第17話 キャベツ漬けとニワトリ
【奴隷商人ルギン26歳視点】
『ヴァルディス歴311年、4月15日、昼、晴天』
俺はアルベリア村に入ると、さっそく広間で市を開く。
麻布を敷物がわりにして商品を並べると、お客が集まり、いろいろな品物を買っていく。
(気のせいか? 今日はやたらと塩が売れるな。やはり前回、キャベツ漬けを教えたせいか?)
キャベツ漬けは、俺が生まれたところではよく食べられていた。
作り方は簡単だ。キャベツを刻み、塩で揉んでからツボに詰め、五日から十日ほど寝かせる。これだけだ。ちなみにパンにもエールによく合う。
(いろいろ教えてやったほうが、これからも売れるか? 流行は俺が作るってな!)
遠くを見ると、キャベツの畑も広がっている。どうやら、キャベツの美味さが分かったらしい。
(ふむ、ちょっと面白いな)
俺がそんな事を考えていると、リク男爵がやってきた。
横にはこの前売った奴隷の猫耳少女がいる。
(新しい服を着せてもらってるな……血色もよさそうだな。まあ、ここに買われてよかったってことか)
「こんにちは、ルギンさん! 今日の品物を見せてくれる?」
「これはリク男爵様。どうぞどうぞ。本日のおすすめはニワトリですよ!」
「あっ、ニワトリね、うんうん。ちょっとその前に、アルベリアで作ったキャベツ漬けを味見してもらえる? ミレイ、お出しして!」
「はい、男爵様!」
横にいた猫耳少女が、ツボから皿にキャベツ漬けを盛り付ける。
「どうぞ!」
猫耳少女が出した皿から、キャベツ漬けを一つまみ取る。ふむ、見た目はよさそうだな。まあ、キャベツを漬けたものだから、キャベツ漬けとしか言いようがない。聞いた話によると、遠くの地ではザワークラウトと呼ばれているそうだ。
「いただきましょう!」
口へはこぶ。
……シャク、と軽やかな歯ざわり。噛むごとに広がるのは、微かに鼻をくすぐる乳酸の香りと、キャベツ本来の甘みを底に残したまろやかな酸味だ。
塩味はきつすぎず、控えめながら芯の通った味。発酵特有の酸が舌に残るが、不快ではない。むしろ、食欲を呼び覚ますようなすっきりとした後味だ。
熱を使っていないからこそだろう、シャキッとした食感が心地よい。口の中が一気に目を覚ましたような、そんな感覚がある。
俺は感心したように鼻を鳴らした。
「おお……これは、悪くない。酒のあてにも、肉料理の口直しにもなりそうですね。アルベリア産とは、やりますね」
「でしょ!」と、ミレイが誇らしげにしっぽを揺らす。
リク男爵も「やったな!」と、ミレイの背中を叩く。
「それでリク男爵様。ニワトリを買ってくれるのなら、また新しい情報を教えましょう」
「へえ、ルギンさんもワルですね」
俺とリク男爵は、語尾に笑いを含んでいる。
このやりとりが楽しい。
「実はですな。麦がとれなくなった畑は、しばらくクローバーを植えると、なんと復活するそうなのです!」
「な……なんだって!」
(ふふふ、リク男爵……驚いているな、もう一押しすれば……)
「そこでセットでおすすめなのが、こちらのニワトリです。ニワトリはクローバーも食べます!」
この時の俺は、悪い顔をしていただろう。
だが、悪意はない。俺はどうも商人としては人相が悪いらしいのだ。これが今まで成功しなかった理由だ。
「なるほど! 麦畑のあとはクローバーを植えて、ニワトリを放す!」
「はい、正解ですリク男爵」
リク男爵は「うーむ」とうなりながら、ニワトリの入っている檻を見つめる。
「でもさ、ルギンさん。それだけじゃないんでしょ?」
「はい、また奴隷も買っていただきたいのです。なにせ私は奴隷商人ですから」
男爵はアゴに手を当てて考え込んでいる。
「ちょっとまっててよ! みんなと相談してくるから!」
「はい、ごゆっくり……」
最後に結論だけ言おう。
ニワトリも奴隷も全部売れた。
まあ、この村の経済や食料事情が破綻しないように、いろいろと考えてやるつもりだ。
(その代わり、実益はいただく。だが、これもいつまで続くか……)
そうなのだ、この村で商売をすれば儲かるという話が伝われば、いずれ他の商人が入ってくる。
(俺はそれまでに、このアルベリア村に深く入りこむ必要がある。それも権力者に……)
商品はほとんど売れた。
さて、明日はまた商品を仕入れにいこう。
夕方だったため、アルベリア村の納屋で一泊する。横には奴隷も寝ていたが、以前のように悪臭はしなかった。
翌朝、打算を胸に、アルベリア村をあとにした。
小雨がふっていたが、俺の足を止めるほどの雨ではなかった。
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