表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/49

喫茶店で食事

 ミンヤックが喫茶店でバクバクと、大量の黒いカレーをかき込んでいる。その様子を感心した目で見ながら、彼の横でメロンやスイカに似たカット果物を食べるラウトとコラール、セリアだ。

 カレーの具は大きな芋虫のようである。これにいくつかの野菜がサラダとして添えられていて、分量は3人前である。

 客はエルフばかりで数組いるが、食事をとっているのはミンヤックだけだ。


 喫茶店のフロア中央の空間に浮かぶディスプレーに映るニュースで、下り酒の暴動のニュースが流れてきた。

 寺社3派の信者同士で、酒の売り場を巡っての争いが今日も起きているらしい。


 ミンヤックが水をのどに流し込みながら、それを見る。

「不思議に思うんだが、君たちは飲んでも酔わないのに、なぜ、この時ばかりはニュースになるくらいケンカするんだね」

 ラウトも果物をほうばりながら、首をかしげている。

「さあ、私にもさっぱり」


 しかし、ラウトの横に座っているコラールが当然という顔をして座り直した。その隣のセリアはニタニタ笑っている。

「それは、格好の信者獲得の機会だからですよ、ミンヤックさん。地方では都や街と違って、人もまばらですし。下り酒の時とお祭りの時しか、森の奥や川の上流から人が集まってくる機会がないのです」

 赤い色の果物ジュースを飲みながらスラスラと説明する。

「うんうん」と横でうなずくセリアは、淡い草色の果物ジュースを飲んでいた。手元には何かの昆虫をチョコレート煮にしたツマミが置いてある。


 ラウトが納得した。

「あー……そうか。その時の気分で宗派替えする人って結構いますよね。美味しいお酒ができた宗派に鞍替えする人もいるんだ」

 セリアがツマミを1つ口に放りこんで補足した。

「そうね。毎年宗派を変える猛者も結構いるからね。エルフ世界の人口は少ないから、そんな人たちの動向も大きな勢力変化になっちゃうのよ」


 コラールがジュースをもう一口飲んで話を続ける。

「私も調べたんだけど……他の異世界はもっと人口が多くて、人は町に多く住むそうなの。お金を使って、衣食住すべてを買わないといけないらしくて、政府にも定期的にあげないといけない。これは税金というらしいわよ」

「まあ、俺の世界では、そういう仕組みだな」

 ミンヤックが黒カレーを平らげた。


 コラールがうなずく。

「でしょう。私たちの世界では、お金というものがないし、基本的には守護樹が衣食住をすべて保証してくれる。揉め事も森オサとかが解決してしまうでしょ? 政府への税は守護樹が蓄えた電気だし。だから、私たち政府の役人って他の世界からみたら、ほとんど仕事をしていないようなものなんですって」

 ラウトが心外だという顔をして反論した。

「ええー? そうは思えないけど」


 コラールが、またジュースを一口飲んだ。どうやら笑いを堪えるためのようだ。隣のセリアは全くこらえていないのでよく分かる。

「多分、他の異世界と考え方が違うのね。300万年分の蔵書がある王立図書館には私達3名しかいないし、ラウトさんの部署だって3名だけでしょ。他の世界ではこの10倍以上の人たちで仕事をしているらしいのよ」

 ラウトがさらに驚いた顔をした。

「へえ、10倍?」。

 セリアも「へえ」と驚いている。


 コラールが微笑んだ。狙った通りの反応を得て満足したようだ。

「ふふ、びっくりした? 一番驚いたのは警察よ。トリポカラ王国では警官は100名くらいでしょ。だけど、他の異世界ではこれの1000倍で、しかも軍隊というもっと武装した組織が加わって、さらに倍。すごい数よねー」

