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落下中

作者: よわむし
掲載日:2011/01/04

3月1日、午後10時27分。


僕は今落下中だ。

家の屋根から飛び降りたからだ。

どうしてこんなことになってしまったんだろう。



僕はもともと物忘れがひどかった。

学生時代も筆記用具を忘れることはもちろん、

カバンごと忘れて学校に行ったことも数え切れない。


友達の顔や名前が思い出せないこともしょっちゅうで、

クラスメイトからよく笑われたりしていた。


なんとか仕事についてからも、

やっぱり物忘れがひどくて、よく上司に怒られたっけ。



でも今回は別格だ。


明日、仕事で重要な取引が行われるのだ。

社運を賭け、1年半と7億円をかけたプロジェクトの取引だ。


その取引の為に、相手先に届けなければならない書類の期日が、

今日の夕方5時までだったことをすっかり忘れていたのだ。

絶対に遅れてはならない書類だった。


その書類を絶対届けなくてはならない為、

今日は会社に来なくていいぞと言われていた。

どこをどう思ったのか、今朝起きたときにはすっかり書類のことを忘れて、

会社に来なくていいことだけを覚えてしまっていた。

遅めの朝飯を食い、布団を庭に干し、部屋の片づけをし、

夕方までのんびりし、買い物に出かけ、夕食を作った。


軽く晩酌をしていたとき、今日一日放り投げていた携帯に、

会社から留守録が入っていることに気付いて再生した。


「梶田~~!!!!」


上司の怒鳴り声で酔いが一気に冷めた。

その瞬間に、書類を届けてないことに気付いたからだ。

手から携帯が滑り落ち、後のメッセージは聞けていない。


きっと取引はご破算になるだろう。

そうすると間違いなくうちの会社は潰れる。

僕のせいで、会社の二百人近い人間が路頭に迷うことになる。



それから3時間、悩みに悩んで、気付くと家の屋根に登っていた。

結婚もしていないし、両親はこの家を僕に残して早くに死んだ。

一人暮らしに3階建ての家は広すぎたが、

こうなっては飛び降りるには丁度いい高さだと思う。


膝がガクガク震えた。何度も飛ぼうとしたが、

足が自分の体じゃないみたいに全く動かなかった。

目を開けていると怖いから、目を閉じたまま屋根の端に立ち、

そのままゆっくり、倒れるように飛び降りた。



そして、今、僕は落下している。

走馬灯というやつだろうか。

今までの人生が高速で頭を駆け抜けていく。


父さん。母さん。ごめん。

もうすぐそっちに行くから。


31年の短い人生だった。

いや、あと5日程で誕生日を迎えるから、

約32年の人生か。


ふふふ。そういえば、僕が4の倍数の年齢になるときは、

うるう年になることを忘れて、誕生日をよく間違えたっけ。

自分の誕生日を間違えるなんてって、よく親に呆れられたもんだ。



…待てよ?


今年はうるう年じゃないか!


今日は3月1日じゃなくて、もしかして2月29日じゃないのか?

書類を届ける期日は3月1日までだったから、

もしかしてまだ間に合うはずだったのか?


では今日は、会社に行かなくていい日ではなく、

普通の出勤日だったのか?


なんてことだ。

じゃあ職場からの電話は、

書類を届けてないから電話が来たんじゃなく、

今日無断欠勤したことに対しての電話だったんだ。


気付いてしまったがもうどうしようもない。

僕の体は宙に浮き、まさに今落下中なのだ。


ああ。最後の最後まで、

僕の人生は忘れ物ばかりだ。

なんて情けない死に方だろう。

きっともうすぐ地面に激突し、僕は死ぬんだろう。

ほら…もう…。



ドーン!!


体にすさまじい衝撃が…。



あれ? 言うほどでもない…。



おそるおそる目を開けると、

目の前は真っ白だった。


もう天国に着いたんだろうか。

思ったより苦しくなかったなぁ。


一瞬そう思ったがどうもおかしい。

近所を走る車の音が聞こえるし、なにより、

心臓はバクバク言って、しっかり脈打っている。

僕は慌てて起き上がった。


真っ白だったのは、天国じゃなくて、

昼間に庭に干して、そのまま仕舞い忘れていた布団だった。


はっきり言って僕も忘れ物が多いです。

いろいろと抜けてます。


この話は全然他人事じゃなく、

未来の僕のことかも知れません。

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