最初の役割分担
【リク視点】
僕たちは朝露の草を踏み分けながら、それぞれの役目を確認し合った。昨日、あの夜を越えた僕たちは、もう迷ってはいなかった。
「リク、行くぞ。そろそろ陽が高くなる」
カイが僕を呼ぶ。腰には木の枝で即席に作ったワナが二つ、紐でぶら下がっていた。森で拾った細い枝とつる、それに俺たちが村で学んだ「盗み見た知識」だけが頼りだ。貴族様に献上する狩猟場の罠作りを、隠れて見ていたことが、まさかこんな形で役に立つとはな。
「うさぎ……獲れるといいな」
「リク、お前、やけに静かじゃねえか。寝てないのか?」
「いや……ちょっと緊張してるだけだよ」
この一歩が、僕たちの『生きていく』の最初の一歩なんだ。そんな気負いが、知らず知らず肩にのしかかっていた。
小道を外れ、草原の端の森へ入ると、カイが手際よく罠を仕掛けはじめた。僕も別の場所にワナを構える。獣道のように踏み固められた場所を選び、木の根元に蔓を通す。罠の輪が目立たないように、周囲の草を戻し、土をならす。
蔓草で編んだヒモに、ウサギが首や足をひっかけるといいなぁと言う、簡単なワナだ。
「おし、いい感じだな。夕方には見に来ようぜ」
「うん……」
それだけ言って、僕たちは森を後にした。
森を抜けると、向こうの林で、マリルとユナ、それにサラが何やら探しているのが見えた。
「マリル姉~! これ、たべられるの? ほら、甘い匂い!」
「うん、ちょっと待って……これはカリンかも。ユナ、匂いはいいけど、かじっちゃダメ。渋いから」
マリルが口を尖らせながらも、手慣れた様子で実を摘んでいた。サラは手に籠を抱えて、既に色づいた小さな果実を慎重に選んでいる。
「サラ姉、こっちは?」
「それは……うん、食べられるわね。焼いたら甘くなるかも」
女の子たちの働きぶりに見とれていたら、カイが肘で俺の脇腹を小突いてきた。
「おい、ぼーっとしてんじゃねえ。戻るぞ。エリクたちが心配だ」
確かに、エリクとディノは畑をやると言っていたが、鍬も無ければ鋤も無い。ただの手作業だ。
戻ってみると、ふたりは黙々と土を掘っていた。ディノは汗だくになって、素手で土をこねている。エリクは石を使って地面を砕き、平らに均していた。
「うわ、指まっくろじゃん」
「ひ、ひどいよぉ……つめの中に石が詰まった……」
ディノが泣きそうになりながらも、必死に耐えていた。エリクは無言のまま、濡らした布で彼の手を拭いてやっている。
「エリク、種を蒔く場所、決めたのか?」
「ああ。南斜面。日当たりがいい。川も近い」
「よく見てるな、相変わらず」
「道具があれば、もっと早いがな……」
夕方、日が傾くころ、皆が少しずつ帰ってきた。果物の香りと、野草の匂い。小さなキノコ。すべてが“自分たちの手で得たもの”だった。
そして、カイと僕が見に行った罠の一つには、幸運にも小さな一羽のうさぎがかかっていた。
「やった!」
カイが飛び上がって喜ぶ。誰より先にユナが駆け寄り、うさぎの小さな命に驚きと戸惑いを浮かべた。
「かわいそう……でも、わかってる……ごはん……だもんね」
その晩、小さな火の上で、肉とキノコと実を炙った素朴な食事を囲んだ。誰も声を荒げなかった。けれど、皆がどこか誇らしげな顔をしていた。
「……あたし、ここなら、生きていける気がする」
マリルがぽつりと呟いた。
「……うん、ユナも。ここ、すき」
「僕も。……畑、ちゃんとできる気がしてきたよ」
ディノの声には、自信のかけらが混ざっていた。エリクは無言だったが、火を見つめながら小さく頷いていた。
ここではじめて食べる肉は、血ぬきが不十分で、ケモノ臭かった。
僕たちは、まだ何も持っていない。ただ、手があって、仲間がいて、少しの土地がある。
明日からエリクが道具類を作る流れになる。
火打石をくすねたのは、エリクだった。僕たちの中で、あいつが一番、手先が器用だったから。
でも、これで、生きていけるかもしれない。そう思えた夜だった。
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