夏至祭り
都の大通りはイベント会場になっているので、黒山の人だかりである。エルフばかりなので金髪山の人だかりか。
こうして見ると、エルフでも金髪の色合いは黄色が強い人、赤っぽい人、銀色がかっている人など様々で、人それぞれだというのがよく分かる。
というよりも衣装が木の皮やコケ、草を器用に編んだものである人の割合が多いので、遠くから見ると黄色に紅葉した何かの木々のようにも見える。実際、肩や頭にランや、ビロード状に薄く広がったコケに地衣類を付けている人達も多い。
彼らの守護樹は大通りのコーナーや広場などにたむろしていて、既にちょっとした森ができあがっていた。
下り酒の時ほどではないが、大道芸人や行商人、移動露天商たちもいて、芸や商売に余念がない。
ラウトとコラールも露天商が売っていた新作の香草酒を物色して、それぞれ1つずつ紙のカップに注いでもらいストローで立ち飲みしている。ラウトの薬草や香草の知識と、コラールの酒の知識とがうまくかみ合ったようで、2人ともご機嫌である。
料金は結局ラウトとコラールが半々で割り勘することで決着がついた。杖を露天商の杖に当てて、料金分の電気を流して渡す。
大通りにはそこかしこに3宗派のシンボルカラーと、崩れたひらがなのようなエルフ語のメッセージが記された横断幕や看板、空中ディスプレーを介した動画などで溢れかえっている。
これに民間酒蔵の看板や新酒のお知らせ、レストランや喫茶店、バーのメニュー看板に割引特典の案内、ケガや具合が悪くなった際の救護所への道順案内、公衆トイレの込み具合と待ち時間などの情報が数多く掲示されて、普段の大通りからは想像できないほど込み合っている。
上空には大通りでのイベント内容と、その開始予定時刻が数多くの風の精霊たちによってアナウンスされている。晴れ渡って真っ青な空がまぶしいが、その分直射日光もきつい。街の建物の石造りの外壁に日光がはね返って、まぶしさに勢いがついている。
しかしエルフは皆、精霊魔法を使用しているので日焼けや日射病にはなっておらず平然としていた。サングラスをかけているエルフはラウトぐらいだろう。出稼ぎのオーガやゴブリン、トロルにドワーフなどもサングラスや日除け帽をかぶっているが。
最初はキャップ帽を深くかぶって、周りの目を気にしていたラウトだったが……誰も気にかけていないことを確認できるとほっとした表情になった。大きなサングラスも鼻に負担をかけるようなので外す。出稼ぎに見られるのは、どうも嫌な様子である。
「よかった。注目を浴びたらどうしようかとヒヤヒヤしていたけど、大丈夫のようだね」
隣を歩いているコラールが、紙コップ酒をストローで飲みながら微笑んだ。
「そうね。帽子をかぶるエルフはまだ少ないけど、珍しくはなくなったものね。特に私たちのように都のエルフは伝統衣装ではなくて輸入物の服をよく着るようになったから、帽子をかぶっても違和感は出にくいわね」
「そうだね、コラールさん。鎖国状態とはいえ、ある程度の舶来服を着ることを認めてくださった陛下に感謝しなくちゃ。僕たちのような服装のエルフは、そうだな、ここでは4人に1人というところかな」
ラウトもかなりリラックスした表情になって、紙コップ酒をストローで2口ほど飲む。
コラールが上空を漂ってイベント案内をしている風の精霊を見つけて、ラウトに合図した。
「あ。そろそろ森派の鉾車がやってくるみたいよ」
一斉に空中に浮かぶ大型ディスプレーが森派の宣伝を流し始め、生命の木への賛歌が流れ始めた。観客にも森派信者が結構多くいるようで、共に賛歌を歌い始める。
「あれ? ラウトさんは歌わないの?」
苦笑したラウトが、申し訳なさそうにキャップ帽の上から頭をかく。
「まだ、顔の皮膚が腫れていてね。大きな声で歌うのは今回は遠慮するよ」
大通りにはさらにエルフが集まってきていた。もはや、すし詰め状態である。
その人ごみの上から巨大な鉾車が姿を現した。縦横8メートルほどはあり、高さ20メートルもある巨体である。まさしく森の中の巨木をイメージした姿になっており、10本ほど水平方向に伸びている枝も立派だ。
数多くの華麗なランや花に旗などで覆われていて、見た目も派手である。さらにランや花からの強い香りが一帯を包みこんでいて、虫や鳥が乱舞している。
巨体なので土台を支える車輪も6対と、まるで大型トラックのようだ。エンジンはついていないのだが、何かの魔法がかけられているのだろう。静かにゆっくりと鉾車が大通りを進んでいく。
