そこ退けそこ退け、最強ドアマットヒロインのお通りだ!
「秘技! ドアマットスイング!」
「奥義! ドアマットアタック!」
王宮の広間。そこでドアマットとドアマットがぶつかり合う。
その激突は一度で終わらない。二度、三度とドアマットは激突した。
ぶつかり合う度にドアマットの破片が凄まじい勢いで飛び散り、辺りの物を無差別に破壊する。
何かが破壊される度に悲鳴が響き渡った。
もはや、王家主催の夜会は阿鼻叫喚の有様だ。
その騒ぎの中心。そこには、ドアマットを振り回す二人の女性がいた。
二人共に十代後半と思われるドレス姿の女性。
その二人の女性が、何故かドアマットで戦闘を繰り広げている。
「何でドアマットを振り回しているんだ⁉」
一人の男性が果敢にも叫ぶ。
豪奢でありながらも気品を損なわない、洗練された衣服を纏った身分あり気な若い男性だ。
「王太子殿下! 下がっていてください! これは、真のドアマットヒロインを決める戦いなのです!」
「公爵令嬢の仰る通りです! ドアマットヒロインを目指す者として、この戦いは避けて通れません!」
「いや! ドアマットヒロインって、ドアマットを振り回すヒロインの事じゃ無いからな!」
若い男性……、王太子が叫ぶ様に言う。
しかし、問題の二人の女性は聞いてすらいない。
互いにドアマットを構え、緊張した面持ちで互いの隙を窺っていた。
そして、暫しの後、公爵令嬢と睨み合っている、もう一人の令嬢が静かに口を開く。
「……数年前、子爵夫人であったお母様が亡くなり、喪が明けると、お父様は後妻を迎えました」
どうやら、自身の身の上話らしい。
母親と死別し、継母が家に入ったというのは、ドアマットヒロインとしては定番だ。
普通なら、そこから虐げられ、ドアマットヒロインとして生きていくはずだが、この令嬢が、何故、ドアマットを振り回すに至ったのかが謎だった。
「義母は、私の事を我が子の様に愛してくれました」
ん? どういう事だ? 完全に、ドアマットヒロインのルートから外れていないか?
「義母が言ったのです。令嬢として幸せを掴むのなら、今は、ドアマットヒロインの時代だと」
ドアマットヒロインの時代……。時代かなぁ?
シンデレラ辺りからの定番だと思うがなぁ……。
「その言葉に、私はドアマットヒロインになる事を決心し、義母とドアマット道場を探しました」
あってたまるか。そんな道場。
「ですが、何処を探してもドアマット道場は見つかりませんでした」
当たり前だ。
存在しない物が見つかる訳がない。
「仕方なく、私は、義母と共に試行錯誤しながらドアマット振り回す日々を送りました」
ドアマットを振り回していて、何かおかしいと気づかなかったのであろうか。
ドアマットヒロインと言う言葉から、何故、戦う方向に思考が飛んだのか謎である。
「義母と誓ったのです! 私はドアマットヒロインになると! ですので、たとえ公爵令嬢が相手であったとしても負ける訳にはいきません!」
そう叫んで、子爵令嬢は、その瞳に闘志を燃やす。
武術の達人を思わせる様な強烈な闘志だった。
並みの者ならば、その闘志を前に身体を竦ませ、ただ、怯えるだけだっただろう。
だが、公爵令嬢は違った。
その闘志に応える様に口を開く。
「私は、公爵令嬢として、王太子殿下の婚約者として、この王国の全ての令嬢の頂点に立たなければなりません」
令嬢の頂点に立つ事と、ドアマットを振り回す事に何の関係があるというのか。
「そのためには、最新の流行を押さえなければなりません!」
「いや! ドアマットヒロインは押さえなくて良いと思う! そして、ドアマットヒロインの定義が間違っている!」
公爵令嬢の言葉に王太子がツッコミを入れるが、案の定、当の本人には届いた様子はない。
そして、王太子の言葉が届かぬまま、二人が動き出す。
「喰らえ! ドアマットハリケーン!」
「受けてみなさい! ドアマットタイフーン!」
二人の令嬢がドアマットを手に回りだす。
それはもう、凄まじい回転だった。
王宮の広間に暴風が吹き荒れ、夜会の参加者は例外なく悲鳴を上げた。
「退避! 退避ぃぃっ!」
王太子が叫ぶ。
だが、その声は虚しくも暴風に掻き消される。
その場にいる者は、皆、床に伏せ、祈る様に目を瞑っていた。
そんな中、ついに二人の令嬢が激突する。
まるでベーゴマの様に回転しながら幾度となくぶつかり合った。
「破片が! 破片が飛んでる!」
王太子が悲鳴にも似た声を上げる。
しかし、それも仕方ないだろう。元がドアマットとは思えない様な勢いで破片が飛び交っているのである。
破片がテーブルを吹き飛ばし、グラスを割り、床に突き刺さっている。
ドアマットによって引き起こされた惨状だとは思えない有様だった。
そして、爆音にも似た一際大きな音の後、二人の回転が止まる。
二人の手には、大方が失われたドアマットだった物体。
どうやら、二人のドアマットは完全に破壊されたらしい。
「まさか、互角とは思いませんでした……」
「ええ。私もよ……」
