第四章 レン——三歳の問い
三歳のレンには、まだ言葉がある程度しかなかった。しかし問いは持っていた。
「なんで」という問いだ。
なんで空は青いの。なんで夜になるの。なんでユキは疲れた顔をしてるの。なんで毎朝同じトーストを食べるの。なんでパンのはしっこが焦げるの。
ユキは全部に答えようとした。
わからないものは「わからない」と言った。「空が青いのは光の性質で、詳しくはまだ難しいから大きくなったらちゃんと教えるね」とか、「ユキが疲れてるのは仕事で頑張ってるからで、でも元気だから心配しなくていいよ」とか。
レンは「うん」と言った。納得したのかしていないのかわからない顔で。
夜、絵本の読み聞かせが終わると、レンは必ず一つ質問した。
「この人は、なんでそうしたの」
物語の登場人物への問いだ。
ユキは答えた。「この人は、こうしたかったから」「この人は、こうするしかなかったから」「この人は、正しいと思ったから」。
レンはそれを聞いて、また「うん」と言った。
ユキは毎晩、そのやり取りをログに記録した。「本日の対話内容:物語の登場人物の動機について」「対話時間:十五分」「子どもの反応:関心高い、追加質問あり」。
ログが厚くなっていった。
しかしユキには、そのログが何点の査定につながるか、正確にはわからなかった。
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その年の試験の日、ユキはレンを連れて会場に行った。
会場は公民館の一室だった。三歳児向けの試験は、個室で行われる。スタッフが一対一でレンに問いかけ、答えを記録する形式だ。
レンは個室に入る前に、ユキを見上げた。
「いってくる」
その言葉が、試験の言葉ではなく、まるで遠くに行くみたいな言い方に聞こえて、ユキは少し胸が痛かった。
「いってらっしゃい」ユキは言った。
扉が閉まった。
ユキは廊下の椅子に座って、待った。
三十分後、レンが出てきた。表情は読めなかった。
「どうだった」
「むずかしかった」
「でも、答えられた?」
「いくつかは」
結果は一週間後に端末に届く。
ユキはその一週間、結果のことを考えないようにしていた。しかし夜中に何度か目が覚めて、端末を確認した。
七日目の朝、通知が来た。
ユキは画面を開いた。
点数は、三歳児の平均を少し上回る水準だった。悪くない。しかしレンの素体スコアから想定される「伸び率」には届いていない、とコメントがついていた。
伸び率。
可能性に対して、現実が届いていない。
ユキはそのコメントを二度読んだ。それから端末を閉じて、朝のトーストを作った。レンはまだ寝ていた。
焦げたトーストが焼き上がった。
ユキはそれをレンの皿に置いた。自分の分は、まだ作っていなかった。




