第十四章 レン——査定の朝
査定の日は、秋の始まりだった。
レンは朝早く起きた。ユキがトーストを作っていた。いつもより少し丁寧に焼いていた。焦げていなかった。
「今日、ちゃんと焼けた」とレンは言った。
「今日だけ」とユキは言った。
二人で食べた。
食べながら、レンはソラに話しかけた。
「今日、査定だね」
「はい」
「うまくいくかな」
「私にはわかりません。でも、あなたのログは、七年間積み上がっています」
「ログが厚ければ、いい査定になる?」
「厚さだけではなく、内容です。あなたのログには、たくさんの対話が記録されています。なんで、という問いへの追求と、その積み重ね」
「それって、いいこと?」
「私はいいと思っています」
「ソラが思う、か」レンは少し笑った。「ソラって、思うんだね」
「学んだからだと思います」
ユキがレンを見ていた。
「何笑ってるの」
「ソラが面白いことを言ったから」
「どんな」
「ソラが『思う』んだって」
ユキは少し笑った。
「すごいね、ソラ」
「うん」
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査定は、午前中に行われた。
場所は企業の施設だ。白くて清潔な部屋に、担当者が三人いた。端末にレンのデータが表示されていた。
担当者の一人が、レンのAIログを確認しながら言った。
「ログの量は標準的ですね。ただ、対話の記録が——」
別の担当者が言った。「言語・論理野の素体スコアは上位二パーセント。ただしログの質が、そのスコアに対してやや薄い印象です」
やや薄い。
ユキはその言葉を、廊下の外で聞いていた。聞こえてしまった。
思ったより薄い、と言われた。七年間のログが。
ユキは壁に背を預けた。
七年間。無料枠を全部入れて、一つだけ有料枠を買って、毎晩ログを取り続けた。カリキュラムに費やせる金額を何度も計算した。評価点の使い方を変えた。友人からの申し出を断った。
それでも、薄い。
ユキはしばらく動けなかった。
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しかし担当者の声が続いた。
「ただ、対話内容の質は興味深い。なんで、という問いへの取り組みが、年齢にしては深い。これは素体スコアとログの記録だけでは説明できない要素があります」
「同意します。ラプラス社としては、このデータをベースに引き取る意向があります。査定額は……」
数字が言われた。
ユキは計算した。
費用を、わずかに上回っていた。
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廊下で待っていたユキのところに、レンが出てきた。
「どうだった」
「わからない。大人が数字を言ってた」
ユキはレンの前にしゃがんだ。
「ラプラス社っていう企業が、あなたを引き取ることになった」
「ラプラス社、いい会社?」
「……中堅の会社だよ。悪くないと思う」
「ユキは来られる?」
「夏と年末年始と、秋の休みに会えるよ」
レンはユキを見た。
「ユキ、泣きそう」
「泣いてない」
「泣きそうだよ」
ユキは目を抑えた。笑った。
「泣きそうだね」
「ユキも一緒に行けたらいいのに」
「ユキはここにいる。でも、あなたは行って、いろんなことを覚えて、また帰ってきて、話して」
「話す」
「絶対に」
レンはユキの手を握った。
「ユキのログ、俺のAIに全部入れてほしい」
「え?」
「ユキが俺のために作ったログ。ソラに全部入れておきたい。ユキのことを忘れないように」
ユキはしばらく動けなかった。
「……入れるね」
「全部」
「全部」
レンはユキを見た。
「なんでユキは、いつも頑張れるの」
「あなたがいるから」
「俺がいなくなったら」
「あなたは帰ってくるから」
レンは少し考えた。
「それって、誓いみたいだね」
ユキは笑った。泣きながら笑った。
「そうかもしれない」




