ゴーレム騒動
翌日。ラウトが森オサと森のことを役場の担当部署の人に伝えて、補助制度の適用の下準備を整えてもらった。後は森オサが役場へ申請すればいいだけだ。守護樹を介しての申請ができるので、都の役場へ森オサが出向く必要はない。
その足で薬師部屋へ戻ると、ミンヤックが難しい顔をして唸っていた。
部屋の中の作業もほとんど停止されていて、稼動している機械や鍋はいつもの十分の一にも満たない。
「どうかしましたか? 先生。昨日の森オサの件は無事に担当部署へ引継ぎしましたよ」
「……いや、それじゃなくてだな」
そう言って、ミンヤックが黙々と作業をしている変色が進んだ数体のゴーレムを見た。
「その前に、魔法使いどもの部屋掃除をしただろ? そいつらがヘマしやがった」
「は?」
理解ができないラウトである。
ミンヤックがゴホン、と咳払いして説明を始めた。
「あいつらは、ここトリポカラ王立の魔法研究所に用があって来ていたんだよ。ゴーレムの調整作業だ」
ラウトが「ああ」とうなずいた。
「そうでしたね。ここのゴーレムは魔法使いが製造管理していましたよね。何か問題が起きたのですか?」
ミンヤックが正に苦虫を噛み潰したような顔になった。
「精霊魔法と違ってウィザード魔法っていうのは、魔力供給源からのエネルギーである魔法場供給が安定していないと誤作動を起こしやすいんだ。ましてや、ここはエルフ世界だろ? ウィザード魔法用の魔法場供給センターなんか貧弱な物しかない」
ここでようやくラウトの背中に冷たいものが走った。
「まさか、調整作業中に、その、誤作動が?」
ミンヤックが噛み潰した苦虫がさらに10匹ほど増えたようだ。
「そのまさかだ。システムバックアップすら適当にやりやがった。すまんが、ラウト。こいつらを緊急停止さえてくれ」
数体いるゴーレムが細かく震え始めた。医局施設中に警報が鳴り響き、パトカーのように赤く点滅した風の精霊群が大量に出現した。いきなりの緊急事態に動揺するラウト。
「な、鍋どうしましょう!?」
「調理器すべての電源を切れ! 今すぐに、だっ」
ラウトが半ばパニックになりながらも、ミンヤックの大声による的確な指示に従って何とかゴーレムを緊急停止させ、電磁調理器の電源を一斉に切った。
数十秒間ほど息を呑んで、部屋の設備とゴーレムを注視していたが……無事に停止できたようでほっとする2人である。窓から入ってくる風が心地よい。
ラウトが冷や汗をぬぐってミンヤックに報告した。
「先生。緊急停止、無事に完了しました」
ミンヤックもうなずく。
「うむ。まあ、鍋や蒸留器なんかの中身は、もうダメだな。もったいないが諦めよう」
その時、レマック薬師の部屋の方角から悲鳴と爆発音がした。バランたちが勤務する病院からも悲鳴と爆発音。それに、何かが壊される音が続けて聞こえてきた。
ミンヤックが舌打ちをする。
「間に合わなかったか。まあ、仕方がないわな。オレの部屋でもギリギリだったわけだしな」
ここで、ようやくラウトの頭がまともに機能し始めた。
「先生。警報が出る前だったのに、どうして事前に分かったのですか?」
ミンヤックが、自分の口に指を当ててニヤリと笑った。
「ドワーフは魔法を信用していない、って言っただろ? ドワーフ製の全ての機器には、異常を早期に発見するシステムが内蔵されているんだよ。だから、あの魔法使いどもが今、何をしているのかも手に取るようにリアルタイムでドワーフには分かる」
話ながら、厳つい肩をすくめる。
「ラウトがここへ戻ってくる前に、あいつらが手順を間違えたのが分かったんだよ。それで、エルフ製の警報システムが作動する前に対処することができた、というカラクリだ」
ラウトにとっては全くの初耳な情報だったが、そこは素直にうなずいた。
杖をレマック薬師の部屋や、バランのいる病院の方向へ向けて情報を収拾する。冷や汗がさらに吹き出るのがミンヤックにも容易に見てとれた。
「せ、先生……今日は、これで業務は終了になりそうです」
ミンヤックもまだ苦虫を数匹噛み潰したままの表情で同意した。
「そうだな。この部屋の片付けがあるからなあ」
コラールが勤務している図書館にいるゴーレムも例外ではなかったようだ。喫茶店でラウトと合流したコラールとセリアが、そのグチを小一時間ほどしている。特にセリアが頭にきているようだ。
「そうなのよ! いきなりガタガタ震えだしたかと思ったら、そのゴーレムの奴、修理中の貴重な歴史書を何十冊もビリビリに引き裂いてしまったのよ! ありえないわよ! 百万年近く前の貴重な資料なのよ!」
コラールもセリアほどではないが、相当にキレている。