鉾車の上には森派の聖職者たちが勢ぞろいして、方々に立派な杖をかざして信者たちに祝福を授けている。ラウトが掲げた簡易杖にも祝福が届いたようで、チカチカと杖の先が点滅した。
「お酒1杯分にも足らないけどね。祝福を受けたということが大事だから」
ラウトが満足した表情で杖をしまう横で、コラールもうなずいた。
「宗派間の取り決めで、このパレードの間は勧誘活動をしないことになっているのよ。各宗派の信者への祝福量は全て同じに決められているの。お祭りですからね」
ラウトが感心する。
「さすが司書さんだね、詳しいなあ。そういう事情だったんだ」
森派の巨大な鉾車が去ると、観衆の数も幾分減ってきた。ラウトとコラールもようやく歩くことができるようになる。ほっと一息する2人。
「こんな大群衆には本当に慣れていないから疲れるよ。コラールさんは平気?」
ちょっとキャップ帽の中が汗で蒸れたのか、ラウトが帽子に杖を当てる。風の精霊魔法をかけて頭を冷やしながらコラールに聞いた。コラールも同じようなことをしている。
「ええ、大丈夫よ。こんなに人がいると酸素濃度が下がるのかしらね、少し息苦しかった。上空の風の精霊が送風してくれているんだけど、まだ少し足りないみたいね。運営にレポートしてみる」
コラールが簡易杖を頭上に掲げて、杖の先をチカチカ点滅させる。ラウトも同じく上空を見上げていたが、ちょうど風の精霊が空中ディスプレーを運んできていたのでそれを見る。
「あー……水派の鉾車はパレードの先頭だったのか。もう先に行っちゃったね。残念、見たかったな」
レポートを送信したコラールが杖をしまいながら、いたずらっぽい視線をラウトに向けた。腰までのふわふわした金髪が尻尾のように細かく揺れている。
「本当? 陛下や王族の宗派だけど、臭いがちょっと問題よ」
ラウトも苦笑する。
「うん。でもまあ森派の信者にとっては、臭いはそれほど問題にはならないよ。同じ発酵臭だしね。水の精霊のパフォーマンスが見たかったんだ」
コラールもそれには完全に同意して、大きく何度もうなずいた。
「そうね、そうね。水上警察が使う水の精霊魔法の原型ですものね。私もツーリングで使うから、勉強しているのよ」
その時、群集をかきわけて高さ5メートルほどはある巨大な守護樹が2本姿を現した。
それぞれの樹には、半身を樹に取り込まれたエルフが穏やかな笑みを浮かべて互いに談笑している。彼らを見送ってラウトが羨望のため息をついた。
「はあ。立派な守護樹だったね。樹齢1万年近いかもしれないな。あんな樹に巡り会えたら素晴らしいだろうね」
コラールも深く同意する。
「ええ。あんな立派な守護樹にとりこまれて精霊化できたら望外の喜びよね」
と、今度は別の守護樹が数本やってきた。これらは先ほどとは違って樹高3メートル程度である。
しかし、とりこまれているエルフは半身どころか、もう頭しか残っていない状態だ。眠たそうな顔ではあるが、彼らも互いに談笑して群集の流れに乗って去っていった。
ラウトたちが買った露天商からだろうか、手もないのに器用に紙カップの酒を枝で支えてストローで吸っている。
ラウトが苦笑する。
「来年には精霊化しそうな方々だったな。最後の夏至祭りを楽しんでいるんだね。確かに、これだけ賑わっていると森の中から出てみたくなるのかな。だけど、俗物根性は頭だけになっても健在なんだなあ」
コラールも笑いをこらえるために紙コップ酒を全部飲みきってしまった。軽く咳払いしてコメントする。
「俗物もこれで最後なんだから、大目に見ましょう。宗派の聖職者からの祝福を受けにきたのかもしれないでしょ。そういう事にしましょう」
ラウトも酒を飲みきって、空になった紙コップを上空の風の精霊に渡した。大通りの人口密度が再び徐々に上がりだした。
コラールのクレームが効を奏したのか、上空の風の精霊群が先ほどよりも強めの風を群集に向けて送り始めている。空中の大型ディスプレー群が再び一斉に表示を変え、今度は岩派の鉾車がやってきたと知らせた。
コラールが軽く咳払いをして真面目な顔になる。
「来たわね」
さすがに最大の信者数を誇る岩派である。大通りを埋め尽くす群集の7、8割ものエルフが岩派の賛歌を歌い始めた。コラールももちろん歌っている。
急激に大通りの精霊場の強度が上がっていく。厳粛な雰囲気になって、わずかにまだ飛び交っていた虫や鳥もたまらずに飛んで逃げていった。賛歌の歌声が大通りに面している石造りの建物に反射し、大通りの石畳が共鳴している。
