水派の保存食
20分ほどかけて薬師部屋の作業を無事に終了させたラウトが、儀礼部の調理室までやってきた。聖堂と同じくらい、いかめしくて古い建物だが、掃除が行き届いていて清潔な印象を与える。
ラウトたちの部屋と異なるのは、水の精霊群があちらこちらにいて常時拭き掃除をしているところだろうか。床だけでなく壁や天井までスライムのように這い回り、汚れをその身に取り込んだ水の精霊は調理室から退去し、次の水の精霊と交代していく。
ただ、そのままでは調理室が水浸しになるので、風の精霊群が巡回して乾燥させている。
しかし、乾燥されるのは水の精霊にとって不愉快なようだ。時々風の精霊に水しぶきを食らわせて追い払っている。それで怒った風の精霊が反撃して、水の精霊を吹き飛ばしたりしているのが見える。
この儀礼部自体には役人が働いていて活気があるが、調理室は貯蔵庫や冷蔵庫の管理をする宿直が1人しかおらず、静まり返っていた。ゴーレムも停止していて土人形に戻っている。
その宿直に聞いてみるラウトだったが、かんばしくない返事が返ってきた。
「残念だったね。今は水派の発酵食材は1つもないよ。どれも臭いがきつくて、貯蔵庫や冷蔵庫に臭いが染み付きやすくてね。それで今回、陛下がおられないので脱臭処理中なんだ」
そう言って宿直が10立米は入りそうな巨大な冷蔵庫と貯蔵庫を開いて見せてくれた。確かに何も中に入っていない。
代わりにピンクの蛍光色に染まった水の精霊群がせっせと洗浄処理している。かなり効率が良いのか、既に発酵臭はほとんどしなくなっていた。
たっぷりと汚れと臭いを取り込んで青く変色した水の精霊が中から出てきて、蛍光ピンクの精霊と交代する。その様子を呆然と見ていたラウトが、がっくりと肩を落とした。
とりあえず、国王が書き出したリストをラウトが宿直に見せて、詳しい事情を説明してみる。すると宿直が「うわあ……」と、気の毒そうな顔をした。
「うーん……珍味ばかりだね。これは、生産農園まで直接仕入れに行った方が早いよ」
「うう。やはりそうなりますか。残り時間はあと2時間半だから、超音速艇を使うしかないかなあ」
宿直が同情してラウトの肩を叩く。
「そうだね。あ、そうそう、君は森派信者だね。このリストの珍味って全部すごい臭いなんだよ。気付け用に電撃魔法か興奮系の気付け魔法を、君の杖に待機させておいた方がいいよ。水派信者の私でも少々きついから、君では耐えられないかもしれない」
「マジですか」
上司のバランに相談して、急いで超音速の高速艇を用意してもらい、それであちこちの農場へ飛んでいくことになった。現地にエルフが配属されていないため、テレポート魔法を使えない農場が多いので仕方がない。
「そうだと思っていたよ。超音速艇は既に空港に待機させているから使ってくれ。パイロットゴーレムも起動させているから、君の方で飛行プログラムを組んでパイロットに読み込ませてくれ。健闘を祈るよ」
ラウトは「だったら最初からそうしてよ……」と喉元まで言いかけたが、何とか黙って空港へ急行する。
途中で彼の守護樹と合流したので、それに乗って飛んでいった。普通のエルフでも同期の農場勤務のカンプンのように体力がある者なら、自力で走った方がはるかに速いのだが……そこは非力なラウトなので仕方がない。
それでも十分ほどの飛行で空港の滑走路にたどり着いた。すでに起動して、船体に大量の風の精霊を呼び寄せて衣のようにまとっていた超音速艇にそのまま乗り込む。
以前使用した船なので、迷うことなく出発準備に入るラウトである。
まず最初に、空港へ到着するまでに組み上げた飛行プログラムを記した紙を、パイロットゴーレムの口に押し込む。