「その後、そのゴーレムどうしたと思う、ラウトさん! 司書室の壁をぶち壊して逃げ出して、フロアの本棚をぶん投げた挙句、吹き抜けから落ちちゃったのよ! 最下層にできた、あの土の塊、掃除するの大変だったんだから!」
ラウトが軽いめまいを覚える。
「……そ、それは大変だったね。復旧作業どうするの? 作業用のゴーレムも全部強制停止してるから使えないはずだよ」
セリアの怒りが爆発した。
「うがあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
そのまま杖を持って喫茶店を飛び出そうとするのを、慌てて引き止めるラウト。
「ちょ、ちょっと待って下さい、セリアさん! 杖持って一体何をするつもりなんですかっ」
セリアのジト目が殺気を帯びている。
「知れたことよ。ゴーレムどもを全部、電撃で破壊してやる。ついでに魔法使いどもも電気分解してやるわっ」
ラウトが必死で説得する。
「ダメですって、セリアさん! それって立派な犯罪ですから! 牢屋のご飯はマズイんですよ!」
「え……と。ラウトさん……牢屋って、そんなにご飯がおいしくないの?」
コラールが変なところで正気に戻ってくれたおかげで、何とか2人ががりでセリアも落ち着かせることができた。ラウトも、ご飯の話で説得する方針に決めたようだ。
「はい、そうなんですよ。実体験した人がここにいるんですから、間違いありません。まず、第1日目の食事がですね……」
結局、都のゴーレム全部が完全に復旧するまでに1週間ほどかかってしまった。
その間は、薬師部屋の作業は全てラウトとミンヤックだけの手作業に頼るしかなくなり、作業効率は数%ほどにまで低下してしまった。
農園はもっと悲惨で、雑草抜きや育苗などの農作業がほぼ停止してしまっている。
もちろん、このような状態では医局が機能するはずもなく。
新規診療や、窓口業務もそのまま中止になってしまった。救急患者の受け入れは何とかやりくりできていたが、入院患者の多くは強制的に冷凍催眠をかけられて凍結保存されてしまった。薬が用意できないので仕方がない処置である。
バランが苦笑しながら、ずらりと凍結処理されて倉庫にまとめて保管されている患者たちの姿をラウトとミンヤックに見せてくれた。
「トリポカラ王国の威信もガタ落ちだよ、ははは……」
ラウトも苦笑していたが、バランに疑問点を尋ねた。
「すいません、バラン先生。私たちエルフは凍結魔法には疎いとばかり思っていましたが、使える方が結構いるんですね」
バランの苦笑がさらに深まった。
「いやいや。ここまでの大規模で均一な氷雪系の精霊魔法を使いこなせるエルフはいないよ」
「え?」
バランがウインクして指を口に当てた。
「専門家を呼んでかけてもらったんだよ」
珍しく、ミンヤックがジト目になった。
「そうか。数名の死者の国の住人が医局にやってきたのは、そのためかよ」
ラウトの青い目が点になった。まさしくフリーズしてしまったようだ。
バランが苦笑したままで話を続けた。
「まったく。ドワーフ製機械の探知機能は侮れないな。その通りだよ。このことは陛下もご承知だから、特に秘密にする必要はないんだけど、まあ……不要な混乱は避けたいので、あまり口外しないでくれると嬉しいよ」
なにはともあれ、こうして都は無事に海峡を越えてシュナ内海へ入り、さらにその北岸へと移動していた。毎年、都はここで盛夏の暑さをやり過ごす伝統である。
森オサたちへの補助事業は、ゴーレムが関与するような案件ではなかったので、無事に予定通り実施されたと、ラウトが担当役人から聞いた。
ラウトが害虫を半分ほどに減らしてくれたおかげで、予想よりも順調に害虫駆除が終わり、後継であるオサの木への生育支援も問題なく進んでいるようである。
この分でいけば、予想よりも早く7年後には立派なオサの木に成長するだろうという話であった。
その日の仕事を終えて、家路に帰るラウト。既に夜になっており、街灯には今晩担当の光の精霊たちがいて柔らかな光を提供している。
夜空を見上げたラウトがうなってつぶやいた。
「雲が出ているなと思ったら、これ全部、シロアリと森アリの羽アリバージョンか。すごい数だなあ」
半月が出てはいるのだが、夜空を飛んでいく羽アリが多すぎて雲がかかったようになってしまい、おぼろ月夜のような情景になっていた。
コウモリの大群が、これ幸いと狂喜乱舞しているのだが、その程度の数では虫の雲には何の影響も出ていない。
都の上空には虫などを入れさせないための防御障壁が常時展開されているのだが、それでも結構な数の羽アリが群れをなして入り込んできていた。
「また、虫退治しないといけないな」