群衆の中で避難しそこねた異世界人たちが頭を抱えている様子が、ラウトのいる場所からもちらほら見えた。
群衆の密度も、先ほどの森派の際よりも高い。
もう、身動きできないほど多くのエルフで大通りが埋め尽くされた頃に合わせたかのように、満を持して巨大な岩派の鉾車が群集の頭上にその姿を現した。
高さは森派と比べて低く、縦横高さともに10メートルほどである。しかし、その姿はまさしく300万年を経た巌そのものだ。見るものを圧倒する威厳に満ち満ちている。
鉾車は既に相当量の電気を帯びているようで、周辺の空気が帯電してピリピリしている。台車を支える4対の車輪からは、地面の石畳に向けて絶えず静電気の火花が走っていくのが見えた。
森派とは違い岩の上には誰も乗っておらず、岩を支える台車の上に聖職者たちが立っていた。取り囲む信者たちに向けて、その聖職者たちが厳つい杖を振って祝福を授けている。
コラールも自身の杖で祝福を受け取り、満足そうな顔をした。
鉾車が大通りを進んで視界から見えなくなると、徐々に群集もその密度を減らし始めていき、再び歩くことができるまでになった。
ラウトが人混みの中でほっと息をする。
「うん。今回は快適だったな。コラールさんのレポートが良かったみたいだね」
コラールも満足げにうなずいた。
「でも、次は水上警察のパレードだから、もっと人だらけになるわね。残念だけど、大通りからは撤退しましょう、ラウトさん」
ラウトもうなずいて2人は大通りに面した喫茶店の2階席に移動した。ラウトにとっては初めて入った店だ。店内の内装や客層からみて、高級な雰囲気があふれ出ている。
天井には豪華なクリスタル製のシャンデリアがいくつも下がっていて、精妙な光の加減で室内をロマンチックに照らしている。壁には大きな絵画がいくつもかけられていて、年代ものの戸棚やテーブル、イスが丁寧な手入れをされて供されていた。
異世界からの客人ばかりで、エルフの客は見当たらない。
正装のウェイターに予約席まで案内されて窓際の席に着く2人。ラウトのキャップ帽については何も言われなかった。コラールがそばかすのある鼻先を軽くかいて説明する。
「私も初めて来たのよ。この喫茶店2階は会員制でね。バランさんの勧めに甘えて、医局の接待枠で予約したの。でも、時間制限があって20分間しかこの席に座れないけど。あ。支払いは医局持ちだから安心してね」
ラウトも豪華な店内の内装にキョロキョロしていたが、納得したようだ。
「なるほどー……了解したよ。バラン先生も反省してくれたようで嬉しいな。じゃあ、せっかくだから何か頼もうよ」
ドリンクメニュー表がちょっとした本並みになっていたので、コラールに一任するラウトである。コラールは予約時に決めていたようだ。
「では、フレッシュジュースのなかで一番高い、アルガンの木の実の胚を砕いてつくったアルガンミルクにしましょう」
ラウトが反応した。
「アルガン? 半砂漠地帯に生えてる樹木のアルガン? 胚を潰してオイルを絞るんだけど、100キロの種から1リットルも取れない、超貴重品だよ!?」
コラールが「えへへ」と笑う。
「そう、そのアルガン。油を絞らずにそのまま豆乳みたいにして飲むジュースよ。こんな機会でもないと飲めない代物だし、どう? 一緒に頼んでみない?」
ラウトが緊張してうなずいた。
「そ、そうだね。うん。僕もアルガンミルクにするよ」
予約時に注文していたのだろう、すぐに冷えたグラスで出てきた。
「ごゆっくりどうぞ」とウェイターが去るのを合図にして、1口含んでみる2人。微妙な間が生まれた。
「……おいしいけれど」
と、コラールがちょっとがっかりした表情になった。
「木の実の味ね」
ラウトも苦笑する。
「……うん。波動は確かにすごく高いけれどね。医薬品として使うほどだから、病気で弱っている人には喜ばれそうかな。味は別にして」
さっさとグラスを飲み干して、いつもの果物ジュースにする2人であった。ストローで1口吸って、含み笑いを交わす。
その時、外の群集が歓声を上げた。条件反射みたいにコラールが窓枠にしがみついて外を見下ろした。
「来たわ! ブラカンさまよっ」
同時にラウトも窓枠にしがみついてパレードを見下ろした。
「わあ。スレイプニルに騎乗しているのか。かっこいい」
