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農奴たちの盆地国家~人頭税が高いので独立しました~  作者: 塩野さち


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第26話 百の武器と商人の賭け

【武器商人ゴルバ(28歳)視点】


『ヴァルディス歴311年 6月4日 夜 雨』


 路地裏の酒場の窓ガラスを、冷たい雨がたたいていた。

 薄暗い店内の隅の席で、俺は目の前の男――ルギンのグラスに、安いエールをなみなみと注いでやった。


「……飲めよ、ルギン。今日は俺のおごりだ」


「……すまねぇ、ゴルバさん」


 ルギンは泥だらけの顔を拭おうともせず、震える手でジョッキをあおった。

 無理もない。昨日、こいつは全財産ともいえる炭の山を、野盗どもに丸ごと奪われたのだ。命があっただけマシだが、商人が荷を奪われるというのは、身を切られるよりもつらい屈辱だ。


「くそっ……! あいつらの顔、絶対に忘れねぇ……! 俺の炭を、リク男爵たちの結晶を……!」


 ルギンがテーブルを拳で叩く。悔し涙が、悔恨の言葉と共にこぼれ落ちた。


「なあ、ルギン。悔しいか?」


「当たり前だろ! 力がねぇのが、こんなに惨めだとはな……!」


「そうだな。力なき正義は無力。だがな、力がねぇなら、買えばいいんだよ」


 俺の言葉に、ルギンが涙目で顔を上げた。


「……買う?」


「ああ。辺境伯様からは『安く売ってやれ』と言われている。だがな、俺は考えていたんだ。ちまちま数本売ったところで、焼け石に水だ。野盗の群れは二十人、三十人と膨れ上がるかもしれねぇ」


 俺は懐から羊皮紙を取り出し、テーブルに広げた。そこには、俺が管理している倉庫の在庫リストが書かれている。


「リク男爵の村の人口は、約二百人。そのうち、戦える大人は……まあ、百四十人の元奴隷たちを含めれば、それなりの数になる」


「お、おい、ゴルバさん。まさか……」


 ルギンが息をのむ。俺はニヤリと笑って、リストの一行を指差した。


「百だ」


「ひゃ、百!? 武器を百個流すってのか!? あそこはまだ金なんてねぇぞ!」


「金ならあるさ。未来にな」


 俺はエールを一気に飲み干し、口元の泡をぬぐった。


「あそこの村は化ける。炭も麦も、カブもそうだ。あいつらの目は死んでねぇ。このまま野盗に食い荒らされるには惜しすぎる」


 俺は商人だ。損得勘定で動く。

 だが、一番でかい儲けってのは、誰も見向きもしない原石に投資して、それが宝石に変わった時に転がり込んでくるもんだ。


「倉庫に眠ってる、型落ちの槍がある。錆びちゃいねぇが、軍で使うには短い。最近の流行りは長い槍だからな。これを百本。それに木の盾も百枚。剣も百本。全部まとめて、あいつらに『貸し』てやる」


「……正気かよ。もしあいつらが返せなかったら、あんたが大損だぜ」


「その時は、俺の目が節穴だったってことさ。……どうだ、ルギン。お前も乗るか? この賭けに」


 ルギンはしばらく呆然としていたが、やがてその目に商人の光が戻ってきた。


「……へっ、いいですね。やりましょう。俺も、ただで引き下がるのは趣味じゃないんでね」


 

 その足で、俺は雨の中を走り、辺境伯の館へと向かった。

 隠し扉を抜け、いつもの執務室に入ると、主であるランドベルト辺境伯が、不機嫌そうな顔で書類仕事をしていた。


「……こんな夜更けに何だ、ゴルバ」


「へい、旦那。報告と、承認をいただきにきやした」


 俺はルギンの件を報告し、そして本題を切り出した。


「アルベリア村に、武器を流します。数は百。剣と槍と盾をメインに、弓矢も少々」


 ペンを走らせていた辺境伯の手が、ピタリと止まった。


「百だと? ……あそこの住民の多くは、元奴隷だぞ。武装蜂起でもされたらどうするつもりだ」


 鋭い視線が俺を射抜く。だが、俺は怯まずに肩をすくめた。


「そりゃあ、旦那の政治の手腕次第でしょう。それに、あいつらはもう奴隷じゃありません。『アルベリア村の領民』です」


 俺の言葉に、辺境伯はしばしの間、沈黙した。

 部屋に雨音だけが響く。やがて、辺境伯はふぅ、と息を吐き、ペンを置いた。


「……お前の倉庫の肥やしになっている、古い在庫の一掃処分か」


「人聞きが悪い。有効活用と言ってくださいよ」


「ふん。……いいだろう。許可する」


 辺境伯は椅子に深く背を預け、天井を見上げた。


「資金のある村なら、いずれ必ず襲われる。リク男爵には、自分の身を守る術を持たせねばならん。……それに、百の兵を養える村が育てば、我が領にとっても頼もしい盾となる」


「へい。先行投資、ってやつですね」


 俺がニヤリと笑うと、辺境伯も口の端をわずかに吊り上げた。


「代金は、出世払いで構わん。ただし、ゴルバ。貴様が責任を持って指導してやれ。素人に刃物を持たせるだけでは、怪我をするだけだ」


「お任せを。みっちりと、使い方も叩き込んできますよ」


 俺は深く頭を下げ、部屋を出た。


 雨はまだ降っている。だが、俺の心は晴れやかだった。

 百の剣と槍。これがアルベリア村に渡った時、あそこはただの農村じゃなくなる。


(さあて、リク男爵。驚く顔が見ものだな)


 俺は雨に濡れた石畳を踏みしめながら、明日の出発の準備へと急いだ。

 商売道具の槍が、倉庫で出番を待ってうずいている気がした。

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