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パタン会議

 真夏の太陽光がさんさんと降り注ぐ季節になっていたが、王宮の聖堂内の厳粛な雰囲気は普段と変わりなかった。天井から降り注ぐ夏の日差しの光と影の綾がわずかに揺らめいており、さながら森の中のようである。

 その聖堂内では国旗を背にして国王が玉座に腰かけており、宰相や各役所、警察の長に向かっている姿が見える。国王を含めた彼らの服装はやはり質素だ。しかし、服が帯びている精霊魔法のおかげでかなりの威厳を見る者に与える。


 それぞれの長には、立派な守護樹が背後に控えている。国王の巨大な守護樹と会話しているようで、国王の守護樹がざわざわすると、長たちの守護樹たちがそれに応じてざわざわする。こうして見ると守護樹の世界でも上下関係はあるようだ。


 国王が長たちに告げた。

「前々から告した通り、余は明日より5日間パタン王国へ向かう。不在の間、よく勤めよ」

「御意のままに」


 ひざまずいている一同がうやうやしく頭を下げたのを見て、国王が話を続ける。

「余に随行するのは、外交部、儀礼部、警察、病院、情報局から選ばれた者だな? 宰相、何名になる」

「18名となります」

 即答する宰相。

「パタン王国と協議する議題や、協定文書の作成など34件の案件を担当します。陛下の警護には3名の特殊部隊員がステルス装備で当り、2名の情報部員が支援いたします。また、民間会社からは4名が商談締結のために同行いたします」

「うむ。では、準備が整い次第、パタン王に知らせて出立するとしよう。解散」


 皆がうやうやしく退出して、国王と宰相とその守護樹だけになった。一転して含み笑いする国王。

「ふふふ、ようやく旨い物が食せるわ。パタン王国での饗宴は何日目だ?」

 宰相が渋い顔をして答える。

「はい。連日ですが、特に初日の歓迎晩餐会が盛大かと」

 国王が大いにうなずいた。

「うむ。楽しみである。トリポカラではこの暑い時期にはあまり旨いものがないからな」


 宰相がしっかりと釘を刺しにきた。

「陛下。それはようございますが……くれぐれも調子に乗りあそばして、深く考えもせずにホイホイと案件に調印なさいませぬよう」

「分かっておる。心配いたすな」

 笑いながら宰相の肩を叩く国王である。



 薬師部にバランがやって来て、部屋の窓際でミンヤックとラウトに説明をしていた。3人ともいつもの作業服で、ミンヤックとラウトの服には点々と薬品のしぶきを受けた跡がある。


 部屋では前処理をした生薬から抽出した薬効成分を薬に調製するために、3つほどの大きな圧力鍋が電磁調理器の上で熱せられていた。その圧力鍋からは、耳をつんざくような甲高い蒸気噴出音が断続的に部屋に響き渡っている。

 それに、いつものように変色したゴーレムたちが無言でせっせと鍋のアクすくいをしたり、ろ過作業をしている。そこから発生する蒸気や薬品臭も相変わらず凄いものがある。


 そういった環境なので、音と臭いから避難して話をする先としては、新鮮な風が入る窓際が最適なのである。

 もちろん部屋の中には換気扇や吸気ダクトも完備されているのだが……風の精霊たちは機械に吸い込まれるのは好まないようで、排気機能はうまく働いていない。時々、吸い込まれた風の精霊が逆流して部屋の中に戻ってきたりしている。


「そうだな、今回はバワベル組が陛下の御典医として随行することになったよ。まあ……先日の騒ぎを起こした張本人を連れてはいけんだろう」

 そう言ってミンヤックを見て微笑む。

 バランがすると全く嫌味を感じないのだが、それでもミンヤックが鼻を鳴らした。

「ふん、だからあれは正当防衛だ。まあいいよ。仕事も忙しいしな。旅行するヒマはない」

 そのまま、万臓円という粉薬の調製を再開した。生薬から酸を使って抽出した薬効成分を、乳鉢にいろいろ混ぜてゴリゴリと棒ですり潰す。電動の臼で砕いて挽くよりも、ドワーフのパワーの方が効率的だったりする。