他の客たちも一斉に窓際に駆け寄ってきて歓声を上げた。やはり皆、このブラカン目当てだったようだ。
セキュリティ上なのか、窓の外からの音はかなり遮断されていて、大通りの大歓声もささやき声程度にしか聞こえない。しかし、その熱狂の様子は窓からありありと見ることができる。
たくましく美しく伸びたスレイプニルの8本足が滑らかに石畳を踏みしめ、その躍動する筋肉が光沢のある上品な毛皮の下でリズミカルに動く。
体高は3メートルほどあり、優美に風にたなびく尾を除いた体長も6、7メートルくらいある巨体だ。その背中の鞍には、水上警察の礼装できっちりと身を包んだブラカンがピンと背筋を伸ばして騎乗している。
こうしてスレイプニルの全体像を見ると、馬というよりはスリムなクモのような印象を与える。
他の世界の馬と違い、この世界のスレイプニルは足のひづめに金型をはめていない。そのため歩を進めるときに出る音は金属的なものではなく、象のそれに近い。
先頭はこのブラカンで、さらにもう3頭のスレイプニルとその手綱をとる正装の騎手3人が続いている。
他の客と一緒にブラカンに手を振ってはしゃいでいたコラールとラウトだったが、ウェイターが申し訳なさそうにやってきて「時間です」と告げた。もう20分間が過ぎてしまったようだ。
残念がる2人だったが、これは仕方がないので諦めた。医局の接待枠を使わせてもらっているので文句は言えない。
「でもまあ……ブラカンさまの勇姿を拝めたから満足だわ」
コラールが席を立って微笑んだ。ラウトもうなずいて席を立つ。しかし、水上警察のパレードを窓から見送りながらも考え込む表情をつくった。
「どうも何というか……バラン先生やミンヤック先生たち、肝心なことを話してくれなかったような気がするなあ」
窓の外では『次は国境警察のグリフォン部隊の行進』という表示の空中ディスプレーが、風の精霊によって運ばれているのが見えている。水上警察ほどには人気がないのか、群集は少しまばらになってきたようだ。
コラールもラウトの隣で一緒に窓の外の群集を見下ろした。先ほどまで2人が使用していた予約席は、テーブルクロスが交換されて、次の予約客を迎える準備が進められている。
「多分そうでしょうね」
コラールも同意する。ラウトが遠い目をした。
「実際は、大変な病気だったんだろうな」
『グリフォンの行進まで、あと2分』という掲示板が窓の外を通過していくのを見送ってから、コラールが否定せずに答えた。
「ごめんなさい。私にも機密保持義務が課せられているの。でも、コードに引っかからない範囲で言うけど、そうだと思う。だって、バラン先生とミンヤック先生、関係者専用のパスワードでしか入ることができない領域のデータベースを使ってたもの。それで菌の同定をした時、ミンヤック先生の顔がひどく曇ったのよね」
ラウトが天を仰いだ。
「うえー……やっぱり。異常に優しかったからな、さっき。かなり危険な伝染病だったんだよ、きっと」
コラールがラウトの肩に優しく手をかける。
「考えようによっては、ラウトさんのおかげで、皆こうして無事に夏至祭りを迎えることができたとも言えるわよ。でなければ今頃、私も伝染病にかかって家で寝込んでいた可能性もあったんだし」
ラウトもそう思い直したのか、ぎこちなく笑みを浮かべた。
「そ、そうだね。そう思う事にするよ」
「うん、そうしましょう。あ。そろそろ光の精霊たちへの賛歌の時間になるわね。特設会場へ急ぎましょう、ラウトさん」
王宮の執務室では国王が書類仕事を終えて伸びをしながら、宰相にニタリと笑いかけていた。部屋の隅には国王の守護樹が鎮座していて、風の精霊をいくつか枝にまとわりつかせている。
「さて、これが済んだらパタン王国へ御成りをするぞ。もう文句はないだろうな、宰相」
宰相が苦渋の表情をしている。
「ございません、陛下」
「うむ、楽しみである」
夏至祭りで賑わう町を王宮の部屋から見下ろす国王。さんさんと夏至の太陽が照りつけて、さわやかな風が吹き抜けていく。光の精霊への賛歌の大合唱会場へ、続々とエルフたちが集結しているのが見える。
「ふむ、ちょうど賛歌の時間か。では、余も祭りの輪に加わるとするかな」
「陛下?」
宰相が慌てるが、国王は笑って見返した。
「大丈夫だ。変装するから、誰も余とは分からんよ。さあ、行くぞ。宰相。余の歌声をとくと聞かせてやろうほどにな」
そう言った瞬間に、銀の霧になって消えてしまった。国王の守護樹も同時に消える。
「陛下ーっ」




