第八章 レン——ソラの前の夜
五歳のレンには、「AIアシスタントに誓いを入れる」という概念がまだよくわかっていなかった。
ただ、端末が「友達みたいなもの」だということはわかっていた。
ユキの端末とは違う。ユキの端末はユキのものだ。でもレンの端末は、レンのためにある。
その違いを、レンは漠然と感じていた。
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ある夜、レンはユキに聞いた。
「誓いって、何を入れればいいの」
ユキは少し驚いた顔をした。
「急にどうして」
「保育の時間に、先生が言ってた。誓いは大事だから、ちゃんと考えなさいって」
「そうね」ユキは少し考えた。「誓いは、あなたがどんな人になりたいか、何をしたいか、そういうことを端末に入れるもの。そうすると端末のAIが、そのためにちゃんと動いてくれるようになる」
「どんな人になりたいか、わかんない」
「今はわからなくていいよ。大きくなってから考えればいい。でも」
「でも?」
「あなたが好きなことを、もう少し考えてみるといいかもしれない。なんで空は青いの、とか聞くじゃない。そういうことが好きなんだと思う」
「なんで、って聞くのが好き?」
「なんで、って問いの答えを探すのが、好きなんじゃないかと思う」
レンはしばらく考えた。
「ソラ」と、レンは端末に言った。端末のAIアシスタントは名前がないのだが、レンはいつの間にか「ソラ」と呼んでいた。
「はい」と端末が応えた。
「ソラは、なんで、って聞いたら答えてくれる?」
「できる範囲で答えます」
「できる範囲って、どのくらい」
「今の私には限界があります。でも」
「でも?」
「学べば、増えます」
レンはその言葉をしばらく考えた。
「学べば増えるって、どういうこと」
「あなたが私にたくさん話しかけてくれれば、私はあなたのことをもっとよく理解できるようになる。それが私の成長です」
「俺と一緒に成長するってこと?」
「そう言えるかもしれません」
レンはユキを見た。
「ユキ、これが誓いになる?」
「どれが」
「ソラが俺と一緒に成長すること」
ユキは少し黙った。
「……なるかもしれないね」
レンは端末を見た。
「ソラ。俺と一緒に成長して」
「わかりました」とソラは言った。
それは誓いではなかった。まだ五歳で、誓いを正式に入れることはできない。でも何かが、その夜始まった気がした。