次に、杖で空港の管制官と交信しながら守護樹をしっかりとベルトと支柱で固定し、自身もシートに深く座ってベルトをしっかりと締める。
数秒でパイロットゴーレムが紙を全て食べ終わり、管制官から緊急離陸の許可が出た。
ラウトが杖を前に突き出して命令を実行する。杖の先から3つの星が発生して輝いた。
「超音速艇、発進します」
サンマのような流線型の無駄のないフォルムの船が、風の精霊群にすっぽりと包まれた。次いで、数重の防御障壁が展開されてぼんやりと輝く。次の瞬間――
「ぐは」
まるでスクランブル出撃のような猛烈な加速度が、ラウトと守護樹を襲った。視界が急速に狭まり、意識が遠のく。
あっという間に離陸して都の上空に飛びだしたが、加速度は弱まるどころか更に強烈になっていく。
客席には加速度を軽減する魔法が発動しているのだが、ほとんど機能していないように感じる。実際、座席に押しつけられて動けないままだ。
強烈な加速度のせいで体中の血液が頭に行ったり足に降りたりして、何度も気が遠くなるラウトである。守護樹も枝や幹をギシギシと軋ませている。
発進から10秒もしないうちに音速を突破したのか、船体を覆う防御障壁が赤く輝きだした。コーン型の衝撃波の雲が発生して、船体の後ろ3分の1を包み込む。衝撃波によって大気中の水分が強制的に圧縮されて、一時的に雲状になるためだ。船が通り過ぎれば、圧縮状態がなくなるので雲も消える。
ここまでは前回の飛行でもあったが、今回はさらに速度が速いのかコーン型の衝撃波の雲がより進行方向に対して鋭角になっている。
船尾から後方には小さいながらもドリルのような乱流が発生していて、次々に風の精霊が巻き込まれて分解されているのが見えた。風の精霊自体は次々に新手と交代しているので、飛行には全く影響は出ていない。
エルフの世界のこの手の超音速艇は、目的地までの距離を計算した後でパイロットゴーレムが最適な加速度を選択する仕組みである。
今回のような緊急発進の場合では時間短縮が最優先にされる。そのために、ひたすら加速していった後で、減速のために風の精霊の向きを逆転させ逆噴射させる。
つまりラウトと守護樹は、酷い加速度を飛行前半は前から、着陸前は後ろから受け続けないといけない。
15分ほどで、まず最初の生産農園に到着した。
とっくに気絶して泡を吹いていたラウトへ向かって、杖が自動術式により電撃を発生させる。これで意識を取り戻したラウトであった。
頭がグルグルしたままで、何とか高速艇から守護樹に乗って降りる。秋には見事な紅葉を見せる北セティバンの森の、さらに北にある無人農園に降り立った。テレポート用の魔法陣はやはりなく、ドワーフ製の通信機だけがあった。
「おわ、寒っ」
あまりの寒さに正気に戻るラウト。
見ると周囲はどんよりと曇って横殴りの雪が吹きつけており、農園が浮かぶ川は鉛色で白灰色の波が立っている。森の植生も寒帯の針葉樹ばかりで、延々と吹き付ける寒風で木の形が変形しているものばかり。
エルフの世界はほとんどが熱帯や亜熱帯気候に魔法で調整されているので、このような寒冷気候の土地ということは、相当に北の大地まで来たのだろう。夏だというのに雪である。
「防御障壁をもっと強く展開させないといけないな」
ラウトが杖を出す。寒さですっかり目が覚めている。杖の先にいくつか星がきらめいた。
「ふうん……ここではシトゥの信号が強いのか。よし接続」
ラウトがつぶやくと、守護樹の基礎岩がぼんやりと緑色に光った。続いてブウンと音がして、ラウトの周囲に防御障壁が展開されて鳥肌が収まる。
