表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
虹を越えて  作者: 沖川英子
6/8

彼女は街を出る

 彼女は駅の券売機の前で立ち止まり路線図を見上げる。切符を買う人の邪魔にならぬように少し離れて立ち、わずかに目を細めて、赤色に彩られた線と円が示す駅名を読み取る。しばしそうやって佇んだ後、彼女はふっと小さく息を吐き、駅を離れる。近くにある売店で飲み物だけ買い、今が一日の盛りとばかりにぎらつく夏の光の中を歩き始める。

 しばらくして彼女は繁華街の外に出る。広い道には絶えず車が走るが、歩く人の姿はほとんど見当たらない。大型のショッピングセンターを通り過ぎた後は店舗の類は減り、代わりに人家が現れ始める。通り過ぎる車の排気ガスに、庭先に植えられていた花が揺れる。それを見るともなしに眼の端に留め、彼女はペットボトルの水を一口含む。

 街の喧騒が遠くなる。

 彼女は歩いて行く。その目は何かをこらえるかのように、じっと道の先を見据えている。


 電車を使った方がいい事は分かっていた。けれど、そうすることはできなかった。駅で路線図を見上げながら、私は券売機に近寄ることすらできなかった。

 無機質な駅名だけが羅列された路線図は私を導きはしない。それはあくまで、行くべき場所を持つ人にとっての道標に過ぎなかった。

 そう、行くべき場所を持つ人の。

 路線図を見ながら改めて思い知ったのは、私には行くあてがないということだった。

 ただ虹の向こうを、山のその先を見たいと思って飛び出してきたのに、いざ来てみれば何があるわけでもない。ここはあの街以上に広く、混沌とした場所だった。人の目が刺さり、物で溢れかえり、常に落ち着かない街。きっとここで生きて行こうとすれば、私はあの街にいた時以上に押さえつけられ、身動きが取れなくなる。

 だからここを出ようと思った。それなのに、いざどこに行こうかと考えてみると分からない。目的地は霧のように頭の中を漂って、一向に具体的な像を結ばない。掴みようがない。

 そのぼんやりとしたものを追うこともできず、ただ「ここではない」という思いだけで、今、私は歩いている。私の街を出た時と同じように、どこまでも続く道をひたすらに進んでいく。

 右、左、右、左。

 交互に足を踏み出しながら。

 道の左右に続く家々。途切れることなくひしめき合うその一つ一つに、人の営みがある。皆ここでの暮らしに満足し、あるいは多少の不満を抱えながらも折り合いをつけ、日々を過ごしている。

 私にとってはそうではない。私の場所はここではない。だから出て行く、それまでの事だ。

 けれど、と胸の中で誰かが呟いた。

 「ここではない」のなら、どこまで行けば見つかるんだ、お前の場所とやらは。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