第18話 ゴルバ
【商人ルギン26歳視点】
『ヴァルディス歴311年、5月12日、昼、くもり』
俺は奴隷商人を名乗るのをやめた。
今ではなんでも取り扱う普通の商人を名乗ることにした。
まあ、なんというか、心境の変化ってやつだ。アルベリア村はなんでも買ってくれる。同村には、すでに奴隷がたくさんいるが、無理を言うと何人でも買ってくれた。
しかし、村には奴隷があふれかえることは無い。これは俺のカンだが、奴隷の半数ほどが『消えて』いるように思える。
(奴隷をどうしているのだろう? まあ、どうにかしているのだろう。もう一つ村を開墾しているのかもしれない)
あり得ることだった。必要になれば、向こうから教えてくれるだろう。なにせこっちは百人以上の奴隷を売っている。話を聞こうと思えば、できるだろう。あのリク少年男爵なら教えてくれそうだ。
だが、時々、こちらを値踏みしてくるように見てくる者がいた。品のある少女と、その従者らしき騎士風の男の目がこわい。これもカンだ。あのアルベリア村には何かある。
(やぶは、つつかないほうがいい……)
いつも通り生活用品の買い付けを行う。
今居るのは、ランドベルド辺境伯のおひざ元の街だ。ここからアルベリア村までは三日ほど。村で商品を売り、代金代わりの品物を受け取り、再び街へ帰る。そして一日休むついでに仕入れをしている。
村では安ければ引き続き奴隷を買うと言うので、一応奴隷市も見る。だがめぼしい奴隷はだいたい買ってしまったので、もう残っていない。
(まあ、戦争でも起これば、また奴隷が増えるだろう。それまでは普通の商売だな)
次に家畜の市をのぞく。ニワトリはあの村へ持って行った。育て方も教えてやった。次は何がいいだろうか?
実はリク男爵から、『労働力にしたいから、何か家畜を買ってほしい』と頼まれていた。
(牛や馬がいればいいな。よし、この馬が安いな。これにしよう)
メスとオスの農耕馬を買い求める。
軍馬のように立派な馬ではないが、労働力としては十分だろう。
こんなところでいいか?
俺は宿へ戻った。ハッキリ言って、宿での盗みや殺しは多い。だがこの宿は信用できる。きちんと用心棒を雇っていた。
宿屋の一階にあるバーカウンターで一杯やる。
噂を聞こうと耳をすませるが、大した話はない。
強いて言えば、隣国で施行された人頭税のせいで、流民が増えているという話ぐらいだ。
「よぉ、隣座ってもいいか?」
そんな、俺の仕入れ兼休日に、そいつは話しかけてきた。長い金色の髪に青い目の男だ。腰にはロングソードを帯びている。
ここランドベルト辺境伯領では、武器の所持は許可制だ。だから最初は、店の用心棒か騎士が話しかけてきたのかと思った。
「俺は流れの武器商人のゴルバって言う。よろしく!」
「ゴルバ? こっちはルギンという。総合商人だ」
ゴルバはエールを二つ注文すると、一つを俺の方へよこす。
「へえ? おごってくれるのかい? 何か頼み事か?」
「静かに。俺はランドベルト辺境伯の使いだ」
(まあ、街中で堂々と剣を持っているんだ。怪しいヤツではなさそうだな)
俺とゴルバは顔を寄せ合う。
「アルベリア村へ売りに行きたいものがある。それで元締めであるアンタに頭を下げに来た」
「俺が、元締め?」
俺は思わず『くつくつ』と笑いが出る。
「よしてくれ。俺は最近奴隷商人を卒業したばかりの人間だぞ? それにアルベリア村は他の商人に嫌われているだろ?」
「それがそうでもない。最近のルギンさんは羽振りがいいからな。売り買いする荷物も安定している。それどころか微増している。他の商人からの評判は悪くない。あと、俺の許可証だ」
ゴルバが懐から売買許可証の木札をとりだした。そこには、武器の売買を許可すると書いてあった。横にはランドベルト辺境伯の印がある。
「……分かった、そういう事ならアルベリア村へ連れていってやろう。だが元締めが俺で本当にいいのか? 村が他の商人に税率をいくらかけるか分からんぞ?」
「行ってみればわかるだろ」
俺たちは木のジョッキをゴツンと合わせるとエールをあおる。少しフルーティーな味わいのエールだった。
「それもそうだな」
俺は口のまわりの泡を手でぬぐった。
外は雨がふってきたらしく湿気が出て来た。昼間だというのに薄暗く、店のマスターがランプに火を灯していた……。
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