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下り酒

 うららかな日差しの日が多くなり、水もぬるんで過ごしやすい気候になっていた。日向にいると、直射日光の下では汗ばむほどに暖かい。


 それを待っていたかのように、下り酒の発送準備が始まった。薬師部にも酒の匂いが漂ってくる。

 その甘い香りに引き寄せられて、都が浮かぶ淡水のジャムナ内海南岸を覆う分厚い森の中から大量の虫や鳥が飛来してきていた。都の上空がその大群のせいで黒く染まるほどになっている。


 しかし、さすがにこれほど大量の虫や鳥が殺到すると、都の住民生活に支障が生じるようだ。都の上空や建物の周りには、虫除けや鳥除けの精霊魔法の防御障壁がかけられていた。その魔法を発信するためのアンテナが、都のあちこちに立てられているのが見える。

 それでも完全に追い払うような強力な防御障壁ではないので、結構な数の虫や鳥が都の中を飛び回っている。普段よりも2倍ほど多いというところだろうか。


 イスほどの大きさがあるカエルや亀に、体長10メートルに達するようなワニやオオトカゲなども、酒の匂いに引き寄せられて都の岸辺に集合していた。今は日光浴をしている。彼らもエルフには逆らわないので大人しいのだが、異世界からの出稼ぎ連中にとっては脅威以外の何物でもない。


 一方、いつものように日光浴をしている守護樹たちもザワザワとなにかやっている。

 花壇や道端に目を向けると、ぎっしりと植えられている鑑賞花がその花を咲かせ始めていた。チューリップを小さくして華奢にしたような花や、アブラナの花だけを巨大にしたような花、3色スミレのようだが花びらの数が10倍はあろうかという花、サルビアに似ているが花の向きが逆に天を向いていてラッパのように威勢がよい花などなど、種類は100を超えるだろう。

 これに鑑賞木の鮮やかな新芽や花が加わり、色の洪水のようになっている。つい半月前までとは見違えるような花だらけの都である。


 花見をしに、周辺の森の中からも大勢のエルフが自身の守護樹に乗って大河を渡り、都まで大挙してやってきていた。人口も普段の3、4倍にはなっているだろうか。むろん、森のエルフは市販の服を着ていないので、何かの仮装大会かと言われても違和感のない群集になっている。



 農園も大忙しのようだ。カンプンが半ば強引にラウトと同僚のテランを農園に引っ張り込んで、発送伝票の作成などをさせている。医局もこの時期は新規受診を減らすことにしているので、何とかラウトとテランも薬師の助手と農園の酒出荷の手伝いを両立させていた。

 もちろん短期の農園現業職員の募集をかけてはいるのだが、今年も誰1人として応募がなかったので、仕方がない措置である。

 出稼ぎを増員することはエルフ世界の鎖国政策に抵触するので、これも例年と同じく無視されている。ゴーレムだけは何体か増えたが、これは単純作業しかできない。そのため増やしても効果はあまり上がらない。


「今年はオーガ騒ぎで1樽丸々飲まれてしまったからな。あれ、いい酒だったんだぞ」

 カンプンが伝票を書きながら、いまだに恨みごとを言っている。

 伝票を書きながら、ラウトが反論した。

「まあ、あれは、ああでもしないと大変なことになっていただろうし、仕方がないだろ。アレ以上暴れていたら、今頃はオーガの出稼ぎは全員強制帰国になってたぞ。人手不足で大変なことになってたはずだよ。酒1樽で済んでよかったと思えよ」


