雲は雨を連れてくる
一陣の涼風が田の緑を揺らし雷雲を呼ぶ。その低いうなり声を合図に、大粒の雨がぱたぱたと乾いたアスファルトに黒い染みをつくり始め、あっという間に滝のように降り出す。
彼女はそれを、木のベンチに座って見ている。
バス停の屋根からの雨だれが地面で跳ねて靴を濡らすが、それを気に掛けるでもない。心もち首をかしげ、驟雨に煙る風景の向こうにあるものを見透かそうというように、視線は遠くをさまよっている。
雨はバス停の屋根を、板壁を、アスファルトをいよいよ激しく叩く。閃光がどす黒い雲を走り、時折思い出したように空がうなり吠える。呼応するように風がびょうと鳴り、草木が踊り狂い、雨が舞い、嵐はピークを迎える。
それがしばらく続き、やがて始まりと同じように、唐突に終わる。
雷は口をつぐんで遠ざかり、雨風も正気に戻ったかのようにおとなしくなる。薄暗かった風景に陽光が差し、きらきらと夏の輝きを取り戻す。
短い嵐が去る。
雨上がりの空気を胸一杯に吸い込み、彼女はバス停を出る。頭上はかすかに雲がたなびく程度の青空だが、彼女がたどってきた道の上には未だ黒々とした雲の峰が湧き上がっている。嵐の行方を見送ると彼女は先を行こうと振り返る。途端、目を見開き、彼女ははっと息をのむ。
山の上に淡い色が浮かんでいる。
片足を残してほとんどは空の青に同化し消えていたが、それは紛れもなく七色に光っている。彼女はしばしそれを見つめる。瞳はきらきらと黒く輝き、口元が柔らかにほころぶ。
誘われるように、彼女は再び歩き出す。行く手には山が迫っている。
雨上がりの瑞々しく光る水田を横目に歩くうちに虹は消えていた。淡くかすかで、片足しか見えない程度だったから仕方がない。それでも、虹を見たとき胸いっぱいに広がった嬉しさは薄まらず、埋め火のように胸中に留まり、私の足を軽くしていた。
登山道路まであと1Kmの案内板が見える。低い山が、今は本当に「山」の威圧感を持って目の前に迫ってくる。私は足を速める。時に水たまりに突っ込み飛沫が服の裾を濡らすが、それすらも心地いい。
歩く、歩く、ひたすら歩く。
追われるように、逃げるように。
「逃げる」という言葉が頭に浮かんだことに少し驚いたが、それも一瞬のことだった。驚きは胸から顔に出るうちに苦みを含んだ可笑しさに変わり、唇には歪んだ笑みが浮かぶ。周りに人がいないのを良い事に、小さな笑い声が漏れる。だが、その低い響きが耳に入った途端、「逃げる」という言葉に酔う自分自身に気付き、すっと気持ちが静まった。
唇をしっかりと結び、私は軽く顔を上げる。目の前にそびえる山を睨み付ける。
逃避だろうが何だろうが構わない。
今の私に大切なのは、あの山を越えること。その向こうに広がる世界を見ること。
ただそれだけ。