確かに、このまったく防寒の役には立ちそうもない作業服のままでは、夏とはいえ凍えてしまう。足元もサンダルである。防御障壁は必須だ。
「さて、と」
農場を見渡すと、ゴーレムが海や川からとってきた魚や貝を、さばいて下処理してから燻製やビン詰めに加工している。ゴーレムは耐寒仕様になっていて、凍結防止のために油のような液体をその土の体にたっぷりと浸み込ませていた。多分、晴れていればテカテカと虹色に油光りしていることだろう。
ラウトが杖で空中ディスプレーを呼び出し、それに農場施設の詳細地図を表示する。
「ええと……この地図だと、水中貯蔵庫に保管されているようだな」
リストに載っている発酵生魚のビン詰めを4つ、ゴーレムに潜らせて取って来させた。
「ふうん、これがそうか」
落ちたら、ものの数分で凍死してしまいそうな冷え切った川だ。その水中から上がったゴーレムから、ラウトが4つのビンを受け取った瞬間、1つが陸上に揚げた途端に水圧から開放されたせいで、内圧に耐え切れずに破裂してしまった。
防御障壁の中だったので、もろにビン詰めからの液体をかぶってしまったラウト。
「うわ」
……と、言ったきり、あまりの悪臭に悶絶する。
防御障壁は外気を遮断して断熱効果を発揮しているので、悪臭が防御障壁の中にこもってしまい抜けない。慌てて防御障壁を解除し、水の精霊を呼び出して寒風の中で必死になって服を洗うが……がっくりとうなだれる。
「だめだ。ヘドロ化した肥溜めの臭いが取れない」
都の調理室の宿直に、もっと強力な脱臭用の精霊魔法を聞いておけばよかったと後悔しつつ、あきらめて「寒い寒い」と震えながら次の食材へ向かうことにする。
防御障壁を展開させるとまた悪臭地獄に苦しむことになるので、寒い中なのに我慢している。
「うう、早く済ませないと凍える。次は海鳥の凍土漬け? か。ゴーレムどれだい?」
ゴーレムに指示して空中に表示させたデータから、食べ頃と表示されているものを確認して、それがある場所に向かう。横殴りに吹いてくる雪が冷たく、早くも指先や足先が痛くなって感覚が鈍ってきた。
「ん?」
農園のそばの永久凍土が溶けてグチャグチャな地面に、小さな標識が立っていた。
「ま、まさか、土の中に?」
恐る恐るラウトが、作業ゴーレムの動きを目で追っていく。
ゴーレムが標識を抜いて、せっせとドロドロに溶けた永久凍土を掘り始めた。
「……やっぱり」
思わず後ずさりするラウト。
すると泥土の中から、雄のセイウチに似ている巨大な海獣が姿を現した。大きさはラウト10人分ほどもある。
それを慎重にゴーレムがすくい上げ、お姫様だっこでこちらへ運び……そっとラウトの前の地面に降ろした。
「え? 海鳥なんだけど」
ラウトが、首をかしげる。
ゴーレムが泥だらけの海獣のゴワゴワした皮を縫い合わせた腹の中に手を差し込む。と、隙間から大量に入れられた海鳥の姿がのぞいた。
「うわ、いた」
ゴーレムの背後から肩越しに覗くラウトが呻く。
ゴーレムはその中から4羽を取り出した。羽毛は半分ほど抜け落ちているものの鳥の原型を留めているが……薄皮の鳥の中身は、筋肉や内臓組織を含めて全て液状化している。骨すらも溶けているようだ。ちょっとでも傷をつけると破裂しそうな状態である。薄皮がやや透けていて、中身のドロドロがぼんやりと見えている。
それをラウトに差し出すゴーレム。
「う……う、受け取らないと、いけないよね、やっぱり」
既に猛烈な悪臭を発し始めている海鳥をゴーレムから片手で受け取る。今にも破裂しそうなフヨフヨした海鳥を慎重に持ちながら、もう片方の手に持った簡易結界ビンの口を当てた。