 その出稼ぎオーガは、あの大暴れ以降はマジメに仕事をしてくれている。実際のところ大助かりであった。今もせっせと瓶詰めや箱詰めを行っている。

「さすがに力仕事も平気でこなすなあ」

 伝票を書きながら、顔を上げて感心するテラン。送り先の仕分けも着々と進む。


 その中に、精力剤材料の採集でお世話になった所の住所もあった。箱の隙間にラウトが1本サービスで入れる。

 効果のない試作品だったが、味はよいので普通のお茶として飲んで下さい……と、その旨を書いて添えておく。


 その奥では、パタン王国向けで50人くらい人が入りそうな大きさのコンテナにも、オーガ達によって酒樽の積み込みが進んでいた。

 カンプンがラウトにまた不平を垂れる。

「お前たちがパタン王国の国境警備隊と大騒ぎしてくれたから、いつもよりも多く割安で酒を送る羽目になったんだよ。これ以上ミンヤック薬師を暴れさせるなよ、ラウト」

「それができれば苦労はないよ」


 テランとラウトがその巨大なコンテナを見上げた。パタン王国も似たような気候なので、今頃は下り酒の準備の最中だろう。2、3の船は地球の裏側のパタン王国まで遠路航海をするという話も聞いている。パタン王国からも船がやってくる予定である。南半球にあるもう2つの王国は季節が逆なので、下り酒は半年後になる。


 一方で3宗派が有している独自の酒蔵も、毎年と同じく下り酒に参加するのが通例だ。そこからも酒の出荷が始まったというニュースが、空中ディスプレーの表示に流れてきた。

 例年通りに良質な酒に仕上がっていると聞き、農園のカンプンも気になる様子である。

「製造量は少ないんだけど、独特の風味があって人気があるんだ。信者はまず買うしな」


 ラウトが作業を続けながらカンプンに聞いた。

「僕やテランは森派だけど、岩派のカンプンとは酒が違うのかい?」

 カンプンも仕事の手を休めずに答える。

「そうだな。オレたち岩派は果実や穀物だけで酒を作ることが多いけど、森派は色々混ぜる傾向があるね。薬草や香草に家畜の乳なんかも発酵させるから、種類は森派の方がはるかに多いかな」

 ラウトがうなずく。

「ああ、そうか。乳酒は岩派では飲まなかったね。確かにブレンド酒が多いかな、森派は」

 カンプンがラウトやテランの顔を横目で見て、にやけた笑いを浮かべた。

「オレは、森派の香草酒も好きだぞ。隠れて飲んでる」


 何とか農園での出荷作業が終わって1時間ほど経った昼前に、第1便群の発送の知らせが来た。

 街中の空中ディスプレーに、都の外れにあるバクタプル港の映像が流れている。アバンが勇ましい歌を延々と熱唱しているのがBGM代わりに聞こえている。


 港では多くの輸送船が出港準備を完了させていた。その数は100隻を超える。そのため酒を積み終えた船は港から離れて、広大なジャムナ内海南岸のあちこちに散らばって停泊している。

 これは輸送船で本来は水の精霊の力だけで航行するように造られているのだが、今回は競争なので臨時の帆も立てている。おかげで見た目は完全に外洋航海用の大型帆船である。

 前方のへさきには2、3本の三角帆が立ち、中央から後方にかけては四角帆が並んでいる。すでに風の精霊魔法をかけてアイドリング中なのだろう、帆には数多くの風の精霊が群れをなしてまとわりついているのが見える。


 水と風2種類の異なる精霊を使役するので、航海士の技量が大きく試されることになる。

 未熟な場合では、2種類の精霊が対立してしまい、推進力を互いに打ち消し合ってしまって全く動けなくなることも起きる。またはあらぬ方向へ推進力が働いて進路が狂って、岸へ乗り上げたり座礁してしまうことも起きる。



 港に設けられた、客席よりも数段高い位置にある貴賓席に銀色の霧が発生し、その中から守護樹とともに国王が来臨した。

 決して派手でも威圧的でもない素朴な衣装だが、帯びている精霊魔法処理が飛びきり上級なので、この上もなく気品に満ちているように見える。


 会場の上空で旋回していた風の精霊がトリポカラ王国賛歌を歌い上げ、港でうごめいている水の精霊群も低音で賛歌を歌い始めた。聖堂で聞くよりもはるかに音域の幅があり、より一層の荘厳さで会場を包み込んだ。

