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『農奴たちの盆地国家』~人頭税が高いので独立しました~  作者: 塩野さち
第二章 男爵領

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第20話 武器の価値

【リク=アルベリア男爵16歳視点】


『ヴァルディス歴311年、5月15日、昼、曇り』


 僕たち四人は、それぞれが槍代わりにしている木の棒を手に、村の入口へと急いだ。曇り空の下、遠くから近づいてくる複数の荷馬車のシルエットが見える。その先頭をゆく御者台の人影には見覚えがあった。


「あっ、ルギンさんだ!」


 ディノがほっとしたように声を上げる。僕も胸をなでおろした。だが、ルギンさんの隣には、見慣れない男が一人、座っていた。長い金色の髪を揺らし、腰には本物のロングソードを帯びている。ただ者ではない雰囲気が、遠目にも伝わってきた。


 僕たちが入口にたどり着くと、ルギンさんが人の好さそうな笑みを浮かべて手を振ってきた。


「やあ、リク男爵! 祭りの日にすまないねぇ。新しい商売仲間を連れてきたんだ」


 ルギンさんに紹介され、金髪の男が前に一歩進み出る。歳はルギンさんと同じくらいだろうか。自信に満ちた青い瞳が、まっすぐに僕たちを射抜いた。


「俺はゴルバ。流れの武器商人だ。こいつは挨拶代わりだ、受け取ってくれ」


 そう言うと、ゴルバと名乗る男は、荷馬車から一本の短い槍を取り出し、僕に差し出した。穂先は鈍く光る鉄でできており、僕たちが持っているただの木の棒とは比べ物にならない。


「……武器、ですか」


 僕はごくりと喉を鳴らした。村の防衛力を高めることは、男爵となった僕の急務だ。喉から手が出るほど欲しいものだった。


「ああ。あんたたちの村には、見たところ、まともな武器が一つもないじゃないか。どうだ、いくつか買わないか? 例えば、そこのお前の仲間が持ってるような剣なら……」


 ゴルバは、ちらりとカイの腰に目をやった。カイは、僕たちがバルドロ男爵から奪った、刃こぼれだらけの剣を差している。


「あの程度の剣でよければ、一本につき小麦一袋でどうだ?」


「なんだと!?」


 思わず声を上げたのは、僕の隣にいたカイだった。


「ふざけるな! 小麦一袋ってのが、どれだけの価値か分かってんのか!」


 カイが今にも飛びかかりそうな勢いで怒鳴る。ディノは僕の後ろに隠れておろおろと震え、エリクだけが黙ってゴルバの持つ武器を値踏みするように見つめていた。


 小麦は、この村にとって命そのものだ。食料であり、唯一の交易品でもある。剣一本に、それだけの対価を払う余裕は、今の僕たちにはなかった。


「……申し訳ありません、ゴルバさん。今の僕たちの村では、その値段で武器を買うことはできません」


 僕は悔しさを押し殺し、きっぱりと断った。するとゴルバは、肩をすくめてにやりと笑う。


「だろうな。だが、覚えておくといい。いざという時、お前たちの命を守るのは、腹を満たすパン袋じゃなく、こういう鉄の塊だってことをな」


 その言葉は、僕の胸に重く突き刺さった。


「まあまあ、ゴルバ。商談は焦っちゃいけねえよ。リク男爵、せっかくの祭りなんだ。俺たちも少し、楽しませてもらってもいいかい?」


 ルギンさんの助け舟に、僕はこくりと頷いた。


「はい、もちろんです。さあ、こちらへ。カブがたくさんありますから、ぜひ食べていってください」


 僕たちは広場へ戻った。そこでは、カブ祭りが最高潮の盛り上がりを見せている。広場の中央に組まれたいくつもの焚き火では、真っ白なカブが丸ごと焼かれ、香ばしい匂いをあたりに漂わせていた。


「うわあ、すごい煙……!」


 ユナが目をこすりながら、大きな鍋をかき混ぜている。中では、さいの目に切られたカブと、森で採れた野草がぐつぐつと煮えて、美味そうなスープになっていた。サラとマリルは、そのスープを木の椀によそい、村人たちに手際よく配っている。


「はい、熱いから気をつけてね」


「カブの葉っぱの炒め物もあるわよ。残さず食べなさい」


 他にも、薄切りにしたカブを酢と蜂蜜で漬けた甘酢漬けや、塩漬けにしたものなど、まさにカブ尽くしの料理がずらりと並んでいた。以前はバルドロ男爵に搾取されるだけだった村人たちが、今は自分たちの手で収穫したものを、腹一杯食べて笑っている。その光景を見ているだけで、胸が熱くなった。


 ルギンさんは早速荷車から商品を下ろし、布の上に並べて即席の露店を開き始めた。ゴルバも、最初は腕を組んで遠巻きに見ていたが、サラに無理やりカブの丸焼きを渡されると、しかめ面のまま一口かじり、そして少しだけ目を見開いていた。


 僕がカブのスープをすすっていると、ルギンさんが近づいてきた。その目は、商人としての鋭い光を宿している。


「いやあ、それにしてもリク男爵。この祭りは見事なものですね。ところで、一つ気になったのですが……」


 ルギンさんは、広場のあちこちで燃え盛る焚き火を指差した。


「これだけの火を(おこ)すとは、ずいぶんと炭を豊富にお使いのようだ。これは、どこで手に入れたのですか?」


「炭ですか? ああ、これは村の裏の森で、エリクたちが作ってるんですよ。木なら、いくらでもありますから」


 僕が何気なく答えると、ルギンさんの目の色が変わった。


「なんと! 自前で! リク男爵、ぜひ、その炭を私に売っていただけませんか!」


「えっ? 炭を、ですか?」


「はい! 今、街では上質な炭は高値で取引されています。これだけの品質と量があれば、必ずや良い商売になります! 小麦よりも、ずっと良い稼ぎになるかもしれません!」


 ルギンさんの興奮した声に、僕は驚いて言葉を失った。僕たちにとっては、ただの燃料でしかなかった炭が、外の世界では価値ある商品になる。


(そうか……この村には、まだ僕たちが気づいていない宝物が、たくさん眠っているのかもしれない)


 武器は手に入らなかった。けれど、それ以上に価値のある、新たな可能性の扉が開いた瞬間だった。


 曇り空の向こうに、太陽の光が差したような気がした。祭りの喧騒の中、僕は拳を固く握りしめる。このアルベリア村は、もっと豊かになれる。僕たちの手で、もっと強くできる。そんな確かな手応えが、胸の中に満ちていくのを感じていた。

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