お祭りが終わって
翌日。下り酒の配達競争で、今年もまた30隻余りの船が危険な航路を進んで座礁したというニュースが流れている。
救出作業は今夜一杯かかる模様だそうで、座礁した船の数も今後確認するにつれて増えていくだろうと伝えている。それに関連して、水上警察のブラカンがインタビューに答えているのが映っていた。
ラウトが家でそれを見ていると、横で父が悪態をついた。
「毎年これだよ。ああ、今日は徹夜で衛星から船の異常航行を監視する羽目になるだろうな、ごめんよパナス」そう言って早速の呼び出しを受けて、食事もそこそこにして出勤していった。
母のパナスも、仕方がないと肩をすくめる。
「いいのよスカリ。多分、私も酔っ払って森で遭難している出稼ぎの捜索要請が来ていると思うから、同じく徹夜になるかも。異常行動する者はすぐに検知されるけど、それを確認しないといけないのよ。だからラウトにナンティ、今日は外食してきてね」
そう言ってこれまた足早に出勤していった。
姉のナンティは落ち着いたもので、悠々と朝食を食べている。
「ふふん、私は平常業務よ」
ラウトはぼんやりと考えながら朝食を食べていた。昨日、屋台で買った青カビチーズをパンにたっぷりと塗りつける。さらに白カビチーズをスープに入れてかき混ぜて溶かす。何のスープなのかは分からない。
「そうか……今日は外食か。どうしようかな」
薬師部ではミンヤックが出勤していたが、やはり二日酔いでくたばっていた。それを見てラウトがあきれる。
「だから言ったでしょ。ミンヤック先生」
「うるせー、騒ぐなー。頭に響くだろうが」
当然仕事にならない。顔を出してきたレマック薬師もあきれる。
「何しに帰ってきたんだ、オイ。ミンヤック」
「うるせー」
レマックもラウトと並んで、ミンヤックがのた打ち回る様を眺めていたが……何か思いついたようだ。
「今日から君はミンヤックの助手に戻るはずだったから、何も考えていなかったな。ん、ちょっと待てよ」
ゴソゴソ資料を探し出したので、ラウトが慌てて逃げ出した。
仕事はたくさんあるので、薬草園に出て施肥や水やりをしていると、今度はスミング農園長が来た。ニコニコしている。
「ラウト君。今日はヒマだそうだね」
「すごく早くて優秀な情報網ですね。スミング農園長さま」
「カンプンから聞いてね。ちょっと手伝ってくれないか、人手が足らなくてね」
半ば強引に農園長に連れ去られていくラウトであった。
農園では、空いた酒樽の洗浄と乾燥保管、シェリーやポルトなど別の酒製造で使うための樽の選別、樽の補修の有無と程度、補修材料の調達、廃棄処分する樽の数と新樽の需要見込みの概算……などなどの工程表の作成と進行チェックを手伝うことになってしまった。
既にカンプンがヒーヒー言いながら作業をしている。
「お前も道連れだぁ、ラウトお」
オーガが樽の修理を始めた頃に昼食休憩となった。農場長からお礼がてら、秘蔵の酒を少し分けてもらう。
「プルニア海国の24年前の当たり年だった柿酒を、ここで20年間海底熟成させたやつだよ。そろそろピークに達してきているから、うまいぞ」
小瓶に入れた酒をラウトに渡しながら、スミングが笑った。樽で海底熟成して、それを小瓶に小分けしたのだろう。小瓶自体は汚れもフジツボなどの付着もなくてきれいである。
「さすがに農園長さんは、珍しい酒を持っていますね。ありがとうございます」
感心するラウト。この辺り、農園長の人使いがレマック薬師よりも1枚上手だと感じる。酒で買収、といってしまうと実も蓋もないが。
それでも、浮き浮きした顔でラウトがその小瓶を受け取った。その足で大衆食堂へ向かう。
そこでコラールとその友人セリアとで昼食を共にしながら、その酒を小さなグラス3つに分けて注いで一緒に飲んでみる事になった。
「ほう」と、セリアが一口飲んで感心した。
「思いのほか良い酒ね。柿なんてここじゃ滅多に見かけないけど、おいしいのね」
ラウトも口に含んで、満足そうにうなずく。
「……うん。樹液の香りも加えているんだね。複雑な醸造製法なのかも。2段仕込みかなあ」
コラールが笑って、ラウトを見つめた。
「ラウトさんてば。そんな分析では、このお酒の良さが伝わりにくいわよ」
そうたしなめてから、香りをかいで酒を飲むコラール。
「渋みが深く沈んで、果実味が消えて、東洋の腐養土の香りとサラ茸の香りが複雑に絡み合っているわね。系統は違うけど、西セティバン湿地帯の30年熟成の赤ベリーワインに感覚が近いかな?」
セリアとラウトが目配せして苦笑した。
ラウトが残りの柿酒を飲みながら、話を変える。
「今晩は家族が徹夜らしくて、外食することになるんだよ」
コラールが2口目を飲みながら微笑んだ。
「それは大変ね。私の両親も教師や塾講師だから、試験期間に入ったら似たようなことになるわ。そうね。だったら、今晩は私の家に来ない?」
