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出張診療

 翌日。コラールは図書館の司書室でニュースの整理と分類をしていた。そこへセリアがやってきた。

「ちょっといいかな」

 コラールにあるデータを示す。

「ここなんだけどさ。最近急に人の移動がなくなったの。どう思うコラール」

「セリアあ、仕事してよー。他の役所のデータ通信を覗くのは良くないって」


 コラールが文句をつけると、セリアがプンスカして頬をふくらませた。

「じゃあ、みーせないっと」

「あ、ごめんごめん。見せて見せてえ」

 セリアにすり寄っていくコラール。


「ええと、どこどこ?」

 コラールがデータを確認し始めた。様々な情報源から抜き取ってきたようで文体がそれぞれ異なっている。半分ほどは通常の草書体ひらがなに似ているエルフ文字なのだが、公文書で使用されているアラビア文字に似たエルフ文字で書かれたデータもある。

 機密性が弱いほど草書体に似た文体になるので、ざっと判別すると4段階ほどの機密性のランクに分類できそうである。


 たちまちディスプレー上に様々なグラフが表示されて、詳細な地図が東西南北にスクロールされていく。検索しているようだ。やがてスクロールが止まって、地図が自動的にズームアップされていく。

「あー……ここはモラトゥア王国の中流域の集落ね。うん、異常行動の検出値も、低い時間周波数も、確かに有意な差が出てるわね」


 モラトゥア王国は8つあるトリポカラ王国の衛星国の1つで、トリポカラ大陸の東北端に位置する。

 2人で顔を見合わせてうなずき、同時に席を立って上司の元へ駆けていった。

「クチアーリ司書長。気になる現象が起きています。森林部へ情報を伝えるのが適当かと」



 医局部ではバランが困っていて、薬師部屋にいるミンヤックのところにやって来た。

「ちょっといいかな、ジャンビ君。相談があるんだが」

「なんだい」

 ミンヤックが清心円という粉薬の調合の手を休めてバランの顔を見た。バランが珍しく腕組みしている。

「実はね、モラトゥワ王国の貴族が病気にかかったらしくてね。私に往診に来て欲しいという要請があったんだよ」


 ミンヤックが眉をひそめる。

「は? 向こうにも医者はいるだろう」

「是非にとの指名なんだよ。しかし、こちらも外人さんの診療治療が目白押しなんだ。だからラウト君を貸してくれないかな」

 ミンヤックが首をかしげた。

「あ? 奴は医者じゃないぞ」


 バランが笑って、手を軽く振った。

「いや、診療は私がするよ。体だけ貸して欲しいんだ」

 ミンヤックもここで合点したようである。

「ははあ……憑依ひょういってやつか」

 バランが笑った顔のままで、肩をすぼめた。

「うむ。知らない人の体を使うのは疲れるのでね」

 ミンヤックが真顔になって少しの間考えていたが、大きな白い歯を見せてうなずいた。

「面白そうだな、いいよ」


「は?」

 ラウトが蒼白な顔をしている。当然その部屋にはラウトもいるわけで。

「ちょ、ちょっと待ってください」

 慌てて2人のいる場所へ駆けていく。しかしその途中で、ゴーレムが蒸気抽出していた薬剤の調合槽から吹き出た蒸気を顔に浴びてしまった。ゲホゲホとむせ返ってしまい、その後の抗議の言葉が出せなくなっている。


 バランが笑ってラウトの肩を叩いた。

「何、大丈夫だ。実際に診断するのは私だし。君は現地まで行ってくれるだけでいいんだ。体を貸してくれればいい」

 ミンヤックも白い歯を大きく見せて命令を下した。

「こんな経験はあまりできないぞ。やってこい」



 喫茶店では、黄色い果物ジュースを飲みながらコラールがあきれていた。今日は他には誰も客がいないので、店主も暇そうだ。空中ディスプレーの教養番組を流し見している。

「ひどいわねー……。でも他人の体を動かして、遠隔治療するなんて精神系の高等魔法よ。しかも今回は、このトリポカラ大陸の東端じゃないの。大丈夫かな」


「……コラールさん。失敗した事例って記録に残っているかな?」

 ラウトが心配になって聞くと、コラールも眉を寄せた。

 以前会った時に比べて、顔がやや赤くなって日に焼けている。そばかすもちょっと増えてしまったようだ。またツーリングに行ってきたのだろう。そういえば、腰まであるふわふわな金髪も少し日焼けして、ツヤが荒くなっているように見える。


「うーん……ちょっと待ってね」

 杖を振って端末を召喚して検索するコラール。残念ながら星が1つしか表示されない。

「無線だから送受信量が小さいのよ。もう少し待ってね」

 そう言って、ジュースを飲みきる。


 やがて……空中に両手のひらサイズのディスプレーが発生し、草書体や楷書体のひらがなで書かれたようなエルフ文字で記述されたデータが出てきた。

 楷書のような文字があるということは、機密扱いの文書までも読み込んだのだろう。ただ、それらは一定期間が経過しているので、司書のような者にだけ機密解除されているものではあるのだが。


