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第2話 日本語

突然、佑真にはめられた手枷の鎖が強く引かれた。


立ち上がらされ、何の説明もないまま部屋の外へ連れ出される。


廊下を歩く金属音だけが響いた。


どこへ向かっているのか、どんな処分を受けるのか想像も及ばない。


案内されたのは、先ほどよりさらに狭い部屋だ。


窓はなく、金属製の台とトイレが1つ置かれているだけ。


背中を押されて中へ入る。


扉が閉まる音が、やけに大きく聞こえた。


取り調べを受けるどころか、自分がどう扱われているのかさえわからない。


ただひとつだけ確かなのは、



 —ここから自由には出られない、という現実だった。



 金属製の台に腰を下ろす。


光がどこから漏れているのかも判然としない部屋だ。


壁は冷たく、時間の流れはないようだった。


 どれほどの時間が経っただろうか。


空腹は感じなかったが、疲労感だけが全身を支配していた。


やがて、わずかな音と共に扉の下の隙間から、硬いパンと冷えた水が滑り込まされた。


食欲はなかったが、生きるための本能が勝った。


パンは妙に固く、味気ない。


 そうして、眠りについたのか、意識を失ったのかもわからないまま、時間が過ぎた。



 次に扉が開いたとき、武装した男が二人、部屋へ入ってきた。


彼らは無言で佑真の手枷を引き、外へ連れ出す。


エレベーターに乗り、再び上昇する金属の振動を感じた。


扉が開き、降り立った廊下は、昨日と同じ薄い灰色だった。


男たちは慣れた様子で廊下を進み、昨日と同じ一番奥の扉の前で立ち止まる。


扉が開き、佑真は中へ押し入れられた。


昨日とまったく同じ、薄い灯りの取り調べ室だ。


中央に金属製の机、横の壁にはマジックミラーらしき黒いガラス。


武装した男に促され、佑真は椅子に座らされた。


男はすぐに部屋を出て、扉は閉じられた。


 再び、時間の感覚がなくなる。


部屋の冷たい空気だけが残った。


 十分ほど経っただろうか。


突然、扉が強く叩かれた。昨日と同じ、殴りつけるような轟音だ。


扉が開き、インテリヤクザ風の男が、皺一つないスーツ姿で入ってきた。


彼は昨日と変わらない冷たい瞳で佑真を一瞥し、そのまま机を挟んだ向かい側に立つ。


そして、彼の隣から一人の女性が部屋へと現れた。


 彼女は長い髪を束ね、白い上着を羽織っている。


細身の体躯に不釣り合いなほど黒く大きなキャリングケースを抱えていた。


女性は無言で黒いキャリングケースを机の上に置いた。


そしてケースを開き、中から昨日エラーを起こした装置を取り出す。


彼女はためらいなく佑真へ近づき、その装置を柔らかな手つきで側頭部に押し当てた。


冷たい金属片が肌をつまむような感触。


装置からは小さな振動音が聞こえる。


 装置を装着させると、女性は一言も発さず、眼鏡の男に軽く会釈した。


そして、彼女は隣のマジックミラーの向こうへ姿を消した。


 取調室に残ったのは、佑真と男だけだ。


男は、机の上に置いてあった端末を手に取り、無言で数回タップした。


そして、昨日と同じように、生物標本の価値を吟味するような無機質な目で佑真を見つめた。


彼の低い声が、部屋に響く。



「……デル・アシェン=コル?」



 装着された装置からは、昨日のような不快な電子音はしなかった。


だが、当然ながら、男の言葉は一語も理解できない。


佑真はただ正直に、日本の言葉で答えるしかなかった。



「すみません……何を言っているのか、やっぱりわかりません……」



 瑞希の体から一瞬で血の気が引いた。


それは、十数年ぶりに聞く音だった。


厳重な訓練と、長い歳月をかけて、異世界で生きるために心の奥底に封じ込めてきた、故郷の言語。


彼女の脳内で、言葉の意味が翻訳された。いや、直通だった。


 この世界の誰も理解しない、そしてこの場所で、誰も発するはずのない言語。


その発音、抑揚、そして選び取られた言葉一つ一つが、遠い故郷の記憶を鮮烈に呼び覚ます。


 瑞希は動けなかった。


呼吸が浅くなる。


マジックミラーに反射した自分の顔は、青ざめていた。



「…………日本語……?」

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