薬師のお仕事
次の日から、やはり相変わらずの調剤作業の毎日になった。
異臭と様々な色の蒸気がたなびく薬師の部屋では、数体のゴーレムが作業をしている。今は、電磁調理鍋で煮ている薬液から生じるアクをすくっていたり、煮上がった鍋の中身をこし器に移して薬液をろ過する工程だ。
エルフ世界では、基本的に火を使わずに電磁調理の手法を採用している。そのため、この工程では薬の材料となる生薬から目的に応じた薬効成分を抽出しやすくするために、色々な前処理を施している。
例えば、部屋の中で金属製や石製の鍋を使って生薬を炒めているゴーレムがいるが、生薬だけをそのまま炒める場合と、生薬に土の精霊の影響力を付与させるために土や砂、小石、泥などを混ぜて炒める場合がある。
森林の精霊の影響力を付与させたい場合には、樹皮や根、葉などと一緒に炒めたりもする。
また、水の精霊の影響を強くさせるために、酒や酢、塩水に油、蜂蜜のようなものを添加して炒めたりもする。
さらには炒める程度によっても結果が異なるので、軽く熱を通すだけから真っ黒に炭化するくらいまで実に多くの段階がある。
こうなってくると料理技法に似通ってくる。この前処理によって有害成分を無効化させたり、反対に必要な成分を強化させたりもするのである。
他には、別のゴーレムがやっているように生薬を鍋で煮込んだり蒸し上げたりする前処理もある。この場合も単なる水で煮たり蒸したりする場合の他に、酒や薬草セットを使ったり、酸やアルカリを強めた液を使うことも多い。この鍋は石灰を加えているのでアルカリによる煮込みになる。
薬草セットも薬草だけを使う他に、種子だけのセットや鉱物だけのセットもあり多様である。
さらには微生物による発酵処理を行ったり、電子レンジのように多様な波長の電磁波を使う前処理もある。
一方で、遠心分離のように純粋に物理的に分離させる前処理もあるので、なかなか大変な仕事だったりするのである。
すっかりゴーレムの土のボディも薬液の蒸気が浸み込んで変色し、かなり香ばしくなっている。
ミンヤックとラウトも作業着姿で各種薬草や鉱石などを調合してミキサーにかけて粉砕する作業をしているが、彼らもすでに相当香ばしくなっていた。
遠心分離機がうなりを上げて稼動している横では、クリスタル製の透明容器に入っている様々な色合いの液体が反応を続けていて、泡を盛んに発生させている。
薬用のキャリアである処理済の粉末でできた多孔質微粒子を、ゴーレムが薬液に入れて撹拌している。電子レンジが鳴って、ゴーレムが反応中の生薬混合物を取り出す。
風の精霊は部屋じゅうを飛び回って試薬を運んだり、反応電磁炉周辺の空気組成を変えたりしている。水の精霊も各溶液の中で動いて反応を調節していたり、大量の洗い物を一手に引き受けている。光の精霊は、反応に必要な波長の光を照射したり、有害な波長の光を除外したりしている。
簡単にまとめると『大忙し』である。
「むう。この竹のコブ、どうも採取時期が悪かったようだな。こっちのナナフシの卵鞘も採取時間が悪いな。ラウトよ、これらの在庫を確認してくれ。他にも質が悪いものがあったら更新しないといかん」
ミンヤックがフンフンと鼻を鳴らして不満を口にする。
ラウトが早速、空中ディスプレーを出して確認した。
「ああ……そうですね、先生。採取したゴーレムのプログラムがうまく更新されていなかったのでしょうね。ええと、このゴーレムはプルニア海国の所有ですか。では早速、クレームを送っておきます」
ミンヤックが仕事の手を休めないままうなずく。
「おう、そうしてくれ。エルフの薬は、生薬の薬効成分が少し異なるだけで効き目がなくなったりしかねない繊細なものだからな。バランのような達人になれば、まだバランスをとった処方が出せるんだが……オレのような者には無理だ」
風の精霊がぼんやりと輝きながら薬師の部屋に入ってきて、ラウトの頭の上を旋回し始めた。医局から送られてきた注文を運んできている。
風に飛ばされないように秤の上の薬剤を簡易結界を張って守り、精霊が運んできた情報を確認するラウト。
草書体のひらがなのようなエルフ文字と数字が羅列している添付資料を読み終わって、ラウトが首をかしげた。すぐにミンヤックに知らせる。
