はじめての開墾
【リク視点】
夜明け前、冷たい風が肌を刺す頃。焚き火の熾火にくべた枯れ枝が、パチンと音を立てた。
僕は、誰よりも先に目を覚ました。背中に巻いたマント代わりのボロ布から這い出すと、少しだけ冷えた体に朝の空気を吸い込む。
アルベリアの夜は、やはり村よりも冷えたが、それ以上に空気が澄んでいた。ほんの少し顔を上げるだけで、空の端が青白く色づいてきているのがわかる。
ふと、隣で寝息を立てていたカイが、むくりと上半身を起こした。
「……今日から、始めるんだな」
「ああ」
小さく返すと、カイは黙って立ち上がり、川で顔を洗いに行った。その背中が、どこか頼もしく見えた。
やがて皆が目を覚まし、少し残っていたノイチゴとシイの実を分け合って口にする。食べ物は心許ないが、腹がすき過ぎると、逆に力も出ない。
「で、何をどうするの? まさか素手で畑を作るってわけじゃないでしょうね」
マリルが呆れ顔で言うと、ディノがあわてて枝を一本拾い上げた。
「こ、これで土を掘れば……」
「馬鹿、そんな細いので掘れるわけないでしょ」
「でも、ないんだし……やってみるしかないよ」
ディノは、諦めない顔で地面を掘り始めた。だが、固い土にすぐ枝が折れてしまい、手のひらには赤い筋が走る。
「あっ……いてて」
僕はとっさに近づいて、彼の手を見た。血は出ていないが、かなり擦れている。
「ディノ、ちょっと待て。まずは場所を選ぼう。畑にするなら、土が柔らかくて、水の近くがいい」
カイが言い、全員で川に沿って歩きながら、地面を踏みしめ、草をかき分ける。
やがて、少し低くなった場所で、指先にぬかるみが残る湿った土を見つけた。
「ここなら、なんとかいけるかもしれないな」
「うん、草も浅いし、根も張ってなさそう」
サラがそう言いながら、手で雑草を引っこ抜いた。
僕たちは、石を持ち、太い木の枝を削り、尖らせて、なんとか即席の「くわ」や「シャベルもどき」を作り始めた。マリルが見つけた硬い石を皮で包み、握りやすいようにしたのが意外に使いやすい。さすがは手先が器用なマリルだ。
「おれのは……あ、あああっ! また折れた!」
ディノが投げ出しかけた道具を、今度はエリクが無言で受け取り、手際よく枝を削って補強した。
「こうやって、ここを巻けば、簡単には折れない」
「……すごい。ありがとう、エリク」
ディノが照れ臭そうに笑った。エリクは、ただ無言でうなずいただけだったが、その表情はどこか満足げだった。
そして昼前、汗だくになりながら、ようやく三人が横に並べるくらいの畝が一つ、草原の中に刻まれた。
「……形になったな」
「うん……うん……やった……」
ユナがぽかんと口を開けて畑を見つめ、そのまま小さな手を叩いた。
「すごいよ、すごい! 畑だよ、ほんとの畑ができたんだ!」
彼女の無邪気な歓声に、皆が笑った。空腹も疲れもあったはずなのに、その瞬間だけは、不思議と体が軽くなった気がした。
風が吹き抜ける。汗ばんだ額に、心地よい冷たさが触れる。
ここに住める。
ここで、やっていける。
そんな確かな感覚が、胸に芽生えた瞬間だった。
「なあ、もう一畝、いってみようぜ。今日のうちに」
カイが言い、俺たちはうなずいた。
手はまだ痛い。腹もまだ減っている。
でも、その手で、土を耕せる。
その喜びだけが、今日の全てだった。
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