彼女は歩いて行く
彼女は歩いていく。
リュックを肩に食い込ませ俯きながら、陽炎が揺らめく炎天下の道路をひたすらに進んでいく。その足がふと何かに気づいた様に止まる。顔を上げて手でひさしを作り、彼女は目を細める。
ひび割れたアスファルト、錆びの浮いたガードレール、その向こうに広がる鮮やかな真緑の草の海。少し先に浮かぶ島影のような山の上には、純白の入道雲がのっと湧き上がっている。頭上には、目に染みるような深い青。
景色を見やって息を吐くと、右手をすっと頭上に掲げてささやかな日よけを作る。頼りない影であってもほんのわずか楽になったのか、彼女はすっと目を閉じる。水田を渡る風が短い髪とシャツを揺らし、暑さと日焼けで真っ赤な頬をなでて通り過ぎていく。
しばらくそうして休んだ後、行く先を一度睨みつけ、彼女は再び歩き出す。一定の速さで交互に繰り出される足先を見つめ、ただただ歩く。
右、左、右、左。
そうして、彼女は山の向こうを目指す。まだ見ぬ街を。未だ知らぬ世界を。
虹の向こうを。
不意に風が吹いて、思わず足を止めた。
いつの間にか市街地を抜けていたらしい。考え事をしていて気付かなかったが、歩んできた道の両脇はくすんだ無愛想な家々から青々とした水田に取って代わり、すっと伸びた稲穂が光っている。一帯が夏の激しい陽光を浴びてどことなく白んで見え、その眩しさに涙が出そうになり、右手を掲げてささやかなひさしを作る。
道の向こうにあの山が見える。相変わらず平地に広がる街や田畑をのっそりと見下ろしている、その姿が今はやけに大きく感じられる。ちっぽけで、「丘」と言っても良いくらいで、見る物も何もない、地味な山。それでも今の季節には鮮やかな緑が生い茂り、それなりに夏らしい瑞々しさがある。ここから見ていても、青い草いきれを感じられそうだ。
山の向こうには入道雲が眩しいほどに白く、のっと湧き上がっている。紺碧の空とのコントラストが美しい。日よけ代りに手を頭にやりながら、私は立ち止り、その混じりけのない色彩に見とれる。
入道雲は雨を連れてくる。天が狂ったかのような激しい雨を。それはほんの数十分で終わり、後には雨上がりのうるんだ空気と、夏の光が残される。その芳醇な匂いと景色を思い出しながら、胸には一つの期待が浮かび上がる。
見られるだろうか。
儚く胸が締め付けられる、あの七色のアーチが。
静かに心が躍る。私は再び足を進める。右、左、右、左と一定のリズムで繰り返し繰り返し足を運ぶ。
交互に繰り出されるつま先を見ながら行くうちに、段々と夢の中にいるように体がふわふわしてきた。頭がぼうっとして、自分の体が他人のもののように感じられる。
家を出てから数時間、休むことなく歩き続けている。疲れてきたのかもしれないし、もしかしたら暑さにやられかけているのかもしれない。それでも、出来るだけ足を止めたくなかった。
あの山が私を呼んでいる。