 そう言って、ジュースを全て飲んでしまった。

 セリアもジュースを飲み干して、首をかしげる。

「へええ、想像できないなぁ。よっぽど揉め事が多いのかな」


 コラールも口をハンカチで拭きながらセリアを見て、同じように首をかしげた。

「私たちの世界では人口が少ないのもあるけど、森オサによる自治機能が桁違いに他の異世界と比べて大きいんだと思うわ」

 ラウトも最後の果物を口に放り込んで、納得しながらうなずいている。

「確かに、森オサは一番偉い人の代名詞にもなるくらいだものね。ある意味、陛下よりも権力が強いんじゃないかな」

「そうねー」

 コラールと、セリアが笑って同意する。

「でも」

 と、くすくす笑いあう3人。

「仕事も十分の一なのかな? だったら楽でいいよね」


 ミンヤックが「フン」と、鼻を鳴らした。同時にコップの水を一気飲みする。

「そんなわけないだろ。ゴーレムや森オサの仕事を代わりにするんだから」



 そこへ(ああ、あなたね。みーつけた)という声が、ラウトとコラールの頭の中に響いた。

「ん?」

 キョロキョロする2人の目の前に、お化粧して、ペロリと舌を出した小さいピンク色のヘビが現れた。驚く2人。

「うわ、ピンクヘビ?」

「お化粧してるわっ」


(かわいいでしょ。使い魔よ。大丈夫、貴方たちにしか見えないから)と、ヘビが頭をクイクイと振る。

 実際、ミンヤックとセリアには見えていないようだ。

「なんだ? ピンク色のヘビ? どこにいる?」

 ミンヤックがキョロキョロし、セリアも、

「え、どこどこ」

 と、キョロキョロしている。


 ただならぬ気配をこのピンク色のヘビから感じて、ラウトが警戒する。

「な、何用ですか」

 コラールも、思わずラウトの腕をつかんだ。


 しかし、ピンクヘビは気楽に舌を出して(ふふ、試供品を送ってくれたでしょ。そのごあいさつよ)とか言った。

 ラウトが意外な顔をする。

「試供品、って、あの?」

 コラールも思い出したようだ。

「精力剤のこと? でもあれって、トロルで試験して効果がなくて」

 それに同意するラウト。

「うん、そうですよ」

 ミンヤックとセリアが、怪訝な顔をしてラウトとコラールのやりとりを見ている。

「ど、どうしたんだ?」


 ヘビは全くそれを無視して(あら、そうなの? ここの王に聞いても作り方を教えてくれないから、直接作った人に聞きにきたのよ。あれ、まだ残っているのかしら)とか言ってきた。国王にも会ったようである。


(このピンクヘビは、どうやら危害を加える気ではなさそうだな)

 ラウトがそう思い、肩の力を抜いた。

 コラールも同じように感じたらしい。ラウトの腕をつかむ力が緩んだのを感じて、ラウトが真面目な顔で答えた。

「いえ。全部試供品として処分してしまいましたよ」


 ヘビはひどくがっかりした様子で(あらー 残念)と、頭をうつむかせてフルフルさせる。(あれね、特定の生物にはすごく効果があったのよ。そうね、もう作る予定はないのかしら)

 ラウトは次第に興味が湧いてきたらしい。少し身を乗り出した格好になる。

「ご期待に添えず申し訳ないのですが……試料を集めるのが大変でして。レマック先生も、もう作るつもりはないようです」


 ミンヤックが首をかしげて、太い腕を組んで眉をしかめた。

「何だ? レマックの試作した精力剤の話か?」

 セリアもキョロキョロしっぱなしである。

「ねえ、コラールう。一体誰と話してるの?」


 ヘビはこれまた無視して(じゃあ、私が作ってもいいかしらね。ちょっと覗かせてね)そう言った、刹那、ヘビの目がキラリと光った。

 2人とも一瞬めまいを感じ、ひどく眠くなってしまった。そのまま、意識がボーッとしてくる。


「え? え?」

 イスの上でフラフラしながら催眠にかかったような2人を見て、ミンヤックとセリアが驚く。

「な、どうしたの? コラール、ラウト君!」


 ヘビがうなずいて(なるほどね、まあ……これなら何とかなるかな。じゃね~)と可愛く尻尾を振った。

 ラウトが眠さをこらえながら、何とか目を開けて訊ねようと努力する。隣でコラールも必死で眠るまいとしている。

「あ、あの。ヘビさん、一体?」

 ヘビは徐々に消えながらウインクして(上級ドラゴンよ。大陸がマントルに沈むくらい大はしゃぎしてるの)と、言い残して姿を消した。


 同時に、ラウトとコラールも限界が来たようだ。そのままテーブルに突っ伏して眠ってしまった。

 ミンヤックとセリアが大慌てで病院の手配をしている。さすがに喫茶店の客たちも異変に気がついたようで、店主やウェイトレスたちと右往左往している。

 そんな状況でもやはり、茶店の外では4人の守護樹が集まって何かザワザワしていた。



 王宮の聖堂の中では、国王が苦笑していた。

 いつもの厳粛な雰囲気ではないので、天井を旋回している風の精霊群もどんな調子で賛歌を歌えば良いのか少し戸惑っている様子である。壁際にはやはり何本かの巨大な守護樹が鎮座していて何かザワザワしている。