「そのほうが良いです。バラン先生」

 ラウトも同意して仕事に戻った。

 彼は八之字薬を調合するために使う薬品の重量を秤で正確に測定するために、秤の周りの空間に水の精霊魔法をかけて空気を乾燥させている。湿気を含むと薬品の重量が変化してしまうので、それを防ぐためである。

 ただ空気乾燥しただけでは除去できない結晶水すらも排除できるので便利な魔法であるが、こんな場合でもないと使われない。

 そのためか、この水の精霊は嬉しそうにプルプル震えながら、空間や薬品から水分を取り出して自身に取り込んでいる。

 部屋の中は杖を使わなくても魔法が使えるようになっているので、ラウトは両手を使って他の処理作業を並行して始めた。ちょっとした室内管弦楽団の指揮者のようである。


「確かにね。私も手術や診療が、また立て込んできていてね。こういうのはありがたいよ」

 バランも気楽な声でそう言い残して病院へ戻っていった。早くも病棟から風の精霊が飛んできてバランに何かを伝えている。また鼻を鳴らすミンヤックであった。



 お昼時のレストランの中は、やはり役人がほとんどを占めていた。談笑が賑やかに聞こえ、空中ディスプレーが様々な映像を流している。アバンの歌う演歌ロックが、それに混じってどこからか聞こえてきた。

 その中で、たっぷりの青カビチーズを乗せたパンをほうばるラウトを見るコラールとセリアが、不思議そうな顔をしている。3人とも勤務時間中なので役人の服装のままであるが、ラウトはさすがに作業着のままではない。

「それって、おいしいの?」

 彼女たちは果物サラダと、樫の枯れ木に多くいる芋虫を入れたハーブスープを口に運んでいる。


 幸せそうな顔をして微笑むラウト。パンをほうばるのに合わせてクシャクシャの金髪の毛先が踊っていて、大きめの青い瞳がキラキラ輝いている。

「うん、好物だよ。あ、そうだ。臭いは大丈夫?」

「うん、臭いは大丈夫だけど、見た目がちょっと、ね」

 苦笑するコラールとセリア。

「カビでしょ、それ。食べても大丈夫なの?」

 セリアが好奇心丸出しで聞いてくる。


 ラウトが笑って説明を始めた。

「これは大丈夫なカビだよ。同じ原料でも、このカビが生えると風味が出てきておいしくなるんだよ」

 今度は納豆をバターに溶かしたようなスープをすくって口に運ぶ。

「うーん……これも、なかなか」


 コラールがクスリと笑って、スープで茹でられた芋虫をまた1つ口の中に放り込んだ。

 セリアはスープの付け合せについている、固い殻のあるバッタのような成虫の素揚げに香辛料をパラパラとふり掛けて口に放り込んでいる。岩派信者は本当に虫が好きなようである。

「3宗派というけれど、実際は私達の岩派がほとんどを占めているから、レストランも岩派の料理ばかりでしょ? 不便はないの? ラウトさん」

「うん、そうだねコラールさん。だから、このメニューを見たときは驚いてしまって、思わず注文してしまった」

 笑うラウト。もう、笑みが止まらないようだ。でもさすがにミンヤックとは違うので、岩派のコラールやセリアたちに配慮する。

「驚かせたら、ごめんね。岩派では食べないような食事だよね」

「確かに私たちには縁がない食事ね。でも、大丈夫よ。何よりラウトさんの喜びようが、ね」

 クスクス笑うコラールとセリア。


 その時、国王一行がパタン王国に到着したという映像ニュースが流れた。

 それを見てラウトがつぶやく。

「そういえば、陛下はさらに少数派の水派の信者なんですよね。もっと苦労しているんじゃないのかな」

 コラールも首をかしげた。

「そうね。このレストランでも水派向けのメニューは、見当たらないですものね」

 セリアが苦笑してポソリとささやいた。

「大丈夫よ。王宮では専用の料理人達がいるもの。でも、あれは……ね」

 苦笑する3人。

「そうだね」

「そうよね」



 王宮の宰相執務室ではパタン王国への随行役人や警護警官からの定期報告を、空中ディスプレーに映し出される映像で宰相が確認していた。


 ここも国王執務室と同様に、かなりの年月を経て風食が進んだ石造りの部屋だ。執務机や本棚、茶などを淹れているポットなどを収納した棚なども1万年くらいの年代物ばかりである。当然、補修や改修跡も数多く見られ、それ自体が味のある模様になっている。