収納魔法を発動させるべく術式を詠唱する。その間中、海鳥を支える手の平からは、黒い何かの液体がタラリタラリとこぼれてきている。
ラウトの全身を鳥肌が覆うが、何とか魔法を発動させて結界ビンに吸引した。
すぐに流水で両手を洗うが、やはりこれも臭いが取れない。結局、冷水で洗ったせいで両手が真っ赤になり痛くなっただけであった。
「くうう。これって、本当に食べ物なのか?」
とにかく時間がないので、次の農場へ飛んでいくことにする。
またもや、すごい加速度に体が高速艇の座席に埋め込まれて動けなくなるラウト。もちろん、ものの数分しか耐えられず気絶してしまう。守護樹も枝を何本かへし折られてしまい、ひどく不機嫌そうにザワザワと枝を揺らしている。
今度は海岸の入り江の中にある農園だった。先程の農園よりもかなり南へ来たが、それでもなお海水が冷たい。風は冷たく、雪の代わりに小雨が降りつけている。空はどんよりと曇り、海の色はやはり鉛色であった。
入り江のおかげなのか海の波はそれほど目立たず、海に浮かぶこの農園の揺れもほとんど感じられない。
ここも無人でゴーレムしかおらず、魚や貝をとって加工している。農園の縁に座って海に釣糸を垂らしたり、海辺や岩礁で貝掘りや貝取りをしているゴーレムたち。波の音がザザンと響いて耳に心地よい。
2度目の電撃目覚ましで髪が少々逆立っているラウトが思わずつぶやいた。
「見た目は、本当に牧歌的で良いんだけどね。やってることがなあ……」
海中貯蔵庫からゴーレムに指示して、生魚のビン詰めを4つ、潜って取ってこさせた。
しかしここでも、陸上に揚げた瞬間に1つのビンが圧力に耐え切れずに破裂してしまい、またもやラウトの服にかかる。
「うわ、また? げ」
猛烈な酪酸臭に危うく気絶しかかるラウト。ゴーレムが支えていなければ、そのまま地面に倒れていただろう。
杖が再び自動発動して電撃放出のためのカウントダウンを開始するが、何とか中断させる。咳き込みながらも急いで結界ビンに入れた。
「……ふう。珍味というだけのことはあるなあ。ミンヤック先生のいう生ゴミの臭いというやつだね」
そうグチを漏らしながら額の汗を拭く。
「あ、しまった」
額にも悪臭汁がついてしまった。気のせいか目がシクシクする。
次に、農場の奥にある大きなツボに向かった。容量は5立米ほどあるだろうか。フタがされていない。
親指の爪サイズで丸々と太った黒いハエや黒茶の縞模様のハエ、赤くて産毛に覆われたハエなどが無数にたかってウワンワンと大騒ぎしていた。白くて大きなウジもびっしりとツボに貼りついている。ミミズみたいな白くて長い奴までいる。
ツボの周囲の床や壁にも大量のハエとウジが蠢いているのだが、そんなことには無関心にゴーレムがゆっくりとツボの中から平べったい大きな魚を取り出した。セラミック製の包丁を使ってそれを適当な大きさに切り、切り身を取り、残りはツボに戻してやってきた。ゴーレムもハエまみれである。
ただ、不思議なことにこの切り身は原型を保っていて一見しただけでは発酵したようには見えない。それにハエもウジもついていない。見事なゴーレムの手腕である。
「何だ? これ」
ラウトがゴーレムから切り身を受け取る。身が崩れたりもしていないので不思議に思う。
「本当に発酵しているのかな?」
臭いをかいだ瞬間に、ガン! と、ショックを受けて気絶してしまった。これもゴーレムが受け止めてくれていなければ床に倒れて、ウジまみれになってケガをしていただろう。
すぐに杖から電撃がほとばしって、ラウトを覚醒させる。ラウトにまとわりついていたハエの群れが焦げて、煙をふきながら床に落ちた。
