第8話:審問の庭と、妃の最期の言葉
翌朝、後宮の中庭──“審問の庭”には緊張が走っていた。
皇帝の名のもとに、蓮珠の尋問が行われることが正式に布告されたからだ。
帝の座は空だった。
だが、代わって皇子・朱凌と、太后がその場を取り仕切っていた。
「蓮珠。貴女が芙蓉妃を偽り、毒を盛り、侍女を沈黙させた件──もはや否定の余地はない」
朱凌の声音は静かだった。
その横に座す清蘭が、巻物を手にしていた。
「これが芙蓉妃が仮死状態になる前に遺した密記です。
筆跡、血判、成分分析、いずれも“本物”であることが証明されました」
蓮珠は、うつむいたままだった。
その肩が震えていたのは、怒りか、悔しさか、あるいは恐怖か。
その時だった。
「……やめてください」
静かな声が庭に響いた。
その声に、全員が息を呑む。
──芙蓉妃が、起き上がっていたのだ。
彼女は衰弱しているものの、白い衣をまとい、ゆっくりと庭へと歩み出てきた。
「蓮珠を、罰しないでください」
「芙蓉……!」
朱凌が駆け寄ろうとしたのを、芙蓉は手で制した。
「私の命を奪おうとしたのは確かです。でも……彼女は、“ずっと私の代わり”として生きてきた。
幼い頃から、私は妃として育てられ、彼女は影として……意志も、望みも、与えられなかった」
芙蓉は蓮珠の前に立つと、彼女の手をそっと取った。
「蓮珠……私たちは、似ているけれど、同じではなかった。
あなたは、あなたのままで、生きてよかったの。
私が愛されたからって、あなたが愛されない理由にはならない」
蓮珠は目を見開き、ぽろぽろと涙をこぼした。
「芙蓉……どうして……あなたは……」
「私も、あなたに嫉妬したわ。
自由に笑って、好きなことをして、誰の期待にも縛られないあなたが、羨ましかった……」
朱凌が、ふたりにそっと近づき、言葉を添えた。
「蓮珠。罪は罪として裁かれるが……それでも、お前を“生かす道”はある。
この庭で血を流すより、お前自身が“変わる”ことで、償ってくれ」
蓮珠は唇を噛み、うなずいた。
「……罰は、受けます。けれど、もしもまた、生まれ変われるなら──私は、ただ“ひとりの人”として、生きたい」
清蘭は、その姿を見届けながら小さくつぶやいた。
「誰かの代わりでも、誰かの影でもなく……“名を持つ”ことが、こんなにも重いなんて知らなかった。」
庭に、一筋の風が吹き抜けた。
──罪は裁かれ、けれど憎しみではなく、“赦し”がそこにあった。