勇者の帰還
トリポカラ王国の都の外れにある空港へ、ラウトを乗せた高速艇が戻ってきて無事に着陸した。空港といってもこじんまりとした都なので、小型のセスナ機が使うような短い滑走路しかない小さな空港だが。
今は夏至祭りの期間なので、その空港も閉鎖されており閑散としている。
この祭りは光の精霊に関する重要な宗教行事であるため、慢性的な人手不足が極限に達し、空港勤務の役人も助っ人として祭りに強制参加させられているためである。
ともあれ、天気操作の精霊魔法を使用しているので、空は気持ちよく晴れ渡って絶好のお祭り日和である。
夏至特有の強烈な紫外線が容赦なく降り注いでいる。しかしエルフは光の精霊を使役しているので、丸一日野外に出ていても日焼けは大したことにはならない。ちょっと赤くなる程度である。
その閑散としたターミナルへ高速艇が駐機し、パイロットゴーレムが船を操舵する精霊魔法を終了した。
船体にとりついていた大量の風の精霊が契約を終了して、晴れ渡った空の彼方へ飛び去っていく。
ゴーレムも船から降りて、その機能を自動停止した。これでもう次の指令が下るまでは、ただの土人形である。
その全ての行程を確認して、最後にラウトが船から降りた。彼の守護樹も一緒に降りる。
出迎えたのはバランとミンヤック、そしてレマックであった。役場が休みなので皆、私服姿である。
背の高いバランは、品の良いチェック柄で長袖のシャツと、折り目がきっちりとつけられたスラックスのようなズボンに、草で編んだベルトを締め、簡易杖をそのベルトに引っ掛けている。
足元を見ると、ベルトとは別の素材で丈夫そうな草と木の皮で編んだ靴のような形のサンダルをはいている。今日は祭りで都は人が多いので、つま先を踏まれないように保護しているのだろう。
左腕の手首には、エルフには珍しく輸入物の腕時計がメタリックな鈍い光を反射させている。
その金髪を風にたなびかせてラウトの手をとり、労をねぎらった、
「ご苦労だったね、ラウト君」
次いで、ミンヤックが大きな白い歯を見せながらバンバンとラウトの背を叩いた。
彼もこの後は休暇のようで、ラガーシャツに似た袖のないメタリックな装飾があちこちについた服を着ている。
ズボンはジーンズのような厚手のもので、ベルトもメタリックな柄のものを締め、それに簡易杖をバランと同じように引っ掛けている。足元は登山靴のようないかつい靴を履いている。
これらはドワーフ世界からもってきたのだろう、樽のような体型で筋肉質なミンヤックによく似合っている。珍しく髪型もちょっと整えたようだ。
「いい経験をしたな、ラウト」
最後にレマックがやってきて、ラウトに手を差し出した。彼の私服は作業着の延長線上にあるのだろう。
「それで……注文の品はどこだね」
無言で、懐から小ビンを2つ取り出してレマック薬師に手渡すラウト。
鼻歌を歌いながらきびすを返して足早に去っていくレマック。彼の後姿を見ようともせず、憮然とした表情でラウトが杖を掲げた。高速艇を格納庫へ入れて点検をするように、空港付きのゴーレムに命令を下す。
むすっとしたままのラウトであるが、それもまあ当然かもしれない。彼の癖のある金髪は脱色して白っぽくなっており、顔もかなり荒れていて粉をふいている。とどめは天頂部に皿のように広がったハゲである。雷撃が命中したので、頭皮も相当にダメージを受けて火傷状態になっている。
「一晩中、消毒液の雨に打たれていましたよ。貴族たちは館の扉を閉め切ってしまって入れてくれませんでしたし。おかげでこの通りボロボロです」
ようやく一言文句を言うと、ミンヤックとバランが愛想笑いをしてご機嫌をとってきた。3人でターミナル出入り口の門まで歩きながら、まずバランが解説する。
「しかし、それだけの成果はあったと思うよ。実はね、君が現地まで行ってくれたおかげで、伝染病を撲滅できたんだよ」
大きくて青い目をさらに丸くするラウト。顔が消毒液の雨で荒れてしまっているので、驚きの表情をしたくてもなかなかできない様子である。
「は?」
「処置が遅れていれば、モラトゥワ王国の4分の1の地域の住民が寝込む羽目になっていたよ。夏至祭り直前なのにね」
バランが気楽な顔でラウトに話す。あまりに気楽な表情なので、かえって憎たらしいくらいだ。
「今回は君のおかげだよ」
「で、で、でん、でっ……」
まだショックから立ち直れないラウトだったが、それでも質問を続けた。
「それって、本当に寝込むだけで済んだ病気だったんですか」
「さあ」
肩をすくめて笑うバラン。ふわっと男用の香水の香りがラウトの鼻先をかすめる。
「もう撲滅してしまったからね。どうだろう」
「ええっ、そんなあ」
次にミンヤックがラウトの体をガシッをつかんで、ドアの方へ向きを変えさせた。
「さあ、今日はゆっくり休め。彼女と夏至祭りを楽しんでこい」
そのまま、空港の通用門から送り出される。
なぜか手配良く入り口に私服姿のコラールが来ていて、ぎこちなく手を振っていた。
ツーリングによく行くせいなのか、まったくデート向けではないが。普通のシャツにゆったりした芋ジャージに似たズボン、サンダルの散歩スタイルである。多分、散歩の最中に召集をかけられたのかもしれない。
「こ、こんにちは。ラウトさん」
ラウトは仕事から戻ったばかりだったので、消毒液を浴びすぎて変色脱色してボロボロになった作業服のままでは、さすがに街中へ繰り出すわけにもいかない。いったんラウトの家まで戻って着替えることになった。