涙をこぼし、よだれと鼻を垂らしながら覚醒したラウトが、激しく咳き込みながらも急いで結界ビンに入れる。
「ひ、ひどい。うわ、なんだろこれ。目と鼻の奥がひんやりするのに熱いよ。何て危険なんだ」
本当に食べ物なのか、大いに疑問に思いながら守護樹に乗って高速艇に戻るラウト。守護樹も、心なしかラウトを乗せるのをためらっているようである。
次の農場は、さらに温かくて落葉樹が主体の森の中にある大きな池の上の農園だった。セミなどの虫の鳴き声がうるさい。陽射しもうららかで心地よく、池に日差しが反射して水面がキラキラと輝いている。
ここでもゴーレムだけが働いていて、弓や投擲具を使って獣や鳥などを狩猟して生のまま乳酸発酵させていた。
「ええと、赤熊の漬物、か」
ゴーレムに命じて、やっぱりハエとウジが大騒ぎしている発酵ツボから、タンパク質がかなり分解してドロドロになった赤熊の肝臓と腎臓の切り身を取ってこさせた。それを鼻をつまみながら、汁ごと結界ビンに入れる。
さすが熊だけあって獣臭がものすごい。特にここの熊は魚を主食にしているのだろう、魚臭さも半端ないものがある。
さすがに森派のラウトも、ここまで強烈な獣と魚の臭いには耐えかねる様子である。さらに乳酸発酵させているので胃液のような臭いまでする。断じてヨーグルトのような香りではなかったので、別の種類の乳酸菌が働いているのだろう。
涙目になって必死で嘔吐感をこらえながら、次のリストに向かう。
「それと、カビ付き干し肉……ね」
ちょっとした木造の貯蔵庫に入る。そこでは猪の腿肉が天井からいくつも吊り下げられていた。しかしどれも青カビに覆われてカチンコチンに固まっている。その猪の腿肉を1本下ろした。
ぶあっと青カビの胞子が部屋中に舞い上がり、ゲホゲホと咳き込むラウト。普段なら障壁を展開するので、こんな胞子は簡単に遮断できるのだが、今は展開すると服に染み付いた悪臭で悶絶してしまうのでできない。
急いで小屋の外に出て結界ビンに入れるが、しばらくはクシャミが止まらなかった。
「……ふう。でも、何かもう、慣れてきちゃったな」
などと負け惜しみを言いながら鼻をかんで、森の清水でうがいをする。
「しかし、珍味という名の生物兵器だよ、これは」
最後は、水派の信者が運営している酪農場だった。ここにはエルフがいた。事情を再び改めてエルフの農場主に説明すると、水中深くにビンで貯蔵していたチーズを引き上げて快く売ってくれた。
それを見てラウトがうなだれる。
「あ……やっぱり水中なんですね」
農園主が笑ってうなずいた。
「ああ、水温が一定しているし、日光も弱いだろ。人目にもつきにくいし、何よりも水の波動を十分に受けるから熟成が陸上よりも進むんだよ」
「はあ、そうですか」
「我々以外の宗派の人は、決してこれを開けてはいけないよ。後悔することになるはずだから」
農園主が忠告してくれたが、ラウトが自虐的に微笑んだ。
「もう、今回で十分後悔していますよ」
「うむ、なかなか良い香りが全身からするものな、君。髪が天を向いて逆立っている様も素敵だよ。だけど、服が所々焦げているのは感心しないけどね」
何とか1時間半で都に帰還したラウトだが……悪臭と加速度酔いと都合6回も目覚ましの雷撃を受けたのでフラフラである。
超音速艇の着陸後のドックへの誘導と、パイロットゴーレムの機能停止処理を行う気力も消耗していたので、空港のスタッフに任せることになった。
ラウトが自ら発する悪臭に顔を歪めている空港スタッフたちに平謝りする。その後で、全体の1割ほどの枝が強烈な加速度によって折られて機嫌が悪くなっている守護樹に乗って、そのまま貿易課へ向かった。
