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熱帯の巨大な森の中で

 翌日の朝。現地に到着したが、さすがにこの灼熱の熱帯雨林地域には住民がいなかった。数体のゴーレムだけが、黙々と畑仕事をしているのが見える。

 飛行艇から降りると、たちまちラウトの全身から汗が噴き出した。シャツがあっという間に汗で湿っていく。

「なるほど……これだけ蒸し暑いと、誰も住まないよね」


 杖を取り出して接続を試みるが、信号が非常に弱い。

「ううむ……都からの信号も距離が遠すぎて十分に伝わらないのか。確かに北テライ密林は僻地だよ」


 その通り、赤道直下といっていい場所で100%近い湿度と37度の高温が早朝から続いている。樹木園の施設も小さく川幅も狭い。

 川に浮かぶ施設を取り囲む緑の巨木群の壁は、高さが60メートル以上にも達している。このせいで全く風が吹かず、見上げると空が狭く感じ、室内にいるようだ。

 しかし、樹木園に備え付けられている光の精霊による照明装置のおかげで、苗木や材木用の樹木の生育には支障は出ていないようである。光の精霊はここでも時間労働の契約なようで、定期的に入れ替わっていた。


 その狭い上空には衛星が浮かんでいるのが見えるが、どうやら掃除がされていないようだ。ラウトがため息をこぼした。

「あれも、掃除しなくちゃなあ。ただでさえ信号が弱いからねえ」


 早速、作業ゴーレムに指令書を食べさせる。と、草刈、木の伐採と皮むき、製材と、枝打ち管理、施肥、病気治療、貯木場への運搬と乾燥熟成管理の作業が始まった。

 エルフは一般に樹木の伐採や加工を嫌うが、こうして樹木園で育てられる製材用やパルプ用の樹木については何も言わない。家畜のようなイメージなのだろうか。

 ちなみに、先日ラウトとコラールがワインを飲んでいた木製のジョッキは、こういった材木用の樹木から作られている。


 その一連の作業を確認して、守護樹に乗って上昇し、衛星の掃除を始めるラウト。

「うーん……一体何年掃除していなかったんだ、これは」

 相当汚れていて、厚く堆積した埃から草木が生え始めている。


 それでも何とか掃除が済むと、衛星からの光が施設によく照射されるようになった。それでも杖が受信できる信号の強度にはあまり変化がないが。汗をふいて、とりあえず安堵するラウト。


 改めて衛星の浮いている上空から見ると、すさまじい密林である。かなた赤道直下の海まで緑の魔境になっているのが一望できる。

(確か、歴史では元は巨大な大陸だったけど、赤道循環海流の流れを妨げるということで、魔法使いや巨人達が3つに分断したんだよね。すごい工事だったんだろうな)

 この場所は人間世界でいうとアフリカ大陸に相当する。エルフ世界では3分割されている。


 掃除を終えて下へ降りた。次の生薬の採集作業を始めるために、岸から高く聳え立つ大森林へ入ろうと試みる。

 しかし、ものすごい密林なので守護樹と共に岸辺から入ることができる隙間が見当たらない。とりあえず飛行艇の上で風の精霊魔法を発動し、リストの植物や鉱物の名前を読み上げてみる。


 たちまち精霊が密林の中に飛んでいって、その場所を指し示していった。

 泥の中、高木の枝に寄生している植物、根に寄生しているキノコと菌糸塊。レマック先生のリストにある通りなので、感心するラウト。

「……で、何より、虫ですか」


 ラウトは浮遊魔法が得意ではないので、飛行艇に備え付けの絨毯に乗って森の中へ、ヨロヨロと入っていく。森の中は枝や葉にツタがびっしりと茂っているので、両手でそれらをかき分けていくしかない。

 しかし、岸辺から奥へ入るにつれて、日光が届かなくなって暗くなっていく。同時に下生えの数も徐々に減少して移動しやすくなってきた。

 そしてリストに載っている、巨大なトンボ、蝶、ハチ、アリ、クモを探索していく。発見したら弱い雷撃魔法を放って気絶させる。そうしてから風の精霊を使って捕獲し、説明書を読み上げながら携帯結界ビンに入れる作業を繰り返した。


「ん?」

 森の奥から、50センチ以上はあろうかという巨大アリの大群がこちらへやって来ている。目が合ってしまった。たちまち巨大アリがスクランブル発進をかけてきた。

「あわわ。森アリか!」


 絨毯に乗って、そそくさと逃げ出すラウト。この森アリは、独自の精霊魔法を使うためにエルフがかける魔法があまり通用しないのである。つまり逃げてくれない。

 巨大アリと同じスピードしか出ない絨毯で、ヨロヨロと木々にぶつかりながら川面に逃れる。


 ほっとした瞬間、水中から3メートルはある巨大な魚が躍りだして、ラウトに噛みついてきた。

 防御障壁が噛み壊されて、あっという間に魚の鋭い牙がラウトの足に食い込む。絨毯の持つ浮力がこの巨大魚の体重をも余裕で支えてくれたので、川に引きずりこまれることにはならなかった。

 慌ててレーザー光魔法で魚のアゴを切断して撃退するが、くらっとめまいがする。この魚も独自の精霊魔法を使う種類だったようだ。


 すぐに密林を抜け出して樹木園に戻り、守護樹を介して調べてみると毒を食らったことが分かった。激痛とショックで顔が蒼白になる。

「これは早く帰らないと」

 自分の足に仮死魔法をかけて、連絡して戻ることになった。守護樹の根元に足を突っ込んで船に乗り、ゴーレムに帰還プログラムを実行させる。そのまま、熱っぽくなって守護樹にもたれかかるラウト。

「あー……2日間もガマンできるかなぁ」



 目が覚めた時は、病室のベッドに寝かされていた。

「やあ、起きたかい」

 ラウトの顔をのぞき込んで、バランが褒める。

「いい応急処置だったよ。かなり強力な毒だったけど、仮死魔法が効いていたから後遺症は出ないよ。レマックには厳しく言ったから、今日は家で休んでいなさい。明日から出勤していいからね。ほらほら、早く仕度しなさい」

 そう言って、速攻で退院させられてしまった。ある酒蔵が仕込んだ新酒が腐敗していたために急患が多く入ったようで、ベッドが足りないそうだ。


 喫茶店でラウトがコラールにグチをこぼす。

「本当に、みんな人使いが荒いよ」

 驚いた表情をするコラール。仕事の休憩時間なので司書の制服姿である。

「まぁ、そんなことになっていたの? 全然知らなかった」

「ニュースにも出ていなかった?」

「いいえ」

 首を振るコラール。


 しばらく2人の間に静寂が流れた。その後ろではアバンの演歌が流れている。なぜかスパニッシュギターが伴奏している。

 3秒後、ラウトがテーブルに突っ伏した。

「確かにこれじゃ、新人が逃げ出すのが分かるよ」

 そこへミンヤックがやってきた。

「おう、大変だったな。体はもういいんだろ、じゃ明日な」

 ガハハと笑って去っていく。


 それを見送ってコラールがまじまじとラウトの顔を見た。すらりと通った鼻の上にちらばるソバカスの上の青い目が、心配そうな色を宿している。

「ラウトさん、人扱いされていないんじゃ?」

「そうかも。それじゃ、疲れているからこれで帰るよ。ごきげんよう、またねコラールさん」

「うん……お大事にね」


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