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『農奴たちの盆地国家』~人頭税が高いので独立しました~  作者: 塩野さち
第二章 男爵領

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第15話 奴隷の村、アルベリア

【リク視点】


 白馬に揺られて帰った村は、名前こそ新しくなったものの、その空気は未だに重く沈んだままだった。


 旧ファルケン村……今日から、僕たちのアルベリア村。その領主として戻ってきた僕を出迎えたのは、恐怖に怯える村人たちの、静まり返った視線だけだった。バルドロの圧政が残した傷跡は、俺が想像していたよりもずっと深く、この土地の隅々にまで染み付いている。


 僕たちは、バルドロが住んでいた屋敷を拠点に定めた。贅沢な装飾品はほとんど運び出し、代わりに僕たちの手で持ち込んだ粗末な寝具や、エリクが作った木の机を置く。その机の上で、カイが村に残されていた帳簿の山を前に、唸っていた。


「……おい、リク。ちょっと、これ見てみろよ」


 カイが突き出してきた羊皮紙を覗き込むが、そこに並ぶ細かい文字は、僕にはただの模様にしか見えない。


「ダメだ、さっぱり読めねえ。だがな、この焼き印みたいな印……これはわかる。奴隷の印だ。どの頁にも、やたらと多いんだよ」


 カイも文字は読めない。だが、長年見せつけられてきた奴隷の証だけは、嫌でも見分けがついた。そこへ、部屋の入り口から静かな声がかけられる。


「もしよろしければ、私に読ませていただけますか?」


 リュシア殿下が、音もなく立っていた。彼女は僕たちに一礼すると、羊皮紙をそっと手に取る。そして、僕たちが見守る中、その内容を淡々と読み上げ始めた。


「住民台帳によれば、総人口、およそ二百名。そのうち、奴隷に分類される者は……百四十一名。実に、七割を超えますわね」


 その言葉に、カイが息をのむ。


「やっぱり……バルドロが、奴隷ばかりを買い集めて、畑を耕させてたんだね」


 帳簿を眺めていたサラが、痛ましげにぽつりと呟いた。

 家畜のように扱われ、男女も子供も関係なく、狭く不潔な小屋に押し込められていた人々。中には、ろくに食べ物も与えられず、病で動けなくなっている者の姿もあった。俺たちが村を占拠した後も、彼らはただ鎖を外されただけで、どうしていいかわからずに広場の隅でうずくまっている。


 その夜、僕たちは屋敷の会議室に集まった。部屋の中央に置かれたのは、七つの椅子。それは、あのアルベリア盆地で焚き火を囲んでいた頃と変わらない、僕たち七人だけの合議の場だった。そして、その輪の少しだけ外れた場所に、書記役としてリュシア殿下にも席についてもらった。


「みんな、集まってくれてありがとう。……さっそく本題に入るよ。この村にいる、大勢の奴隷たちを、これからどうするか考えよう!」


 僕の問いかけに、部屋は重い沈黙に包まれた。誰もが、その問題の大きさに言葉を失っている。最初に口を開いたのは、やはりカイだった。


「そりゃあ、決まってんだろ! まずはちゃんと飯を食わせるのが一番だぜ。腹が減ってちゃ、何も始まらねえ」


「あと……虐待も、絶対に禁止しようよ。昼間に見たんだ……背中に、鞭の痕がたくさんある人を。見てるだけで、つらくて……」


 ディノの声が、最後の方は少し震えていた。彼もまた、グリマ村での辛い記憶を思い出しているのだろう。


「でも、ただ解放して自由にすればいいってものじゃないわ。長年奴隷だった人たちに、今さら『自由だ』と言ったって、行く当ても、生きる術もない。むしろ、放り出される方が不安で、ここから逃げ出すことすらできないんじゃないかしら」


 マリルが、腕を組んで冷静に現実を指摘する。彼女の言う通りだった。ただ自由を与えるだけでは、無責任な自己満足でしかない。


「……だとしたら、私たちができるのは、せめてここの暮らしを良くしてあげることだけよね。待遇を改善して、人間らしい生活を保障するしかない」


 サラが静かに、しかしはっきりとそう言った。


「わたしね、子供たちが遊べるようにしてあげたいの! あの子たち、お外に出ても、ずっと隅っこで黙ってるんだよ……。そんなの、かわいそうなんだもん……」


 ユナの瞳には、うっすらと涙が浮かんでいた。その言葉に、皆が黙って頷く。

 最後に、それまで黙って皆の意見を聞いていたエリクが、低い、静かな声で言った。


「……だが、働いてもらう必要はある。この村を維持していくためにはな……」


 エリクの言葉に、僕たちは改めて顔を見合わせた。そうだ、僕たちはもう、ただの逃亡者じゃない。この土地と、ここに住む人々を守る責任がある。そのためには、感傷だけではやっていけない。


(これが……僕たちが決める、この村の最初の法律になるんだ)


 僕は立ち上がると、皆の顔を一人ひとり見回して言った。


「みんなの意見はわかったよ。それを、この村の決まり……『法律』として定めよう。僕たちが、このアルベリア村をどう治めていくのか、皆に示すためにだ!」


 そして、僕はリュシア殿下に向き直る。


「リュシア殿、お願いできるかな。僕たちの言葉を、皆がわかるように紙に書き留めてほしい」


 彼女は、こくりと優雅に頷き、真新しい羊皮紙とペンを用意した。


 ■アルベリア奴隷法(第一稿)


 一、奴隷にも、腹一杯食べさせること。

 一、奴隷にも、清潔な服を与えること。

 一、奴隷にも、雨風をしのげる、まともな家を与えること。

 一、奴隷を、理由なく殴ったり、蹴ったり、虐待してはならない。

 一、奴隷の子供は、仕事を手伝わなくてもよい。自由に遊ぶことを許す。

 一、これらの権利の代わりに、奴隷は真面目に働くこと。

 一、この法に違反した領民がいた場合、その者が所有する奴隷は没収し、領主のものとする。


 そこまで書き終えた時、サラが「待って」と声を上げた。


「では、奴隷の人が決まりを破った時は、どう罰するの? 鞭は、もう使いたくないけれど……」


「その日の食事を抜きにする、というのはどうだろう。命に別状はないが、罰としては十分なはずだ」


 エリクの提案に、皆が頷いた。リュシア殿下が、その最後の条文を静かに書き加える。


 一、奴隷が決まりを破った場合は、罰としてその日の食事を抜きとする。


「……はい。できましたわ」


 ペンを置いたリュシア殿下が、柔らかく微笑んだ。

 書き終えた羊皮紙を皆で覗き込む。カイが、なんだか照れくさそうに頭を掻いた。


「はは……なんか、すげえ法律になっちまったな」


「でも、これでいい。これが、僕たちのやり方だ」


 僕は、強くそう答えた。


 十六歳の元奴隷七人が、夜通し知恵を絞って作り上げた、小さな領地の、本当に小さな法律。だが、そこには、自分たちが奴隷だったからこそわかる、痛いほどの実感がこもっている。


 この日から、アルベリア男爵領の、本当の歴史が始まった。


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