 コラールがそれを速読で読むにつれて、寄せていた眉がさらに額の中央に寄せられた。

「うーん……削除されてる。機密解除された文書でも無理ね。失敗しないように祈ってるわ」



 前回とは違い、ちょっとましな高速艇で出発するラウトである。しかし、泣きそうな表情であるのは変えようがない。まあ、何がなんだか分からないのだから当然である。

 それを叱咤するミンヤックの太い腕がブンブン回りだした。

「いつまでメソメソしてんだコラっ」


 レマックが、またもやリストを半べそのラウトに手渡した。

「時間があったら。ぜひ」

「鬼だぁ。みんな鬼だあ。オーガだあ」

 ラウトが泣き言をいう中、ミンヤックがニコニコしながらラウトの体を問答無用で船に押し込むと、パイロットゴーレムが船を起動させた。

 たちまち船を包んでいる風の精霊群が活性化して、船を空中に浮かび上がらせた。ミンヤックが船から飛び降りた次の瞬間には自動出発し、空高く舞い上がっていく。


 ラウトの恨み節も、あっという間に空の彼方へと消え去ってしまった。数匹と数羽の空を飛んでいた虫や鳥が驚いて、船に進路を譲って逃げていく。

「さて、仕事だ仕事」

 ミンヤックやレマックらは、見送りもせずにそれぞれの部屋へ戻っていった。


 図書館では、舞い上がっていく高速艇をコラールが窓から見上げている。

 セリアがコラールにすり寄ってきた。

「ぼーっとしてないで、これ見てよ。さらに静まり返った地域が拡大してるんですけど」

 そう言いながらデータを渡す。

「え、あ? ここって」

 驚くコラール。セリアが首をかしげた。

「モラトゥア王国だけど。どしたの?」

 森の中に住んでいる住民の動きを追跡しているデータなのだが、ほとんど動いていない住民の数が劇的に増えていた。セリアが追加情報をコラールに教える。

「赤外線でサーチしたら、発熱しているのよね。つまり熱を出して寝込んでいるから動けないみたいなの」


 コラールの表情が少しこわばった。

「え……それってもしかして流行病ってこと?」

 セリアは気楽な顔のままである。

「かもね。まあ、発熱といっても大したものじゃないし。波動スキャンした住民の健康状態もひどい値ではなかったから、しばらく寝込んでいれば治ると思うけどね。ただ」

「ただ? 何?」

 セリアが初めてここでニヤリと笑った。

「患者の増え方が倍々どころではないのよ。これは空気感染を起こしているわね、きっと」



 翌日の午後にようやくモラトゥア空港に無事に到着したラウトは、すぐに貴族の関係者に捕まり、病気の貴族のいる場所へ直行で連れていかれた。

 貴族という割には質素で地味な服装である。ラウトの作業着姿とあまり変わらないように見える。だが、表情は真剣で冗談が通用するような雰囲気ではない。

「少しくらい休ませてくださいよ」

 さすがにラウトが文句を言うが、出迎えの連中は素っ気なく答えた。

「何をいってる。お前は、依代よりしろをするだけだろ」

 そう言われては何も言えなくなる。


 そうこうするうちに目的地へ到着した。仕方なく貴族の館にある前庭へ出るラウト。

 館といってもご他聞にもれず川の上にあるので、そんなに大きなつくりではない。館も2階建てで部屋数もここから見る限りでは10程度だ。


 その前庭の中央に、病気の貴族の巨体がヒーヒーいいながら寝ている。といってもエルフなので、基本的に華奢な体型ではあるが。その貴族の隣には数名のエルフも寝込んで呻いていた。


 精霊魔法の暴走が原因の場合、部屋の中のような閉鎖空間にいると魔法場が拡散せずに溜まって強くなってしまう恐れがある。予期せぬ精霊魔法が何かの弾みで発動することがあるために、こうして野外で診断治療するのが基本である。

 既にその場所には、波動医療を行うために使用する機器や薬品類が準備されていた。ラウトが見ても薬品以外はチンプンカンプンであるが。


 頭の中にバランの声がして、はるか西方の都から念話でラウトに交信してきた。

 前庭に大きめのアンテナが立てられていたところを見ると、このために用意されたのだろう。意外なほど明瞭かつ強度の強い声である。

(よし、あとは私に任せなさい。時間差があるから注意してくれ)


