でほくそ笑みながら珍味を味わっていたが、初日以降は追加の被害者が出るような事態にはならずにすんでいた。

 宰相がほっと安堵している。

「弁償と治療代は、それなりにかかったが……まあ、よしとすべきだな。しかし、なぜパタンの図書館司書まで気絶しているんだ?」


 この珍味の話は、パタン王国の貴族や王族の間でも話題になっていたようだ。勇気ある者が挑戦してみたが、近づく事もできずに終わっていた。


 それがかなり癪に障った貴族がいたようで、パタン特産の非常に臭い果物を帝に大量に献上してきた。

 トリポカラ大陸では見かけない人の頭ほどもある毛むくじゃらの赤い果物で、果肉は若草色でゴマの実のような黒い粒々の種子を包んでいる。

 見た目はきれいな果物だが、黒ゴマのような種子を噛み砕くと種が口もないのに絶叫を発して、カメムシのような香りを出す。果肉はとろけるようなクリーミーな甘さで、鼻に突き刺さるような硫黄臭くて青臭い刺激臭が追い討ちをかけてくる。


 果肉と種子とで別々の味と香りが楽しめるので、トリポカラ国王も面白がり、ついには土産として大量にバクタプルまで持ち込んできてしまった。

「果物であるから、岩派の信者も口にできるであろう。食すべし」

 そう言って国王が、役所の人間全員をはじめ、農園の出稼ぎオーガやトロルにまで、一斉にこの果物の切り身を風の精霊に運ばせて振舞った。


 ……というより、使用した精霊が国王直属のかなりの上位精霊であったので、皆、ワケも分からず、口に問答無用で押し込まれてしまった。

 吐き出そうにも、国王直属の風の精霊が頭を押さえつけて、風圧で強引に飲み込ませる。さすがに上位精霊であるので力関係からして敵うわけがない。

 その時、都じゅうを異様な絶叫がこだましたという。


 1分後。ほぼ全員が刺激臭にやられて床に倒れてしまい、その日の業務は全て麻痺してしまった。

 トロルだけが元気でウーオーと合唱し、気絶したオーガを振り回して、互いの力こぶの大きさ自慢をしている。


 薬師部では、ちょうど生薬の前処理中だった。電子レンジが、蒸し器が、油ナベが、轟々と稼働中だったので、大変な事になっていた。

 ゴーレムは機械的に作業を進めているが、人手が必要な行程がいくつかある。これらを同時平行で進めなくてはいけない。

 国王がもたらしてくれた果物の猛烈な刺激臭に脳をグサグサと突き刺されて、くどすぎる甘さに感覚が麻痺状態になって床に這いつくばり、のたうち回りながらミンヤックが叫んでもがいている。

「ラウト! ナベ、ナベを焦がすなああ」

「ほえへええ」

 ラウトは口から泡を吹いて意味もなく笑いながらも、這いながらナベの場所へ進んでいく。しかし、力尽きてしまった。

 ミンヤックが何とか電子レンジのスイッチを切った。

「ナベだ、ナベえ! 燃えるぞっ」


 ミンヤックがダッシュするが、足がもつれて派手に蒸留器械の中に頭から突っ込んでしまった。たちまち蒸気が大量に噴出して、何かが爆発する音がする。

「ナベー!」

 同じような爆発音が、レマック薬師の部屋からも立て続けに起きている。



 図書館でも、データ入力中にセリアが気絶していた。今は間違ったプログラムを延々と自動記述させている。

 コラールも気絶して机に突っ伏していた。

 が……図書館に、騎手を失って暴走したスレイプニルが大音響とともに突入した衝撃で我に返った。


 図書館収蔵の膨大な書籍には耐ショック対策が施されているので、本棚から落ちることはなかった。しかし、司書室に山積みされていた要補修な本などは衝撃で山崩れを起こして散乱していた。

 その崩れてきた本に体の半分ほどを埋められている自分に愕然とする。


 運悪く図書館にいて、本を探したり読んだりしていたエルフたちも、強制果物に、この衝撃と巨大なスレイプニルの突入を見て悲鳴をあげていた。スレイプニルにも果物が与えられたようで、口から泡を吹いて痙攣して動かない。


「な、な、何が起きたの? う、うぷ……」

 慌てて口を押さえるコラール。これ以上ないほどの強烈な、お手洗いへ駆け込みたい衝動に素直に従うことにした。



 数時間後。ようやくシステムが復旧した都では、街のあちこちで起きた事故や損壊の対応に警察が大騒ぎをしていた。病院もケガ人が殺到して満員で、順番待ちになっていた。

 忙しく診療をしながら、首を振るバラン。

「いい君主なんだが……」


 その王宮の聖堂では、大いに宰相や宗派長から諌められて、さすがに反省する国王である。

 結局、国王自身が所有する電力を1割、都の役人と住民全員に分け与えることになった。聖堂の天井を舞いながら厳かに賛美の歌を歌う風の精霊群を、複雑な顔で見上げる宰相以下、長官一同である。


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