ラウトの守護樹も後ろからついてきている。この樹もラウトと一緒に消毒液の雨をまともに浴び続けたので、具合が悪そうでフラフラしている。
「確かに……このボロボロスタイルでは注目されるよね」
コラールも複雑な面持ちでうなずいた。そしてラウトの頭の大きなハゲを心配そうに見上げる。
「エルフのハゲ頭って初めて見るわ。はあ、これは早急に何とかしないといけないわね」
ラウトが恐る恐る手でハゲた部分をさする。火傷がまだ残っているので、触れると痛いようだ。
「……うん。バラン先生が魔法で強制治療してもいいと仰ったんだけど、副作用があってね、フケが数日間大量に出るそうなんだよ。夏至祭りの間フケまみれになるのは避けたいから、祭りが終わってから治療を受けることにしたよ」
コラールがそばかすの散る鼻頭を軽くかいた。
「うーん……だったら帽子か何かで隠した方がいいわよ。強制治療を待っている間に有名人になっちゃうわ。悪い意味で」
ラウトの顔から冷や汗が幾筋か流れた。
「う。そんなにひどい?」
「うん。かなりひどい。私だったら半年くらい森にこもって、誰にも会わないレベルね」
ラウトの家族は全員が公務員なので、夏至祭りの期間中は休みなのだが……両親は祭りの手伝いに駆り出されていて不在だった。家にいるのは姉一人。
その姉も帰ってきたラウトの姿を見るなり――
「ぶは」
……と、お茶を盛大に吹いて咳き込みながら笑い転げていた。
なおも玄関先に転がって呼吸困難になっている姉を無視して、ラウトが家に上がる。そして、コラールに居間で待っていてくれるように頼んで自室へ入っていった。
さすがにコラールは転がっているままのラウトの姉を放置しておくことはできず、背中をさすって介抱してみる。
「だ、大丈夫ですか? 息が苦しいのでしたら、風の精霊を使役して呼吸を支援しますが」
姉は背を丸くしてぜーぜーと息をあえがせていたが、何とか微笑み返した。
「だ、大丈夫よ。ありがとうね。ええと、どなた様でしたっけ」
「図書館司書のサキ‐コラール‐ミンタマ-フ‐サンと申します。彼の今回の出張に少々関わりまして、これから夏至祭りを一緒に見て回る予定です」
そういって、コラールが両手の平を上向きにして姉に差し出した。
大きく深呼吸して、落ち着きを取り戻した姉がコラールに微笑んだ。そして、コラールの両手の平を覆うように自身の両手を重ねた。かなり丁寧な挨拶の仕方である。
「……ふう。ラウトから時々聞いている彼女ね。初めまして。情報局郵便部のレガ‐ナンティ‐ジャンタン‐モスです。司書らしからぬ快活そうな娘さんね。うちのバカな弟がお世話になっています。さあ、立ち話も何ですから、上がって下さいな」
居間でお茶とお菓子を囲みながらコラールと姉が女子トークに花を咲かせていると、自室からラウトが出てきた。
長袖シャツは立て襟にして首筋を隠し、手には薄手の手袋をしている。ズボンはゆったりめの柔らかい生地で、靴下をはいている。頭には大きめのキャップ帽をして、大きめのサングラスで顔の肌荒れを隠していた。ちょっと怪しい雰囲気ではあるが、街着としてはまずまずである。
全体に強めの精霊魔法をかけており肌を保護しているのが姉とコラールにも分かった。簡易杖はズボンのベルトに引っ掛けている。
その姿を見て、姉が残念そうな顔をした。
「ラウトおお……せっかくのハゲを隠してどうすんのよ。エルフのハゲって目立つのよ、知らないの? ハゲ」
ラウトが憮然として切り返した。
「姉さん。後で3時間ぐらい話があるから覚えておいてね」
コラールがお茶を3口ほど続けてすすってから咳払いをして、ラウトの顔を見た。
「ねえ、ラウトさん。肌荒れがひどいのなら、今日は家で休養したほうが良いわよ。夏至だから日差しがきついし」
ラウトが立ったまま、両目を閉じて腕組みした。
「……いや、出かけましょう。部屋にこもったら負けな気がする」
姉がお茶をすすりながら、ウインクしてニヤリと笑った。
「残念。ミンタマーフさんを1人で夏至祭りに送り出すなんて事になっていたら、ラウトのハゲをもう一回り大きくして、映像を国中に拡散してやるつもりだったのに」
「姉さん!」
ラウトと姉のケンカが勃発した。が、姉の放った先制ローキックが見事にラウトの膝裏に決まって、あっけなく勝負がついてしまった。
足が痺れて座り込んでいるラウトを見下して、姉が高笑いする。
「まったく。運動オンチにも程があるわよ、このハゲ。すいませんね、ミンタマーフさん。このハゲの足はさっさと治しますんでご心配なく。こら、そこのハゲ、治癒魔法かけてやっから足出せやハゲ」
ラウトの守護樹は家の玄関先に残すことにして、ラウトとコラールは改めて夏至祭りの場へおもむくことにした。姉がニヤニヤしながら玄関先で2人を見送る。
「楽しんできなさいな、ハゲのラウト君。私もこの後、イベント会場の手伝いで留守にするから、家のロック解除魔法を忘れちゃダメよ。ハゲのラウト君」
そして、コラールに微笑んだ。
「こんなバカな弟ですが、よろしくお願いしますね。このハゲが無礼をしたら蹴り飛ばして構いませんから」
すっかりラウトのハゲが気に入った様子である。新たな弱みを握ると、人はこんなにも上機嫌になるものなんだな、とコラールは思った。




