彼女は街を出る
彼女は駅の券売機の前で立ち止まり路線図を見上げる。切符を買う人の邪魔にならぬように少し離れて立ち、わずかに目を細めて、赤色に彩られた線と円が示す駅名を読み取る。しばしそうやって佇んだ後、彼女はふっと小さく息を吐き、駅を離れる。近くにある売店で飲み物だけ買い、今が一日の盛りとばかりにぎらつく夏の光の中を歩き始める。
しばらくして彼女は繁華街の外に出る。広い道には絶えず車が走るが、歩く人の姿はほとんど見当たらない。大型のショッピングセンターを通り過ぎた後は店舗の類は減り、代わりに人家が現れ始める。通り過ぎる車の排気ガスに、庭先に植えられていた花が揺れる。それを見るともなしに眼の端に留め、彼女はペットボトルの水を一口含む。
街の喧騒が遠くなる。
彼女は歩いて行く。その目は何かをこらえるかのように、じっと道の先を見据えている。
電車を使った方がいい事は分かっていた。けれど、そうすることはできなかった。駅で路線図を見上げながら、私は券売機に近寄ることすらできなかった。
無機質な駅名だけが羅列された路線図は私を導きはしない。それはあくまで、行くべき場所を持つ人にとっての道標に過ぎなかった。
そう、行くべき場所を持つ人の。
路線図を見ながら改めて思い知ったのは、私には行くあてがないということだった。
ただ虹の向こうを、山のその先を見たいと思って飛び出してきたのに、いざ来てみれば何があるわけでもない。ここはあの街以上に広く、混沌とした場所だった。人の目が刺さり、物で溢れかえり、常に落ち着かない街。きっとここで生きて行こうとすれば、私はあの街にいた時以上に押さえつけられ、身動きが取れなくなる。
だからここを出ようと思った。それなのに、いざどこに行こうかと考えてみると分からない。目的地は霧のように頭の中を漂って、一向に具体的な像を結ばない。掴みようがない。
そのぼんやりとしたものを追うこともできず、ただ「ここではない」という思いだけで、今、私は歩いている。私の街を出た時と同じように、どこまでも続く道をひたすらに進んでいく。
右、左、右、左。
交互に足を踏み出しながら。
道の左右に続く家々。途切れることなくひしめき合うその一つ一つに、人の営みがある。皆ここでの暮らしに満足し、あるいは多少の不満を抱えながらも折り合いをつけ、日々を過ごしている。
私にとってはそうではない。私の場所はここではない。だから出て行く、それまでの事だ。
けれど、と胸の中で誰かが呟いた。
「ここではない」のなら、どこまで行けば見つかるんだ、お前の場所とやらは。