 会場のエルフたちも一斉に頭を下げて国王に恭順と忠誠の意を捧げ、賛歌を精霊と共に歌う。


 エルフたちが歌うことで大気中の精霊場が活性化して、ぼんやりと輝き始めた。すると、都を大量に飛び交っていた虫や鳥の大群も、この精霊場の強さに圧倒されて都の外へ避難していく。

 この大合唱はエルフ以外の出稼ぎや異世界人には堪えるようで、耳を塞いだりしている。通常の歌とは違って精神にも作用するようだ。


 やがて賛歌の1番を歌い終わると、壇上の国王が右手を高く上げ、同時に賛歌が終了した。精霊場も急速に元通りになって鎮まる。ほっとした顔になる異世界人たち。

 壇上の机上にある新酒が注がれた献上品を、国王が1つずつ手に取る。最初に民間酒造会社とスミングが管理する農園による5種類の新酒を次々に飲んで、品評し、祝福した。

「善きかな。我が都から、喜びと共に国の隅々にまで下れ」


 それを合図にして一斉に出航していく船。船から盛大に汽笛が鳴り響き、港方面からも大勢の歓声が上がって聞こえてくる。さすがに水と風の精霊をフル回転させているので、高速艇のようなダッシュだ。

 水上警察のスレイプニル部隊も、100隻を超える船団の高加速の機動を華麗に回避しながらアクロバティックな編隊演技を次々に披露して観客から喝采を浴びている。その人ごみの中で観賞していたラウトとコラールも、一緒になって歓声を上げて楽しんでいた。


 次は3宗派の下り酒の番になる。これも国王が5種類ずつ15杯飲んで品評し、祝福する。そしてこれも一斉に出航していった。

 数は10隻くらいか。再び歓声が沸きあがった。宗派産の酒は製造量が少ないので船も小型であるが、出港していくスピードはほとんど変わらない。


 いくら広大で2つの内海と接続しているジャムナ内海といえども、トリポカラ大陸の隅々にまで行ける訳ではない。ましてやパタン大陸などは大西洋の向こうにある。

 そのため、要所には輸送船を転送できるゲートが設けられているのだが、消費電力が非常に大きいので先着数組しかそれを使用できない。それが、この下り酒を熱狂的なイベントにしている要因でもある。

 実際、長距離を航海している間に積荷の酒が変質したり、樽が破損したりすることが多いのだ。民間の酒造会社にとっては死活問題にも直結してしまう。



 さて、日が沈んで夜になると、都では酒が誰彼問わずに振舞われて新酒が売りに出され、お祭り騒ぎになった。

 往来では国中から集まってきた大道芸人たちが、その芸を披露して歓声を浴びている。露天や行商人も大勢やってきていて、普段は都でも見ることがないような珍しい品々を振り売りしている姿もあった。


 周辺の森から樹皮などをまとったエルフが大勢訪れているので、通りは人だかりがすごいことになっていた。

 守護樹の数も通常の3、4倍になり、あちこちに小さな森ができている。


 役所もこれで今日は終了なので、ラウトとコラールは縁日のような通りの賑わいの中を歩いてデートしていた。服装は全くの普段着であるが。

 エルフである彼らは酒に酔わないので、ジュース感覚で酒を楽しんでいるようだ。今日は喫茶店でも通りにテーブルを張り出していて、そこに何人かが座って酒を飲んでいる。


 夜なのだが光の精霊群が上空や道端にたくさんいるので、暗くて歩きにくくなるようなことはない。どこからか大道芸の演奏に混じって、アバンがサンバ調の軽い歌を歌っているのが聞こえてくる。


 祭りの人ごみの中をラウトと一緒に歩いているコラールが、その様子を眺めながらコメントした。彼女の手にもふたのついた大きな木製ジョッキがある。ジョッキには模様が刻まれているので、見た目は豪華だ。

