種麦と川と、盆地の秘密
【リク視点】
グリマ村の農奴の子は、豪農の子と遊んではいけない。
そう教えられていた。言いつけを破れば、鞭が飛ぶ。麦畑のあぜ道で笑っていただけで、背中に赤い筋ができた仲間もいた。
それでも、僕たちは遊んだ。遊ばなければ、泣いてしまうからだ。
この村では、子供は七歳になると畑仕事に出される。鍬を持ち、麦の間を這い回る。大人たちは無言で、それを見ていた。笑いもなく、叱咤もなかった。
けれど、夏の日だけは、違った。
「川をさかのぼろうぜ!」
元気な声をあげたのは、カイだった。年上の豪農の子に殴られたあとも、あいつは立ち上がって笑っていた。
「お、おれ、行く!」
顔中にソバカスを散らしたディノも、ためらいなく飛びついた。
「どうせ暇だしね」
それはマリルの口癖だった。どんなときでも、ちょっと飄々としている。けれど、彼女はだいたい、最初に動く。
「おいで、ユナ!」
「まってよ、サラ! わたしも行く!」
末っ子のユナが叫ぶ。サラはふり返らず、ユナの手を引いて走り出した。
その日は、川沿いの小道を、どこまでも進んだ。炎天下、水音を追いかけて、汗と泥にまみれて。
やがて、木々が密になると、音が消えた。
突然、目の前が開ける。
「……な、なんだよ、これ」
ひらけた空と、緑の盆地。山に囲まれた平地には、誰の手も入っていない草原が広がっていた。川はその中心をなだらかに流れ、小さな池になっていた。
誰もが言葉を失った。
そこだけ、村とは違う匂いがした。
(ここなら……)
誰もいない。誰にも見つからない。
この場所を秘密にしようと、俺たちは無言でうなずき合った。
それから七年が経った。
『ヴァルディス歴三一〇年』
年貢に加え、新たに人頭税が課されるという布告が届いた。
「子供にも、だと?」
村の広場に、農奴たちのどよめきが広がる。口の利けない老人でさえ、かすれ声を漏らした。
「払えぬ分は、数を減らせばよい」
豪農ガラムの声が響いた。貴族から与えられたその土地を支配し、農奴の生殺与奪を握る男だ。
彼の言葉に、大人たちは頭を垂れた。
つまり、余剰な子供は「売る」ということだ。
「やっぱり、売られるんだな」
納屋で、ディノがぽつりとつぶやく。彼の声は震えていた。僕は返す言葉を持たなかった。
「逃げるしかねぇよ」
カイが言った。誰も冗談だとは思わなかった。
あの盆地。あの夏の日に見つけた、誰にも知られていない場所。
その名を、誰からともなく口にした。
「……アルベリア」
自由の盆地。勝手にそう名付けた。
その夜、僕たちは村を出た。誰にも告げず、親とも別れを告げず。
エリクが盗んだ種麦の袋を一つ。カイが握りしめた火打石。ディノが見張っていた時間を使い、全員が井戸の水で顔を洗った。
七人。みんな十五歳。
子供と大人のあいだにいる、何者でもない年頃。
それでも、僕たちは決めた。
このまま売られて、死ぬぐらいなら。
自分たちで、耕すほうがましだ。
冷たい夜風が、僕たちの頬を撫でていく。振り返らず、ただ前だけを見据えて、僕たちは暗い山道へと足を踏み入れた。
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