「先生。これ、何か変じゃないですか」
ミンヤックもデータに目を通して顔をしかめた。もうそれだけで悪人顔になっている。
「ん? そうだな。全ての薬剤の濃度が二桁大きいな。これじゃ、オーガでもひっくり返って泡を吹くぞ。バランに聞いてみるか」
そう言って通信器に向かう。ミンヤックは精霊魔法を使えないので、首にかけているネックレスを取り出して、それを使って通信機を起動させている。きちんとラウトが修理をしてくれたので、誤作動はしなくなっていた。
「おい、バラン。お前らしくないミスだな」
しかし、バランからは要領が得ない返答しか帰ってこない。
イライラしだしたミンヤックが、通話機を派手に切ってラウトを呼んだ。通話機から火花が飛んだが大丈夫だろう。
「これじゃ、ラチがあかないな。一緒に病院へ行くぞ」
病院にはミンヤックもラウトも何度も世話になっているのだが、仕事で入るのは初めてである。待合室にいるのは、ほとんどが魔法使いの異世界の住人であった。
さすがにエルフと違って様々に意匠を凝らした、向こうの世界での流行の服装をしていて見た目が派手である。指輪や腕時計も目立つし、何よりも美容師の手によるダイナミックな髪型が数多く見られて、人の顔はこんなに装飾できるのかと改めて驚かされる。もちろん化粧や指の爪のデコレーションもばっちり決めている。
入院服もエルフと違ってボディスーツのような姿でスタイリッシュだ。
精霊が絡む病気や体調不良は、さすがの魔法使いでも対処できないことが多い。そのため、こうしてわざわざ鎖国状態のエルフ世界までやってきて治療を受けているのである。
この他には、出稼ぎや商用で訪問しているドワーフやオーガ、ゴブリンにトロルの姿が多い。
彼らにとってエルフ世界は精霊場がかなり強いので、特に精神面で不調をきたすことが多いそうである。農園で時々暴れるオーガの出稼ぎも、そういった要因が影響しているのだろう。ミンヤックもキレるとやっかいであるのは、これまでの話の通りである。
一方でエルフの患者は数えるほどしかいない。
彼らエルフには守護樹がついているので、ほとんどの場合は守護樹からの働きかけで治癒してしまう。そういう背景があるため、このような病院へ世話になるような事態まで悪化することはあまりない。
ミンヤックら医局の役人が時々、森に住むエルフたちの診療をするが……これも病気の診断止まりな事が多く、栄養剤の注射程度で終わる場合が多い。
そこから先の治療は、病名と症状を把握した土地の森オサたちが患者の守護樹に働きかけて、より適した治療方法を守護樹に行わせる事になる。
病院へ来るのは守護樹でもお手上げな症例の場合であるので、必然的に病院の待合室にはエルフの姿があまり見られないのである。
そんなちょっとした外国のような風景の中、ラウトが杖でバラン上司がいる部屋をサーチして、そこへ向かう。
そして、入院している患者名を見て納得した。
ミンヤックが居合わせたバランに文句を言う。患者はさらに奥のベッドに寝ているのか、部屋の入り口からでは姿は見えなかった。
「なんだ、エルフの名前じゃないな。外人かよ。それならそうと言えよな」
「外人とか通信記録に残るだろ、ジャンビ君。そういった差別用語に敏感な連中もいるんだよ」
どうやら、やんごとなき理由らしい。
「ふうん、で、どこから来たんだ」
面倒臭そうに、耳穴をほじってミンヤックがバランに聞く。バランは薬師部へ来る時の服装とは違って、中級役人の制服の上にパリッとした白衣をまとっている。足元は草で編んだサンダルだが。
「ああ。とある異世界のトロル王国の貴族だ。出稼ぎ達の元締めさんだよ。美食のしすぎでね」
驚くミンヤック。
「トロルでも成人病になるのかよ!」
苦笑するバラン。自分の口元に指を当てて、声を抑えるように促す。
「静かに頼むよ。まあ……美食の程度が違うとね。さあ、もういいだろう」
そう言われてバランに強引に部屋から連れ出され、一緒に病院内を歩くことになった。さすがに医局のチームリーダーである、バランに全ての医療スタッフが挨拶をしていく。
さすがにいちいち挨拶を返すのは大変なのだろう、バランは微笑んだままでうなずくだけだ。