 頭上に黒雲が盛り上がったかと思うと、ズシンと雷がラウトの脳天に落ちた。驚く周囲の人々だが、ラウトの体は倒れもせずしっかりと立っている。

 そして無事に憑依したバランが、ラウトの体を動かして確認した。本当に電光石火の早業で憑依したので、いきなりラウトの人格が変わったようにも見える。

 かなり知的かつ威厳のある変わりようで、そのまま患者たちを眺めた。

「なるほどね。そちらの医局スタッフも感染したのか。よし、このくらい動く事ができれば支障はないな。始めよう」


 周囲の人たちの視線が頭の上に集まっているのを察して、脳天をさするバラン。

「あらら……焦げてしまったか。ま、若いからすぐに生えてくるだろう」


 すぐに貴族を診断する。薬液を入れた大きな洗面器に貴族の腕を入れて、精霊魔法の術式を唱える。すると、洗面器の薬液表面に波紋が現れて、腕が黄色く発光し始めていく。

 それを診てバランが首をかしげた。

「……変だな。こんな波動の乱れは初めてだよ。ジャンビ君、どうだね?」

 都ではミンヤックが、現地の様子を映しているディスプレーと波動モニターを観察していたが……彼も不思議そうな顔をした。

「そうだな。これは不自然だな」


 貴族が摂取した食べ物、飲み物、着ている衣服を、1つ1つバランが薬液に漬けて波動を探るが、これには異変はない。周りの貴族たちに彼がどこかへ遊びに出かけたか聞くと川遊びをしたという話である。

「ふむむ」と考えていると、コラールから連絡が入った。暗号化されている上にデータ圧縮された通話なので言語というよりも耳障りな音だったが、その情報を得てバランがうなずく。

「なるほど……ちょっと調べてみるか」


 川の水を汲んできてもらい、薬液に垂らして術式を唱える。貴族の腕を浸した時に得た波紋とピッタリ合い、波紋が重なって大きくなった。時々、両者の波が共鳴して大きくしぶきが上がる。

「うむ」

 ビンゴ。貴族の異常波動と共鳴している。


 図書館にいるコラールに頼んでバランのパスワードを使って専用領域に入ってもらい、そこのデータを使ってこの波動を照合すると……肺炎菌という結果が返されてきた。

 しかし、それでもバランは顔をしかめている。

「しかし、これは波動を改造しているね。人為的に」


 都にいるミンヤックとコラールもディスプレーで確認する。ミンヤックは彼の薬師部屋で、コラールは図書館の司書室で。

「こんなことって、本当にあるんですね。微生物兵器を試作していたなんて」

 驚くコラールに、ミンヤックとバランがそっとささやいた。

「コラールさん、申し訳ないがこのことは秘密にしておいてくれ。医者と薬師には患者に対して守秘義務があるからね。これは陛下の他には誰にも教えられないんだ」


 ラウトの体を借りているバランが、現地で貴族の執事連中や王国役人達を見据えた。彼がすると、不思議にラウトの体でも威厳が出る。

「兵器開発するのはいいが、漏らすなと伝えておきなさい。さて、処方だが、どうかな? ジャンビ君」

「もうできたぞ。ガス薬にしたよ。広範囲に効果が出るほうがいいだろうからな、バラン」

 即答するミンヤックに、バランもうなずいた。

「そうだな。空気感染するのであれば、もたもたしている時間はなさそうだし。皆さんも、それでいいかね?」


 貴族の執事が、慌ててモラトゥア国王に連絡を取る。

「あー……国王も了解しました。バランさま」

「よし。では後は任せてくれ」

 そう答えると、バランの憑依が解けた。ばったり芝生の上に倒れるラウト。

 しかし、誰もかまってくれない。皆、我先に貴族の屋敷に向かって逃げていく。



「ん?」

 ラウトが気がつくと、貴族の屋敷の庭で1人になっていた。横に貴族と医局のスタッフたちが寝ている。

「なんだ、どうしたんだ?」

 事態が理解できないラウト。そこへ、冷たい突風が吹き抜けていく。頭がやけに涼しい。

「あ?」

 頭をさすって脳天が禿げていることにショックを受けるラウト。

「あ!」


 さらに空が真っ黒になって雷混じりの豪雨になった。しかも雨じゃなくて、これは……

「細菌用の消毒液? 何で?」

 隣でベッドに寝ていた貴族たちも、しばらくして気がついて、わーわー言いながら屋敷へ駆け込んでいった。治療効果てき面である。


 一方でずぶ濡れのまま、太った貴族たちが屋敷へ走っていくのを見送るラウトであった。消毒液のきつい刺激臭が立ち込め、それを吸い込んで咳き込む。

「な、何が起こったんだ?」

(ラウト君、ご苦労様。無事に治療は終わったよ。その雨が止んだら帰国していいからね)

 念話でバランがラウトの頭の中へ直接呼びかけた。相変わらず、憎らしいほどに落ち着いた声である。

(バラン先生。何が起こったんですか?)


 ラウトが土砂降りの中で詰問するが、バランはあいまいに笑ってはぐらかした。

(では、都で。そうそう、頭の髪はどうするかね? 魔法で強制的に生やしてもいいが、それだと頭皮に負荷がかかって、数日間フケが大量発生するよ。それが嫌なら部分カツラという方法もあるが。私の勧めは部分カツラだね。まあ、都に着くまでに決めてくれたまえ)

 とだけ話して通信が切れてしまった。土砂降りの中で呆然と立ち尽くすラウトである。


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