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農奴たちの盆地国家~人頭税が高いので独立しました~  作者: 塩野さち


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第27話 百の武器と借金

【リク・アルベリア男爵(16歳)視点】


『ヴァルディス歴311年 6月6日 夕方 雨上がり』


 雨上がりの空に、大きな虹がかかっていた。

 アルベリア村の空気は、湿り気を帯びた土と、力強く伸びる若草の匂いで満ちている。


 僕は畑の様子を見回っていた。春に植えた作物は順調に育ち、奴隷から解放された村人たちの顔色も、日を追うごとに良くなっている。

 鍬を振るうリズムに合わせて、どこからか鼻歌さえ聞こえてくる。平和だ。この光景を守り続けたいと、心からそう思う。


「リ、リク! 大変だよ!」


 村の入り口で門番をしていたディノが、槍代わりの木の棒を振り回しながら走ってきた。その顔は興奮で赤く染まっている。


「どうしたの、ディノ? そんなに慌てて」


「ば、馬車が! すごい数の馬車が来るんだ! ルギンさんと、ゴルバさんだ!」


「えっ? もう戻ってきたの?」


 ルギンさんが炭を運んで街へ行ってから、まだ数日しか経っていない。ゴルバさんに至っては、ほぼトンボ帰りだ。

 僕はディノと共に、村の入り口へと急いだ。


 村の柵の外を見て、僕は言葉を失った。


「……すごい……」


 街道の向こうから、長い長い馬車の列が近づいてきていた。

 先頭を行くのは、立派な軍馬に引かれたゴルバさんの馬車。それに続くように、荷台に山積みの荷物を載せた馬車が五台、六台……いや、もっとか。

 そして最後尾には、見慣れたルギンさんの馬車も続いている。


 馬のいななきと、車輪が泥を跳ねる音が、静かな村の空気を震わせる。

 農作業をしていたカイやエリク、マリルたちも、何事かと集まってきた。


「おいおい、軍隊でも連れてきたのかよ……」


 カイが呆れたように呟く。確かに、それほどの威容だった。


 馬車列が門の前で止まると、先頭の馬車からゴルバさんが降りてきた。相変わらず、自信に満ちた不敵な笑みを浮かべている。


「よう、リク男爵。早いお帰りだったろ?」


「ゴルバさん、それにルギンさんも……。こんなに早く、それにその荷物は一体……?」


 僕が尋ねると、最後尾の馬車からルギンさんが降りてきた。

 だが、いつもの飄々とした雰囲気とは少し違う。その目は少し赤く腫れていて、どこか憑き物が落ちたような、それでいて決意を秘めた顔をしていた。

 彼の馬車の荷台には、真新しい麻袋や木箱が所狭しと積まれている。いつもの日用品のようだ。


「リク男爵……。申し訳ありません」


 ルギンさんはいきなり、僕の前で深々と頭を下げた。


「えっ、ど、どうしたんですか!?」


「お預かりした炭……すべて、奪われました」


「……えっ?」


 時が止まった気がした。

 ルギンさんは顔を上げずに、悔しさをにじませた声で続ける。


「街へ向かう途中、野盗に襲われました。馬車ごと、炭をすべて……。あなた方の大切な結晶を、私は守ることができませんでした。この通りです!」


 その言葉に、周囲の仲間たちがざわめく。

 炭は、僕たちの希望そのものだった。それを奪われた。怒りや落胆の声が上がりかける。

 けれど、僕はルギンさんの泥だらけの靴を見て、とっさに彼の手を取った。


「顔を上げてください、ルギンさん! あなたが無事でよかった……! 炭はまた焼けます。でも、命は一つですから!」


「男爵……」


 ルギンさんが涙ぐむ。

 だが、その感傷的な空気を断ち切るように、ゴルバさんがパン、と手を叩いた。


「はいはい、お涙頂戴はそこまでだ。……いいか、リク男爵。これが現実だ」


 ゴルバさんの鋭い視線が僕を射抜く。


「金になるモンがありゃあ、必ずそれを奪おうとする悪いオオカミが現れる。ルギンが襲われたのは、あんたたちの村に『価値』が出始めた証拠だ。……で、どうする? また炭を焼いて、また奪われて、泣き寝入りするか?」


「それは……嫌です。絶対に」


 僕は拳を握りしめた。

 すると、ゴルバさんはニヤリと笑い、背後の馬車列を親指で指し示した。


「だろうな。だから、持ってきたぜ」


 ゴルバさんが合図をすると、御者たちが一斉に荷台の防水シートをめくり上げた。

 夕日が差し込み、鈍い金属の輝きが目に飛び込んでくる。


 そこに積まれていたのは、鉄の山だった。

 束ねられた槍。積み上げられた木の盾。そして、木箱にぎっしりと収められた剣、剣、剣。


「うわぁ……!」

「なんだこれ……すげえ数だ……」


 村人たちが息をのむ。僕も目が釘付けになった。これだけの量の武器を、僕は見たことがない。


「槍が百本。盾が百枚。剣が百本。ついでに弓矢も少々。……あそこのルギンの馬車には、武器の手入れに使う油や布、それにあんたたちの生活に必要な日用品も満載だ」


「ひゃ、百……!?」


 僕は目を白黒させた。


「こ、こんなに買えません! 炭が売れたとしても、何年かかるか……!」


「誰が『買え』と言った? 『貸して』やるんだよ」


 ゴルバさんはこともなげに言った。


「代金は出世払いでいい。期間は無期限。利子もなしだ。……ただし条件がある。俺がこれからみっちりと、この武器の使い方を叩き込んでやる。あんたらの村の男衆、全員にな」


「えええええええ~~っ!!??」


 僕の素っ頓狂な叫び声が、夕暮れの村に響き渡った。

 ただでさえ借金(炭の損害)ができたところに、さらに山のような借金(武器)を背負うことになるなんて!


「驚いてる暇はねぇぞ、男爵。野盗は炭の味を占めた。次は必ず、この村そのものを狙ってくる。……守るんだろ? 自分たちの楽園を」


 ゴルバさんの低い声が、僕の腹の底に響いた。

 守る。その言葉の重みが、ずしりと肩にのしかかる。

 僕は横を見た。カイが、エリクが、ディノが、真剣な眼差しで僕を見ている。そして、少し離れた場所では、リュシア殿下が静かに頷いていた。


(……そうだ。僕一人で決めていいことじゃない。でも、逃げるわけにはいかない)


 僕はゴルバさんに向き直り、震える声を抑えて言った。


「……わかりました。でも、これは村の未来に関わる大きな決断です。仲間たちと相談させてください。今すぐに!」


「おう、いいぜ。待っててやるよ」


 ゴルバさんは余裕たっぷりに腕を組んだ。


「みんな! 『始まりの七人』を招集してくれ! 緊急会議だ!」


 僕の号令で、カイたちが走る。

 広場に積まれた鉄の山を背に、僕たちの、この村の運命を左右する会議が始まろうとしていた。


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