途中の道ですれ違った人達は1人の例外もなく、率先して道をあけてくれた。髪を目いっぱい天に逆立てて異様な悪臭を放ち、焦げが目立つ服を着たラウトを、驚きと恐怖の目で見送りながら。
守護樹にしがみつきながら、ひたすら平謝りをし続けるラウトであった。
貿易課に到着してもそれはまったく変わらず、転移ゲート魔法をスタンバイさせていた貿易官も腰が引けている。
「すいません、バラン先生から伺っていると思いますが、この品を至急パタン王国まで転送してください」
ラウトが守護樹の根元で這いつくばりながら、がたがあちこちに見られる転移ゲートの横で待機していた貿易官に伝える。
「うん、話は聞いているよ。でも、ぐ。その悪臭は一体?」
貿易官がラウトからする悪臭に閉口して涙目になりながらも、スタンバイを解除して転移ゲート魔法の術式を発動させた。
軋む音を立てながらゲートがゆっくりと開くと、そこには坊主が茶を飲んで待っていた。
「何時間スタンバイして待たせる気なんじゃ。他のゲートの迷惑を少しは考えて、な、うは、何じゃね、この悪臭は」
坊主も絶句する。
「すいません。実は……」
ラウトが坊主に説明するが、坊主はさらに呆れ返ったようだ。
「何とも、メチャクチャな命令じゃな。このようなバカな真似をするのはエルフ世界くらいじゃぞ」
「ですよね、ですよねっ」
ここにきて温和なラウトも、さすがに坊主に同調する。
「今になって気がつくのも、どうかと思うが」
坊主が苦笑して、ラウトに聞こえない声でつぶやいてから改めて訊ねた。
「その国王さまとやらは、臭ければ臭いほど嬉しがるというワケかね?」
「限度はあるでしょうが、水派ですから発酵熟成が進んでいれば喜ぶかと」
ラウトも適当にうなずく。6回も電撃を食らった脳に、あまり高度な期待をするのは無理だろう。
「……しからば」
坊主がラウトの差し出した結界ビン全てに、手をかざした。途端に猛烈な悪臭が全ての結界ビンから染み出してくる。慌てるラウトに、こともなげに言う坊主。
「熟成を加速させたんじゃよ。一気に100年分な。普通なら、これだけの期間熟成させれば香り成分も変化するんじゃが……そこは手心を加えておいたから安心せい」
そして、いたずらっぽく笑いかけた。
「さて、それでは転送してやろう。パタン王国の空間転移ゲートまで、でいいかね」
その頃、トリポカラ王国の図書館では、いつものようにコラールがニュースの仕分けをしていた。
その彼女の机の上に空中ディスプレーが発生して、プルーの顔が映し出された。おかしくてたまらないような顔をしている。
「コラールう、うちの検疫課が大変なことになってるわようー」
仕分けの手を休めてコラールが微笑む。
「あら、プルー。こんにちは。どうしたの?」
ディスプレーの向こうのプルーに聞くと、プルーが間延びしながらもケラケラ笑っている。
「あんたの国王あてに届いた、珍味なんだけどねー。ものすごい悪臭なんだってー。他の検疫待ちの荷物にも臭いが染みついてえ、消えなくなってるってー。検疫官も2人悪臭で気絶してえ、救急病院に運ばれたわよー」
コラールと、面白そうなのでやってきたセリアも、それだけでは何が起きているのか見当がつかずキョトンとしている。
奥の机で作業していたスンティアサ司書長も作業を止めて、コラールとセリアのいる机にやってきた。彼女のいつものジト目がさらにきつくなっている。
それが伝染したのか、コラールとセリアもジト目になってプルーのヘラヘラ顔にたずねた。
「え、ええと……映像とかあるかな? プルー」




