第11話 獣狩り男爵バルドロ
【バルドロ視点】
乾いた土埃が舞う畑に、鞭が空気を裂く鋭い音が響き渡った。
「働けぇい! 陽が高いうちに畝をすべて終わらせんか、この愚図どもが!」
兵士の怒声に、鎖に繋がれた奴隷どもの背中がびくりと跳ねる。俺、バルドロ・ファルケン男爵は、このファルケン村とその周辺の土地を領有する、れっきとした貴族だ。昨今、領地も持たず、口先だけで貴族を名乗る腑抜けどもが多いが、俺は違う。自らの手で、この土地から富を生み出しているのだ。その方法か? 至極、簡単なことだ。働かせる。徹底的にな!
奴らは飯さえ与えておけば死ぬまで働く。怪我をすれば捨て、死ねば新しいものを補充すればいい。費用対効果という点では、文句ばかり多い自由民を雇うより、よほど優れている。特に、獣人の奴隷は良い。安くて従順で力がある!
「……それで、例の獣人はどうした? あの猫耳の小娘は、まだ見つからんのか?」
俺の問いに、傍らに控えていた兵士が、居心地悪そうに身を縮めて頭を下げた。
「はっ……! その件でございますが、男爵様。例の猫耳の少女、ミレイは、確かに屋敷の倉庫から奴隷市に回された形跡が……。しかし、誰が購入したかの記録までは……」
「なんだと?」
こみ上げる怒りを抑えきれず、足元の石くれを力任せに蹴り飛ばす。鈍い音を立てて飛んだ石は、近くで働いていた奴隷の女の足元に当たり、奴は悲鳴を飲み込んで慌ててその場に這いつくばった。
「ミレイは俺の『商品』だ! あれは働かせれば利益が出る! 見世物にするもよし、馴染みの客に流すもよし! それを、どこの馬の骨とも知れん奴に、はした金で売り渡しおって! 何たる愚行か!」
そうだ、あれは俺の所有物だった。正式に売却を許可した覚えはない。つまり、あれは盗まれたも同然。そして、俺の『商品』を奪うということは……。
「……盗人だ。その小娘を買った奴は、盗人だ。すぐに探し出せ。近隣の村、町、すべてに触れを出せ。猫耳の獣人を連れた者を見つけ次第、報告せよと。今すぐ名乗り出て『返却』するならば、命だけは助けてやると伝えてやれ」
兵士は恐怖に引きつった顔で頷いたが、その目には焦りの色が滲んでいた。
「は、はい! すでに村の者を数人、市へ向かわせておりますが……。他の多くの奴隷に紛れて売られた可能性も……」
「ふん、だから安値で取引されたというわけか。忌々しい」
俺の審美眼を理解できぬ腰抜け商人も、それをまんまと手に入れたどこの誰かも、すべてが苛立たしい。
(だが、必ず見つけ出す。ミレイは俺の手元に戻ってくる……。あの怯えた目、小さく震える耳……獣というのは、やはり躾けてやらねばならんのだ)
俺は口の端を歪めて笑った。周囲の兵士たちは、誰一人として俺と目を合わせようとはしない。それでいい。
(この土地は、すべて俺のものだ。村一つしか持たぬ貧乏男爵と、陰で笑う連中もいるだろう。だが、奴隷を育て、売り、稼ぐ。この確実な『力』が、いずれ上級貴族の喉元に食らいつく牙となるのだ!)
俺は思考を切り替え、兵士に新たな命令を下した。
「来月の市に向けて、もう一匹、獣人を捕らえてこい。次は逃がすなよ。この辺りにいなければ、もっと遠くの森に踏み込め。猟犬を使ってでも探し出せ」
「はっ! ですが男爵様、噂によれば、この辺りで逃げ出した奴隷たちが、山奥に潜んでいるとも……」
「ならば、その山ごと狩り出して、根絶やしにしろ」
俺の言葉に、兵士たちの間に凍りついたような沈黙が走った。その中の一人が、何かを思い出したように、おずおずと口を開いた。
「……あ、あの、男爵様。村の者の話ですが……『山の奥』に、何かがある、と。食料を隠しているのか、あるいは……逃亡奴隷の隠れ里があるのではないかと……」
「ほう?」
俺は口元が、自然と吊り上がるのを感じた。
(山の奥だと? ならば奴らは、まだそう遠くへは逃げていない。例の猫耳も、そこにいる可能性が高いというわけだ)
「よし、調べるぞ。今すぐ山の入り口に見張りを立て、人の出入りを一切禁じろ。鼠一匹、逃がさぬようにしろ。そして、奴らの隠れ家を見つけ出したならば……」
俺は腰の鞘から愛用の鞭を抜き放つと、ぴしゃり、と空を打った。乾いた音が、支配する土地の隅々まで響き渡る。
「一人残らず捕らえ、『見せしめ』として村の広場に吊るしてやれ」
兵士たちの顔から、完全に血の気が引いた。
それでいいのだ。この土地を支配するのは、法でも慈悲でもない。俺が与える、絶対的な恐怖なのだから。
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