ドアマットを失った二人の令嬢が互いを讃える様に言う。
そして、その背後では、王太子の顔面すれすれで、二枚のドアマットの切れ端が壁に突き刺さっていた。
「しかし! 決着は着けなければなりません!」
「受けて立ちましょう!」
「⁉」
二人の言葉に王太子が目に見えて慌てる。
そして、慌てたままに立ち上がり叫んだ。
「今の内に脱出だ! 急げ!」
王太子の言葉に、皆、我先にと出入り口に殺到する。
皆、必死だ。
命が掛かっているので当たり前だった。
だが、あと少しで広間の扉に届くという時、扉が爆発したかの様な勢いで外側から吹き飛ばされた。
「お嬢様ぁぁぁぁっ!」
「愛しの義娘よぉぉぉっ!」
吹き飛んだ扉の向こう。
そこには、二人の女性がリアカーを引いて立っていた。
一人は侍女らしき女性。もう一人は貴族夫人と思しき女性だった。
「お嬢様! お嬢様が苦戦中と聞いて、お嬢様の忠臣が屋敷中のドアマットを引っぺがして来ました!」
どうやら、侍女らしき女性は、公爵令嬢に仕える者らしい。
だが、忠臣を名乗るなら、主の蛮行を今すぐ止めろと言いたい。
「義娘よ! 貴女の為に、ご近所から無断でドアマットを拝借して来たわよ!」
もう一人は子爵令嬢の継母の様だ。
こちらに至っては盗難事件の自供である。
ドアマット盗難事件の犯人以外の何者でもない。
「よくやりましたわ!」
「ありがとう! お義母様!」
そう叫んで、二人の令嬢が新たなドアマット目掛けて駆け寄る。
悲鳴が上がった。
危険人物が、よりにもよって、リアカーに塞がれ、逃げる事が出来なくなっている出入り口に向かってくるのである。
それは、まあ、悲鳴も上がるだろう。
「決着をつけましょう!」
「望むところです!」
「頼む! 外でやってくれ!」
王太子の懇願も虚しく、二人の令嬢は新たなドアマットを手に取る。
「我が家の愛犬用ドアマットの威力、思い知りなさい!」
「お向かいの田中太郎男爵のドアマットの力、見せて上げます!」
愛犬用は良いのだが、この国、書類の記入見本みたいな名前の男爵が居るのか?
あと、ドアマットを見ただけで、それが何処のドアマットなのか判別できるのが気持ち悪い。
「必殺の! ドアマットスラッシュ!」
「絶技! ドアマットブレイク!」
二人のドアマットがぶつかり合う。
その瞬間、物凄い衝撃波が広間に発生した。
何度目になるかも分からない悲鳴が上がる。
そして、次の瞬間には、二人のドアマットが四散していた。
とんでもない威力である。
ドアマットが出していい威力ではなかった。
「家のドアマットがぁぁぁっ!」
四散したドアマットを見て、何処からか声が上がる。
どうやら、記入見本男爵が居たらしい。
何と言うか、この状況だと、ドアマットより、自分自身の身の安全を気にした方が良いと思うぞ。
「くっ! やりますね!」
「そちらこそ!」
叫びながら、二人の令嬢は三枚目のドアマットを引っ掴む。
両者共に、やけに薄汚れたドアマットだった。
「高確率で犬の糞を踏んで、それを擦り付けているのに、洗った形跡がまったく無い、佐藤一郎伯爵のドアマットを受ける勇気がありますか⁉」
仮にも貴族令嬢が、そんな汚物を素手で引っ掴むな。
「貴女こそ! 我が家の愛犬達にトイレと認識されているドアマットを受けられますか⁉」
いや、こっちもかよ。
よくもまあ、そんな物理的に汚い手段に打って出られるな。
「そんな小汚い物を王宮で振り回すなぁぁぁぁっ!」
王太子が至極もっともな事を叫ぶが、案の定、二人の耳には届かない。
そして放たれる二人の大技。
「ドアマット・エクスプロージョン!」
「ドアマット・バースト!」
投げ飛ばされた二枚のドアマット。
そのドアマットが空中でぶつかり合う。
そして、よりにもよって二枚の汚物は空中で爆発した。
「ふざるなぁぁぁっ!」
王太子が、爆裂四散した汚物の破片を浴びながら叫ぶ。
広間には、先程までとは毛色の違う悲鳴が響き渡っていた。
「まだまだ行きますよ!」
「望むところです!」
「もう止めましょうよ! 止めましょうよ! ドアマットが勿体ない!」
二人の令嬢が新たなドアマットを掴むのを見て、王太子が必死の説得を試みる。
最早、形振り構っていられないのだろう。
非常にコメントし辛い説得だった。
そんな必死の説得すら聞き遂げられる事なく、二人の令嬢の戦いは続く。
「一刀両断! ドアマットソード!」
「紫電一閃! ドアマットブレード!」
ドアマットが激突を繰り返す。
悲鳴は続く。
王太子の説得は虚しく消えていき、公爵令嬢の侍女と子爵令嬢の継母だけが歓声を送る。
戦いは終わらぬまま、誰一人として逃げ出せぬまま、夜は更けていく。
そして、この戦いは、二人が、ドアマットヒロインは一人でなくとも構わないという事実に気づくまで続いたのだった。
ちなみに、今回の事件は当然問題になった。
問題になったのだが、ドアマットヒロイン二人に恐れをなした王国上層部によって闇に葬られ、無かった事になっていた。
そして、王国軍の兵科には人知れずドアマット兵が加わった。




