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金針の寵妃─後宮薬苑事件録  作者: 夜宵 シオン
8/12

第7話:もうひとりの妃と、真夜中の手鏡

夜。後宮の廊下に風が走り、紙灯籠の火が揺れた。


 清蘭は静かに芙蓉妃の寝所に向かっていた。

 背には、鏡──それも、“特製の手鏡”が一枚、布に包まれている。


 「やはり……私の疑いは間違っていなかった」


 侍女・翠蘭が書き残した「双」の一文字。

 それは、“双子”であることを示していた。


 清蘭は、芙蓉妃──いや、“芙蓉を名乗る女”の顔を見つめながら問いを放った。


 「妃様。あなたは、何者ですか?」


 女は微笑んだ。


 「芙蓉です」


 「そう……それなら、この鏡をのぞいてください」


 差し出された手鏡。

 それは、通常の鏡ではない。“冷鉱石”を研磨したもので、反射の質がわずかに異なり、

 生薬を摂取した者の瞳の変化が微細に映る。


 女が鏡を覗き込むと──その瞳に、一瞬、光の滲みが現れた。


 「……あなたの瞳孔は、微細に縮んでいます。

 それは“安神香”と呼ばれる鎮静薬を、日常的に用いていた証拠。

 本物の芙蓉妃は“薬を一切摂らない”ことで知られていました」


 女の顔から、すっと笑みが消えた。


 「──まさか、鏡で見抜かれるとは思いませんでした」


 その口調も、僅かに変化していた。

 冷たく、整いすぎている声音。そう、彼女は“作られた妃”だったのだ。


 「あなたは……?」


 「芙蓉の双子の姉、蓮珠れんじゅと申します。

 妃の影として育てられ、必要なときだけ交代させられていた。

 あの方が皇子に恋をしたと知ったとき……私は初めて、彼女に嫉妬した」


 蓮珠は、鏡をそっと伏せた。


 「芙蓉は甘すぎた。後宮では、想いなど弱さでしかない。

 あの密書が出回った日──私が入れ替わり、代わりに“仮死薬”を飲んだ。

 そして、芙蓉を─“消した”のです」


 清蘭の眉がわずかに動く。


 「では、翠蘭が見たのは……あなたが芙蓉妃を毒殺するところ?」


 蓮珠はかすかに笑った。


 「ええ。でも、彼女には話せなかったでしょう? 声を封じたから」


 その瞬間、蓮珠が懐から細い針を取り出した。


 「あなたも、鏡で見抜くような目を持つ限り、後宮には不要です」


 だが、その手は振り下ろされる前に止められた。


 ──からんっ!


 床に転がる針。蓮珠の背後に、朱凌が立っていた。


 「……芙蓉は、生きている。君の手は届かなかったよ」


 朱凌の懐から、一通の手紙が差し出される。


 「これは芙蓉が残した“本物の密書”。君の罪を明らかにする証だ」


 蓮珠の顔が蒼白に染まる。


 清蘭はそっと言葉を添えた。


 「影であっても、“誰かを傷つけて良い理由”にはなりません。

 あなたが羨んだ芙蓉妃の想い──それは、この後宮で最も“強い”ものでした」


 静かに涙を流し、蓮珠は手を下ろしたのだった。

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