「でも、これ私たち以外の種族が飲んだら酔ってしまうのよね。先日ミンヤック先生の向こうの自宅にお邪魔したけど、皆で飲んで酩酊して大変なことになっていたわ」

 そのジョッキには赤ワインがたっぷり入っている。エルフでなければ、間違いなく酔っ払う量だ。コラールは両手でそのジョッキを持って、ふたに挿したストローで飲みながら軽い足取りで歩いている。


 ラウトはこれの白ワインを横で飲んでいたが、素直にうなずいた。

「民族分化から300万年もたっているらしいから、かなり変わってしまったのだろうね」


 コラールが星空を見上げて、ミンヤックの世界であるドワーフ世界の風景を思い出した。

「……ええ。ミンヤック先生の世界は巨大な建物ばかりで、地面も星もよく見えなかったわね」

「どちらが良いとは言えないよ。例えばこの酒だって、僕たちのエルフ世界では農地が絶対的に不足しているから、材料を他の世界から輸入しているという話だよ」

 ラウトも一緒になって夜空を見上げる。今日はお祭りで街中が明るいので、いつものような見事な星空は拝めない。

「へえ……そうなんだ」

 コラールが再びジョッキのストローに口をつけた。

「鎖国しているのに、こういったことには寛大なのね」


「おおおおい! そこのベストカップル。ちょっと来いよお」

 呼ばれた方向を見ると、カンプンがスミングと一緒に農園の出稼ぎ連中と飲んでいた。2人が向かうと、スミング農園長がニコニコしながら出迎えてくれた。すぐに、階級別に仕込んだ酒の残りを出してくる。

「今回はご苦労だったね。ほら、樽の残りだが、色々と酒があるぞ。これは陛下が飲んだ酒だ」

「うわ、甘いですね」

「陛下は辛党なんだけどね。しきたりというやつさ。で、これはオーガへの褒美」

「へえ、これはアッサリ風味ですね」


 スミング農園長がラウトとコラールの反応を見て喜んでいる。出稼ぎ連中はいつも飲まされているのだろう、別にこれといった反応はない。


 次に出してきたのは古いラベルの酒だった。早速ラウトたちに味見させる。

「これは良い出来だった12年前の酒だ。熟成されて、良い風味が出ているだろ」

「わあ、ほんとにおいしい」

 歓声を上げるコラール。それを見てご満悦なスミング農園長。

「農場の仕事は大変だけどな、こういった楽しみもあるから続けられるんだよ」

「なるほどー」

 グラスを持って同じ反応を返すラウトとコラールである。


 乾物や漬物中心の肴もつまんで、次に葉巻を吸い始める農園の連中である。ラウトも試しに吸ってみるが……不思議な風味に首をかしげている。それを見てスミングが笑った。

「ははは、これは向き不向きがあるからね」

 横ではカンプンが出稼ぎたちと、この酒にはこの葉巻だ、と皆で回し吸いしている。コラールも吸ってみるが、やっぱり不思議そうな顔をしている。

「というよりも、火を使って良いんですか?」


 質問するコラールに、苦笑するスミング。

「いやいや、特別な日ぐらいいいだろ。ほら、花火も上がるぞ。あれも火薬と火を使っている」

 どーん。バラバラバラと鮮やかな色が空を彩った。スミングがそれを見上げて感心する。

「ノームの特製だ。見事な出来じゃないか」

 カンプンも感激して褒めている。

「火と風がうまい具合に関わっているなあ」

 次々に打ち上げられる花火に見とれる一同。


 そこにミンヤックが登場した。すでに顔は真っ赤で千鳥足である。

「ノームは俺たちと違って土や火の精霊魔法や、ソーサラー魔法などにも精通しているからな。ああいったインテリ芸術には最適だよ。おっ、今年の下り酒か。いいな」

 ラウトやコラールが止める。

「二日酔い明けしたばかりでしょ」

 が、聞かないミンヤックだ。12年ものまで飲もうとして、さすがにスミング農場長と揉め始めた。


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