 いつものように、天井にはいくつかの風の精霊がゆったりとした速度で円を描きながら旋回している。光の精霊はクリスタルの器に入って、勤務時間分だけ柔らかな光を部屋に提供し、時間が来ると次の精霊に引継ぎをして消える。


 その歴史の塊のような重厚な雰囲気の部屋に浮かぶ空中ディスプレーの違和感は、相当なものだ。しかし、宰相は気にしていない様子で操作している。

 表示されているエルフ文字は、アラビア語に似た形式ばった文体が多いので機密文書なのだろう。ラウトたちが普段仕事で使うような、草書体のひらがなに似た文体の報告書はほとんど見られない。


「……ふむ。どうやら大過無く進んでいるようだな。交渉も特に衝突点はなし……か」

 ほっとしているようだ。執務机上に次々に投影されてくる書類や文書に目を通す。この机も風食が進んでデコボコな筋が見られ、中央が長年の使用ですり減って滑らかにへこんでいる。

 そして、ディスプレーの向こうの役人達を激励した。

「陛下も、軽はずみな調印はしておられぬな。諸君もご苦労だが、相手との交渉に励んでくれ」

 宰相の表情が、いくぶん和らいだ。

「どうやら、今回は何事もなく済みそうだな」


 そこへ、宰相の執務机上に新たなディスプレーが発生し、現地のバワベル医師からの連絡が入ってきた。ディスプレーの表示が緊急を示す警戒色に光る。

「宰相さま。困ったことになりました」

 パタン王国が用意した貴賓室で、わが国王がふて腐れている様がバワベル医師の奥に見える。


「やはり……な」

 と、がくりと執務机に両手をついてうなだれる宰相。それでも2呼吸ほどしてから顔を上げた。

「どうした、御典医」


 しどろもどろになって、バワベルが説明し始めた。

「その、食事が、あの……期待外れだったそうでして。陛下は、水派ですが、出された発酵魚や肉が、その……」

 そこへ、奥のほうから怒り顔の国王が足音も荒く向かってきて、宰相に向かって声を荒げた。

「もう、余は帰るぞっ。あのような不味い料理では仕事などできぬっ」

 宰相が慌てて諌める。

「へ、陛下っ。そのような子供みたいなことを仰られてはいけませんぞ」

「やかましいっ」


 怒る国王だが、さすがに大人気ないと思ったようだ。やや赤面して、咳払いをした。

「宰相、ともかく……だ。食事を何とかしてくれ。これでは気力も出ぬ。酒や果物は良いとしても、虫の干物に蒸煮だ、豆腐にハーブスープだ、芋サラダだ、漬物だ、チーズにヨーグルトではなあ。魚や肉の漬物も出るが、料理人が岩派出身なのであろうな。発酵具合も味付けも香りも足らぬ。分かるであろう? 宰相」