「まあ、仕方あるまいよ。あの姉妹にはどんな防御も無意味だ」

 レマックが盲点を突かれたような顔をしている。

「ドラゴンの精力剤ですか……はあ」


 バランとミンヤックも複雑な表情をしている。そのままバランが、ラウトとコラール、セリアに微笑んだ。

「我々の世界には、何ら影響はないよ。安心しなさい」

 国王も鷹揚にうなずいた。

「そういうことだ。別に秘密にすることもあるまい。あの試作品はエルフ世界では、普通のお茶だからな。聞きたい奴には話しても構わんよ」

 ラウトやコラールはじめ全員が深々と頭を下げて、恭順の意を示す。


「それはそうとだな、パタン王国で何かうまいものは食べたか?」

 国王が目をキラキラさせて話を変えた。ミンヤックが固い顔になる。

「いえ……牢屋の中でしたので、これといったものは何も」

「それは残念だったな。余も訪問しておかねばなるまいて」


 ギクと、顔を引きつらせる宰相。彼はなぜか影が薄いというか存在感が希薄である。行政能力は相当高いと評判なのであるが。その彼が口を開いた。

「いけません陛下。これから夏至祭りが本格化してまいります。御成り巡幸はお控えください」

 しかし、国王には効果がなかったようだ。微笑んで宰相を見返す。

「では、夏至祭りの後に行くことにしよう。な、宰相」

「……御意のままに」


 王宮の中庭から通用門にかけては、日差しが強くなって気温も上がってきていた。しかしまだ、散歩をするには適度な時候である。空は晴れ渡って白い綿雲がいくつか浮かんでいる。

 花は盛りを過ぎてきていて、以前のような色の洪水にはなっていなかった。それでも充分に王宮を彩っているが。

 石壁のコケや地衣類も緑の色を強め、鑑賞木の新芽も展開して黄緑色や白緑色の葉を広げ始めていた。

 空には虫と鳥が飛び回り空中戦をし、地面には巨大なムカデや蛇などが我がもの顔で地面を這い回っている。暖かくなってきたので、さらに数と種類が増えたようだ。


 ミンヤックは巨大ムカデを蹴飛ばしながらさっさと先に歩いている。一方のセリアは最後尾にいてラウトとコラールを見てニヤニヤしている。

 そんな磨り減って補修した跡がグラデーションのように縞模様の一部になっている石畳の道を歩みながら、コラールがセリアに気づかれないようにそっとラウトに訊ねた。

「陛下には、よくお会いになるの?」

 頭をかいて照れるラウト。癖のある金髪がさらにくしゃくしゃになる。

「うーん、意外とそうかもね。薬師の部署は問題多いから」


「首にされないようにね」

 コラールがラウトの目をのぞき込むようにして言う。そばかすに強調されたまっすぐな青い瞳には不安の色が見える。心なしか彼女の健康的な赤みのある顔も少々青ざめているように見える。確かに冗談ごとではない。

 ラウトも冷や汗をかいてうなずいた。

「うん。ありがとう、コラールさん。気をつけるよ」


 通用門を出ると、町では夏至祭りの準備が始まっていた。

 あちこちに黄色や赤、青で塗られた太陽を模したオブジェが設置されている。風船や大きめのバルーンも多数、町の上空に浮かんでいて風に吹かれて揺れていて、風の精霊群が大量にまとわりついている。

 両手のひらサイズの巨大スズメバチが風船に噛みつこうと体当たり気味に飛んできたが、精霊魔法に弾かれてしまい、風の精霊に取り込まれてキリキリ舞させられていた。


 家や商店の軒先には、色とりどりの横断幕や旗が次々にかけられて風にひるがえっている。集合住宅を丸ごと飲み込んでいる大樹の林にもクリスマスツリーの飾りつけのようなものが大量に施されて、光の精霊を迎えるガラスの皿やビンも色つきのものに新調されていた。

 早速、光の精霊たちが住み心地を確認しにやってきている。


 それぞれの集合住宅の玄関前では、夏至祭りに食べる食事の準備が始まっていた。今は虫や野菜を酒や醤油のような色の発酵液に漬け込む作業中の家が多く見受けられる。パンやケーキの生地を発酵させたり、それを日に当てて表面を乾燥させているところもある。


 エルフの子供たちが数十人ほど路地裏から駆け出してきた。ラウトとコラールのまわりを何周か回って2人を冷やかし、別の巨大な樹木に抱え込まれている路地裏に駆け入っていった。

 巨大な甲虫やアリが子供らに容赦なく蹴飛ばされて、サッカーボールのように飛んでいく。学校はまだ授業中なので抜け出してきたのだろう。アバンの賛美歌のような歌も聞こえてくる。


 ミンヤックが嬉しそうに肩をグルンと回した。

「下り酒の次は夏至祭り。その後は南半球の国から下ってくる酒祭り。酒飲みにはたまらない国だな」

 ラウトとコラールが、すぐに突っ込みを入れる。

「だから、酔うのはあなただけです」

 セリアも興味津々の顔になって、ミンヤックを見る。

「へえ、酔うんだあ。変なの」

「うるせえよ。お前らエルフが異常なんだよ」

 ミンヤックは少し赤面して、太い腕をブンブン振りまわしている。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