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金針の寵妃─後宮薬苑事件録  作者: 夜宵 シオン
9/12

第8話:審問の庭と、妃の最期の言葉

翌朝、後宮の中庭──“審問の庭”には緊張が走っていた。

 皇帝の名のもとに、蓮珠の尋問が行われることが正式に布告されたからだ。


 帝の座は空だった。

 だが、代わって皇子・朱凌と、太后がその場を取り仕切っていた。


 「蓮珠。貴女が芙蓉妃を偽り、毒を盛り、侍女を沈黙させた件──もはや否定の余地はない」


 朱凌の声音は静かだった。

 その横に座す清蘭が、巻物を手にしていた。


 「これが芙蓉妃が仮死状態になる前に遺した密記です。

 筆跡、血判、成分分析、いずれも“本物”であることが証明されました」


 蓮珠は、うつむいたままだった。

 その肩が震えていたのは、怒りか、悔しさか、あるいは恐怖か。


 その時だった。


 「……やめてください」


 静かな声が庭に響いた。


 その声に、全員が息を呑む。


 ──芙蓉妃が、起き上がっていたのだ。


 彼女は衰弱しているものの、白い衣をまとい、ゆっくりと庭へと歩み出てきた。


 「蓮珠を、罰しないでください」


 「芙蓉……!」


 朱凌が駆け寄ろうとしたのを、芙蓉は手で制した。


 「私の命を奪おうとしたのは確かです。でも……彼女は、“ずっと私の代わり”として生きてきた。

 幼い頃から、私は妃として育てられ、彼女は影として……意志も、望みも、与えられなかった」


 芙蓉は蓮珠の前に立つと、彼女の手をそっと取った。


 「蓮珠……私たちは、似ているけれど、同じではなかった。

 あなたは、あなたのままで、生きてよかったの。

 私が愛されたからって、あなたが愛されない理由にはならない」


 蓮珠は目を見開き、ぽろぽろと涙をこぼした。


 「芙蓉……どうして……あなたは……」


 「私も、あなたに嫉妬したわ。

 自由に笑って、好きなことをして、誰の期待にも縛られないあなたが、羨ましかった……」


 朱凌が、ふたりにそっと近づき、言葉を添えた。


 「蓮珠。罪は罪として裁かれるが……それでも、お前を“生かす道”はある。

 この庭で血を流すより、お前自身が“変わる”ことで、償ってくれ」


 蓮珠は唇を噛み、うなずいた。


 「……罰は、受けます。けれど、もしもまた、生まれ変われるなら──私は、ただ“ひとりの人”として、生きたい」


 清蘭は、その姿を見届けながら小さくつぶやいた。


 「誰かの代わりでも、誰かの影でもなく……“名を持つ”ことが、こんなにも重いなんて知らなかった。」


 庭に、一筋の風が吹き抜けた。


 ──罪は裁かれ、けれど憎しみではなく、“赦し”がそこにあった。

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