「陛下は十分に仕事をこなしておられますよ。これまでのところ、交渉成果は上々でございます」


 宰相がなだめるが、反対に国王からジロリと見据えられてしまった。

「それは何かの恨みか?」

(しまった……)と、地雷を踏んだ直感が宰相の顔に走る。

 国王が不敵に笑いながら、踵を返して去っていく。

「では、さらに上々の成果を残してやろう、な。宰相」


 そして、ソファーの上に大の字になって寝転んだ。

「さあ、調印してやろう。協定書はどこだ、何でも持って来い。今なら目隠しをしたままでも調印してやろう」

 折れる宰相。

「分かりました、陛下あ。水派の食材を届けさせます。それでどうか気分を元に戻して下さい」

 そう提案して、隅でおろおろしているバワベルに顔を向けた。

「御典医、陛下の望む食事をリストアップしてくれ。それを元に、こちらの宮廷調理室が……」


 言いかけて言葉が止まった。

「しまった。休暇を許可したんだった」

「え? 宰相さま?」

 バワベルが聞くが、宰相が痛恨の顔で告げた。

「料理人たちは、全員休暇でおらん」


 そこへパタン王国の役人が貴賓室に入室してきて、いんぎんに礼をして告げた。

「トリポカラ国王陛下、我が方の大臣が到着いたしました。また、その会議後の会食の準備が整いました。どうぞご臨席賜れますよう」


 退出していった役人を見送った国王が、視線をバワベルに向ける。

「バワベル」

「は、はい。何か? 陛下」

 バワベルが恐縮して伺う。


 貴賓室の豪勢な刺繍が施されたソファーに、どっかりと座り直してバワベルを睨みつけた。

「気分がすぐれぬ。会議と会食はキャンセルだ」

「へ、陛下っ」

 宰相がディスプレーの向こうから叫ぶ。

「会議と会食を御欠席なされては、パタン王国の御歴々に失礼になりますぞ」

 しかし、国王はソファーに寝そべってフテ寝を決め込んでしまった。


 そのまま数分間が過ぎ、いよいよ進退窮まった宰相を見て、バワベルがおずおずと妥協案を提案した。

「……あの、宰相さま。料理は無理でも保存食などであれば、陛下のお口にも、あうのでは」

「なるほど、そうか」

 宰相がうなずく。

「陛下、いかがでございますか? 料理は無理ですが、これであれば、用意して届けさせることができます」


 さすがに国王も、これ以上わがままを押し通すのは気が引けると感じたらしい。

「うむ、仕方があるまいな」

 大きくため息をして起き上がった。

「では、これより言い渡す物を、急ぎ取り寄せよ。会食後の口直しにする」



「……で、どうして薬師部が、その保存食を探さないといけなくなったんですか?」

 ラウトが半ば、あ然とした表情でバランとミンヤックに聞く。

 バランが『聞いてくれるな』と言わんばかりの表情をした。


 圧力鍋のピーという甲高い蒸気音が鳴り響き、ゴーレムが行っている薬草成分のアルカリ抽出作業のビンから怪しげな色の蒸気が噴出した。

 別のゴーレムが琥珀を鋭利な包丁で微塵切りにするリズミカルな音が加わって、何かの現代音楽の演奏会のような様相を見せている。

「うむ……そこに居合わせたのが御典医のバワベルだったのだよ。彼の知り合いは、私たちくらいしかおらんだろう?」


 ミンヤックが鼻をフンと鳴らすが、バランは一向に構わずに話を続ける。

「調理室の連中は、全員が休暇中でね。今から呼び出しても間に合わないんだ。何せ、陛下は今晩の会議とそれに続く会食が終わるまでに用意しろと厳命なされたのでね」

 そう言って、時計を空中に表示させた。

「あと、3時間ちょっとだね。それで……だね」

 バランがラウトを見た。ラウトの背に冷たいものが走った。

「我々は、残念ながら患者の手術が重なっていて動けない。すまないがラウト君、君に保存食の調達をお願いしたいのだよ」


 ラウトの青い目が点になるのを確認して、リストを手渡した。

「調理室に宿直がいるはずだ。彼に聞いてみてくれ。貯蔵庫にいくらかは残っているかもしれん」

 ラウトが口をパクパクさせているが、そのまま構わずに話を続ける。

「あと3時間以内にパタン王国に届けてくれ。貿易課にパタンへの転移ゲート魔法使用の準備をさせておくからね。ではよろしく頼んだよ」

 そう言い残して、足早にミンヤックと共に手術室に戻っていった。


 呆然と立ち尽くすラウトだったが、再びの圧力鍋の蒸気音で我に返った。

「この調薬作業を中断しないといけないんですか。ひええ……」


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