友人のセリアも、その案を薦める。
「コラールの家の料理、おいしいのよ」
「へえ……都合がつくんだったら伺おうかな」
ラウトも興味を引かれ、コラールと食事の約束をした。アバンがバラードを歌っているのが流れている。
喫茶店の外では、多くの守護樹が集まって何かザワザワやっていた。
昼休みが終わって農園に戻ると、スミングが困った顔をしていた。嫌な予感がするラウト。
「新樽の発注状況が分かってきたよ。海中で熟成させているウイスキー12樽が、去年の嵐で破損しているとの報告が入ってね。これに加えて、先日の下り酒競争で座礁した船の103樽が壊れて使い物にならないそうだ。報告次第ではまだ数は増えると思う」
「それって、いつもの年よりも多いのですか」
ラウトが聞くと、スミングの顔色が少し変わった。
「いや、そうではないんだが……」
言葉が濁っている。
「?」
スミングが苦笑して、説明を始めた。
「運搬用や、次に仕込むための樽材は、いつも使っている樹木園でいいんだ。しかし、ウイスキー熟成は木材の質に敏感でね。別の樹木園に行って取り寄せる必要がある」
嫌な予感がするラウト。とりあえず聞いてみる。
「どこですか、そこは」
「あー、熱帯だ」
「やっぱり」
がっくりするラウト。
「頼めないかね」
「嫌ですよ、私。今晩は食事の約束があるんです」
その横でカンプンがむくれた顔をした。
「えええー……では、私がするんですか? いつもの樹木園に行ってからだと遅れますよ」
スミングが困った顔で腕組みをした。
「そうだよねー。行くまでに2日ほどかかる場所だし」
ラウトが眉をひそめる。
「なおさら嫌ですよ。明日からミンヤック先生の助手の仕事が……」
その時、ドカーンと大きな音がしてオーガたちがまた暴れだした。「酒出せー」と大騒ぎしている。
見ると、オーガ用に仕込んであった酒樽が10も空になっていた。明らかに飲みすぎである。顔を真っ赤にしてろれつの回らない怒声を轟かせて、駄々っ子のように暴れる様は完全に酒乱のそれだ。
ミンヤックが以前話したように、オーガは飲みすぎると暴れるというのは本当であった。
農園長が勝手に決定する。
「ミンヤックには私から説明しておくから。ラウト君、頼んだよ」
そう言い残して、対処にカンプンと共に駆け出していった。このままでは確実に薬草園に被害が出そうである。
「えー、そんなー……」
泣く泣くコラールに説明するラウト。コラールも残念な表情をして、事情を了解した。
「オーガのことは、さっきニュースで流れたわ。結構大変な騒ぎみたいよ」
「うう……樽の注文が増えそうだな」
頭をかくラウト。
「そうね」
コラールも同意する。
映像ではオーガたちが樽を次々に壊して「酒えええ酒えええ」と大騒ぎしている場面が映っている。
ラウトがそれを見て深いため息をつき、コラールに謝った。
「ごめんね、コラールさん。誘っておいて」
「いいのよ。仕方がないわ」
その後で、急な仕事が入ったので家にも帰れないと、ラウトが姉にも連絡するとゲラゲラ笑われてしまった。
それからしばらくして。
空中ディスプレーに、激怒したミンヤックの顔が大写しにされて現れた。
「あ? 何でお前がそこにいる!」
「何でと言われましても」
と、ラウト。ディスプレーの中で怒っているミンヤックの隣にいるスミングの顔に、青タンがいくつか確認できた。
ラウトは既に旅の空の上で、南の樹木園に向かってボロ船で飛行中だった。今はドロドロした弁当を食べていたところである。そのボロ船の後ろには、ゴーレムのパイロットとラウトの守護樹が鎮座している。
ミンヤックが再び怒鳴った。
「今すぐ戻ってこい、バカ者!」
ラウトが悲鳴をあげた。
「そんな。もうプログラム飛行中なんですよ」
ディスプレーの画面の奥のほうに現れたレマックもあきれていて、ミンヤックに説明し始めた。
「だな。今さら遠隔操作でプログラム変更するのは面倒だな。そのまま飛んだほうがいいよ」
「なんだとコラ」
ミンヤックが、今度はレマックに食ってかかっている。しかし、慣れたことのようにレマックが首を振った。
「プログラム入力ミスもこの距離では起こりやすい。海に落ちてもいいなら、やっても構わんが」
さすがにそう言われると、魔法に疎いミンヤックにも事の難しさが分かったようだ。
「むう……覚えておれよ、スミング。おい、助手のカンプンを貸せ」
今度はスミングに食ってかかっている。狼狽するスミングの青タンが痛々しい。
「ちょっと待ってくれよ、ジャンビ。まだオーガ騒動の後始末が残って……」
「うがー!」
再び暴れだすミンヤック。画像が乱れていく。
それを傍観しながら、レマックがラウトに告げた。
「そんな訳だ、ラウト君。予定通り仕事して帰って来なさい。それと、ついでにだが」
と、生薬リストを転送する。
「こいつも、ついでに森から採集してきてくれ」
「えええ……」