それを見ながらミンヤックが「ふん」と鼻を鳴らした。
「しかし、あの調合割合と濃度だと、トロルでも効き過ぎてひっくり返るぞ。いいのかそれで」
バランが微笑みながらかぶりをふった。
「いや、あれはトロルの処方じゃないよ。別の患者さんのだよ」
「じゃあ、あれで間違いじゃないんだな? それで調製するぞ」
バランが微笑みながらうなずいた。
「うん、頼むよ。そういえば、このところの騒ぎで、バワベルシアール医師と険悪になってしまってね。ジャンビ君もあまり彼を刺激しないでくれると助かるよ」
「ふん。まあ、オレも強制帰国から戻ったばかりだからな。しばらくは大人しくしとくよ」
医者の間でも、色々あるようである。
別の部屋では頭に立派な巻き角を一対生やした背の高い男が、お灸と電磁針治療を受けているのが見えた。
ミンヤックが、また大声をあげて驚く。痛い顔をするバラン。
「ありゃ、魔神じゃないか!」
ラウトも今度は驚きを隠しきれないようだ。
「え、魔神って」
ラウトがバランの顔と、ミンヤックの顔とを交互に見上げる。
それを横目で見て、ミンヤックがラウトに少々興奮気味の声で説明した。
「おう、あの最強3姉妹の統べる世界だよ。魔法診療だったら向こうの方が進んでいるはずなんだがな」
バランが苦笑する。
「まあ、そうだけどね。政治的に色々あるそうなんだ」
「要は、3姉妹に嫌われたのかよ」
バランが肩をすくめる。
「……そんなところだな。さ、君たちも仕事に戻ってくれないか。私はこれから巡回往診でね」
薬師部に戻って仕事を再開する2人。アバンのポップな声でディスプレーからロックが流れている。
めまいを主症状とする脳と神経の病気の治療用に使う、真珠丸と安胃湯、大蕾散の粉薬を調合する。併せて、吸引処方にするための薬剤キャリアの微粒子粉末を作成していく。
今もその作業中だが、ミンヤックがラウトに聞かれてもいないのに説明を始めた。
「薬師部が精力剤なんかを製造して、他の世界へ輸出して儲けているのと同様に、医局部でも他の世界から患者を受け入れて治療して儲けているんだよ。といっても、このエルフ世界は貨幣経済じゃないからな。金儲けとは違うな。物々交換のレート上げってところか」
生薬から油で抽出したばかりのドロリとした液体の薬をビンに注ぎながら、ラウトがその話を聞いている。
「ですが、あの坊様のいる転送ゲート経由ではないようですね」
ミンヤックが電子秤に大蕾散の黒い粉薬を乗せて重さをはかりながら、鷹揚にうなずいた。風の精霊が使えないので機器を使っている。ラウトの方も手一杯なので仕方がない。
「ああ。あのゲートを使うと世界中に情報が伝わるからな。秘密にしたい連中にとっては、別のゲートを使いたがるんだよ」
「へえ、そうなんですか」
ラウトがガラス戸棚から乳鉢を取り出す。ミンヤックが粉薬を調整し終わった。
「さあ、できたぞ。次はなんだい」
ラウトが空中の掲示板を確認した。
「あ、はい。これですね。ん? 八足サラマンダー肝灸……お灸ですね」
ミンヤックが笑った。
「ああ、さっきの魔神さんに使っていた灸だよ。どうやら相当強力な炎熱系の魔法打撃攻撃を受けたらしいな。あちらさんのケンカは派手なんだろうな。何せ魔神対魔神のケンカだ。これは火炎呪文が乗った打撲のダメージを、このお灸で吸い上げるんだよ。多分、自宅療養で十分だとバランが判断したんだろう」
ラウトが感心する。
「へえ、なるほど。強力な魔法が使えると、ケンカの治療も大変なんですね」
ミンヤックが「フン」と鼻を鳴らした。
「まぁ、この薬剤は、このエルフ世界でしか入手できない貴重なものだから、目が飛び出るほど治療代は高いだろうけどな。魔神も金欠だろうよ。金じゃないから魔力欠か」
ラウトが笑って、薬剤調合用に着ているエプロンを壁にかけた。癖のきつい金髪の中からポロポロと何かが床に落ちる。調合で使った粉末が髪にこびりついていたのだろう。風の精霊は空調の仕事を適当にさぼっているようだ。
「はい。では倉庫に行って取ってきます、先生」
ミンヤックが八足サラマンダーの半生状態の肝をはかりにかけながら、うなずいた。なんとなく、安いフォアグラに似ている。
「うん、これが済んだら食事休憩にしよう」




